底辺配信者の俺、リスナーに騙されて極寒のダンジョンに迷い込んでしまう。5日後までに脱出しないと暴風雪が来て死ぬようなので、あの手この手で脱出します!

果 一

Day0-1 底辺配信者の俺が、ダンジョンに迷い込んだワケ

「ぬぉおおお!? このドラゴン強すぎ!? 難易度設定ミスってるって絶対!」


 ハンドコントローラーをめちゃくちゃに振り回しながら、俺は叫んだ。

 一人暮らしの男子大学生である俺、永井 達樹たつきが一人暮らしで住んでいるアパートは、はっきり言ってボロい。

 壁も薄く、耳を澄ませば隣の部屋から隣人のいびきが聞こえてくるレベル。


 だが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。

 俺の目の前に広がっているのは、アパートのくすんだ白壁ではなく、ぐつぐつと煮えたぎるマグマに、褐色を帯びた灰色の空。真っ赤な溶岩を噴き上げる火山が、あちこちにそそり立っている。


 そして、何より大迫力なのは、巨大なドラゴンが目の前に立ちはだかっていることだ。


 全高は十階建てのビルと同じくらい。筋肉はボコボコと雄々しく隆起し、黄土色の分厚い皮膚で覆われている。


 前足のかぎ爪は鋭く尖っていて、獲物をいとも容易く引き裂くことができるだろう。

 最近のVRゲーム、こんなに凄いのか。


 本物の勇者みたいに肩で息をしながら、俺はもの思う。


 臨場感マシマシなんてものではない。


 昨日発売した、この「ドラゴン・ハンティング666」、ファンタジーの世界観の中に、極限までリアルを詰め込んでいる。


 ギロリ。

 ドラゴンの青い目が、足下にいるありみたいな俺を睨みつける。

 と同時に、牙が生えそろった口を大きく開け、炎の玉を吐き出した。


「く、来る!」


 咄嗟にハンドコントローラーの“ローリング”ボタンを連打し、間一髪回避する。

 大地が焼け焦げる生々しい音が耳元で響き、自然と噴き出た汗が頬を伝った。


 ちらりと炎が着弾した地面を見ると――

 うわぁ。地面がドロドロに溶けてるよ……


 図らずもごくりと唾を飲み込む。

 あんなのに当たったら、ひとたまりも無い。


 骨のずいまで溶けて、人間スムージーのできあがりである。


 コントローラーを前に構えるのに連動して、一人称視点のキャラもつるぎを構える。

 見上げるほどに巨大なドラゴンに対して、剣はあまりにも貧弱だ。


「ちっくしょう! これ、ほんとにダメージ通ってんのかよ!?」


 俺は、必死にコントローラーを縦振りして、ゲーム内のアバターが握っている剣でドラゴンの足下を斬りつける。

 VRヘッドセットの画面ディスプレイ上に、ドラゴンの耐久値を示すHPバーが表示されているの だが――一撃で削れるのは1/100くらいである。


 かれこれ十分くらい闘っているのだが、HPはまだ半分をきったところだ。

 流石にもう、腕がつりそう。


〈ナイス回避!〉

〈頑張れ!〉


 不意にディスプレイの右端に、コメントが流れてくる。

 俺に攻略のヒントをくれる下僕げぼく……いや、仲間達のありがたい声援だ。


 まあ、端的に言うと現在この映像は、Yo!Tuuube という動画配信サービスでリアルタイム公開中なのである。


 そう。俺の背後には、八人の頼もしい仲間がいるのだ!

 まあ、チャンネル登録者が最近三桁になったばかりだから、ライブの視聴者数が少ないのは仕方がない。


 いずれ、一緒にドラゴン討伐を手伝ってくれる仲間を数千人にするつもりだ――って、決意してる間に一人切断した。


「うわ~! 視聴者が一人ドラゴンに喰われたぁ!」


 ライブ視聴者が切ったのを白々しくドラゴンのせいにして、我武者羅に剣を振るう。


 HPバーはようやく三分の一を切り、勝ちの目が見えてきた――その瞬間。

 バサリと羽を広げ、ドラゴンは灰色の空へ飛び立った。


 揚力ようりょくの生む風が、俺の身体を容赦なくたたきつける。


 仮想現実ヴァーチャル空間だから物理的ダメージはないけれど、風が巻き上げる瓦礫がれきや火の粉に怯えて、思わず目をつむった。


「空飛ぶなんて聞いてないって!」


 目を開け、上空で旋回せんかいしているオレンジ色の体躯たいくを凝視する。

 これでは、ひたすら剣で斬りつけるのは無理だ。


〈パターン変わった!〉

〈トカゲめ、なかなか手強い!〉


 コメント欄(流れる速度はカタツムリ並み)も、大迫力のドラゴン相手に白熱しているようだ。


「キシャァアアアアアアアッ!」


 ドラゴンが咆哮ほうこうする。

 頭の奥がビリビリと痺れ、ゲーム内の地面がグラグラと揺れる。


「また攻撃が……!」


 ドラゴンは再びその口を開き、炎の玉を吹いた。

 しかも――


「げっ! 三発ぅ!?」


 素っ頓狂な叫びを上げ、コントローラーが壊れる勢いで移動ボタンを連打する。

 うねりを上げて肉薄する三つの火球。


 俺の横を鋭くかすめ、次々と地面に着弾する。着弾と同時に地面は融解、蒸発。通り過ぎた地面にぽっかりと大穴が空く。


「えっぐ! 明らかに火力オーバーだろ!? このステージつくった奴だれだ!?」


〈俺w〉


「いや嘘つけ!」


 チャットした人物の名前を見る。


 “この世に嘘は栄えない”。


 いや嘘つけ。

 どう見たって嘘に寛容なタイプだろ。


 おっと、ふざけたコメントにツッコンでる場合じゃない。

 ふと上を見れば、再びドラゴンが口を開け、天に向かって首を伸ばしている。

 開いた口の先に巨大な火の玉が生まれ、あれよあれよという間に肥大化していく。


「デカッ!? 無理無理無理! あんなん喰らったらこの辺一帯、世界地図ワールドマップから抹消まっしょうされるって!」


 何か、反撃する手段はないだろうか?


 一応、インベントリーに弓矢が入っているのだが、そんなものを今から打ち込んだところで、到底あの攻撃を喰らう前に仕留めきれないだろう。


 完全に詰んだ。と思ったそのとき。


〈飛んできた火の玉に、必殺技当てれば跳ね返せるよ〉


 きた!

 救世主登場!


〈俺w〉とかいうしょ~もないコメントじゃなくて、こういう攻略のヒントを待ってた!


「マジ!? 試してみるわ」


 右下の必殺ゲージは……うん、溜まってる。

 行けるぞ!


 確信した瞬間、ついにドラゴンは撓しなる首を大きく振るい、太陽と見紛うほどの巨大な火球を解き放った。


 轟々と凄まじい音を立てて、火球が接近する。

 視界全体を埋め尽くす圧倒的な紅蓮ぐれんに向かって剣を構え、必殺技発動ボタンを押した。


 必殺技1:悪竜断罪ドラゴン・ブレイカー Lv.1 


 そんな文字が、赤背景のカットインと同時に流れ――


「終わりだッ!」


 決め台詞と共に、剣撃を放つ。

 巨大な斬撃が斜めに飛び、迫り来る火球と衝突。


 万物を焼き尽くす熱量もろとも弾き返し、放ち手の元へと帰ってゆく。

 そして。


「ギシャァアアアアアッ!」


 超高温の炎を全身に浴びたドラゴンは、頭が割れるような断末魔を上げて、散っていった。


「か、勝ったぁ……」


 俺は一瞬、配信しているのも忘れて呆けたような呟きを漏らす。

 なんという達成感。既に腕が痛くてたまらないが、頑張って剣を振り続けた甲斐があった。なんとも清々しい勝利だ。


〈おぉおおおおお!〉

〈ナイス勝利〉

〈88888〉


 流れ始めたチャット欄を見て、ようやく我に返る。


「えっと、この次はどうすれば……」


 移動ボタンを緩く押して歩き出す。と、急に画面が目の前の火山にズームインして、ゴゴゴゴという低い駆動音と共に、山の中腹に隠されていた扉が開いた。


「え? 隠し扉?」


〈おぉ! お宝の予感〉

〈勝利の報酬じゃね?〉


「勝利ボーナスか。確かにそうかも」


 相当な激戦だったし、何かいい報酬が貰えるんじゃなかろうか。

 期待に胸を膨らませ、俺は火山の中腹へと向かった。


「――え?」


 扉の中に足を踏み入れた俺は、思わず情けない声を上げてしまった。

 さぞかしいい報酬が。

 そう期待していたから、拍子抜けしてしまった。


 暗く小さな部屋の中央に、筆箱くらいの大きさの宝箱が、ぽつんと一つ置かれているだけだ。


「え? これだけ?」


〈ちっさすぎワロタ〉

〈理想に現実が付いてこないパターンw〉

〈報酬が努力に釣り合ってなくて泣いたわ〉


 いやいや、待て。

 現実逃避するように、俺はぶんぶんと頭を振る。


 きっとこれは、舌切りすずめの玉手箱みたいなヤツだ。

 小さい宝箱のほうが、質の良い報酬が入ってるっていう、例のアレだ。


 そうに違いない。


 俺は宝箱に手をかけ、恐る恐る開いた。

 中に入っていたのは――HPの回復薬かいふくやく一つと、ライター一個。


「……うぉーい、ただのゴミじゃねぇかw」


 なんだかもう、逆に可笑しくなって含み笑いをしてしまう。


〈しょぼすぎw〉

〈これが報酬か……ブラック企業やん〉


 チャットも、あまりの報酬のしょっぱさに、失笑状態だ。


「え? ホントにこれだけしかないの?」


 流石に信じられなくて、辺りをきょろきょろと見まわす。

 すると、奥の方に何やら古びた扉みたいなものを見つけた。


「あれ、なんかある」


 吸い寄せられるようにしてその場所まで行く。

 それは、確かに扉だった。


 岩の中で場違いなように埋め込まれた、木造の扉。

 なんだか異世界に続く夢の入り口のようでもあり、また入れば二度と戻ってこられない黄泉よみへの入り口のようにも思える。


 なんとも不思議な力を感じる扉だった。


「これ、なんだろ。知ってる人いる?」


〈うんにゃ、知らん〉

〈このゲーム、買いそびれてやってない〉


 有識者はいないようだ。

 恐る恐るドアノブに手をかけてみる――が。


「あれ、開かない」


 ドアノブを回そうとしても、なぜかピクリとも動かない。

 まるで凍ってしまっているかのように、ビクともしないのだ。


「設計ミスなのかな。報酬に鍵もなかったし」


 ドアが開かないのであれば、ただの背景オブジェクトとして見る他ない。

 ひょっとすると、今後アップデートで公開されるエリアなのかもしれない。


「まあ、いいや。なんもないなら帰ろ」


 仕方なく、きびすを返して元来た道を戻る。

 そのときだった。


〈そこの扉、隠しステージだよ〉


 急に、そんなチャットが目に飛び込んできた。

 チャットの主は――“この世に嘘は栄えない”さんだ。

 うわぁ……胡散臭うさんくせぇ。


「隠しステージって、それガチの情報なの?」


〈ガチよガチ。ライターの火が鍵になって、開けられるようになる〉


 ほんとに?

 ライターが鍵になるなんて、そんな話聞いたことない。


 もし本当だとしたら、随分とユーザーに優しくない仕様である。


「まあ、ガチだって言うなら」


 半信半疑のまま扉の前まで戻り、先程貰ったライターを擦って火を付ける。

 それから、ゆっくりとドアノブ中央の鍵穴に近づけた。


 するとどうだろう。

 火がぐにゃりと歪み、鍵のように姿を変えたではないか。


「ふぁっ!?」


 これには思わず驚いて、手を引っ込めてしまった。

 すると、揺らめく炎も元の形に戻る。

 どうらドアノブに近づけると、鍵のように形が変わる仕様らしい。


〈へー、おしゃれじゃん〉

〈わかりにくいだろ、この仕様〉


 チャットは見事に二極化状態。

 ちなみに言うと、俺も後者側の意見である。


「じゃあ、鍵開けるよ」


 満を持して鍵穴に火を近づける。

 火の揺らめきは鍵をかたどり、鍵穴へと吸い込まれていく。

 それを見届けてから、思いっきり右に捻った。


 ……。

 …………。


 しーん。


「は? 無音?」


 ガチャリ、という鍵を開けるときの独特の音がしない。

 いや、でもただ単にSE《サウンド・エフェクト》がないだけかもしれないし。


 鍵を抜いて、ドアノブを回してみる。

 が。


「あ、あれ。開いてないんだけど」


 やはり、ドアノブはビクともしないままだ。

 これは、一体どういうことか。


 “この世に嘘は栄えない”さんの嘘に踊らされていたのか。

 そう思い始めた頃、また“この世に嘘は栄えない”さんのチャットが流れてきた。


〈ちゃうちゃう。ただ右に捻るだけじゃだめ。右に2回回したと、左に7回。そのあとまた右に3回回さないと、開かないよ〉


「え、何その面倒くさい仕様」


 思わず口に出してしまった。

 ダイヤル式の金庫でもあるまいし、随分と厳重な扉だ。


 とはいえ、どこかに解錠かいじょうのヒントなんてあっただろうか?

 ドラゴン討伐までの道のりを軽く思い返してみるが、特にそういったものは無かった気がする。


 とすると、“この世に嘘は栄えない”さんは、発売されたばかりのこのゲームを、かなりやりこんでいるということになる。

 一体、何者なんだろうか。


 そんなことを頭の片隅に起きつつ、俺は鍵を言われたとおりに回した。


「右に2……左に7…………右に3」


 そうして遂に、ガチャリという音がした。

 鍵が開いたみたいだ。


〈おお、隠しステージ行っちゃう?〉

〈ドキがムネムネする!〉


 浮き足立つチャットを尻目に、俺はドアノブを回し、勢いよく扉を開けた。


「レッツゴー、シークレットステージッ!」


 そう叫んで、コントローラーのジャンプボタンを押しながら前進する。

 と――その扉の先に地面がないことに気付いた。


「……あ」


 そんな、マヌケな声を置き去りにして。

 俺の身体は底の見えない穴に吸い込まれていくのだった。

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