第18話 冒険者ギルドへ


 僕はもう一度おばさんの背中に礼を言って、本棚に向かう。


「あまりない職業みたいだな……」


 呟きながら、並んだ職業大辞典を取り、置かれていた円形小テーブルの上でパラパラとめくる。


 もしおばさんでもすぐわかるようなものなら、この辞典を読めとか言わないもんな。


「えーと、仮の者ペルソナ……前衛の、剣系職業でいいのかな……」


 指でなぞりながら、読んでいく。

 【斬撃】と【鉄衛】を覚えているから、そういうことだよね……。


「あった」


 100以上ある剣系職業の最後の方にあった。


仮の者ペルソナ』。


 解説を読んでみる。


 職業名の横には、優秀度が星で表示されており、星が多いものほど希少で強いらしい。



 ――――――――――――――――――


 剣系職業 

 仮の者ペルソナ ★ 


 勇者パーティ護衛隊選抜率0%


 職業名は『仮の冒険者』の意で、かつて存在した『見習い冒険者』と同格。


 攻撃系スキルが【斬撃】しかない上、魔法がいっさい使えない。

 結果、前衛職業ながら、魔法剣士や一部の回復職ヒーラーよりも物理攻撃力が劣る。


 ステータスの伸びも悪く、とりわけ筋力の伸びが悪いのが致命的。

 この職業の完全上位互換は多数存在しており、石を投げたら当たるほど。


 ――――――――――――――――――




「あー……」


 散々な言われようだ。

 神殿のおばさんが辞典を指さしたのは、僕に現実を伝えづらかったのかもしれない。


「でもおかしいな。僕、魔法は使えるのに……」


 もう一度『仮の者ペルソナ』の項目を読み直すが、やはり『魔法は使えない』と書いてある。


「ならどうして僕は魔法を唱えられるんだろう……」


 あんな小さい頃に、落雷ラムザなんて強力な魔法が成功したから、てっきり……。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 メインストリートの通り沿いにある赤茶色のレンガ造りの建物が、冒険者ギルドだ。

 建物の特色を知らなくても、冒険者らしい格好をした物々しい連中が常時たむろし、出入りしているから、遠くから見てもわかるくらいだ。


 職業がわかったので、僕は冒険者ギルドで登録を済ませておくことにした。

 登録しておけば、簡単なクエストなんかはいつでも請け負うことができるようになるからだ。


 中に入っていくと、すぐに肉の焼けた香ばしい香りがした。

 建物の内部は、左側が冒険者宛のクエスト依頼が随所に貼られた受付で、右側は飲食をするバーのようなところになっているためだ。


「あいつ、見ねえ顔だな……」


「チノミだろ」


 さっそく、中にいた人たちから奇異の視線を向けられた。


 チノミは、乳呑ちのみと書く。

 冒険者の間では初心者を表す隠語だが、僕でも知っているくらいの言葉になっている。


 まぁ、実際その通りだから仕方がない。


「お、いらっしゃい~。キミ、見ない顔だね」


 そんな異質な空気の中、女の明るい声が横からかかる。

 見ると、黒と白のメイドのような服を着た、同じ10代らしい人が近くに立っていた。


「はろ~」


 うっすらと赤みのある、軽くクセのある銀髪を後ろに下ろし、依頼のかかれた羊皮紙の束を両手に持ったまま、僕に笑いかけてくれている。


「すみません、冒険者の登録をしたいのですけど」


「アハ。こっちこっち。今日はあたしが受付なの」


 そう言って彼女はひょい、とカウンターをくぐって中に入り、手招きする。

 カウンターの下では、高めの椅子に座った彼女がフレアスカートから伸びた白い脚を組んだのが見えている。


「はい」


 カウンター越しに立ったまま向き合うと、顔がはっきり見える。


 年齢は僕より少し上、17歳くらいか。

 色白の整った顔立ちで、男が100人いたら、100人全員が美人枠にくくると思うくらいの人だ。


「ここ、初めて?」


 ふわりと香る、甘い香り。


「はい」


「ふふ、あたしはカノーラ。今日はたまたま代理だけど」


「代理?」


 カノーラさんは頷いた。


「この冒険者ギルド、あたしの親がギルド長でね。娘のあたしをこき使うのよ」


 カノーラさんは軽く頬を膨らませながら言った。


「おーい、カノーラぁ」


 そんな折、バーの方から大声が上がる。


「そんなチノミを相手にする時間があんなら、俺たちに酒でも注げや」


「わはは、バーカ。仕事だし」


 カノーラさんは明るくいなすと、僕に向き直る。


「装備とか整ったら、あいつらも黙るから。ごめんね」


 カノーラさんはちらりと目だけで今の連中を指すと、気を悪くしないでね、と言った。


「いえいえ、大丈夫です」


 ここは外見が物を言う世界らしい。

 確かに今の僕は家から出てきたままの服装だ。


 目を引くような装備はなにひとつない。


「話が逸れたね。あたし、普段は冒険者家業をしてる。A級ライセンス持ってるし」


「え、え、A!?」


 驚いた。


 今のカノーラさんはバーの店員らしいメイド服のようなものを着ていたから、冒険者だということすら、わからなかった。


 冒険者の実力はS、A、B、C、D、Eの6段階でランク分けられている。

 僕の記憶が正しければ、Aだとレベルは軽く100以上と見ていい。

超上級者という扱いで、この王都には30人もいないはず。


「そうよ。これでも有名なパーティ所属なんだから」


 カノーラさんは軽く腕まくりをしてみせる。


「……カノーラさんって、もしかして『エンゼルスカート』のユリフィス・カノーラさんですか」


「あ、知ってるの?」


 カノーラさんは目を細めて、嬉しそうにした。


「有名ですから当然です。会えて光栄です」


 僕はあこがれていた気持ちを示すように、深めのお辞儀をする。


『エンゼルスカート』はこの国では知らぬ者などいない、超有名パーティだ。

『A』と『B』ランクの冒険者だけで構成され、国内を転々として、国が取り組めない様々な難題を精力的に解決してみせている。


 つい最近も東にある「海の街サンダルギア」で交易船を襲っていた海賊たちを3ヶ月かけて討伐し、国から表彰されたという話を父から聞いていた。


「でもあたしも下積みは長かったからね。初心者さんの気持ちはよくわかるよ。登録して軽いクエストからこなしに来たんでしょ?」


 その通りだ。

 魔物を倒してレベル上げしながら、別で報酬を受け取れるクエストは一石二鳥で願ってもないから。


 そのために、職業がわかってから、いの一番で来た。


「はい。15歳ですけど登録できますか」


「全然問題ないよ」


 カノーラさんはにこやかな表情で頷き、後ろの棚から一枚の紙を取り出す。

 だがそれを置く前に、真顔になって言った。


「ただ死ぬ覚悟はできてないと、冒険者の仕事は務まらないの。ほんとに危険な目に遭うってのは、すごく稀なんだけどね」


「それは大丈夫です」


 僕も真剣な表情になって、頷いた。


 もちろん覚悟の上だ。

 ユキナが死ぬのを黙ってみているつもりはない。


「ふーん……」


 カノーラさんが受付に肘をつき、頬杖をつきながら僕の顔を覗き込んだ。


「な、なんですか」


 近くからじっと見られて、さすがに戸惑った。


「いい顔してるじゃん」


 ちょっと興味湧いちゃった、とカノーラさんが僕をじっと見る。


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