第21話 ユキナと会える?



 それから一週間、僕はソウス草原で黙々と狩り続けた。

 

 気持ちの余裕が出てきた3日目からドライアドの少女ナッコと共闘することにした。


 この子はニコニコするだけで会話はしないけれど、孤独感がずいぶん癒やされて存在自体がありがたいんだよね。


 そうやって狩りをして4日目。

 ニコニコナッコはなぜか、レベルがぐんぐん上がることに気づいた。


 召喚なのに育つ不思議はもちろんだったけど、驚くべきはその速さ。


 ナッコはすでにレベル25。

 僕はやっとひとつ上がって、19。


「たった2日で追い抜かされた……」


 羨ましそうに見る僕を、ナッコはやはり、人懐こそうな笑みで返す。


 魔物と人間のレベルの上がり方が違うのか。

 個々のステータス値は圧倒的に僕の方が高いのだけど……。

 僕はどうもレベルが上がりづらいみたいだ。


 そうやって5日が過ぎる頃には、レベルの差が大きく開いていた。


 ナッコ レベル33。

 僕 レベル19のまま。 


「なんでだろ……僕だけ上がり方が……」


 ため息が止まらない。


 ナッコの上がり方の方がどう見ても普通な気がする。


 僕的には、もう少し強いところでレベル上げした方がいいのかな。

 確かにここの魔物、格上のわりに楽勝ではあるけど……。


 ちなみにナッコはレベルが上がるごとに姿が成長している。

 当初は下半身全部が木の根だったけど、今は普通の脚になり、歩く速度も僕と同じくらい。


 外見も、レベル33の今は僕と同じくらいの年齢に見える。


 人懐こそうな笑い方は変わりないけれど、かなりお上品な感じになった。

 緩やかに波打つ緑色の髪が色っぽくなりそうな予感。


 それより、ナッコの標準装備はおへそが出てたりとビキニアーマーすぎるから、今度ナッコ用の服を買っておかないと……。


 なお、ナッコは〈植物の戒めドライアドルーツ〉がレベル3まで成長し、敵二体までを足止めできるようになった上、地属性の単体攻撃魔法〈石つぶての嵐ストーン・ブラスト〉も使えるようになっている。


 それはさておき、僕自身、この7日間で戦いというものに随分慣れた気がする。

 このまま、前向きに頑張ろう。



 ――――――――――――


 <本日の収穫> ✗6


 蜘蛛の糸 81束

 蜂の蜜 240個

 蜂の巣 9個

 ミミズの体内石 48個


 ¥12930


 殺人蜂キラービーのアビリティカード(Normal)2枚

 大蜘蛛のアビリティカード(Normal)1枚

 ワイルドウォームのアビリティカード(Normal)2枚


 ――――――――――――



 ~~~~~~~~~



殺人蜂キラービーのアビリティカード】


 ランク:Normal


 固有アビリティ:15%の確率で毒Lv1を付与する。

 ステータスアビリティ:攻撃力+2%


 ~~~~~~~~~


 ~~~~~~~~~



【大蜘蛛のアビリティカード】


 ランク:Normal


 固有アビリティ:毒Lv1を付与する確率が50%になる

 ステータスアビリティ:魔力+2%


 ~~~~~~~~~


 ~~~~~~~~~



【ワイルドウォームのアビリティカード】


 ランク:Normal


 固有アビリティ:粘液系攻撃のダメージを6%減少させる

 ステータスアビリティ:精神+2%


 ~~~~~~~~~




 ◇◆◇◆◇◆◇




 翌日。


「まいどありー」


 ひとまず、使わないカード類を売って現金化してきた。


 素材は調合などで役に立つかもしれないので、売らずに持っておく。


 儲けは¥8140。

 ちなみにゴブリンのゴールドレアのカードが一番高く売れて、ゴブリンのノーマルカードは¥500がいいとこだった。


 昔、兄さんのはもっと高く売れたようなことを言っていたけれど、今は値下がりしたのかな。


 新しく手に入れた3種のカードはいずれも取り入れる能力ではない気がしたので、合わせて売った。


 ちなみに毒Lv1というのは、『20秒間毎秒HPの0.1%が減少する』 というものだ。

 最大でHPの2%しか削れず、解毒するとしても初歩的な対処で可能だから、いらない気がした。


 手元のお金は¥2万ちょっと。

 このほか、ユメキノコが1000個以上あるので、¥20万程度はある計算になる。


 ちまちま生活費に充てているので、ちょっとずつ減っていっているんだけどね。


「買っちゃおうっと」


 懐が温かいうちに、¥12000で、ナッコの服(兼防具)を買った。

 Aラインワンピースの形をしたクロースアーマーで、彼女の好きな緑色が基調になったものだ。

 喜んでくれるといいな。


「さて」


 明日、頼んでおいた剣が出来上がるそうなので、それが手に入ったらもう少し強い狩り場に移動してみよう。


 今日はギルドに行って、狩り場だけ聞いてくるかな。

 こういうのは先人に聞くのが手っ取り早いもんね。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「すみません。Lv25以降だと、どの辺りの狩り場がいいんでしょうか」


「あんた、実に見ない顔だね」


 今日の受付はカノーラさんではなかったけど、狩り場について相談してみた。

 座っていたのは、髪をベリーショートにした、100kgを超えていそうな中年のおばさんだ。

 おなかに別なおなかがのっかっているように見える。


「いや、顔はともかく、狩り場を教えてほしいんです」


「うーん、わたしゃ冒険者じゃないからねぇ……確実なことは……」


「――あ~、テルルくん! もう、やっと来た」


 打っても響かない会話をしていたところで、後ろから声がした。

 振り返ると、入り口のところにカノーラさんが立っていた。


「あ」


「やっほー」


 カノーラさんが手を振りながら、たたっ、と駆け寄ってくる。

 彼女はこの間とは違い、冒険者らしい格好をしている。


 ピンクがかった銀色の髪に映える青のブレストプレートが、肩から胸下までを覆っている。

 あとの装備は軽さを重視してか、篭手、脛当てのみだが、『ピクサー』と呼ばれる魔法の刺繍が施されていて、物理攻撃耐性が普通の金属よりも高くなっている。


 最後に、青のミニスカートから伸びる白い脚が眩しい。


「こんにちは」


「実は探してたんだ」


 カノーラさんが、普通と思われる距離より一歩僕寄りに立った。

 例によって、甘い香りに包まれる。


「僕を?」


 僕ははて、と思う。


「うん。あのさ、テルルくんってさ……」


 カノーラさんがさらに一歩寄ると、ひそひそ話をするように、僕の肩に手を添えて耳打ちしてくる。


「……ユキナさんには会えた?」


「いえ、王都に来てからは一度も」


 ユキナはもう、雲の上の人だ。

 一般人の僕がおいそれと会える相手じゃない。


 次に会えるとしたら、何ヶ月か先の護衛隊の試験に受かって、面会の日が来るまで無理だろうと思っていた。


 もちろん護衛隊になれたらの話だけど。


「ふふ、ユキナさんと会えるチャンスよ」


 カノーラさんが僕の顔の前にひょい、と顔を出して、ウィンクした。

 彼女のピンクがかったクセのある髪が、ついでとばかりに僕の頬を撫でる。


「え、ユキナと?」


「うん、王宮で『祝いの会』があるらしいよ」


 聞いて驚け、とカノーラさんがその高い胸を張る。


 この人の距離感なのかな。

 いちいち近くて、なんか照れるんですけど。


「なんと『聖女』様もこの国から出たみたいでさ」


「それはすごいですね」


 この世界には大小含めて18の国がある。

 ミュンヘン王国はその中でも人口が多い方だが、勇者パーティのうち、二人が現れるのはかつてない話かもしれない。


 前回、前々回は勇者、聖女、『四紋』が誰一人として出なかったはずだ。


「なんでも聖女様、うちの第二王女のリノファ様だったんだって」


「そうなんですか」


「そう。綺麗な黒髪でさ、すっごい美人で噂の」


 説明しているカノーラさんが、前のめりになっている。


 すみません。

 庶民なので王宮のことは全く存じ上げておりません。


「テルルくんって、面食いでしょ?」


「は?」


「どう? お姫様のこと、気になる? それとも変わらずユキナさん?」


 カノーラさんは僕の顔色の変化を逃すまいと、すぐそばからじっと見ている。

 ちょっと笑ってるところを見ると、この人、僕をからかって面白がっているような。


「カノーラさん、また話が明後日の方向に」


 カノーラさんが、あはは、と笑った。


「ごめん。まぁ目を輝かせたテルルくんには悪いけど、聖女様って必ず勇者様と結ばれちゃうんだけどね」


「そうなんですか」


 いや、輝かせた覚えはないですけど。


「そう。また脱線するからやめとくけど」


 カノーラさんが肩にかかった長い髪を後ろに払い、また僕をじっと見る。


「それで、出たくない? 『祝いの会』」


「……うーん」


 僕はもちろんユキナに会って話をしたいけれど、急に会いに来られる方とか、どうなんだろう。


(でも)


 ユキナならきっと、孤独な中で気丈に『四紋』として振る舞っているんだろうな。


 気持ち、張り詰めさせて、顔、強張らせてさ。

 あー、考えると想像がつくなぁ。


 幼なじみの顔なら、見せるだけで支えになれるかもしれない。


「正直、会えたら嬉しいですけど」


 できればでいいけど、会いたい。

 今度は引き止めるんじゃなく、前向きな言葉をかけてあげたいし。


「じゃあ2週間後までに【討伐証】を手に入れなきゃだめよ」


 カノーラさんが人差し指を立てて言った。


「……【討伐証】?」


 僕はまばたきをする。


「『祝いの会』の冒険者参加枠は30名まででね。王国に貢献している証として、各地で悪さをしているウェアウルフを狩る必要があるの」


「ほうほう」


 ウェアウルフか。

 僕が住んでいた地区にはあまり出ない魔物だけど、魔物辞典に詳細が書いてあった。


 レベルは確か42の【Common】クラスの魔物だ。


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