第15話

   飛島の入り江、港

 

 すでにエンジンをかけてある天尾の船、次々に乗船していく一行の中、一人振り替える天尾、後ろで燃えている天野邸の一部、爆発の火と破裂音、屋根から瓦の落ちる音がガラガラと響いている。天尾邸ではない方向にも向かって狂ったように島に砲撃を繰り返す調査船、完全に乗っ取られたようだ、、天尾の船が動き出そうとするが、船と埠頭を結ぶ舫いを一本外すのを忘れている、ピンと張られてしまい、人間の手ではもう動かないのを見て、堀野に命令する天尾、「堀野、斧で切れ!」船の壁に付けられていた非常用の大きな斧を取り、マニラ縄を切ろうとした堀野だが狙いが巧く定まらず、どうすればよいのかわからないのを観て、斧を取り上げるコック大河内、ざくっ、ざくっと斬る音が聴こえる、三度目で切れ、その瞬間にドンと言う船が傾く衝撃の後、動き出した船、無事に埠頭から離れていく、、船内に急ぎ入る一行。


  天尾の船内 


 天尾の部下、入った船内の部屋の床の絨毯をめくり、隠されている人が入れる大きさの金属ハッチを開く、

「こちらへ!」百目鬼が覗くと、すこし空間があり、その下に別の入り口が見え、周りを鉄で覆われた細い通路が見える、下に伸びる鉄の梯子が思ったよりも長い、室内の木の香りから代わって、その下からは船特有の塗料の濃い匂いとディーゼルエンジン特有の排気煙の匂いが混ざって上がってくる、、

堀野の声、

「荷物を落とすぞー!」「おーぅ!」下から複数の若い男の声が聴こえて、背負った荷物を下に落とす堀野、ドゥンと下から床に落ちた音がする、

天尾「臼井、堀野、先に行け。オレが最後にハッチを閉める。」

堀野「いえ、天尾さん、私が!」

天尾、「よし、堀野、お前が閉めろ。」

「わかりました。」細い入口から下まで伸びた鉄の梯子の段を足で踏まず、両手両足で梯子の外を挟み、スルスルと滑って下りていく臼井の後を、慎重に降りていく百目鬼、笑ん馬、天尾、、最後に堀野がハッチを閉める鈍い回転音が聴こえた。梯子が終わる先には乗船していた天尾の別の部下四名の顔が見え、手を差し伸べている、、他の者たちも天尾が育て、大きくなった戦争孤児たちだ、最後に入った堀野が下りてくる、、驚いた顔で辺りを見回す百目鬼、窓の全くない機械室、壁には操作盤、メーター、大小の太さのパイプと赤く塗られた回転式バルブが横に縦に、ぎっしり、色々なところに、海軍式の単語で書かれた、操作するための文字が書かれてある、「ここは!」

何の操舵室か、すぐに気がつく百目鬼の顔を見て、もうわかったろ、と察知した天尾、

「そういうわけだ。出発!」

離岸する天野の大型船、だがすぐにスピードは出せない、そこを目がけるように、調査船の大砲の角度が海面と水平になり、狙いがだんだんと天尾の船の方向に定まる、大砲、発射音!七百メートル先、天尾の船、艦橋上部を直撃、大木に雷が直撃した後と同等の木材の割れる強烈な破壊音!木片が勢いよく海上に舞い散る!、しかし、なんと爆発が起こらない!運よく不発弾だ、しかし不発弾と言えども、その破壊力は船の上部艦橋を粉砕する、マストが勢いよく海面に落ち、水しぶきを上げた、最初の衝撃の揺れが収まりつつあった木造船の前後からメリメリ、バキバキと音がして破壊が続き、船中心から二つに割れていく、前と後ろの海面に滑り落ち、船体の形が崩れて無くなると思った瞬間、海面下から巨大な黒い塊が見えてきた、調査船から照明弾が上がる、破壊された天尾の船の木片が散らばっている海面から、巨大な黒い金属の塊、上昇してきた黒い艦橋が、そして木片が散らばる水面を綺麗に横水平方向に流れた後に見えてくる狭い幅の甲板と共に艦首がせり上がってきた、、天尾が飛島で秘密裏に建造した潜水艦だ、木造船は潜水艦のカモフラージュ用だったのだ。そのまま艦首を調査船に向けようとゆっくりと動き始めた潜水艦!


   潜水艦艦内  狭い操舵室


天尾の声

「取り舵いっぱーい、微速前進。」

操作盤、魚雷発射スイッチのランプが青く点滅している、♪ズッ、ズッ、ズズッ、と、それを知らせる小さな断続音、、その音のする廻り、先に乗船している天尾の部下六名が慣れた手つきで操舵室の機器類を動かしている。拳銃を取り上げられていた笑ん馬は天尾の部下に操舵室から離され、小さな部屋に閉じ込められている、、操舵室中心で潜望鏡を覗いている堀野が居る、燃える天尾邸の明かりでペリスコープから見える米軍調査船の舟影が鮮明に映っている、まだ飛んでいる照明弾、操作盤の前、ランプの点滅が赤から青に変わりブザーの音、臼井、後ろに立っている堀野に伝達、堀野、天尾に伝える、

「魚雷、発射用意、完了っ。」

潜望鏡は堀野から天尾に替わった。海面の様子を観ている天尾と、すぐ脇で立って補佐している堀野と他の部下三人。米軍調査船後部のエンジン付近に焦点を当て、天尾、魚雷発射のタイミングを計っている、と調査船の後方、入り江の入り口付近に、動く舟影を見つけ、潜望鏡のレバーを操り、倍率を上げる、一隻の漁船だ、

叫ぶ天尾!「発射、待てっ!」


  飛島内 入り江 海上


 操舵室の灯りを消している漁船が一隻、入り江に侵入してきた。新しい寺の梵鐘を後甲板上のクレーンの先に吊るしている、、操舵室で西矢息子が舵を握り、西矢父と寺田漁労長、が神妙な顔つきで窓から周りを窺っている、、後甲板は梵鐘の前に藤原尼、海霧尼、秋山巡査長、ゲン爺、、皆が皆、底の抜けた柄杓を握りしめている。 

ガン!ガン!ガン!とドアを蹴る音と寺田敏郎の怒った声が船倉の中から小さく聴こえている。

「出せ!この野郎!くそばばあ!」

寺田漁労長が息子敏郎に、ここの様子を見せて、懲らしめようと連れてきたのだ。大量の柄杓を入れた大きな篭を背負ったゲン爺、片手で周りの海に柄杓を放り込みながら、もう一方の片手で半分の能面を顔に当て、その目の穴から眺めている。 成仏できずに苦悩の顔をした何万何千の舟幽霊が海上に漂っているのがゲン爺だけには見えている、自分の作った他より大きな柄杓の柄で勢いよく船べりを叩きながら大きな声。 舟から遠くに何か浮かんでいる、、天尾が集めていた米軍浮遊機雷が米軍船の砲撃で港の係留所から外れて一発流れていたのだ、、それを侍の舟幽霊が見つけて近づいたそのとき、侍の持つ刀に反応し爆発した、、入り江の中で、大きな爆発と水柱に驚く漁労長たち。

「相も変わらず、お前ら、成仏できんのんじゃのお!わしゃー、この海にーぃ、やってきたぁー、武蔵坊弁慶なぁーりぃ!」

寺田漁労長が息子の後ろ襟首を握って漁船の甲板に引きずり出してきた、ゲン爺の声を聴いて後ろから叫ぶ寺田敏郎、

「くそじじぃ、あほが!なにゅう言うとるんじゃあ!」

ゲン爺「うっひゃひゃっひゃ、ほぉら、小僧!これで覗いてみいや、作りもんの怪獣映画なんぞ、比べもんにならんでぇー」

ゲン爺が寺田漁労長にに自分の持っている能面を渡す。その様子をゲン爺の横で西矢父が見ている、口にわずかの笑みが見える。なにが見えるか、知っている顔の西矢父。漁労長が息子に押し付けて能面から覗かせる、

「度胸は無いだろう?」

母の言うことに反抗してきた生い立ちが逆に心が起動して、その面の目から眺めてやるわと、ふてくされた顔で覗いた敏郎、、漁船の周りの水面はまさに血の池地獄の様相、手を上に揚げた舟幽霊の上半身が蠢いている、見るも無残な血だらけの顔、体、阿鼻叫喚の世界、、まさに地獄の様相である、いきなり頭の中に大量の唐辛子を眩し入れた様な強烈な熱い感覚が襲う

「うっ、うっ、、うあああぁぁ!」喉が引き裂けるような声を上げ、能面をほうり投げる敏郎、

「おおおっと!」

甲板を滑っていき海に落ちそうになる能面を瞬時に拾うゲン爺。

「ぅぅぅ、、」甲板を後すざりし、背中から操舵室になだれ込んできた寺田敏郎の口を手でふさぐ母。

「うっはっはっは!それ見てみい、とはこのことじゃ!」

大笑いしているゲン爺と西矢父。漁船が入り江の中心にやってきたのを見計らい、エンジンを止める西矢父、とたんに静かになる飛島の入り江、甲板上、持ってきた撞木を秋山巡査長が両手で担ぎ、海霧尼、数珠を持った手で御経を一心不乱に唱えている、、その横で藤原尼が撞木に手を添え、小さな声で掛け声を出す秋山巡査長、「ひい、ふ、の、、、みっ、」


梵鐘を撞く、

       ♪ゴオォォーーーーン 、、


一瞬、修羅の海のざわめきが収まった、と、空気の密度が変わり今まで活発に動いていた舟幽霊の動きが一斉に止まった、、鐘の音と読経の声に動揺したのだ。操舵室に入ってきた西矢父、寺田敏郎に言う

「見えたか?、ふっ、見えたんじゃのぉ、、ワシも、今のお前と同じくらい若けえ頃、ゲン爺と一緒に、ここで、この世の地獄を見た、、。」

寺田陽子

「敏郎、なんじゃったら、この入り江に突き飛ばしてもええんでえ、、」

ショックで腰が抜け、声が出ない寺田敏郎、、落とした能面を拾って、また覗くゲン爺、調査船のほうを眺める、

「おお!アメリカの船が乗っ取られとるぞ、うはは、うはは、うはあぁはは!ざ、ま、あ、みろ!」

西矢父、息子に言う、

「お前もゲン爺の面でこの有様、見とくか?」

「やめとくわ。敏郎みたいに、腰抜かすといけんしのぉ、、しかし、ゲン爺は、見ても、、なんともないんか?何ちゅう爺ぃさんや、、」


    ♪ゴオォォォーーーーーン 


双眼鏡を覗いている西矢父、

「おい、観ろ!あそこ、家が燃えている、、天尾さん大丈夫か?」

その声を操舵室で聴き、急いで甲板に出てくる寺田漁労長、煙が上がっている方向を自分の双眼鏡で入り江に浮かんでいる文化船と調査船の位置を把握しようとしていると潜水艦が見えてきた、

「あの黒い物は、、く、鯨?いや、違う、、」肉眼で同じ方向を見ている秋山巡査長、「潜水艦だ、米軍、いや、もしや、、天尾さんの、そうか、あれを作るために、人が入って来られない飛島を買ったのか、」

文化船を目視で探す西矢親子、

「文化船はどこだ?」

もう一発照明弾が上がった、入り江内の調査船とは、反対側の、かなり遠い海面に停泊している文化船が見えた!

「ああ、あそこです!オレンジ色の船!」

西矢息子が指差す方向と皆の視線の方向へ、近づこうとしている潜水艦、

「潜水艦が近づいていくぞ、、こっちも一緒に行くか?、」

「ちょっと待て、文化船には、詐欺師が乗っとるかもしれん、、」

伸びている潜望鏡上部から、漁船に向けられ信号灯が点滅するのを読む寺田、、漁労長なので、モールス信号は読み取れる、

「言うわよ、A、H,1、1、7、9、、」

村上巡査長が気付く、

「海上無線の周波数だ、、西矢君、頼む。」

「はい、、」

無線のチューナーを操作する西矢息子、途端にスピーカから、天尾の声、

「、××デー、メーデー、聴こえるか、天尾だ、聴こえるか、天尾だ、君たちから九時の方向に見えているのは私、天尾の潜水艦だ、、百目鬼さんや落語家さんは一緒に乗って無事だ、、」

無線に返答する西矢息子

「聴こえます、はい、聴こえます、漁労長!天尾さんと百目鬼さん、落語家さんは無事です!」

西矢息子、甲板に居る皆に大声で知らせる、操舵室のスピーカーから響く天尾の声、

「これから文化船に近づく。調査船に近づくのだったら、後ろからゆっくり近付け、後ろ甲板にはクレーンだけで砲が無い。」

「わかりました。」

答える西矢息子、

「エンジンをかけるぞ!」砲撃が停まり沈黙した米軍調査船に後方から近づいていく漁船、、セントエルモの火も消え、沈黙している調査船、肉眼で観えていた黒い霧も消えてきた、調査船船底を覆っていた人骨も、バラバラになりながら、ゆっくりと、静かに、入り江の海底に、、戻って行く、、。


   ♪ゴオォーーーゥゥウン、、、ゴオォーーーーゥゥウン


鐘を撞く藤原尼と村上巡査長、、その横でゲン爺が能面から覗く、、海上には舟幽霊はほとんど見えなくなった、

「西矢君、操舵室の灯りを点けてもいいぞ、」「はい。」

灯りをつける。艦橋や甲板付近を双眼鏡でうかがっている寺田漁労長、、操舵室の灯りで自分の腕時計を見る秋山巡査長、

「米軍水兵の救助をせんといかん、、ぉおい西矢くん、応援の船を無線で呼んでくれんか、来ても安心じゃ、と言うてな。」

漁船の操舵室から無線で臼石島に連絡する西矢息子、

「へい、もう、やりょうります!」

気を失っている寺田敏郎を介抱している海霧尼。甲板ではひとり藤原尼の読経が続いている。


    飛島 入り江


 米軍調査船が侵入して四時間が過ぎ、夜が白々と明けてきた。いつもの瀬戸内の夏の朝を迎えようとしている。入り江の中は静寂が戻っているが、天尾の邸宅付近、所々からまだ煙が上がり、火薬と木の焦げた匂いがしている。入り江の端、調査船は錨が落ちたまま、干潮で船体前を座礁し後ろに傾いている、調査船の近くにやってきた漁船、メガホンで声をかけている西矢親子、

「おーーい、、でぇじょうぶ(大丈夫)か―?」

反応が無い、

「岡山弁じゃけ、わからんかのぉ?秋山さん、英語で言うてみてくれんかのぉ、、」

解ったという顔の秋山巡査長が上を見ると前甲板、上半身を起こして手を振っている水兵が、震える声で助けを呼んでいる、、無事なようだ。

 

  入り江、文化船


 後甲板から予備燃料缶を出している村上機関士、

「隠しておいてよかった。これだけありゃあ臼石島までは帰れる、、あっ?ありゃあなんだ?、」

潜水艦がゆっくり文化船に近寄ってくる、何だろうとぼやっとした顔で澤村司書と比べて、自分の設計した艦橋の形状がはっきり見えてきたとたん、手に持った燃料缶を甲板にドトンと落とし、そんな馬鹿な、夢ではないか?と目を思い切り大きくし驚く顔をする村上機関士、

「あ、あれは、俺が、俺が設計した高速潜水艦! どうしてここに?」

文化船にゆっくりと近づいてくる潜水艦、艦橋スピーカーから堀野の声、

「おーい、無事ですかー」

「無事だー、詐欺師は救命ボートで逃げた!」

「そうですかー、では接続します!」文化船に徐々に近づいてくる潜水艦、その狭い甲板上に立つ人影が見えてきた。朝焼けの光りの中、百目鬼、笑ん馬、天尾の部下、臼井の姿がわかる、澤村司書が声を出す。

「あ、あれ、百目鬼さんと落語家さんも!」

文化船に潜水艦が接舷する、、旧日本海軍の基本な大きさの潜水艦より小さ目測でわかる村上である、、そして新造船だということもわかる、だが甲板だけでも文化船の倍はある大きさだ。 臼井が文化船へ細い鉄の梯子をかけ、百目鬼と笑ん馬に澤村司書が手を伸ばして迎え文化船に移っていく、文化船の甲板の手すりを持って、せいいっぱい天尾のほうに体を寄せる村上、艦橋の天尾に大声で訊く!、

「ぉおーい!天尾さん!、その潜水艦は、どうした?米軍が高知沖に沈めた試作艦を、引き上げたのかー?」

天尾、スピーカーを使わずに肉声でしゃべる、

「そうです!あなたが設計した、波二〇一型です!我々が高知沖の海底から引き上げた艦とあなたの描いた設計図や資料を基に、四年かけて完成させました。もうすこし早くお会いして、いろいろお聞きしたかったんですがね、村上設計部技師長殿!」村上、やったと言う顔!

「そうかぁ、、旅館のご馳走、と、あんたがオレに逢いたかったわけが、やっとわかった、、」

天尾、「長距離単独潜水行動を可能にするため、艦の後部に増槽(燃料タンク)をつけさせました、しかし四十五秒で急速潜航できるのは、素晴らしいですなぁ!」「訓練すれば三十秒で潜航できる!大日本帝国海軍の頭脳と努力で作られた、、最後の、、最後の潜水艦だ!、、大事にしてくれ!」

と、ちょうどその時、ラジオのタイマーのスイッチが入る音、自動的に潜水艦の内外にラジオ放送が響く、スピーカーから朝一番の“尋ね人の時間”が流れてきた、


『おはようございます、今日最初の尋ね人の時間で御座います。今日、一人目は、広島県、福山市出身の臼井千尋さんを、シベリア抑留から帰還していたお父様、修一さんが探しております、修一さんは、五年前に帰国しておりましたが、記憶を無くし、病院に入院をされておりました、このたび、記憶を取り戻し、一人娘さんの臼井千尋さんの行方を探しております、ウスイのウスは石臼の臼、井戸の井、チヒロのチは千、ヒロは八尋の尋です。現在の歳は十八歳、、、』


 「きゃ、あ!、、私、、私の名前が、ラ、ラジオから、、、今、、」臼井、ラジオから自分の名前と、初めて聞く自分の父の名前を聴いて驚嘆の声!おもわず手を口にやる、

「おっ!」「うあっ!」「おおぅ!」

天尾、堀野ら、他の潜水艦内部の者たちも驚きのあまり声を上げる、「なんと!」無線室の中、ヘッドホンをしているコック大河内も驚いている。天尾、艦橋から下の甲板に居る臼井に叫ぶ、

「臼井!ここに残れ!すぐ、文化船に移れ!」天尾のほうを振り向く臼井

「い、いえ!天尾さん、このまま行きます!行かせてください!」

天尾「ダメだ!昔から皆に言い聞かせていただろう!親兄弟、親戚が見つかった時には、すぐにおれの元を離れろ、と!、こんなめだたいことはない! みんなで喜んで送ってやる!千尋!」

臼井、泣き出しそうな顔、

「そんな、、天尾さん、、今まで育ててもらった御恩(ごおん)を、御恩を、まだ、何も返しておりません、、、、そういうわけには、行きません!」

天尾の怒鳴り声、

「おれの命令が聞けんのか!」

沈黙している臼井、、、艦橋から大きな声で文化船に向かって叫ぶ天尾、

「百目鬼さーん、こいつを頼む!、料理や裁縫は下手だが、いい奴だから!」

百目鬼「わかりましたー!」

嫌々梯子を渡る顔の臼井に手をさし延ばす澤村と村上、仕方なさそうに、文化船に泣きながら移る臼井、もう一度振り向き、絶叫する、

「一緒に行きます!、お父さーん!」

ゆっくりと離れる潜水艦その艦橋から天尾が叫ぶ、

「命令だ!臼石島の旅館に行け!今日はお前にとって、ハレの門出だ!」潜水艦、入り江の外に出ていき、あっという間に沈んで見えなくなる、文化船の甲板からまだ叫び続けている臼井千尋、

 「お父さん、お父さんーー!」

百目鬼が近づいてくる漁船のエンジン音に気が付く、

「ああ、あそこに、漁船が、、」

「寺田漁労長と駐在さんが手を振っていますよ!」おーい、おーいとお互い呼び合う文化船と漁船、、そして、入り江の外から、複数の船のエンジン音と汽笛が、、臼石島の漁船が船団を組んで助けにやって来たのだ、、。


    朝 臼石島、旅館の食堂  


 気が抜けて、ぼぉーっ、とした顔で三和土に座ったり小上がりで横になって休んでいる米軍水兵たち、十数名。 一番奥には、ハエとり草の植木を抱いて座っている調査船の艦長が壁の一点を見つめたまま、ぼぉっとした顔をしている。座っている者、寝転んでいる者に島の若い女性がお茶やおにぎりを配っている。暖簾の隙間から中を窺いながら半分バカにした顔で、わいわいしゃべっている臼石島の漁師たち、

「やられたんじゃ、、」「あっほーじゃのぅ」「ほれみてみい」「あんなとこ行くからじゃ」「世界一強えぇ米軍じゃいうても、舟幽霊なんぞにやられたなんて、恥ずかしゅうて誰にも言われりゃせんでぇ、、のぉ、、」「せーじゃのお。」「じゃ。」

「まあ、これで、あそこに米軍の基地が、できるこたあねえわな、」「ねえねえ。」「わしゃあ、よおわからんことがあるんじゃけどのぉ、」「なんなら?」「舟幽霊は、天尾さんの潜水艦は襲わんかったのは、なんでじゃ?あれも兵器じゃろ?」「そりゃあおめえ、、」

、、、。


  二日後 昼 飛島 午後 天尾邸の隠し図書室


 百目鬼館長、澤村司書、村長、秋山巡査長、寺田漁労長、部下の「電球」、、そして応援の笠原署の警官五人と、今は刑事の仕事をしている笑ん馬、が部屋の中の実況見分をしている。ここに来る途中の廊下や部屋の壁に掛けられていた銃器類は残っている。しかし、残されていたのは模造品と古びた火縄銃、百目鬼達が見た時よりも数は少なくなっている。脱出したと思い込ませ、あの次の日に帰って来て、残りの本や、銃の本物だけを移動させたのだろう、、奥に入ると、あの菊池槍だけが無かった。床には端々に蛍光灯が外れ落ち、割れた破片が散らばっている、

「割れたガラスの破片に注意してください、」

と言う警官の声とガラスを踏む音、軋む音。

「広いですねえ、、」

初めて見る内部に驚きの澤村司書、とその後ろからやってきた寺田の部”電球”

「な、なんと長い棒の電球じゃのお、、」、床に落ちた蛍光灯の破片とまだ天井で、通電したまま、灯りが点いたり消えたりしている蛍光灯を、初めて見て興味津々な顔。  

天尾邸には砲弾の直撃は無かった。図書館自体は頑丈に作ってあったようだが本棚は衝撃で三分の一は倒れ、たくさんの本や本の箱、フィルム缶が散らばっていた。やってきた者たちはそれを踏まないように歩いている中、

『横海工大』の印が押されている本を拾っている澤村司書、、記憶には無いが自分が少年の頃、触っていたのかも、と、どれもこれも、懐かしむ表情の顔。百目鬼が棚に残っている兵器技術系の本を取ろうとしたが、箱だけで、中の本はほとんどが空だった、、箱の中に息をフッと吹き込むと埃が飛ぶ、最初からここには無かったようだ、、重要な本は早くから別の場所に移動されていたのだろう、とわかる、、しかし、歴史書は、次へ次へと触ってみると中に入ったまま、そこに、自分の書いた本をもう一冊見つけ、懐かしい顔をする、が、まだ警察の実況見分中なので元あった棚に指でそっと戻す百目鬼であった。 

警官たちの話し声、「地下室に立派な通信設備がありました。たぶん、米軍の無線も傍受していたのでしょうな。それと、通信機の前に、落語家さん用、と書かれた紙に包まれて、これが。」、、刑事の拳銃を持っている警官。

思いだしている笑ん馬、あの逃げるときにはたしか拳銃は天尾が持って行ったはずだ、ここにはもしかしたら昨夜以降にここに一度天尾の潜水艦は帰ったのではないか?と勘繰っている。

同じ部屋、

天尾が座っていた豪華なテーブルのほうへと集まる百目鬼と寺田漁労長、笑ん馬。百目鬼、

「脱出のとき、修学旅行に行くという、暗号のような放送をここで聞きました。」「天尾さんに育てられた子供たちは、皆、学校に行ってなかったでしょうからそんな言い方に憧れていたんでしょう。」

寺田漁労長、

「この様子では、ここを離れることは、かなり前から計画していたようですね、」

テーブルに置かれている和英辞書を眺めている百目鬼、、

”ケイン号の叛乱”の本は見当たらない。

「そうでしょうな、大事な本は、すでにここにはありません、残っている本は、技術的なモノ以外の歴史書やその他の資料、文献です。地図も写しの物ばかりです、」

笑ん馬、テーブルに置かれていた落語の本を観ている、すると横に警官がやってきて笑ん馬の所持していた拳銃を、そっとテーブルに置いた、、両方を一緒に見た時の、笑ん馬の残念そうな顔、拳銃の弾倉を確認すると弾は抜かれていた。警官が去った後、残った百目鬼に小声で呟く笑ん馬、

「百目鬼さん、天尾さんみたいな人を、、日本の警察は、どうしても、、捕まえなくちゃならんのでしょうか?」

「うーん、、さすがに潜水艦を製造したという事実がありますからなあ、、」

考えているが良い答えが浮かばない百目鬼。

拳銃を警官に預け、落語の本一冊を持って部屋から出ていく落語家、笑ん馬。


  飛島 港


 船体に、岡山水上警察と書かれた三隻の船が係留されている港の埠頭や桟橋を横目で見ながら、港の外れの小さな海岸を、とぼとぼ歩いている笑ん馬は、落語の本を持ったまま、思い詰めている。天野の船の砕け散った木の破片が沢山打ち上げられている波打ち際を眺めている、と、その中から木の破片ではない物が砂浜にうちあげられている、、、拾ってみると女物の財布、野口に盗まれて、入り江で落としたものが、この海岸に打ち上げられていたのだ、、もちろん、笑ん馬は、それが誰の者かは知らない、、ハッ、と何かを思い出した笑ん馬、天尾邸に戻り、寄席のある離れに行き、そのまま舞台に飛び込んだ、、砲撃の衝撃で壊れた寄席の部屋、狭い舞台は綺麗に残っているが、後ろ半分の屋根が吹き飛んで大きな穴が開き、そこから日光が舞台の真ん中をスポットライトの様に一点を明るく照らしている、 舞台上の落語家、三遊亭笑ん馬、畳の上の客用の座布団を一枚拾い、自分の手で叩いて埃を落とし、自分で舞台の真ん中に置きに行き、舞台下手に下がって、再度、舞台に出てくる、、出てくる際、誰もいるはずのない客席のほうを横目で観ながら頭をちょこ、っと下げ、座布団に座り、しずしずと頭を下げ、噺を始める。

「え、どうも、ようこそ、おいでくださいましぃて、いっぱいのお客様でございます、」


  天尾邸 散らかっている図書室


 天尾が座っていた大きなテーブルと椅子の近くから離れない寺田漁労長、、渋い顔。テーブル後ろには姿見の鏡が一枚。

「、、まただ、、また私に、何も言わずに消えた、、」

呟きながら寺田が引き出しを開けていく、すこし離れたところから笠岡署の警察官の一人が漁労長を見て言う、

「ああ、そこのテーブルはまだ調べてないので、さわらないでください、」

聴こえているのに漁労長が引き出しの中を見続ける、、筆記用具、小物類、と、奥のほうになにかを感じた漁労長、隠すように置いてある薄い木箱を見つけた、、手紙入れの箱だ。

「あら?」掴んで中を開けると、押し花を貼っている十数通の封筒の束、、、頭の中で記憶がよみがえった、若いころに自分で作った押し花を裏面に貼って天尾に送ったはずの封筒だ!、、恋文を、書いて、、入れた、、あ、の、封筒、、

「アッ!、、、」

大きな声が出るのをもう一方の手で自分の口を塞ぐ、一瞬で顔がこわばる、心臓の鼓動が早くなる、十数年ぶりに顔が小刻みに横に震える、周りに気付かれないよう、急いで着物の袂(たもと)にしまい、すぐさま、鏡で自分の顔を見る、顔が赤くなっている、顔に汗が浮かんできた、、ハンカチで汗をぬぐう、そこから離れ、壁に向かって佇み、一通の封筒の中身をそっと覗くが中身の恋文は無い、全部の封筒を探すが見当たらない、中身だけ天尾が持っていった、とわかった寺田陽子、、

「、、んもおっ!」という小声と共に、ゴン!と天尾のテーブルの脚を蹴る音がした。 その音にびっくりして振り返る、周りの警官たち。別の書架を調べていた秋山巡査長、笑ん馬がいないので、百目鬼に尋ねる、

「あれ、東京から来た着物の刑事さんは?」聴かれて周りを見る百目鬼、、いないのに気付くがどこに行ったかはすぐに推測できた。

「ああ、たぶん離れの建物ですよ。外に出ましょう、一緒についてきてください。」


   半分壊れた離れの寄席


 壊れた寄席に入る秋山巡査長と百目鬼、、と、客のいない寄席の舞台から、落語家に戻った三遊亭笑馬が、人情噺「芝浜」を演じているのが聴こえてくる、

師匠から教えられていないので寄席やお座敷ではまだ披露はできないが、大好きな噺である。坐っている座布団の横には、拾った財布が置いたままだ。

芝浜は、魚売りの主人公が大金の入った財布浜で拾い、酔っぱらって自分の家に帰って寝てしまうが、女房は、その財布の中の金で遊興で使ってしまわないように財布を隠してしまい、亭主が朝になって目が覚めた時、夢の中の事だったと、嘘を言うシーン、である。。


  「よ、四十両?どこにそんな大金があるのさ?」

「え、、きのう、芝の浜でおれが拾ってきた財布があるだろ、おめえに渡した、」

「財布を?ええ?なに言ってんの!きのうはどこにも行きやしないよ、、ずっと寝ていたじゃない、、」

「なんだとぉ?浜、に行かな、オレが行かなかった?、んなことがあるものけぇ、でも、お金を拾って、、、あれが、夢?夢なわけがない、、そんな、おれはこの懐にずしんと入れて、、入れたはず、はず、だけどなあ、」

「そうよ、夢。夢に決まってるじゃない、どこにそんなお金があると言うのよ、昨日は何度も起こしたけど、起きなかったじゃないの。」「、ええ?財布を拾ったのは夢だったと、ええ?、そうか、そうだったか、、ううぅ、ええぃ、情けねえ!、おれとしたことが、あんな夢見るなんて、、よおし、わかった、やめる。オレは酒をやめる!金は拾うもんじゃねえ、自分で稼ぐもんだ、これからは商売に精をだすよ、やっと目が覚めた、、 、、ぅ、ぐす、うぅう、、」


噺の途中で泣きだす笑ん馬に寄席の壁際で聴いている二人、優しく拍手をする。それに気づく笑ん馬だが、まだ泣き止まない、、百目鬼、靴のまま舞台に上がり、、後ろに座ってそっと笑ん馬の肩を叩く。

「帰りましょう。お連れさんが旅館で待っていますよ。」

笑ん馬、湿った財布を巡査長に渡す。巡査長、花の絵柄を観て思い出す、

「あ、こりゃあ、預かっとった、証拠品の財布、、」


  二日後 臼石港、駐在所


 部屋の中、洗濯紐に洗濯バサミで一枚ずつ吊るされている20ドル紙幣がずらっと並んでいるのを、乾いた端からはずして束にしている鈴木巡査、「20ドルが十五枚って、300ドルで、、ええと、、一ドル360円×300は、おい算盤あったか?」指で数えようとして指が足らない、、笠原署から新しく届いた「野口イサオ」の指名手配犯の写真を貼る。酷い目に遭わされたので写真を殴る、ゴン!「いてっ」こぶしをさする若い駐在。 奥の牢屋から、男の情けない声がする。

「駐在殿~、腹が減ったんじゃけどのぉー」

漁師関口の声だ、、

「わしだけここに入れられて、、寺田の息子と、あの女らは、なんのお咎めなしって、おかしいですがな、もう勘弁してくだせぇ、」

牢屋の鉄格子を握りしめ、体をゆさゆさ揺らす、まるで動物園の大きな猿である、、聴こえないふりをして相手にしない鈴木巡査。牢屋近くの壁、鍵束を吊っていた場所には、もう鍵は無い。


   旅館の部屋


 旅館の支払いはあの調査船の一件で稼いだお金で足りた観光客の女三人。二人が帰り支度をしていると、あとの一人が自分の財布を持って部屋に帰ってきた、、驚く二人。

「ええ?あったの?財布!」

「よかったじゃないー!」

「これで昼逃げしなくてすんだわ!」

「アルバイト料だけじゃ足らなかったもんね」

「うん、駐在さんが、旅館に持ってきてくれて。でもね、不思議なのよ、ドル紙幣も入ってんのよ、、財布は私のだけどドル紙幣は私んじゃない、って言ったんだけど、普通落ちていた財布が届けられて、中の金が無かったことはあっても、ぜったい増えることは無いよ、って、ねえ、これ、ドルの両替って、どこで出来るもんなの?大きな銀行?、、いくらくらいになんのかなあ?」

中から、カサカサになった20ドル札の束が見えている。

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