第17話 神殿で職業を調べるの巻


「ありがとうございます」


 僕はしばし、展示されているワンドを眺める。

 先に値段だけ見ると、¥15000から、高いものは¥22万まである。


 買取品なのかもしれない。

 安いものは木製のバケツに無造作に放り込まれている。


「お前さん、見ない顔だが、冒険者か」


 近くで売り物を拭いていた店主が僕に話しかけてきた。


「はい」


「なら武器の素材はもっていないのか? あればなにか、格安でつくってやってもよい」


「素材……あ」


 そう言われて、懐をごそごそする。


「あります。これとこれ」


 そう言って、アイテム欄共有機能を使い、素材を見せる。

 こうすると、相手は見るのみで奪い去ることができない。


 鋼鉄の塊13こ、銀の塊2こ。


「おお、持っているではないか」


「あと、これもあります」


 希少素材と書いてあるから、これも使えるかも。

狂気の牛マッドホーン』のマリクの角が2本。


 たぶん『Rare』アビリティカードの持ち主だった魔物だろう。


「……なんと!」


 角を見た途端、変わることのないと思っていた店主の表情が、驚きに染まった。


「こんなものを持っておるとは」


「希少……なんですか?」


 おじさんが角に落としていた視線を僕に戻す。

 さっきまでと違い、その視線にはある種の敬意が混ざっていた。


「お前さんよく倒したな。素人のように見えたが……いや、たいしたものだ」


「そんなに強い相手なんですか」


「強さは知らんが……マリクは『夢と眠り』を司るイリアスの森の王だ。なにせ出遭うのが難しい。あの広大な西部樹海のどこかに潜んでいるとは聞いていたが……」


 ドワーフのおじさんが腕を組み、唸っている。


 へぇぇ。


 僕、そんなに森の深部を探検していたのか。

 そんなの、まさか家のそばにいたりなんて、しないもんね。


「お前さん、知らずに倒したのか」


「あ、はい、まぁ……」


 僕は言葉を濁す。

 いつの間にか持っていた、というのが正直なところ。


「この角には1本で¥200万近い価値がある。エリアボスゆえ、素材の格としては【Epic】と同じになろう」


「そ、そうなんですか……」


 や、やるな。記憶がない時の自分。


「ワシはこの道80年の職人だ。どうだ、その素材、ワシに預けてみんか?」


「加工してくださるんですか」


「そうだ。できるかどうか、実際に触らせてもらえるとありがたいが」


「わかりました。どうぞ」


 話した感じ、騙そうとしているようには見えなかったし、仮にも店を構えている人だ。

 悪いことは考えないだろうとそのまま手渡した。


「……ふむ。しかもこの輝きは……」


 店主のドワーフは近くにあった椅子に座ると、片目のメガネを取り出し、角を隅々までチェックする。


「加工できそうでしょうか」


「……うむ。できなくはない。だが加工先は剣か斧か槍だ。それ以外は難しい」


 微細な結晶の形が刃以外の用途に向かないものだという。

 一番相性が良いのは、剣の中でも片手半剣バスタードソードだという。


「ワンドへは無理ですよね……」


 無理だろうな、と言われると思ったが、店主はしかめっ面のまま、角を睨んでいる。


「この角からは魔力の蓄積が感じられる。マリクは魔法を唱えなかったか?」


「えーっと」


 僕は頭を掻いた。

 記憶がなくて、わかりません。


「こいつは剣として作り上げても、魔法の発動体として使えるかもしれん」


「えっ、ホントですか」


 僕は前のめりになる。


「保証してやりたいところだが、こればかりはやってみんとわからん」


 賭けか……。


 たしかに僕は、剣は使えなくはない。

 実際、僕はレベルが上がってそういったスキルを手に入れていたから、剣を主に使う職業のようだし。


 でも、剣って、好きになれないんだよなぁ……。

 あの斬って捨てる感じが残酷なイメージがあって、どうしても僕は苦手だった。


「剣に打たせてくれるのなら、そこにあるバケツのワンドの一本くらいはただでくれてやろう」


 店主が振り返ってワンドの棚を見る。


「え、本当ですか!?」


 とたんに嬉々とする。


「武器屋にとって、希少な素材で武器をつくることほど楽しいことはないのだ」


 ドワーフの店主は、まるで純真な子供のように目を輝かせて言った。


「お前さんがワシにそれを委ねてくれると言うなら、買い取ったワンドの一本や二本、安いもの」


 店主の嬉しそうな顔は、こちらまで気分が良くなるほどだった。


「ちなみに剣の加工代は……」


「うむ」


 店主が商人らしく、真顔になって頷く。


「鋼鉄と銀を全てもらい受けてよいなら、その代金であとの必要素材はこちらで賄う。作業代だけで半額の¥5万でどうだ」


「あー……」


 使えないかもしれない武器に、¥5万も投資か~。


 でも強くなるって決めたんだから、スキルを使えるように剣も持ってないとダメだよね……。

 こんな高い品である必要があるかどうかは別として。


 僕は魔法も使えるから、魔法剣士とか、そんな職業なんだろうし。

 もしこの剣が魔力の発動体になるなら、魔法も威力を高めて使うことができるわけだし。


 逃げてちゃ、ダメか……。

 ちょうどいい機会だから、剣を武器にしてみるか……。


「2万で手を打とう」


 値段で困っていると思ったのだろう。

 そんな事を考えていると、店主は思い切って値切ってきた。


「え?」


「どうだ?」


 角を両手に握りしめたまま、もう自分のものとばかりに返してくる様子はない。


「いや、えーと」


「えーい、おまけだ! もう好きなワンドを持っていけ!」


 店主はやけくそになったように叫んだ。

 噂に聞いていた、ドワーフらしい豪胆さだった。


「え、いいんですか!?」


 その言葉に驚きを隠せない。

 僕が持ってきた角に、相当惹かれているようだ。


「その代わり、作業には倍の時間をもらうぞ。丁寧につくりたい」


 いや、それは全然いいんですが……。

 黙っていただけなのに、あまりにいい事だらけの取引になってしまった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「まいどあり」


「ありがとうございました」


 店を出る。

 今は前金¥2000だけ支払って、出来上がった剣を受け取る時に残り¥18000を支払う約束になった。


 一週間ほどかかるらしい。

 ちなみに店主は僕が出た後、閉店の札を出した。


 僕は近くの広場に行き、ホットドッグを買って噴水の傍に座る。

 食べる前にさっそく手に入れたワンドを取り出し、握ってみる。


「やったー」


 夢にまで見ていた、ワンドだ。


 本で読んでいただけで、実物を持つのははじめてのこと。

 軽いし、握り具合はとてもいい。


 ワンドは長さ30センチほど。

 両端に赤水晶が嵌められていて、持ち手のところは魔力を持つと言われる樫の木の素材が使われている。


 どれを持っていってもよいと言ってくれたけど、さすがに¥22万のワンドは気が引けた。

 今後もお世話になりそうだし、見た目が気に入った¥5万のものにした。


 もっと強くなってお金が貯まったら、あの高い品をきちんと買わせてもらおう。

 人生、目標はひとつでも多いほうがいいしね。




 ◇◆◇◆◇◆◇





 落ち着いたところで、次の用事。

 神殿に来た。


「立派だなぁ」


 白い大理石ばかりで作られる建物は、神殿とお城の内部だけらしいけれど、本当にそれを使って建てられているのは初めて見た。


 この世界は多神教で、もっとも信仰されているのは光の神ラーズだ。

 その次が大地母神エリエル、次が戦の神ヴィネガー。


 この他にも知識の神ニマや富の神シルベスターなんかもいるけれど、このふたつは神殿を見つける方が難しいくらいと聞く。


「こんにちは」


「こんにちは。どうなさいましたか」


 今、僕が来たのは、近くで見かけた大地母神エリエルの神殿。

 応対してくれているのは、頭巾をかぶった、ふくよかな中年のおばさんだ。


「僕、『職業持ち』かもしれなくて、調べてもらいたいのですが」


 魔法は詠唱を真似ただけで唱えられるから魔法使い系なんだと思ってたけど、ステータスはMPや魔力だけでなく、筋力やHPも大きく伸びている。


【斬撃】とか持ってるし、正直予想がつかなくなった。

 早く知りたいな。


「おや、それは素晴らしい。どうぞこちらへ」


 おばさんは僕に笑いかけながら、奥の小部屋へと案内してくれる。

 大地母神の神官たちはいつも微笑みを絶やさないというが、本当にそうだった。


「¥200の寄付を頂いていますが、できますか」


「はい」


「ではこちらにお座りください。すぐわかりますよ」


 寄付をして椅子に浅く腰掛ける。

 おばさんは僕の前に立つと、僕の頭に手をかざしてなにかを詠唱し始めた。


 そして一分とかからず、職業同定が終わる。


「おや、これは……」


 おばさんが軽く眉をひそめていた。


「どうかしましたか」


「……いえ。何でもないですよ。あなたの職業は、『仮の者ペルソナ』でした」


「『仮の者ペルソナ』……?」


 初めて耳にする職業だった。

 ステータス欄を見ると、今まで???になっていたところに、『仮の者ペルソナ』と明記されていた。


「どんな職業かご存知ですか」


「あー……私もひとつひとつは覚えていないんですよ。あそこに職業大辞典があるから、調べてみてください」


 おばさんは僕に目を合わせず、広間の横にあった本棚をゆびさす。


「ありがとうございます」


「辞典は大事に扱ってくださいね。では、私はこれで」


 実は忙しかったらしい。

 おばさんはそのまま早足で神殿の奥に去っていく。




 ――――――――――――――――

 著者より)


 今日だけ2話更新になります。

 20時の予定です。

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