第26話 気遣い魔王 二人で行く


 うーむ。

 妙なことになった。


 まあ、二人であろうとウェアウルフを狩れるならば己はそれでいいのだが。


 まだ戸惑いを隠せず歩いている己に対し、カノーラはまるで気にした様子はなく、明るい表情でおまけに多弁である。


「ウェアウルフはどこにでも出るんだけど、ちょうどクエスト依頼が来ていたから、その家に行きましょ」


 近くだから、と言いながら、カノーラは通りすがりの出店で、昼食のお弁当セットを2つ買う。


「へぇ~。カノりん今日は新人さんの指導?」


「ま、そんなとこ。うは、もう売り切れるじゃん」


 店員との話しぶりから、相当な常連だとわかる。


「テルルくん、はいどうぞ」


 ひとつくれた。

 にんにくの香りが食欲をそそる、鶏のデカ唐揚げ弁当だ。


「……いいんですか」


「当たり前よ。センパイのおごり」


「ありがとうございます」


 己は頭を下げ、頂戴した。

 ちなみに魔界ではセンパイとかコウハイとかいうシステムはない。


 こうやってルールを決めて、互いに親しげに関わり合おうとする人間というやつは、本当に温かく感じる。


「でもよかったんですか。一緒に来てもらって」


 己はお弁当を懐に入れながら訊いた。


「いいのいいの。どうせあいつら、酒を飲んでる方が楽しいんだから」


「たしかにそう見えましたね」


「そうでしょ。だからあいつらの好きにさせておく」


 話しながら、王都を西門から出て、街道沿いに歩き始める。

 晴天に恵まれ、緑の香りも強く、こういう日に歩くのは悪くない気分である。


「……実は前回の仕事で、多すぎるくらいの報酬をもらってね」


「海賊船の、ですか」


「へぇ~。あたしたちのこと、よく知ってるじゃん」


 カノーラが目を丸くしている。


「父さんが話していました。『エンゼルスカート』はいつも世のために貢献していると」


 それを聞いて、アハハ、とカノーラは乾いた笑いを残す。


「噂は尾ひれがついてるね。実物はあんなだからね」


 カノーラが自嘲するように言う。


「この国自慢の冒険者たちですよ」


 今は一応、人なので、合っているかどうかわからないがフォロー的な言葉を挟んでおく。


 カノーラはありがと、と嬉しそうに笑った。

 だがひとしきりそうした後は、しばらく押し黙った。


「……報酬、半分でいいって言ったんだけど」


 漁師さんたち、なかなか納得してくれなくて、とカノーラが声を落とした。


「支払う側から見て、見合うだけの貢献をしてもらえたからその額だったんでしょう」


 己の言葉に、カノーラは首を横に振った。


「襲われる漁師たちにとっては恐ろしいだろうけど、冒険者からしてみれば海賊は雑魚でしかないわ。山賊に毛が生えた程度よ」


 テルルくんでも倒せるわきっと、とカノーラは笑った。

 己もさすがにこの世界の海の事情までは頭に入っていない。


「あの人たちだって、海賊に怯えながら命がけで稼いできたお金なのよ。相場はあたし達の方がわかってる。多すぎる分はきちんと戻すべきよ。なのに……」


 カノーラは己に横顔を見せるように、遠くに視線を向けた。


「気づいたらユースが全額受け取ってて……『エンゼルスカート』はしばらく冒険者稼業をお休みするって勝手に決めて」


「なるほど」


「何が言いたいかって、要するにさ、今はヒマなの」


 カノーラは失意した自分を隠すように、明るい声で言った。


「だからテルルくんの手伝いは、ちょうどいい暇つぶしなんだ」


「ありがとうございます」


 まあ人の善意を無にすることはないな。

 こうされるのは、ひとえにテルルという男の人徳だからな。


 しかし、つくづく人間というのは優しい生き物だ。

 支配関係にない他人のために、無償で時間を使うことができるというのは、魔界の常識にはないに等しい。


 だがひとつ、注意しなければ。

 一緒に戦ってもらうとすると、フリアエは前面に出しづらいな。

 

 自分の剣技でなんとかしよう。


「あ、訊き忘れてた。テルルくん、【仮の者ペルソナ】だから武器は剣だよね?」


「はい、これです」


 己は打ってもらった剣を取り出す。


「……えぇぇ、ずいぶん立派な剣持ってるね……どこで手に入れたの」


 まさか盗んだんじゃないでしょうね、と、カノーラが冗談めかして言った。


「魔物の角を剣に加工してもらったんですよ」


「魔物って何?」


狂気の牛マッドホーンです」


「……え、もしかして、マリク?」


 ほう、よく知っているな。

 あの牛、そんなに有名だったのか。


「はい、マリクとかいう名前でした」


「へぇぇ、『イリアスの森の王』じゃん! あんな広大な森なのによく見つけたねぇ!」


「あ、はい」


 聞けばマリクは遭遇自体が天文学的確率らしい。

 あいつ、なんか知らんが家のすぐ近くに居たんだが。


「あたしたちも探してみたことあるけど、森が広すぎて、もう9日とかで諦めたし……てか、何人で行ったの?」


「ひとりですよ」


「……は?」


 カノーラさんが固まる。


「ちょっと待って。テルルくん、レベル低かったよね? マリクは確かレベル64よ」


「あー……」


 ……あの牛、そんなに強かったのか。

 つい考えずに言ってしまった。


 だとするとソロで討伐とか、人間離れしすぎだな。


「ねぇ、どうやって一人で倒したの」


 今、魔王の気配を悟られていいことはない。

 なんとか言い訳せねば。


「……ちょっと弱ってたみたいで」


「えー!? なにそれラッキーすぎんじゃん」


 ニヤリ。


「おかげで僕でも倒すことが出来ました」


「うらやまし~。でも経験点は戦ってた人に流れていっちゃったんだね。そうじゃなきゃテルルくんがいっぱい上がってるはずだし」


「あ、はい」


 当時はレベル8で倒しました、なんてとても言えない。


「ま、それはいっか。じゃあ肩慣らしでさ、街道沿いで少し狩っていいかな?」


 あたし戦うの一週間ぶりなんだ、とカノーラが照れたように言った。


「どうぞ」


「ありがと……じゃ、あいつにしようかな。あたし魔法使うやつは嫌いなの」


 カノーラがすらり、と剣を抜いた。


「てやぁぁぁ」


 左右にステップを踏みながら、手近なところにいた大蜘蛛に斬りかかる。


 カノーラの職業は『蒼の天空騎士』だという。


 人間の中では名高い『七限の天空騎士』のひとつである。

 同世代では、ひとりしか与えられない職業で『水属性』の力を持っている。


 スタイルの良い彼女が水色のミニスカートをひらひらさせて戦う姿は、美しい上に女性らしい色気もある。

 彼女の剣は、己の片手半剣バスタードソードに似ているが、突きにも用いやすいよう、普通よりはやや細長い形状をしている。


『天空騎士』はかつて魔王討伐に含められたこともあるくらいの強力な職業で、己も戦ったことがある。

 属性をのせたスキル攻撃が強力な上に、全ての斬撃攻撃において、せん断確率が加算されている。


 非力な女の一撃と盲信すると、思わぬ一撃で体の一部をもぎ取られてしまう恐ろしさがあるということである。


 また、その名に冠されたように、飛行する魔物を手なづけやすい特徴がある。

 かつてはグリフォンやペガサス、ワイバーンなどを従えてやってくる者もいた。


 まあ、徒歩で移動している時点で、カノーラは十中八九持っていないのだろうと思うが。


「よし。じゃあさ、テルルくんも見せてよ」


「ここで、ですか?」


「うん。どれぐらい戦える人なのか知っておかないと、ちゃんと守れないから」


「……わかりました」


 己も『狂気の牛マッドホーンの剣』を抜く。


(どれぐらい戦える人なのか、か)


 まあ、レベルよりは強いところを見せておいた方が、やりやすいかもしれぬ。


(……よかろう)


 多少力を見せたところで、この女との付き合いもせいぜい2、3日。

 その後は『祝いの会』とやらで聖女の記憶を消し、この世界とはおさらばである。

 問題はなかろう。


「――ぬん!」


 手近なところにいたウォームを、剣で斬りつける。

 胴を縦と横にばっさりと裂き、倒す。


 魔王のみが使える必殺の剣技、【〆切しめきり】。


(くくく、おどろいたか)


 ニヤリ。

 剣を格好良く仕舞い、どうだ、とばかりにカノーラを見る。


「その剣、強いね! おかげで楽勝だね」


「あ、はい」


 剣のせいにされていた。


「そっか~。そんな剣があるから、このくらい相手なら一人で全然いけるんだね。すごーい」


 カノーラがひとりブツブツ言いながら、道を急ぎ始める。


 【闇属性】にも気づいていないとか。

 いや、もっと斬り口とかちゃんと見……まあいいか。

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