第11話 気遣い魔王、いよいよ牛に挑む


 翌日。

 今日もトレント、エイプ狩りに行く。


 フリアエの保険があるから、安心して積極的に狩れるのも大きいな。


「ふぅ、一休みするか」


 矢を拾って仕舞うと、水袋を取り出して呷る。


 体感的にはもうレベル20くらい軽く越しているだろうと思うくらい狩っているのだが、あいかわらずレベル7から上がらない。


「まだしばしかかるか」


 気を引き締め、狩りを再開したところでレベル8に上がった。


〈フリアエが〈死体吸収ユークリッド〉を覚えました〉


「おお。それ来たか」


 ニヤリ。



死体吸収ユークリッド〉……倒した敵からHP、MP、APを吸収する。

 再使用時間 25秒



「いいタイミングで来たな」


 概して、生き物は心臓が止まっても、体に宿る生命力はすぐには失われず、しばらく蘇生が可能な状態が続く。


 フリアエのこの魔法はそれを奪い取って対象を蘇生不可とし、自身の力とするものである。


 天使とは思えぬ残酷なスキル、と言われそうだが、彼女の尊厳のために言っておくと、そうではない。


 上位の悪魔ともなると、倒しても倒しても簡単に復活してくるために、高位の天使はこの能力がないと話にならないのである。


 HP、MP、APを吸収し回復するといっても、まだ低レベルのためにロスが多く、吸収量は残高の20%ほど。

 それでもトレントからの【死体吸収ユークリッド】一発で、〈死の沼カルダノ〉1発くらいのMPを手に入れることができる。


 継戦能力がぐんと上がったのは間違いない。


「よし、もう少し狩ろう」


 そうやって〈死体吸収ユークリッド〉を繰り返しながら乱獲していると、レッドエイプがカードを落とした。




 ~~~~~~~~~


【レッドエイプのアビリティカード】


 ランク:Normal


 固有アビリティ:移動速度2%上昇


 ステータスアビリティ:素早さ+2%


 ~~~~~~~~~



「ほうほう」



 加算する数値は低いが、方向性としては悪くない。

 素早さは攻撃の回避動作、攻撃速度に関わってくるため、すべてのステータスの中でも1,2を争う重要な要素だ。


 また手に入れられそうだし、一枚はリリスの空きスロットに合成しておこう。



 ~~~~~~~~~



 フリアエ装備中)


【闇の聖女リリス ソロモン七十二柱『グレモリィ』のアビリティカード】


 ランク:Unique


 固有アビリティ:あらゆる魔法攻撃を吸収し、一定時間我がものとする

 固有アビリティ:HP20%以下になると、一度だけ攻撃力130%の一撃を放つ

 固有アビリティ:相手の命中率を3%低下させる

 固有アビリティ:移動速度2%上昇


 ステータスアビリティ:闇属性付与、さらに各ステータスを125%にする

 ステータスアビリティ:攻撃力+2%

 ステータスアビリティ:精神+2%

 ステータスアビリティ:素早さ+2%



 ~~~~~~~~~



「お、続くな」


 ほぼ同じ時期に、イエローエイプの方もアビリティカードをドロップした。

 こっちはなんと、幸運なことにいきなりゴールドレアだった。



 ~~~~~~~~~


【イエローエイプのアビリティカード】


 ランク:Normal(金)


 固有アビリティ:エコーロケーション(Lv1)

 

 (効果)20メートル範囲で超音波を放ち、他者の位置を同定できる 

 一日5回まで


 ステータスアビリティ:運+2%


 ~~~~~~~~~



「お、こいつは……」


 使える能力が来た。

 パッシブではなく能動使用する必要があり、5回までと能力としては限定的だが、索敵スキルとしては非常に有用である。


 Normalクラスでも、ゴールドレアだとけっこういいものが来るんだな。


 ウッドゴーレムにつけれたらいろいろ試せるのだが、残念ながらコイツはカードを装備できない。


 いったん自身のトレントのカードをはずすか迷ったが、スキルなしでも20メートル範囲くらいの敵ならわかりそうな気もする。

 こいつは温存してトレントのままで行くか。


 もし索敵が重要な場面が来たら、その場で変えれば良いだけだしな。


 さて、〈死の沼カルダノ〉はまだまだ使える。

 どんどん狩っていこう。


 最初から比べると、ずいぶんと戦いやすくなったしな。


 この日は日が暮れるまでエイプとトレントを乱獲した。

 あ、帰る頃になって、トレントから念願の武器ドロップがあった。



 ――――――――――――


 <本日の収穫> 


 騎士団の片手半剣バスタードソード 耐久値 84/100

 騎士団の弓 耐久値 32/100

 矢       22本

 茨の蔦     11本

 芳醇な木の実  18個 


 ¥8230


 トレントのアビリティカード(Normal) 1枚

 レッドエイプのアビリティカード(Normal) 1枚 

 イエローエイプのアビリティカード(Normal)(金) 1枚


 ――――――――――――




 ◇◆◇◆◇◆◇




「ふむ。軽すぎるが……まあよい」


 己は森に入るなり、昨日手に入れた片手半剣バスタードソードを振り、手になじませていた。


 やっと剣を手にとることができた、という思いが胸にこみ上げてきていた。

 耐久値の残りが16しかないので、すぐに折れること請け合いなんだが……。


「さて、頃合いだな」


 武器もある。

 いろいろ強化も進んだ。


 フリアエの〈死の沼カルダノ〉もある。


 そろそろあの牛と戦いに行ってみるか。


 難しければまた逃げよう。

 なにせ相手はレベル30だからな。


 それでも挑まずにいられないのは、早く恩返しして、家に戻らなくて良い生活にしたいからである。


「たしかこっちだな」


 風景の記憶を頼りに、東の森を進む。


 以前エンカウントした場所の手前で、ウッドゴーレムを出しておく。

 もちろんフリアエも己の胸で姿を現し、待機している。


 ゴブリンを倒しながらあたりを探すこと、10分弱。

 そろそろ【エコーロケーション】をつけて探してみようかと思っていた頃だった。


「ブルル……」


 鋭い眼光でこちらを睨みながら、のし、のし、と現れる四足歩行の魔物。


〈イリアスの森の主、『狂気の牛マッドホーン』のマリクと遭遇しました〉


狂気の牛マッドホーン』は律儀に出てきた。

 まあ、エリアボスだから当然だな。


「倒しに来たぞ」


「ブルル……」


 狂気の牛マッドホーンは以前の己とは違うことを見てとったらしい。

 以前はどっしりと構えて、格下を見るかのごとく己を見下ろしていたが、今は牙をむき出し、威嚇してきている。


「Χαλαρώστε, γη. Βυθίστε και συλλάβετε……」


 そこでフリアエから〈死の沼カルダノ〉が放たれる。


「ブモォォォ」


 フリアエの魔法が効果を発揮し、狂気の牛マッドホーンは首から下までを沼に囚われた。

 狂気の牛マッドホーンは抜け出ようと足掻いているために、余裕がなくなる。


「よし、行け」


 【鉄衛アーマード】で強化されたウッドゴーレムに追撃を命じて向かわせた。


 己も昨日手に入れた『騎士団の弓』で矢を射かける。


 矢は3本全て命中し、沼から見えていた牛の頭頸部に突き刺さる。


 しかしそれと時を同じくして、角から放たれた炎の魔法、〈炎の矢ファイアアロー〉にやられ、あっさりとウッドゴーレムが散った。


「ブモォォォ」


 狂気の牛マッドホーンが掴まれた沼から這い出ようとしている。

 その名の通りに暴れる姿は、矢のダメージをまるで感じさせない。


「逃がさん」


 己は片手半剣バスタードソードを抜き放ち、狂気の牛マッドホーンに斬りかかった。


「【斬撃】」


 力を込めて横薙ぎにした剣は、キィン、と甲高い音を立てて弾かれた。


 沼に囚われながらも、牛が剣撃をすくいあげるように、その角をふりかざしたのである。


「ほう」


 二撃、三撃と繰り返してみるが、牛は己の動きの全てが見てとれるらしく、やすやすと弾き返される。


 お返しとばかりに、再び〈炎の矢ファイアアロー〉が飛んでくる。

 しかし己には効かない。


 リリスのカードが魔法を吸い込んでしまうのである。


「Κόκκινη μανία, γίνε βέλος, τρέξε μέσα……」


 フリアエにより、太さを大きく増した炎が牛へと返されるが、牛はうまく沼に沈むことでそれをやり過ごした。


「ブルル……」


 それでも、今のはさすがに牛も驚いたようである。

 魔法を唱えるのをやめ、その角を振り回し始めた。


「よかろう」


 己は剣を握り直す。


 剣を様々に繰り出し、動けず防戦となっている牛にダメージを入れていく。


 だが牛とて黙ってはいない。

 その肉を引き裂いてやる、とばかりに、的確な角の一撃を繰り出してくる。


 距離を取れば、食い殺してやる、とばかりに尖った牙を見せ、ギロリ、と睨む。


 殺意の睨みに、素人なら怯むに違いなかった。

 だが己は素人ではない。


 跳ね返されることくらいは想定しているし、どんなに強気に出てきても、今劣勢にいるのは牛の方なのである。


「ぬんっ」


 剣撃をさらに重ねていく。


 牛が沼から這い出てきても、淡々と剣を振るう。

 牛類の魔物の行動パターンは全て知っている。


【斬撃】を使えるおかげで、斬り裂く威力は悪くない。

 こちらが多少角で負傷しようとも、フリアエのHP加算のおかげでまだまだ動ける。


 一方の牛は負傷が増えていっている。

 沼にさらされたせいもあって、動きは当初より鈍くなってきている。


 形勢は、悪くない。


「ぬぅ」


 互いに息が上がっている。

 それでも、互いは表情を微塵も変えない。


「――ブモォォォ!」


 やがて狂気の牛マッドホーンの角が己の右太腿に突き刺さり、反対に貫いた。


 だが動かなくなったその一瞬を好機とばかりに、己は牛の頭部に剣で叩きつけ、その眉間を割る。


「ブモォォォ!」


 血を撒き散らし、牛が暴れた。

 こたえたようだ。


 己はその拍子に大きく吹き飛ばされ、幸い刺された角からは抜けられた。


 一旦距離を取り、睨み合う。

 互いの体からは、少なくない血が滴り落ちている。


 己は切れていた【鉄衛アーマード】を己にかけ直す。


「………」


 一瞬訪れた、音のない、静かな時間。


 これが最後のぶつかり合いだとわかっていたのだろう。

 互いが相手に敬意を表するような心の通わせがあった気がした。


「ブモォォォ――!」


 眉間から流れる血を吹くように咆哮を上げ、牛が最後の力を尽くした突進を仕掛けてくる。


 勢いが今までと桁違いであった。

 かわしきれぬと知り、こちらも踏み込んだ。


 脇腹を深々と裂かれる。

 しかし、隙だらけだった首への突きを放つ。


「――――!」


 剣がバキ、と音を立てて折れた。

 しかし、突き立てた刀身は深々と突き刺さっている。


 牛が己を見た。


「………」


 穏やかな目だった。


 それはさながら、よくやった、と言っているかのようだった。

 剣をくわえ込んだまま、牛がどぅ、と横倒しになった。


 そこでふと、思う。


 こ奴も己と一緒で、エリアボスという役割を早く終えたかったのかもしれぬな、と。

 

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