第13話 気遣い魔王 馬車を救う
その日の晩、寝る前にひそかに旅立つ準備をしていた。
当面は戻る予定がないので、着替えや衣服のほとんどをアイテムボックスに仕舞う。
部屋にはテルルがいざという時のために用意してあった品物が隠されて置かれていたので、それも懐に入れた。
枯れ枝、ロープ、毛布、手斧、ナイフ、予備の水袋3つ。
戦うことをあれだけ嫌がっていながらも、野宿の仕方についても知識をそろえ、万が一の準備をしていたところは評価できよう。
テルルの愛読書も一番底に置かれていた。
5冊も積んであるが、人間の残した書物は嫌いではない。
どれ、退屈しのぎに持っていくか。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日の昼過ぎ。
畑仕事を手伝い終えた己は、昼食中に『ユキナを追って旅に出たい』旨を父に伝えたが、真面目に取り合ってもらえなかった。
「剣の腕を磨いて、魔物の一匹でも倒してから言いなさい」
父は黙々とスープにスプーンを入れ続け、己の顔も見ずに言った。
家族たちも、危ないから馬鹿なことを考えるのはやめなさい、と口々に言う。
どうやらユキナを追おうとしていたことは、皆の耳に入っていたようである。
(まあ、反対するのは当然であろうな)
皆の知るテルルは鍛錬と名のつくようなものはいっさいしてこなかった。
武器すら握ろうとしなかったくらいである。
先代に魔術師が居たらしく、残された書物の多くをテルルがひそかに紐解いてはいたが、そんなことは誰も知るまい。
この一家の中ではテルル以外に職業持ちはいなかったゆえ、その素質を誰一人として見抜くこともできなかった。
というより、テルル自身がうまく隠し通した、と言うべきか。
「テルル、聞こえたか? 魔物の一匹でも――」
「倒してきました」
「なに」
「外に置いておきます。あと、お金はここに置きます」
己はドロップで得たお金のすべて(¥42799)をテーブルに置いた。
「……は?」
ジャラジャラと音を立てて置かれたお金に、家族が唖然とする。
それは毎日¥500で生活する彼らにとっては、単位の違う額になっていた。
「お世話になりました。旅に出ます」
己は深く頭を下げ、食堂を出た。
玄関を出たところで、牛を置いておく。
こいつはでかいから当面食事に困ることはないだろう。
「テルル、どこからこんな大金を……ぬおっ!?」
去り際にそんな父の声が聞こえた。
育ててもらった恩にしてはささやかだが、やるべきことが終わったら、テルルはまたここに戻ることになろう。
それまでのお別れなだけである。
◇◆◇◆◇◆◇
雲のない晴天である。
己は今、テルルだったころに得た知識をもとに街道を歩いて、ミュンヘン王国王都の方へと向かっている。
ギューゼルバーン家は樹海に『コ』の字型に囲まれた辺境にあったため、まず王都とは反対向きに歩き、西回りで樹海を越える必要がある。
王都までは7日近くかかるらしいが、旅は嫌いではないので、内心はウキウキしている。
スキップでもするか。
るんるん。
さて、聖女に会うまでの方針を再確認しよう。
□ 武器がほしい
□ 強い敵と戦ってもう少し強化したい
□ テルルの職業を確認しておきたい
□ リリスに土産
大きなポイントはこの4つ。
このまま樹海でふらふらと狩りを続けても良いが、やはり上記を全て満たすためには、場所を変えて人の集まる街に出た方が良かろう。
先立つものが0になっているが、ユメキノコが売れたらそれなりに資金を調達できる。
歩きながら、仕事になりそうなものがあれば手伝うか。
そうそう、言い忘れていた。
昨日、『狂気の
〈
射程 18メートル 再詠唱時間 2分30秒
〈
効果時間6分 再詠唱時間 4分
〈
〈
ちなみにフリアエの〈
威力は通常時で1.5✗1.5倍、弱点属性が入る場合は2.0✗1.5倍。
レベルアップに伴い、魔力の数値も上がっているから、威力はすでにやばい。
そしてスキル強化の他にもうひとつ、称号を手に入れていたのを覚えているだろうか。
【西部イリアス樹海の王】である。
この効果は以下の通り。
【西部イリアス樹海の王】……HP+4% 防御+4% 精神+2%
守り系の称号のようだ。
名前の割に、たいしたことないな。
もっと強力な称号は山ほどあるが、今は十分ありがたいので装備しておく。
「……む?」
そこでふと、足を止める。
なにやら前方が騒がしい。
目を凝らす。
街道上で馬車が止まっている。
そのそばには、褐色の皮膚をした人型のなにかがたむろしている。
明らかに不穏な雰囲気だ。
「行商が魔物に襲われているのか……」
父や兄たちの話では、このあたりには月に何度か、行商が来るとのことだった。
辺境地区に住む者にとっては、少々高値で売られようともありがたく、特に食糧が得られづらい冬には、日々の飢えを凌ぐために、なくてはならぬ存在となる。
ギューゼルバーン家とて、例外ではなかった。
以前にテルルは行商の男から、揚げパンをもらったことがある。
男は自分で食べようと思っていたらしいが、やせ細ったテルルを見て、いたたまれなくなってくれたのである。
美味すぎて、その味は今でも覚えているくらいだ。
「その人かもしれぬな」
――魔族といへど、恩には厚く。
フリアエを呼び、『騎士団の弓』を取り出すと、走り出す。
剣は折れたので、今、手にあるのはこれしかないが、問題はなかろう。
奇襲したいのでドライアドのナッコは温存しておく。
「……あれは」
馬車が近づくにつれ、状況がはっきりと見て取れるようになった。
人型の魔物はオークである。
ゴブリンよりは格上で、レベルは10相当。
集団で行動するなどそれなりの知能はあるが、食欲や性欲のコントロールができないために、俯瞰したような思考ができない下等生物である。
数は20以上。
「愚かな」
今も空腹に目が眩んで、たまたま通りすがった馬車を襲ったのだろう。
ここで行商を襲えば、冒険者と呼ばれる職業持ちがやってきて棲み処ごと消し去られるだろうに。
己は矢を番えて奴らの死角から接近する。
木の陰に立ち、狙いを定める。
「――た、たた、たすけてぇぇー!」
ふいに女の声がして目を向けると、今にも手製の斧を振り下ろし、襲いかからんとするオークの側面だけが目に入った。
迷わず矢を放った。
黒い靄に包まれた矢が勢いよく飛び、襲おうとしていたオークの脳天を横から貫く。
倒れゆく間にも、己は立て続けに矢を手に取り、射る。
「――ブヒッ!?」
オークたちは突然の襲撃に慌てふためく。
相手が何人なのか、どこから狙われているかもわからないでいる。
増援を予期して逃げる準備をしておく、などという高尚なことは、奴らはできないのである。
己は淡々と矢を射続ける。
狙われず、一方的に攻められる戦いは実に楽である。
「ぬんっ」
持っていた矢をすべて使ったが、まだオークは4体ほど残っていたので、駆け出して殴りかかる。
「……て、テルル!?」
誰かが己の名を呼んだが、振り向いている暇はない。
オークはぶよぶよしていて体幹を打ってもいまいち打撃が入った気がしないので、頭を狙った。
対面した四体のオークはもはやその顔に後悔しか浮かんでおらず、逃げ惑うことしかしなかった。
どうせ死ぬなら、攻撃に転じれば良いものを。
歯向かってこない相手ほど、楽なものはない。
「ふぅ」
レベル10のオークなど、この程度か。
20体以上相手にしたが、レベル18では負ける気がせんな。
まぁいろいろな加算が入っているので、己はレベル以上のステータスだしな。
「怪我はありませんか」
己は矢を全て回収し終えると、一応、馬車の人たちに声をかけた。
4人居た彼らは尻餅をついたまま、震える身を寄せ合うように固まっていた。
皆、一応に顔を蒼白にしている。
その一人が、己を見て、はっとしたようだった。
「き、君は確か、ギューゼルバーン卿のところの……」
「あ、どーも」
そこまで言われて気づいた。
何度か会ったことがある。
彼らは行商ではなく、ユキナの家族だった。
「――テルル! テルル!」
話の最中にも、ててて、と走り、大声で叫びながら抱きついてくる幼い子。
「ぬお」
どん、とぶつかってこられて、よろける。
フゥだ。
ユキナとの剣の稽古の時、いつもバーカ、弱虫~となじってくる、あの幼女である。
「テルル、すごい! びっくり! 強い、強い~!」
どさくさまぎれに頬にちゅってされた。
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