第7話 気遣い魔王、育つ
先ほどワイルドベアを倒して、テルルはレベル2になっていた。
各ステータスが若干上がったようだが、体感としてはまだ変化は感じられない。
中身は魔王とてテルルも人の子。
本来ならレベル18のワイルドベアを倒せば、レベルはぐんと上がるはずである。
だがそうならない。
それはこの体にフリアエが共存しているからである。
テルル(魔王)とフリアエは一緒にレベルが上がるようになっており、大天使であるフリアエの経験値必要量が膨大すぎて、そっちに経験点の9割以上を吸われているのだ。
まあ、これについては仕方がないことだ。
二人育てていると思って、大量に狩り続けるしかない。
幸い、フリアエは最初から別格の強さがある。
そこそこの魔物が相手でもいけるだろう。
〈新しいスキルを覚えました〉
「お」
レベル2になり、定番の技が来た。
【斬撃】……攻撃力の150%の威力で敵を斬りつける
対象武器 剣
再使用時間 45秒
「ほう、剣技か」
この技は多くの剣系職業が取得する技であり、これだけでどの職業か同定は困難であるが、少なくとも魔術師ではないことはわかる。
なお、魔法はMP、【斬撃】のような
現状ではテルルのステータスは低いため、2回しか使用することができないが、あるとないとでは大違いだ。
いや、そもそも対象武器を持っていなかった。
「さて」
育ててくれた人たちに挨拶の準備をするか。
なにか持ち帰ることのできる品を手に入れておこう。
「そういえば」
ギューゼルバーン家はそれほど裕福でもないから、さっきの熊の毛皮でも喜んでくれるかもしれないと思い、後ろを振り返った。
……あ、灰になってたわ。
「……森に行くか」
気を取り直し、森に大股で入っていく。
なにかの肉でも持って帰れば喜んでくれるだろう。
「フリアエ、狩りをするから何かあったらまた頼む」
胸元を開けて呼びかけるも、フリアエは目を閉じ、無言のままである。
彼女は訳あって魔王と同居していた。
転生後もついてきてくれており、呼び出すことで胸に表出する。
フリアエは物静かな女性ながら、恐ろしい魔法の使い手だ。
魔王が慄くくらいだから、相当なことは理解してもらえよう。
今はレベル2で、彼女が詠唱できる魔法は〈
いや、それでも十分強いのだが。
なお、HP、MPに関してはテルルとフリアエのものと合算して、ひとつのプールを共用する。
そういうわけで、己はできるだけ魔法は使わないでおくのが賢い。
「ギッ、ギギッ」
まもなくして、一体の魔物と鉢合わせた。
背丈は15歳の己より、頭ひとつほど小さい。
頭は禿げ上がり、目はぎょろりとしている。
腹が突き出て四肢が細く、申し訳程度の布をその薄緑の体に巻き付けた、二足歩行の生物。
ゴブリンである。
この世界では底辺に位置する魔物で、レベルは3相当。
「ギギッ!」
ゴブリンが奇声を発しながら、棍棒を振り上げて襲いかかってきた。
「やれやれ」
舐められたものだ。
まぁたしかに武器も持っていないし、見た目は森に迷い込んできた人間の若造。
取って食うにはたやすいように見えよう。
「ふんっ」
魔王は拳でゴブリンの胸元をまっすぐに突く。
「グェッ」
拳は、やってきたゴブリンの胸板をあっさりと貫いた。
ゴブリンの顔は驚愕に染まり、その一瞬で意識が遠のき、人形のように崩れ落ちる。
筋力などのステータス値は、テルルとフリアエの基礎値のみが合算される。
そこへ各人の称号などによる自己バフがかかるので、二人の値は異なってくる。
例えば今の魔力値がテルル1、フリアエ9とすると、二人のベース魔力値はともに合算した10となる。
テルルの場合、そこに憑依している魔王のバフがかかる。
具体的には、【魔界を統べる者】、【神界に恐れられし者】、【幸福の生贄】、【十字架の乗算】などの称号バフがのり、10から54になる。
一方のフリアエには【深遠なる知識】、【永遠の輝き】、【天界の大魔導】、【明光いづる者】、【堕天した者】などの称号、さらに職業独自の自己強化がのり、魔力に関しては10から128まで上昇する。
レベル2といえど、ステータス値は馬鹿げてくるのはわかっていただけただろうか。
加えて、魔王とフリアエは、かつての武器熟練度を持ち越してきている。
魔王のものだけ、示しておこう。
――――――――――――――――――
■ 武器熟練度
【剣類】 レベル284 28/ 100
【盾】 レベル121 86/ 100
【短剣】 レベル191 68/ 100
【斧】 レベル128 91/ 100
【拳】 レベル172 34/ 100
【槍】 レベル146 36/ 100
【弓】 レベル193 75/ 100
【メイス】 レベル165 19/ 100
【杖】 レベル229 63/ 100
――――――――――――――――――
そんなわけなので、ゴブリン程度では、到底やられるわけがないのである。
◇◆◇◆◇◆◇
「よしよし、これで二匹目」
ホーンラビットという、額に角が生えたウサギの魔物がいる。
ゴブリン20体倒すごとに1体くらいで遭遇するレアモブだ。
肉質がよく、美味なのだが、非常にすばしこい魔物だ。
その角で襲いかかってきてくれるならまだしも、出会って1秒で逃げ出すから捕らえるのも難しい。
己は短剣スキルが伸びているため、細長い石の投擲で仕留めることが出来た。
こいつはたいした牙がなく、角を折るとただの大きなウサギになる。
「ゴブリンばかりだな……場所を変えるか」
テルルが住んでいたギューゼルバーン侯爵家の屋敷は樹海で周囲を『コ』の字型に遮られている、都市部からは大きく離れた地域である。
囲む樹海は『西部樹海イリアス地区』という正式名称があるが、それはどうでもよく、とにかく探索しがいのある深い森だということ。
「こっちに入ってみるか」
今までは家から見て北側にあった森を歩いていたが、東側に行ってみよう。
「お、いるではないか」
やはりゴブリンばかりだったので軽く意気消沈していたが、家のすぐ近くで褐色の肌をした大きな水牛が現れた。
体長は3メートル近く。
隆々とし、頭から横に突き出た二本の角は一度湾曲した後に上へと鋭く伸びている。
その牛らしからぬ鋭い目つきは、狂気にとらわれている。
『狂気の
〈イリアスの森の主、『狂気の
こいつはレベル30だったか、低すぎて忘れた。
他と比べて格段に高いのは間違いなかろう。
この森のエリアボスだからな。
「ブルル……!」
己が誰かも知らずに角を向け、威嚇している。
「無礼者め……」
しかし、対面してみると、とても敵わぬ相手だと感じ取れる。
牛側もわかっているのであろう。
ただ威嚇するのみで、突っ込んでこない。
こいつは警告してきているのだ。
立ち去れ、と。
「うーむ」
こいつからは良い肉が得られそうだから、フリアエの魔法で消し炭にはしたくないしな……。
もう少しレベル上げなりなんなりしてこないと、難しいか。
【斬撃】も武器がなくて使えないしな。
しかたない、いったん退避。
いろいろ整えて出直してこよう。
――――――――――――
<本日の収穫>
ホーンラビット 38cm 良型
ホーンラビット 41cm 良型
ゴブリンの弓 1個
矢 6本
――――――――――――
◇◆◇◆◇◆◇
「……お前が捕まえたと信じろというのか?」
「あ、はい」
正座させられた己は今、家族みんなに取り囲まれ、不審な目で見られている。
その原因は己の前にある、二匹のウサギ。
しかも、38cm、41cmの良型と言うことなし。
それだけに、全く信じてもらえなかった。
「テルル、どこから盗んできたんだ」
長男のセフィーロは、皆が言わずにいた言葉をとうとう言ってのけた。
「いえ、自分で捕まえて……」
「お前が捕まえられるはずがなかろう」
即座に言い切られる。
父からの信頼は完全に失墜していた。
「でもさ、盗むとかもテルルはできないだろうよ」
次男ポールは、助け舟ともいえぬ舟を出してくる。
「あぁ、わかった。ユキナね」
母カリスがぽん、と手を打って頷いた。
「別れの挨拶に、って置いていったんでしょう」
「おお、なるほど」
父が急に笑顔になって納得する。
「それを自分の手柄にしたのか」
「いや、ちが……」
皆が、ははーん、という顔で目を細め、己を見ていた。
「ユキナ、本当にできた子です」
「世話になってたの、俺たちだけどな~」
「………」
最後の最後まで、何も信じてもらえない。
己、挨拶より失踪したくなってきた。
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