第14話 気遣い魔王 テルルを語る


「……君、確か、四男のテルルくんだね。ありがとう!」


「おかげで命拾いをしましたわ!」


 フゥにしがみつかれ、キス攻撃を受け続ける己に、ユキナの父と母らしき人が繰り返し頭を下げている図。


「いえいえ、たまたま通りすがったんです。行商の人かと思ったんですが」


「ちょうど王都で買い物がてら、家を出たばかりのユキナに会いに行ってきた帰りなんですよ。……この子が騒ぐもので」


 父は軽く苦笑いしながら、顎でフゥを指した。


「なるほど」


 こんなフゥのことである。

 長年一緒にいたユキナが居なくなって、相当喚いたに違いない。


「本当にありがとう」


「テルルくん、ありがとう。まさか街道で襲われるとは」


 ユキナの母は、やっと顔に血の気が戻りつつある。


 街道には光の神殿の神官たちが祝福した【聖石】が一定間隔で埋め込まれており、魔物が寄りづらくなっているが、完全に撥ね退けるというものではない。


 魔物に不快感を与えるというだけなのだ。

 今のように飢えきったオークなどは止まらないことがある。


「ところで、テルルくんはどうしてこんなところに?」


 不思議そうにユキナの父が訊ねてくる。


「あー、ちょっと街に用事がありまして」


「ギューゼルバーン卿はいないのか? まさか君一人で街へ?」


「ええ、まあ……」


 頭を掻きながら、お茶を濁す。

 わざわざ事の詳細をここで話す必要がない。


 己の物言いで、なんとなく事情があることを悟ったらしい。

 ユキナの父は頷いた。


「いや、余計だった。それだけ強いなら心配はいらないだろう」


 それにしても驚いたよ、とユキナの父は己の手を取り、握手してきた。

 その手を握り返しながら、訊ねる。


「お屋敷まで付いていきましょうか」


「それには及ばんよ。ここさえ超えれば我が家はそう遠くはない」


「近くまで行きますよ」


 聞けば後20分ほどというので、少しだけ同行した。

 フゥがなかなか離れてくれなかったから、というのが一番の理由だったが。




 ◇◆◇◆◇◆◇



 我が道に戻った。


 さて、先程のオークとの戦闘で、多少ドロップがあった。

 落ちていた武器はぼろぼろで管理も悪く、とても使えそうにないものばかりであったが、その中で農具のくわがあった。


 使う用途があるので、もらっておく。


 そして、ウルフと思われる毛皮。


 ペラペラだが、防寒という意味では、あるかないかは大違いである。

 ウルフの毛皮を下敷きにし、持ってきた毛布に包まるのがよいだろう。


 もらっておく。


 お金は30体近く倒して、¥600ほどだった。

 さらに、オークのカードのドロップがあった。



 ~~~~~~~~~



【オークのアビリティカード】


 ランク:Normal


 固有アビリティ:2%の確率で2連撃を放つことができる

 ステータスアビリティ:攻撃力+2%


 ~~~~~~~~~




「これは使わなさそうだな」


 性能の良いカードがあれば、悪いカードもある。


 これは低性能にすぎる。

 まだリリスのカードには空きスロットがあるが、合成で失うより金策に使った方がメリットが大きそうだ。


 とっておこう。


「さて、もう少し歩くか」


 すでに夕日が見えている。

 

 己は夜目がきくので多少暗くなっても問題はないのだが、魔物たちも活発になりやすいので、頃合いを見て寝床となる場所を探すことにした。


 街道沿いの森に入ると、珍しく群れたホーンラビットを見つけたので、弓で一頭だけ狩り、食用にすることにした。

 例によって己のアイテムボックスに投じると素材に分解してくれるので、後は焼いて食うだけになる。


「よしよし。やはりあったか」


 森をもう少し奥に進むと、例によってユメキノコが群生する場所があった。


 ユメキノコは近づかなければ害はなく、他の魔物もこのエリアには寄り付かないので、寝るには良い場所である。

 邪魔にならない程度にユメキノコを狩り、柔らかそうな足元のところを先程拾った鍬で掘り、眠るための場所をつくる。


「よし、こんなものか」


 ウルフの毛皮を敷き、足を伸ばして横になり、すっぽりと身を隠せる程度の斜めの穴を作ったところで、入ってみる。

 案外に土の中というのは温かいものだ。


 寝床ができたところで焚き木となる枯れ枝を重ね、魔法の力で火をつくり、ウサギの肉を焼く。


 言っていなかったが、己はもちろんのこと、テルルという男も昔から魔法が使える。

 少々長くはなるが、肉が焼けるまで、ちょうどいい時間つぶしになろうか。


 テルルが4歳か5歳、確かそれくらい幼い頃の話である。

 とある日の昼下がり、ギューゼルバーン家の4人兄弟は、皆でかくれんぼをしていた。


 テルルはいつもいの一番に見つかってしまうため、その日は思い切って地下倉庫に隠れることにした。


 良い隠れ場所でありながら、兄弟が誰もそこに隠れない理由は簡単である。

 人骨標本などが置かれていた上に、明かりがないため、気味が悪かったからである。


 しかしテルルは物心がついた時から夜闇が見通せたので、それほど抵抗もなかった。


 置かれていたホコリ臭い箱の中にすっぽりと身を隠しながら、テルルはひとりほくそ笑んでいた。

 ――この地下倉庫ならば、絶対に見つけられないぞ、と。


 そうやって10分以上が過ぎた。

 やはり、兄弟たちは探しあぐねているようだった。


 だが30分と時間が経ってくると、テルルは何もすることがなく、退屈になった。


 好奇心旺盛な年頃である。

 地下倉庫の物を物色し始めるのは至極当然のことであった。


 ほどなくして、テルルはここが誰かの部屋だったことを知る。

 机や椅子、本棚などが使用感そのままで残されていたからである。


 テルルは本棚の書籍に手を伸ばす。

 それこそが、テルルの人生を決める鍵だった。


 読み書きなど習っていない当時のテルルである。

 ページをめくっても、なにもわからないはずだった。


 しかし、テルルは全てが読めた。

 言うまでもなく、憑依した己の力があったからである。


 テルルは嬉しくなり、かくれんぼのことなどすっかり忘れ、真っ暗な世界でひとり、灯りもつけずに本をめくり続けた。


 次の日も、その次の日もテルルは地下倉庫に居た。


 のちに、テルルがさらに本にのめり込む出来事が起きる。


 それは『古代魔法総括』と書かれた本を読んでいた時のことであった。


 魔法というものは本来、スキルとして覚えないと使えない。

 だから詠唱を真似しても、普通なら形を成さない。


 だがテルルが本の通りに文言を唱えると、なんと魔法が行使できてしまうのであった。


 炎、氷、風、水、地、雷。


 テルルは小さく儚い力なれど、あらゆるものを、おのれの手で生み出すことが出来た。

 テルルの体には、底しれぬ魔力を持つフリアエの力までもが宿っていたからである。


 こんなに好奇心をそそられることは、かつてなかった。 


 その日からテルルはすっかり兄弟とは遊ばなくなり、来る日も来る日も自室に持ち込んだ古代書物を読むようになった。


 そうやって7歳になったある日のこと。

 テルルは早朝にひとりでこっそり森の傍に行き、木に向かって本の通りに、ある魔法を唱えた。


 幼い子の考えることである。

 ただ、面白半分でやってみたかっただけであった。


 もちろん、魔力を増幅させる杖やワンドなど、持っていない。


 テルルに選ばれし魔法の名前は《落雷ラムザ》。

 読んだ中では、一番強力でカッコ良さそうな挿し絵が描かれていた、ただそれだけのことであった。


 一度目は詠唱を間違え、何も起きなかった。

 二度目、詠唱が遅すぎたのか、何も起きなかった。


 そして、三度目。


 耳をつんざくような轟音が鳴り響き、目の前が真っ白になった。

 テルルは自分が後ろに吹き飛ばされたことすら、わからなかった。


 狙った大木は、雷に裂かれ、2つになって火がつき、もうもうと煙を上げていた。


 尻もちをついたテルルは、顎ががくがく音を立てるばかりで、声すら出せなかった。


 驚いた家族が出てきて、家の中に引っ張り込むまで、テルルは動けなかった。


 ここでテルルは幼いながらも、思い知った。

 自分に備わっている力は、破滅的なものだということを。


 冷たい恐怖が心を埋め尽くした。


 いまのを、ふざけ半分で、兄たちにやって見せていたら。


 ――自分は簡単に人を殺せる。

 ――赤子の手をひねるように。


 なんと恐ろしいことか。


 どんな者でも、その長い生の中で、一生を左右する出来事が必ず1つか2つ、起きると言う。

 テルルにとっては、この出来事こそがそれだった。


 これがテルルの人格形成に大きく関与し、テルルはそれから魔法を手のひらの練習だけにとどめ、本気で放つことはなかった。


 どんなに強制されようと、その手に武器を握ることもなかった。


 そうやって、力を全否定する15歳の男が出来上がったのである。


「あーうまかったな」


 話しているうちに焼いたウサギ肉を全て平らげてしまったな。


「さて、寝るか」


 身なりを整えると、掘った土中で、己はそのままうとうとした。

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