15

 ハリーの部屋に残されたわたしは、やることがなくて自分の部屋に戻ることにした。部屋の前でドアをあけようとしたとき、後ろから声をかけられる。

「エマさん」

「はい」後ろを振り向くと、ジェームズの探偵が立っていた。

「今、お時間はありますか?」

「ええ。お入りになりますか?」

「では、お言葉に甘えて」

「どうかなさいましたか?」わたしは彼に椅子をすすめてから聞いた。自分は向かいに腰を掛ける。

「先日、ペンダントをお預かりしましたね」

「ええ、形見のものですか」

「あれをお返しに」

「ありがとうございます」わたしはペンダントを受け取って首から下げた。

「お聞きしてもよろしいものかわかりませんが、失礼を承知で質問させていただきます。答えたくないのなら、それはそれで構いませんので」

「はい」

「ご両親の記憶はございますか?」

「いいえ」

「では、小さいころ、何かご両親のお話を聞かれたことは?ペンダントの由来など」

「これを預かっていた孤児院の院長は両親と親しかったようです。これがわたしの素性がわかる唯一のものだと言っていました」

「そうですか」

「何かわかったんですね」わたしははっと息をのんだ。

「ええ」探偵がためらう。「ですが、その院長様は秘密をご存知のようです。それでいてお話しされないのなら、わたしからお伝えするのはどうかと。あなたがお知りになりたいかどうかですが」

「待ってください」わたしは言った。「すぐには決められません」

「当然でしょう」探偵が答える。「あなたはまだ数週間滞在なさいますよね?いつでも覚悟がおできになればお話しします」

「ありがとうございます」わたしはそう言って部屋を出て行こうとした探偵を見て、ふっと思ったことを口にした。「この結果、聞いたら請求とかされませんよね?」

「まさか」探偵がふっと笑う。「わたしが勝手に調べたことです。それに、あなたのためならサービスでも喜んで。まあ、もしも請求するなら請求先はあなたではなくジェームズにするでしょうし」

「ありがとうございます」

「あなたはジェームズのためにも、ハリーのためにも必要な存在です。わたしからも感謝します」

「こちらこそ」

 数時間後、二人で出てきたハリーとジェームズには、それまでのような険悪でぎくしゃくした空気はなかった。まだぎこちなさはあるが、とりあえずは解決したらしい。ハリーはその三日後、一度自分の家に帰っていった。

 わたしはその数週間後、探偵に前に会った屋敷の奥の部屋に足を運んだ。夕日が大きな窓から差し込んでいる。とりあえず、窓際に腰かけクッションを手に取った。

「どなたかいらっしゃったと思いましたら、あなたでしたか」ほどなくして探偵が部屋の隅から現れた。あそこに何かしらの扉があるのは間違いない。

「お話を伺いに」

「覚悟はできましたか?」

「孤児院の院長に手紙を書き、お返事をいただきました。そうしたら彼女、もうそろそろいい頃合いだろう、と。自分で話してもいいが、調べてくれた人がいるのならその人からお聞きなさい、という内容でした」

「そうですか」

「あと、ジェームズにも相談したんです。一応、わたしの友人にも」わたしは一呼吸おいて、彼を見つめた。「聞く覚悟はできました」

「では、わかりました」

 探偵はわたしの横に腰を掛けた。黒い髪をかき上げ、ゆっくりと話し始める。

「どう初めてよろしいものでしょうか。まず、あなたのご両親のお名前から。あなたのお父上はアルバート、お母上はシャーロット。サウセン伯爵夫妻です」

「伯爵……?」わたしは小さくつぶやいた。

「ええ。あなたは伯爵令嬢でいらっしゃいます」

「まさか」

そんなこと、あるはずがない。自分がいきなり貴族の娘といわれて、信じられるはずがなかった。そんな夢物語、思い描いたことはあるけれど、実際に起きることだなんて考えてはいなかった。わたしが伯爵令嬢?ありえない。わたしはだれともわからない両親の元生まれたのだと思っていた。それか、ミセス・アヴィエラの知り合いの使用人とか、地元の人の子かと。ペンダントはその二人の宝だろうと。貴族の紋章のようだとは思っていたけれど、いざ本当に貴族の紋章だとなってくるとどうしたらいいかわからない。

「二人は今?」とりあえず、聞いてみた。答えはうすうすわかっていたが。

「残念ながらお亡くなりになっています」

「そうですよね」伯爵夫妻が孤児院に子どもを預けるのは、よっぽどの事情があるからだ。彼らがこの世にいるとは思わなかった。

「サウセン伯爵夫妻はこの国でも有力な貴族でした。ティルベラー家も知っていらっしゃるはずです」

「では、ティルベラー侯爵夫妻はわたしの両親を知っていると?」

「そうでしょうね。もしもいつか機会があったらお二人のことを聞いてみてはどうですか?」

「ええ、まあ。二人がどうしてわたしを孤児院に預けたのかご存知ですか?」

「サウセン伯爵夫妻には政敵がおありでした。その政敵に命を狙われたのです。彼らはさらに、夫妻に嫌疑をかけて財産を没収しようと考えました」

「ひどい」

「ええ。嫌疑をかけられた夫妻は、まずは自分たちの一人娘を救おうと考えました。嫌疑といっても、処刑されるようなものではありません。けれど、いつかは暗殺されるかもしれない。その時にあなたが巻き込まれるのを恐れて、親交のあったキャサリン・アヴィエラの孤児院にあなたを隠したのです。素性を示すものとしてペンダントを持たせて」

「では、このペンダントはやはり、サウセン家の紋章ですか?」

「ご名答です。わたしは初めてこれを見たとき、久しぶりに見る紋章だと思いました。初めはどこのものかわかりませんでしたが、お借りして調べてみるとはっきりしたのです」

「そうですか」

「ティルベラー夫妻がこれを見て何も思わなかったのが不思議ですね。けれど、十五年以上前の話ですし、ペンダントもじっくり見たことがないのでしょう」

「話を戻させていただきますが、わたしの両親はやはり暗殺されたのですか?」

「嫌疑をかけられ、二人は田舎の屋敷にしばらく行くことになりました。嫌疑が晴れるまではおとなしくしているというパフォーマンスです。しかし、その途中で事故にあい、お二人は帰らぬ人となられたのです」

「それは本当に事故なのですか?」

「わかりません。事故ということになっていますが、実際には政敵が仕組んだことだというのが、一般的な見方です」

「今、その人たちは。誤解しないでください。復讐なんかは考えていません」わたしは探偵の微妙な表情に気がついて言った。「真実が知りたいんです」

「結局、夫妻の死後、かけられた嫌疑はでっち上げとわかりました。それで彼らは追放されたのです。ティルベラー夫妻はその告発を先頭に立ってした人物です」

「では、彼らは両親の味方だったと」

「ええ。両家の親交は深かったと思いますよ」

「そうなんですね」

「ちなみにですが、伯爵家の財産は現在、国で管理されています。伯爵夫妻には近親者が娘しかいませんでしたし、その娘は行方不明になっていたので。娘がもう生きていないだろうと思われるまでは、財産は全く手を付けられないことになっています」

「では、それは?」

「あなたが言えば、手に入るでしょう。かなりの財産ですよ。サウセン家は国でも一、二を争う名家でしたから」

「そんなの、急に手にしても困ります」

「それは、ゆっくりと考えればいいことでしょう」

「けれど、わたしがサウセン家の人間とは証明できるのですか?」ふと疑問に思って聞いてみた。小娘が伯爵令嬢だと言い出しても、ただのたわごとだと聞き流されるだろう。

「あなたの見た目は伯爵家の特徴を受け継いでいます。それに、そのペンダントはしっかりとした証拠です。一番の強力な味方はミセス・アヴィエラでしょう。彼女はあなたの素性を証言できますし、彼女の証言は尊重されます。サウセン伯爵夫妻のことですから、ミセス・アヴィエラにあなたのことをお願いする手紙を書いたでしょうし、彼女も手紙をとってあるでしょう」

「では、なぜ、彼女は今までそれを教えてくれなかったのでしょう?もう、政敵はいないというのに」

「政敵は追放された、といいましたが、政界から追放されただけです。サウセン家の令嬢が存命と知れば、恨みを持った人々は刺客をさし向けてくるかもしれません。それを恐れたのでしょう。事情も分からない小さな女の子は自分の身を守れませんから」

「けれど、今なら事情は分かる。それに、自分を守ることも可能。少なくとも昔よりは、ということですね」

「そういうことです。それに、わたし個人から言わせてもらえば、あなたは今ティルベラー家と親しくしていらっしゃる。それはとても安全です」

「ええ。ありがたいことです」

「わたしにはミセス・アヴィエラが下した、孤児として育てて大きくなったら素性を明かす、という計画が本当に正しかったのかわかりません。人によっては、いきなり貴族になって混乱する人やおごり高ぶる人もいるでしょうから。けれど、あなたに関しては、その計画は失敗にはならないと感じられます」

「そうでしょうか?わたしは不安でいっぱいです」

「けれど、あなたなら大丈夫です。また、何かあったらなんでお申し付けください。あなたの相談なら、無償でやらせていただきます。多少の経費はいただくかもしれませんが」

「ありがとうございます」わたしはくすりと笑ってしまった。この探偵のことはよく知らない。けれど、なんだか彼らしいと思った。

「あの」彼が消える前に慌てて呼び止める。「自分で上手く話せる自信がありません。ジェームズに伝えていただけますか?」

「かまいませんよ。ついでに、彼からティルベラー夫妻に伝えるように言いましょう」


 ジェームズが話を聞いた後、わたしの周りはめまぐるしく変化した。まず、ミセス・アヴィエラがティルベラー家の屋敷までやってきて、わたしの両親の話をしてくれた。彼らは思いやりのある素晴らしい人たちだったという。ティルベラー夫妻も同意してくれた。

「あなたがアルバートとシャーロットの娘だなんて。ペンダントに気がつけばよかったわ。彼らにはとてもお世話になったの。本当に、無事でうれしいわ」夫人は涙をためて言ってくれた。

 国に伝えたとき、わたしの保証をしてくれたのはティルベラー侯爵夫妻とミセス・アヴィエラだった。その二人とペンダントのおかげで話は早く進んだ。サウセン伯爵家の行方不明の娘が見つかったと、一時は騒然となったらしい。わたしは社交界に招待されたけれど、卒業するまでは、と断った。自分の友だちと普通の暮らしをしたい。今の部屋でかまわないし、仕事もする。けれど、学費は払う。それで学園長との間で話がついた。わたしの素性はソフィとジェームズ以外には知られなかった。わたしがそう望んだからだ。

 卒業して、わたしは社交界に出た。その教育を受けていないから困ることも多い。けれど、ジェームズが支えてくれた。

 彼はハリーと仲直りして、明るくなり、学園でも友人をつくっていた。最後の一年、わたしは彼との関係を進めなかった。自分が侯爵の息子と噂になってつらくなるのもいやだったし、彼には彼の友人関係をつくってほしかったからだ。夜に少し話すだけで十分だった。

 卒業してすぐ、わたしが社交界に出る日、彼はドレスをくれた。わたしの瞳の色の素敵なドレスだ。それを着て、ダンスをして、休憩に中庭に出たとき、彼は木の下で指輪を出して跪いた。その時が初めて、彼とキスをした時だ。彼の目には昔見た、ためらいや暗さはなくなっていた。

「レディ・エマ」

新しく知り合った友人と、ベス、ソフィ、メロディの古い友人といるとき、新しい友人の一人がわたしに言った。レディをつけるのは彼女が貴族だから。わたしは自分がそう呼ばれることにまだ慣れなかった。

「ティルベラー家の息子と結婚して、政界に入るんですの?」彼女が聞いた。「社交界で噂になっていましてよ」

「政治に興味はありません」わたしはきっぱりという。

「じゃあ、何すんの?」ベスが聞く。

ベスもメロディもソフィも、卒業してからは自分の力で成功の道を進んでいた。わたしが苦労せずに生活していることに、これでいいのか、と思うくらい。

「孤児院をつくるの」わたしは言った。「孤児が卒業するまで、アスティルレードで受けるような教育を受けられるところを。彼らは日常生活のための雑用をすることはあるけれど、勉強に専念できるわ。寄宿生もいないから劣等感も感じさせない」

「いいわね。でも、どこに?」メロディが聞く。

「サウセン伯爵家の屋敷が残っているの。わたしはそこは使うつもりはないから、改装して孤児院にするわ。大きさは十分よ。アスティルレードよりも大きいくらいだもの」

「すごいわ。何かあったらわたしたちも手伝うから」ソフィが目を輝かせる。新旧どちらの友人も大きくうなずいてくれた。

「ええ。ありがとう」

 わたしは自分の計画を思い描いた。ジェームズとリチャードと、ティルベラー侯爵夫妻やミセス・アヴィエラと話した計画。自分の娯楽じゃなくて、わたしと同じように育つ孤児の助けになる財産の使い方。わたしはジェームズと結婚する。彼のおかげで生活する場所にも物にも困らない。それに、自分の財産はちょっとしたビジネスをして利益も上げるつもりだ。今の元手とその利益を使って、孤児院をつくる。お金には困らない孤児院を。そうして、幸せな子どもを見て暮らす。

たくさん考えてわかったのは、それが自分の一番の夢だ、ということだった。

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孤児の私が学園にやってきた転校生の貴族と恋仲になるまで 築山モナ @Mona_Tsukiyama

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