第16話

    港、文化船出港の朝


 操舵室では村上機関士が窓から外を観ている。文化船の甲板には百目鬼、澤村司書、秋山巡査長、校長、、埠頭には、女教師、寺田漁労長と部下たち、子供たちが見送りに来ている。名残惜しい顔の校長、

「大変ご迷惑をおかけしまして。」

百目鬼

「では、二か月後に、また参ります、、入港するときには前もって連絡いたしますので。」

「はい。わかりました。」

「ああ、今度は、港の盛大な迎えは、けっこうですから。」

「そうですな。ですが、飲み会のほうは、ご用意いたしましょう、、今度、は、十月ですな。秋が旬の魚、色々おいしいのを旅館の板さんに用意しといてもらいますわ。」

「いや、それはどうも、(小さい声で)楽しみです。」「アハハ。」「ウハハ。」

校長たち、船から埠頭に降り、埠頭に並んでいる子供たちにお別れの挨拶の指図。「さようなら、はい!」

子供たち、声をそろえて

「さよーならー!」

校長「また来てください、、、はいっ!」

子供たち「また来てくださいーー」 

手を振る百目鬼と澤村司書。

 「じゃ、みんな、さようなら!また新しい本を持ってきまーす。」

埠頭から離れていく文化船に手を振る子供たちの中には、借りた本を持ってきて、文化船の人たちに振って見せている子も居る。

「さよーならー」「さよーなら」「また来てね」「また来てねー」

村上機関士が汽笛を軽く鳴らし、ゆっくりと動き出し、港から出ていく文化船ひまわり号。 


    尼寺  一久寺


 外光が入らない一番奥の暗い部屋、机の上には百目鬼が寄付をした、シートン動物記、椋鳩十、日本の昔話、世界の神話、などの本が見えている。 背表紙に図書館のラベルは剥がされた跡がある。 

海霧尼が座っている前、小さな小さな火の魂が五つ、、、そちらに向かってやさしい声で語る海霧尼。仏門に入り、ここにやってきて、自分を慕って集まった子供たちの霊に、どんなに慰められたかと思い出しながら、自分だけ聴こえる極々小さな声で会話をする、、。

「あのね、みんな、良く聴いて。 今日、船の図書館は島を離れていきます。また二か月先に船はやってきますけども、今度は勝手に自分たちだけで借りに行っちゃだめですよ。 先生がきちんと行って借りてきてあげますから。」

海霧尼にしか聞こえない、小さな子供たちの声がし、言われた時にその都度、魂の光りが反応し、弱くなったり強くなったりする、、

「はい」 「はい」 「ごめんなさい」「先生、この前の本のつづきを読んで。」「読んでよ」「続き続き。」「らっぱ、が出てくる話。」 「はい、わかりました。読みますよ。」

新見南吉の『ひろったらっぱ』の続きを読み始める海霧尼。部屋の中、本を優しい声で読み続ける海霧尼の周りを火の魂が囲んでいる。お寺の境内、鐘楼に新しい梵鐘と撞木が吊られている。 撞木の紐を持って、ゆっくりと撞く住職、藤原尼。


     ♪ゴーーーーゥゥン、  ♪ゴーーーゥゥン、、、


 臼石島の、そこここに、鐘の音が響き渡る。火の魂がだんだん小さくなっていく、子供たちの霊が、鐘の音で成仏していこうとする、

「なんか、、いい気持になってきた、、、」

「はじめてじゃあ、、こねぇな気持ち、、なんか、遠くに連れて行かれるような、、」

「先生、私ら、もう、ここに居られんようになるん?、、」

「もっと、先生と一緒に、ここにおりたい、」

「ぼくもおりたい、、」

「もう、先生のお話、聴けんようになるの、寂しい、、」

海霧尼が丁寧に言い聞かせる、、

「いいの、いいのよ、、仏様があなた方をきちんとした良いところに連れて行ってくれますよ、この世での辛かったことは今日で終わります、先生も寂しくなるけど、来年のお盆になったら、みんな、島に帰って来られますよ。帰ってきたら、ここで本を読んであげましょう、、それまでちょっとさよならです。」

「先生、さようならー、」「さようならー」「さよなら」「さよなら、」「気を付けて、いくんですよぉ、、」

「行ってきます。」「行ってらっしゃい」

見ている間に部屋の襖を突き抜け、次の部屋の障子も突き抜け、庭に出ていく子供たちの五つの火の魂を海霧が裸足で降りて追いかけると、火の魂がゆっくりと海霧尼の周りを廻って、名残惜しいような様子を見せる、海霧が手を伸ばそうとすると、寄り添ってひとつの塊になり西の空に向かって飛んでいき、消えていく、、その方向に手を合わせて泣きながら経を唱える海霧尼。


    ♪ゴオォーーゥゥン、、  ゴオォォーーーゥゥン

    

お盆の終わり、島に、やっと鐘の音が戻った。


   臼石島 旅館 調理場


 仕込みをある程度済ませた昼過ぎ、休憩している大河内、奥の自分の椅子に座り、先月、宿泊客が置いていった「小説新潮」七月号に載っている、内田百閒 著「ノラや」を読んでいる、百閒宅で可愛がっていた猫の失踪の話だ。 

そこに仲居緒方が入ってくると、いつものように客の置いて行った雑誌類を板前に渡す緒方。

雑誌 写真付きの記事、 

『立教大の長嶋、巨人へ入団か?』

新聞、地方版のページをめくる、と下部に字だけの小さな記事、


『移動文化船ひまわり、臼石島に停泊、子供たちの笑い声』『アメリカ海洋調査船、笠岡諸島沖合で座礁、乗組員に怪我は無し 米海軍に引き渡し 』


そうしている間にラジオから『尋ね人の時間』が今日も定時に聴こえてきた、、


『では今日の尋ね人を伝えます、佐賀県唐津市山本にお住まいの、、』


呼んでいた本を置き、ボリュームをすこし大きくして、ラジオで読まれる名前と住所をノートに記録する板前、大河内。すると、ラジオ音に混ざって、外に子猫のニャアニャアという声。記録を済ませ、残飯の乗っている皿を持って勝手口から外に出る大河内、二匹の小猫の頭をいつものようにちょいちょいと指で触る、

「お前の名前はノラだ、こっちの名前はヒャッケンにでもするか。」

仲居緒方も出てくる、、もう注意しない緒方。二人でくっついて座って猫の様子を観ている。遠くで島に到着する連絡船の、小さな汽笛の音が二人の耳に聴こえてきた。「お客さんの到着かな。」

高下駄の音をさせ仕事場に引っ込む大河内。仲居緒方、外に残って座ったまま指先で頭をなでる。すっかり子猫を気に入っている。

「かわいいねえ、、ぉぉ、よち~よち。」

 遠くから寺の鐘の音が聴こえる。手を洗い、茹であがった干瓢と白焼きした穴子を手元に、穴子の干瓢巻の用意をする大河内、。


  旅館 待帆荘 の一室


 臼井千尋の旅立ちのための荷物を支度している旅館の女将。いつも作業服を着て男風な格好だった臼井、女将にスカートを履かせてもらい、お化粧をしてもらっている。化粧品の香りに鳴れていないので、すこし嫌な顔をする、、部屋の外から男の声、

「ええかのぉ?もう入(へ)えっても、、」

答える女将、

「ええよ。」

入ってくる旅館主人、すっかり綺麗になった臼井千尋にびっくりしている、

「ありゃあ、どこのべっぴんさんか思うたでぇ、こりゃ百目鬼さんや駐在さんも見たら誰かわからんでぇ。」

女将「天尾さんが見ても、わからんじゃろぅな。 うん、じゃあね、臼井千尋さん。岡山の放送局に電話をしておきました、、これが放送局の住所と電話番号。それから、こっちはここの旅館の住所と電話番号。当座のお金と、着替えはこっちの鞄に入っています。岡山で泊まる旅館の名前と住所はここ。予約してますからね。」

丁寧にお辞儀をする臼井千尋、

「はい、わかりました。ありがとうございます。」

主人「向こうに行ったあとも、たまにはうちの旅館に連絡しろ、と、天尾さんからの伝達じゃけぇ。それと、飛島のことは秘密になっとるけえ、誰にも言うたらいけん。それから、放送局や役所の人から、今までどこでどうしていたかと訊かれたら、うちの旅館で働いとった、と言うたらええから。」

「はい、わかりました。本当にお世話になりました。では。

」港の待合室に歩いていく臼井千尋、旅館裏から、風呂敷包みと「笠岡港 行」の連絡船の切符を持ち、途中立ち止まって何度も何度も頭を下げ、手を振る臼井、

「ありがとうございました、、臼石島の皆さん、御機嫌よう~!」 

晩夏の爽やかな海の風、赤いスカートが揺れている。


   旅館の二階


 部屋から出ていこうとしている三人の観光客の女たちの声、、「帰ろう帰ろうー」「さあ帰ろうー」「気を付けてぇよーぉ」階段を下りる三人の後ろに続いて降りていく曲師と荷物を持つ落語家の姿も見える、、帳場の前に立つ笑ん馬、宿賃を払おうとすると、主人から、宿賃は天尾からもらっているので、と説明を受けている笑ん馬、しかし、その天尾は、今、警察から追われている身だから、駄目だ、と宿賃を置いて帰ろうとする、、

「いいや、天尾さんから、もらってるから、いいって、、」

「だめですよ、そりゃ、、」

押し問答が続いている帳場の近くで待っている篠山さくら、ふと旅館の外を観る、暖簾で顔は見えないが風呂敷を持った女性が立っている、自分が土産物を包んで家に持ってきたものと同じ模様なので、自分の母とわかり、旅館から出ていく、、後から出てきた笑ん馬、立っている二人に気付く、

「受け取ってくれねえんだ、旅館代、、ぁ、お母さん、かい?」

和服の襟を直し、母親に会釈する笑ん馬。

さくら、母に言う、

「東京の寄席で、仕事が待っとるけぇ、少し経ったら、もう一回、帰ってくるけえ、、」

頷く母、娘さくら、の抱えている三味線を凝視しながらも納得している顔、

「二人ともなぁ、きちんと所帯持ってから帰ってくるんよ、。」

「うん、わかっとる。」

笑ん馬、なにもしゃべらないが、篠山さくらの母に深々と頭を下げる。 港まで一緒に歩いていく三人、歩きながら母と娘、話が尽きない。


   瀬島家


 音楽が聴こえている。庭でバイオリンを弾いている父、、

曲は『 ニコロ パガニーニ作曲 バイオリン協奏曲 第二番ロ短調 第三楽章 鐘のロンド 』、、勇壮で物悲しいが、その中にどことなく希望も満ち溢れている有名な曲である。それを窓を開けた応接間の中で聴いている瀬島夏江、兄の持っていたゲーテ詩集を読んでいる。あとから応接間に入ってきた母、

「久しぶりね、バイオリンを弾くお父さん。」

「そうですね。」

二人でに庭に出て母と夏江、バイオリンを弾いている父に近づこうとすると、眼下に海を走るオレンジ色の船が見えてきた、

「あ!お母さん、あそこ、文化船!」

父、バイオリンを弾き続けている。母子、二人で手を振りながら見送る

。母「澤村さんって名前の若い人、かっこいい人だったわねっ。」

夏江「そう?、、そうかなあ?」

「あなた、あんなお婿さん欲しいんでしょ?」

「な、何、言うん、お母さん、そんなことありません!」

「そお?」すこし照れている夏江、文化船に手を振っている。

父のバイオリンの曲が終り、遠くから寺の鐘の音が聴こえる、、。


   文化船 操舵室


 調子よいエンジン音を響かせ、臼石島から離れていく瀬戸内文化船「ひまわり」号。 操舵している百目鬼、その横で機関士が双眼鏡で周りを見ている。

その後ろでいつも通り、海図を広げている澤村司書、

「百目鬼さん、、色んな事件があって大変でしたけど、臼石島は、みんな気持ちのいい人たちばかりでしたねえ。」

「そうだったな。」

「飛島の人たちは、もう日本に帰ってこないのでしょうか?」

「帰ってくるさ、、日本人だからな。」

 村上機関士、

「百目鬼さんは天尾さんのことを、どう思います?」

「あの人はあの人なりに始末をつけようとしている、、しかし、、あのやり方が良いかどうか、は、、ううん、難しいところだな、、。」

と、突然、文化船の右横海上から聴きなれない飛沫音が聴こえてきた、海上を観ながら叫ぶ村上機関士!

「三時の方向、、潜望鏡!」

「んっ?」

潜望鏡を確認しようと百目鬼も右横を向いた途端、海面に潜水艦の艦橋が文化船の右横にドドドッと大きな音と共に白波を蹴立てて浮上してきた、瞬く間に姿を現した天尾の潜水艦!、夜には見えなかったが、艦橋側面には大きな〇の中に“天”の漢字が見える、潜水艦艦橋から、短くサイレンを五回鳴らした。船舶間の「警告信号」である。 そのまま、文化船と同じ速度で併走する潜水艦、今回は接舷はしてこない。すぐにスピーカーから天尾の声、

「百目鬼さーん、村上さーん、船は止めんでいい!もうしわけないー、忘れ物だ!」パァン、という音と共に潜水艦、艦橋上の小型カタパルトから、小さな物体が勢いよく飛んで文化船甲板上のテントに当たり、転がって下の甲板にドサっと落ちた、、甲板の上、澤村司書がそれを取りに行く、、拾い上げると紐で縛った小さな篭、、開けてみると館長が天尾に貸した布袋、、中は天尾が貸りた本三冊と薄い木箱が入っている、艦橋のスピーカーから続く天尾の声、

「乱暴な返し方で済まん! ちょっと、すぐ先のサイパンに行ってくる、そのあと、遺骨収集で他の島にも寄るから、二か月じゃあ戻って来られそうもない、借りた本はいったん返しておく!、それから、あの面も入れておいた。用がなくなったら、いつかまた臼石島のゲン爺さんに返しておいてくれ、じゃあまた、いつか会える日を楽しみにしてるからー!」

潜水するために海水を船体に吸いこむ音が海中から聴こえてきた波二〇一型潜水艦、、沈む直前、別れを惜しむようなサイレンを一度長く発し、ザンブと海中に高速で沈んでいった、、、あっという間の出来事だった。潜望鏡だけはしばらく海面上を進みながら、臼石島の方向を観ていたが、それも次第に海面に沈んで見えなくなった。 見えなくなったその先を名残惜しい顔で見ている村上と百目鬼、

「ふぅ、、」「びっくりしましたなあ、」「ああ」

にこやかな澤村は本の入った篭を持っている、、そして潜水艦の消えた海面を見つめて敬礼する百目鬼であった。


  臼石島  灯台に続く道途中の高台


  空に円を描いて飛んでいる数羽のトンビ、その鳴き声が聴こえる空の下、高台に車が一台停車している。当時出たばかりの国産の軽乗用車『スズキ、スズライトSS』である。運転席には秋山巡査長が島を去っていく文化船を双眼鏡で眺めている。

「米軍の件は、どうなりました?」

「基地は、単なる噂でした。調査船がここにやってきたのは、瀬戸内から九州にかけての国籍不明の潜水艦の目撃情報、並びに臼石島から飛島にかけての怪電波を調査にやってきていたのです。あの飛島の騒動の二日後、主のいなくなったあの島にまだ残って再調査しろ、と連絡があったそうですが、、調査船のほうからは、

『飛島は、怪しいところは全く無かった』と伝えたそうで、、」

「、、は?」

「まさか舟幽霊に襲われたと、言えるはずがないのでしょう、、」

「そ、それで一件落着、、なんですか?」

「調査船が座礁した、ということだけで、何もしゃべるなと箝口令がしかれています。夜が明けてから、やってきた船の漁師たちは、天尾の潜水艦は目撃していませんから。」

寺田漁労長、双眼鏡を覗きながら、航行中の文化船を見つつ、物思いにふけっていると、海上、突然のサイレン音と共に文化船の真横の海面が盛り上がる、そして黒い船体が!

「あっ、あそこ!あそこに潜水艦が!」

「ええ?」驚く寺田と、外に飛び出す秋山巡査長、、なにか、潜水艦のスピーカーから声がしているようだが、何を言っているのかは、遠方なので聴こえない。数分も経たぬ間に潜水艦、海中に消えて見えなくなる、そして文化船「ひまわり」も島を離れていき航跡を残しながら双眼鏡からも見えなくなった、、しばらく沈黙が続いたが、同時に溜息をつき落ち着く二人、秋山巡査長に寺田が訊く、

「帰ってきたら警察は逮捕しますか?」

「あの潜水艦に武器兵器、魚雷を積載しているか、無くても魚雷発射装置が付いていると、逮捕せねばならんでしょう、な。」

「、、そうですか、、じゃあ本の件、は?」

「書籍、うーん、廃棄されたのは占領時代の命令でしたからちょっと調べてみないことにはわかりませんなあ、、」

天尾をかばうような言い方をしたのを聴いた寺田も安心した顔に変わった。

「言い忘れていました、天尾さんの育てた子供たちの中の臼井千尋という、今、臼石島に居る女の子に事情聴取をしてひとつだけわかったことは、あの潜水艦は、完成して、まだ半年しか経っておらんかったそうです。」

「そうですか、、」

「百目鬼さんには集めた本と、落語家さんには寄席を、そして、村上さんには完成させた潜水艦を観てもらいたかったのでしょう、小さな子供ががんばって初めて作った物、集めてきた物を、親に見せて、褒めてもらいたいのと同じような感覚だったのでしょうな。」

車に戻ってエンジンをかける秋山巡査長、、まだ海側に歩いて双眼鏡でひとり、潜水艦を探している寺田陽子に、申し訳なさそうに語りかける、

「帰りましょう、港でみんなが待っています。」

「そ、そうですね。」

秋山巡査長に見えないようにそっと涙を拭いて、深呼吸し、車に乗る寺田漁労長。 トンビが空を飛んでいる。


   沖を走る文化船、後甲板


 「お?」 詐欺師に盗られた救命ボートの代わりに、臼石島の駐在所で借りた救命用ゴムボートの袋を片付けていた村上機関士、甲板の隅っこに転がっていた携帯小型ラジオを見つけた、、野口イサオが落としていったものだが三人はそれを知らない。操舵室に戻ってきて、百目鬼に見せる、

「甲板の隅に、誰かの忘れ物ですな。」

「ほお?ラジオですか、、小型ですな、、アンテナが、、あ、痛、」

アンテナを伸ばそうと指で触ろうとした百目鬼、船の揺れで折れた先が指に強く当たり、指先から血が出る。

「次の島の駐在さんに渡しておけば、後で臼石島に持って行ってくれますよ、あれ?指から血が、」

「いや大したことない、大丈夫だ。」

指先の傷口を口で吸う百目鬼、村上機関士にラジオを渡す。村上、スイッチを入れると、唄が流れてくる、、

『港町十三番地』、、美空ひばりの七月に発表されたばかりの新曲だ、、 

「まだ電池はありますな。」

図書室で澤村司書、天尾から返却された篭の中の本を本棚に片付けている、一緒に預かった薄い木箱を開けると天尾が所持していた左半分の、あの能面である。村上機関士と澤村司書はその能面の正体を百目鬼からまだ聞かされていない、、操舵室に割れた能面を持ってくる澤村司書、

「何ですかねぇ?この能面は、、」

軽率に笑いながら面を顔に近づけ、覗こうとする澤村を見た百目鬼館長、息を詰まらせながら、

「覗くな!、河村君、覗いちゃいかん、私が預かっておくから、、」

いつも穏やかな百目鬼が珍しく慌てた声を出したので、変な顔をする澤村司書と村上機関士、

「、、は、はい、」

受け取った百目鬼、まだ血で滲んでいる自分の指先が、じんじん、と痛んでいることで、、ハッと気が付く、

「すまん、、む、村上さん、ちょっと舵を頼む、、」

「は、はい。」

村上に舵を頼んで能面を持ったまま船長室に行く百目鬼、、飛島で観たあの地獄の光景を一瞬で思い出し嗚咽しそうになるが、自室に置いてある教え子の本の詰まったカバンと学長から預かっていた勝海舟「氷川静話」の本を持って甲板に出て、机の上にカバンを置いてゆっくり開け、少し後ろに離れ、深呼吸をし、割れた能面をゆっくりと自分の顔に近づける、そっと、そっと目を開けると、ベンチに沢山の人が座って本を読んでいる光景を見つける、なんと、十二年前の、工科大学の図書館で、自分が教えていた、あの読書会の生徒たちではないか!本に生徒たち自ら血判を残しておいた因果で、、その姿が見えているのだ、、

「あっ、」、思わず声が出て感激する百目鬼、その中にアイパッチとカイゼルひげの顔、五十嵐学長も座っているではないか、、、

「五十嵐学長!」思わず声を出す百目鬼、学長のほうも気付き、話しかけてきた、懐かしい声だ、「おお、、百目鬼君、こっちが見えているようだな、、」

「いが、、五十嵐学長、見、見えております、」

「そうか、昔は、こちらから何度か君が寝ている時に夢の中で逢えないか?と話しかけてみたのだがなあ、、いやあ、図書の仕事、続けていたか。素晴らしいじゃないか」

「あっ、、ありがとうございます、、」

「足のほうは、大丈夫かね?」

「ええ、まあ、学長の、、」

と訊こうとしたが爆死したことを思い出し、訊くのをやめる百目鬼、、

「んん、首や腕の付け根がちょいと痛むが、生きていた時の神経痛ほどじゃない、こっちの世界は体が楽だ、うん。それはそうと、あれから、、どうなったかね?、日本は、、」

「ええ、、積もる話は、、山とあります。」

教え子たちの声も聴こえてくる、

「百目鬼先生、俺たち、今でも先生が預かってくれていた本で、読書会をしています、こっちに座りませんか?」

「また一緒に本を読みましょう。」

「先生、皆、楽しみにしていますよ」

「最近、流行っている小説は何ですか?教えてください、先生。」

百目鬼、あの学校の図書室、消灯まで皆で本を読み、語り合った思い出がよみがえってきた。

十二年前と同じだ、能面をつけたまま、涙が止まらない、嬉しくてたまらない、学長が百目鬼館長に訊く、

「君ぃ、タバコは持っていないか?ここ何年も喫ってないんだ、、」

「申し訳ありません、五十嵐学長、ここは図書館の船なので、禁煙なのです、、」「そうだったな。じゃあ、酒のほうはどうだ、美味くなったか?」

「ええ、あの頃よりは。ここ、岡山の地酒は濃くて美味しいですよ。」

「そうか。じゃあ今度、一緒に飲みながら、いろいろと教えてもらおう。ハッハッハ。」

生徒たちの霊の姿を数えると、残った本の数と、生徒の霊の数が違うのに気づき、戦死していない教え子が数人居ることがわかって、すこし安堵する百目鬼、そしてこの島に家族のいる瀬島洋一の霊の姿もないことで、戦死していないことを知るのであった。もう少し皆と話をしようとしたその時、澤村司書が操舵室から外に顔を出す、「百目鬼さん、、港が見えてきましたー、、」

「ああ、うん、、すぐ戻ーる!」

面を顔から外し、本の入ったカバンの蓋を閉め、能面を箱にしまい、涙をぬぐいながら操舵室に戻る百目鬼館長、入ると、すぐに村上機関士の声、

「ヨーソロ~」スピードを徐々に落としながら港に入っていく瀬戸内移動文化船。岸壁に並んだ島の大人たち、子供たちが手を振って今か今かと待っている、その姿と共に、歓声も聞こえてきた、村上機関士が合図の汽笛の紐を勢いよく引く。


      おわり


       ――――――――


 、、、どこかわからない海の上、ゆるい横波が船体に当たっている音がする、「文化船ひまわり」と書かれた救命ボート。ぼやっと明るい曇り空、瀬戸内の海のはずなのに周りには島影ひとつ、見えない。 そのボートに真っ白な帆を垂らした古風な大型船がゆっくりと近づいてきた、、舟べりには、何か白い塊が並んで紐で吊されてある、よく見ると沢山の髑髏、髑髏、、船の甲板に数人の人影が見え、そこから聴こえる男たちの低い声、、

「うぉーーぃ、、」「おーい、」「、誰か、おるんかー、おーい!」「返事をせぇぇえー、誰かぁーおるんか―ぁぁぁー」

海水が浸水したはずのボートだが、いつのまにか水は無い、、オールも片方一本しかない、、その中でうつ伏せになって倒れているのは野口である。いつの時代かわからぬ着物を着た男たち、帆船の上から鈎を先につけた長い棒でつつくと、気を失っていた野口の背中が動く、、  漁師の声、、「生きとるかぁーあ、、?」船が近づく数分前に気が付いていた野口、くしゃくしゃになった帽子で顔を半分隠しながら、声のする方を片目で見る、「あぁ、、あの、どちらのおかた、ですか?臼石島ですか?飛島ですか?」漁師、いいや、と、ゆっくり首を振る顔、顔、

「わしら、、牛首島のもんじゃーー、」「なぁーにしとるー?」「どこから来たー?」皆、一度にしゃべるので、どういう名前の島なのか、よく聞き取れなかった野口だが、臼石島の者じゃないということで安心し、可愛げのある声を出す野口、

「いえぇ、、臼石島の、夜の海岸の船の中で寝ていたら、潮が満ちて知らぬ間に流されちゃいまして、、」

顔を見られないように帽子を深々とかぶり、帆船に移る野口、とたんに動き出す帆船、、ボートは帆船の後ろで縄で結ばれ引っ張っぱられている、、、人の居なくなったボート、中でオールがゴロゴロと転がる音が聴こえる、、帆船の甲板の上、帽子を深々とかぶり、まだ顔を隠している野口イサオ、木造船の上の様子を覗っている、、

「こ、こりゃあ、えらい古風な船で、あ、いや、大事に使っておられますなあ、ええ、あの、、ちょっと御聞きしますが、皆さんの中で最近、映画館でニュース映画、、見られたこと、いらっしゃいます?」

三人、首を横に振ってわからんという顔、

「いいやー、、」「あー、、、?」「それが、どぉしたー、、?」

それを聞き、ホっとした野口、顔をぜんぶさらけ出し、作り笑顔で答える。「ああ、、いえ、なんでも、」

帆船、、向かう先の海上に白い霧が出ている。その白い霧の方向に顔を向けたままの漁師たち。その後ろで野口イサオ、懲りずに新しい詐欺の話をしだす。

「実は今、国会議員専用の保養ホテル建設でこの瀬戸内周辺の島にですね、調査して廻っており、、」野口に背を向けている漁師たち、まったく話を聴いてない様子、、そして気色の悪い声で笑いだす、、

「ウへへ、ウヘヘ、、」「エッヘッヘッヘ、、」「ウハハハ、」   

野口、浮かない顔、「な、、なにが、おかしいんです?」

漁師、野口のほうを振り返らず、出てきた霧の先を見たまま、誰も何も言わない、野口が冗談交じりにしゃべりかける、

「ええっと、大きな船ですなあ、こりゃ鯨を南氷洋まで獲りに行く船か、何かですな、、」 

詐欺師の話しを無視して互い顔を見合わす三人の漁師、不気味に笑う声が続きながら、だんだんと顔の皮膚が溶けて髑髏に変わっていった、野口のほうからは後ろ姿なので顔の変化は見えていない、霧の中から、ほら貝がなっている、風もないのに帆船はそのほら貝の音に導かれるように進む、、その後ろ、荒縄の先の救命ボートも引っ張られる、鞄が無いのにやっと気が付く野口、

「すいません、あの、後ろのボートに私の鞄が、あの、、ボートに忘れてきまして、、、、」

一人の漁師がぼそぼそ、としゃべる、、

「わしらは、魚も鯨も、よお獲らん、、わしらが獲るのは、お前さんのような、海で彷徨った、生きとる、人間、じゃよ、、」

「え?何です?今、何と言いました?声が小さくて聞えませんでしたが、、」

野口のしゃべる声も次第に聴こえなくなり、霧の中へ、、


そして、どこからともなく、、断末魔の叫び声が聴こえた、、。


                                 続く


































登場人物


瀬戸内文化船『ひまわり』 館長

百目鬼(どうめき) 弘一(30~42歳)

司書  澤村 武雄  (26歳 機関士)

機関士 村上 隆史  (50歳 元海軍設計技官)

帝国海軍 工科大学学長 五十嵐 晃   (65歳)


臼石島 住民

漁労長  寺田洋子  (女 42歳)   

村長 保利  (60歳)  

ひしゃくの老人  ゲン爺  (70歳)

寺田の部下3人 鴎、銛、電球 (年齢不詳)


島の駐在所

巡査長 秋山源蔵 (53歳 元海軍少佐 )

若い駐在 鈴木拓三 (25歳)

島の小学校

校長 山崎  (50歳)  

教師(女 30歳) 小学校生徒たち


旅館 待帆荘主人、女将、 井上 (40歳)

板前 大河内 (40歳)  

仲居 緒方   (女 30歳)

島の漁師一家 西矢 父(60歳) 息子 (30歳)


詐欺師  野口イサオ    (45歳)

落語家  三遊亭 笑ん馬   (27歳)  

曲師   篠山桃花   (30歳)

海水浴の若い女性客 3人    (20歳)


瀬島家 

夫婦      (55歳)  娘  奈津江 (18歳)


盗みを働く島の者 

寺田敏郎   (漁労長 息子 22歳)

仲原達也   (20歳)

漁師 関口   (60歳)


尼寺

住職  藤原   (70歳)

尼僧  海霧  (45歳)

飛島  

   天尾伸彦   (年齢不詳) 

天尾の部下  臼井     (女性 19歳) 

         堀野    (男性 20歳)   

         料理人   (40歳)

米軍調査船  将校 水兵 三十人  


舟幽霊 五千霊











参考資料


なにわ会 HP (旧海軍機関学校 出身者の会)

http://www.isikawasyoko.com/


『日本の放送を作った男  フランク馬場物語』  

石井清司著  毎日新聞社


小説 「蒼泯」   石川達三


『勝手に関西遺産』 石毛直道 桂小米朝、他   朝日出版


新見南吉  「ひろった らっぱ」


歌舞伎演目、「樟紀流 花見幕張」 (通称「慶安太平記」)


『歌笑 純情歌集』より  「豚の夫婦」


『演技者 小林桂樹の全仕事』小林桂樹・草壁久四郎  ワイズ出版  


映画「蜂の巣の子供たち」  清水宏 監督


石川商工 HP    新型斜降式救命袋

http://www.isikawasyoko.com/


西洋軍歌蒐集館HP  アメリカ軍歌 「真珠湾を思い出せ」

http://gunka.sakura.ne.jp/mil/remember.htm


放送大学 特別講義 「外報図 軍事情報から近代資料へ 」

講師 大阪大学 名誉教授 小林茂 


端唄 「蝙蝠」 


民謡 「さんかい節」

   

謡曲 「屋島」


江戸落語 「芝浜」

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瀬戸内文化船物語 しおじり ゆうすけ @Nebokedou380118

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