第14話

    天尾の邸宅 奥


 長い廊下を歩いていく臼井と堀野、その後ろ、天尾、笑ん馬、百目鬼。 ガリッ、ゴリゴリ、と大きな音で鍵を開け、ドアを開ける臼井。 廊下には、一切窓が無く、壁には書物を額に入れて飾ってあるのが見えている。 最初の額を百目鬼が横目で見る、

「ぅ、」と喉の奥で小さな声を出し驚く、戦時中に見たことのある形式の懐かしい月暦カレンダー、


『 昭和二〇年 八月  船だ、船だ、船を作って米英撃滅!』 


廊下突き合たりを曲がって行く手前の隅の小さなテーブルの上のケースの中には子供用の使い古された感がある義手と義足が二つ置いてある。少し見てもかなり精巧に作られてあるのがわかる。百目鬼も足が少し不自由なので、もしかしたら、ここに居た、戦災孤児のために天尾が作った物かもしれない、、と思った百目鬼である、、と、その先から驚く笑ん馬の声がした、、百目鬼が曲がると、次の廊下の両壁には金網が貼られ、幾あまたの銃器が整然と飾ってあるのだ、、工科大学の時代に銃器研究資料室で観たことがある百目鬼だがその大学ににあった数より、はるかに多い。小銃類、日本の村田銃、三十八式、九十九式、、英国のマルティーニヘンリー銃、エンフィールド銃、ソ連のモシンナガント小銃、アメリカの、M1ガランドスコープ付き、、M1カービン、、ドイツのモーゼルKar98k、、突撃銃STG44、短機関銃類、アメリカのトンプソン、、ソ連のバラライカ、英国のステンマークⅡ、イタリアのベレッタモスキート、曲がった次の壁にも続く続く銃器類、今度は拳銃類、コルトガバメント、、モーゼルミニタリー、、ルガーP08、ワルサ―PPK、ウェブリー・リボルバー、南部十四年式、トカレフ、ベレッタM1934、他、名前もわからない小型拳銃、試作品、スパイ用に改造された物も数種、、歩いている足元の床の隅には、小銃弾を使用する機関銃、、ブローニングオートマチックライフル、MG―08、ラインメタルMG34、ソ連がフィンランド侵攻時にフィンランド軍が使用しソ連製戦車に大打撃を与えた40mm対戦車銃まで置いてある、、、どれもこれも、近代の戦場で名を馳せた、有名な軍用銃ばかりである。そして、舟幽霊に落とされないようにであろう、針金で固定されている、、笑ん馬も銃を凝視しながら前を歩く堀野に訊く、

「あの、、、これらは、、本物、、ですか?」

「ほんも、いいえ、天尾さんが自作した、木製の模造銃です。昔を懐かしがって飾ってあるだけです。」 

言葉でのごまかしは利かない百目鬼である。今まで本物の銃器類を工科大学で嫌と言うほど観てきたからである。飾ってある銃器類の壁が終わり、もう一度曲がると、行き止まりである。鋼鉄でできている黒い扉、堀野がその鉄扉の前に立って、扉横の小さな隠し扉に手をやると押しボタンが見えている。振り向く。 押しボタンはドアを開ける仕掛けのようだとわかるが、侵入者が一人だけの時には一度に押せないように、廊下両端の壁に、赤と青のボタンが縦に二つずつ、付いている。押しボタン近くにいる百目鬼に天尾が言う、

「百目鬼さん、そこの下の赤いボタンを押してください。」

言われるとおりに赤ボタンを押す百目鬼、同時に反対側の壁の青い押しボタンを押す堀野、、壁の中で鍵の外れる音と共に、ドアが自動的に開く。中に入る一行、、ドアが開いたのと連動して真っ暗な部屋の天井の色々なところで光が点滅した後、一気に明るくなる室内!

「ぉっ!」 小さく声が出る百目鬼、日本ではまだ目新しい外国製の、まっすぐに長い蛍光灯の照明器が、何十本も天井から吊り下げられている。日本人には慣れた灯りの昼光色電球とまったく違う、白く眩い明るさの少々冷たく感じる色、である。それを見上げる二人。

「いやあ、明るいですなあ、」

「蛍光灯です。これは西ドイツ製ですが、そのうちに、国産が出てくるでしょう。」広い室内、灯りの下、沢山の書架に大量の書籍、物資が所蔵されている、、整理整頓された書架に近づいて、ゆっくり歩きながら、分類仕切り板を読む百目鬼、、船舶工学、機械工学 砲学、弾道学、電波工学、日本史書籍、、横須賀の海軍工科大学の図書館の規模には及ばないが、戦争末期の疎開本だと百目鬼にはわかるのだ、、書架と書架との間に入り、本を眺める百目鬼、自分の居た海軍工科大学と共に、陸軍学校系の背ラベルも、そしてかつての国策軍事企業の社名が書かれた背ラベルの本も並んでいる。銃器の棚と同じように金網で覆われ鍵をかけられ簡単に取り出せないように作ってある書架もある、雨戸並みに板で閉じられ全く中の観えない書架もある。天尾のやっていることがわかってきた、暗く神妙な顔になり深くため息をつき、天尾に訊く百目鬼、

「天尾さん、、ここにある本は、戦争末期に疎開本の命令で、移動させた軍の書物、、ですね。」

「そうです。 昭和十九年の春、ある人物に頼まれて、重要書籍及びフィルムの疎開計画に携わりました。こちらには戦艦、空母、巡洋艦、潜水艦、艦上戦闘機の設計図、あちらの棚にはフィリピン、昭南島(シンガポールの日本名)、仏領インドシナから移動させた米英仏の書籍もあります。」地図と海図、各国の軍事飛行場、港湾施設、河川、運河、湖、道路地図の棚すぐ近くの壁に貼ってある大きな地図を見る百目鬼、中国大陸、満州、東南アジア、ニューギニアまでの詳しい、日本が戦時中に占領統治していた広大な地域地図、

百目鬼が呟く「外邦図、、。」

「懐かしいでしょう。」

その地図の重要な部分部分を、細かく四角の線に囲んで隅に小さく番号が打ってあり、その番号の地図をもとに別の地図帳を探して開けると詳細な地図が出てくる仕組みだ、、書架に置いてある一冊の大版の地図を掴んで表紙だけ見る百目鬼、その表紙の端には参謀本部の『部外秘』の判が無い。

「うちの子供たちに写させたもので、本物は別のところに移動させています 開戦に間に合わせるために、わずか一年半で陸軍の陸地測量部と海軍の水路局が仕上げた地図類で、、いやあ、地図や写真の資料は、切りがないですな、大量すぎて、ここ以外の私の施設にもまだ整理できず、、ああ、その上には空中写真のネガフィルムもあります。」 

ここ以外の私の施設、、という天尾の言葉を気にしつつ、百目鬼が棚に沢山ある中の一本のフィルム缶に貼られたラベルに書かれた字を、目を凝らして読む、


『オーストラリア北部××川、カールツアイス、F20C型カメラ、高度××メートルから撮影、縮尺2万一千分の一』


と詳細に書いてある。旧日本軍の偵察機から撮った写真であろう。 百目鬼、次の棚の分別版を眺めて息をのむ、

『ジェットエンジン』『ロケットエンジン』、『ガスタービンエンジン』『光学機器自動照準技術』、『石炭液化技術』『誘導魚雷』 『電探機器 (レーダー) 』『人工水晶』『タングステン鋼』『超硬鋼板』、『モノコック技術』『対潜電探機』、『無人航空機自動操縦』、、戦時中に開発されていた軍事技術のもっとも重要な種類の書籍である。書架ごとに、丁寧に説明紹介する天尾、今度はフィルムの缶が平積みで並んでいる。

「そちらには、東南アジアの少数民族の調査情報もあります。陸地測量部がフィルムに残した、中国大陸奥地や、ニューギニア奥地の首長族の村の映像、ミヤコキネマの戦時中のニュース映画、珍しいところで中野学校の諜報員教育用映画も何本か。」天尾、歩いて「戦略、戦術」と書いてある仕切り版のある書架に近づき、二冊の本を掴んで、百目鬼に持って渡すその表紙の色と形状を一目見て驚く顔をする百目鬼。「戦国時代の騎馬戦術」

「大石内蔵助の戦術」

両方の表紙の下に自分の名前が印刷されてある、、やはり自分を知っていたか、と分かった百目鬼、、慌てず騒がず落ち着いた顔で、天尾に訊こうとしたとき、天尾のほうからしゃべりだす、、

「この島を手に入れた後、あの亡霊たちを観て、おれは地獄を買ったと思いましたな、しかし、それはお盆の時だけです。今これだけの、先の大戦の遺物を蒐集し、そして他国の武器も研究しながら、よく考えてみると、こりゃあこの世界も、ある種の地獄だな、と思います、、またぞろ、日本がアメリカと仲が悪くなり、自国で兵器を作り出したときに、ここの物が必要になるでしょうが、頭のおかしい権力者どもや卑しい兵器産業の奴らに渡すわけにもいきませんし、だからといって廃棄するのも、もったいない、とおもいましてね、これだけの技術を他の産業にでも転嫁できれば、それに越したことは、、。」

途中で発言を遮って百目鬼がしゃべりだす、「あなたに書物を集めろと命じたのは誰ですか?」

「さあ、、昔のことでもう忘れましたなあ、。」

「天尾さん、廊下壁の銃器は本物ですね、、落語家さんは、騙せても、私の目はごまかせません、、武器と、これだけのものが、ここにあることがわかると警察も黙っていません、、」 

「米軍もね。しかし、この先、自国の防衛のことを危惧すると、備えが無くては出来ませんよ。何事も用意は周到にしておかなければ。」

困った顔の百目鬼、

「しかし、日本が戦争をしてしまえば、また戦争孤児が、、」

といったとたんに戦争孤児と言う言葉に反応し、怒り顔をする天尾、

「そんなことはあなたに言われんでもわかっとる!」

天尾、見せてやって説明もしているのにその言い方は無いだろうという顔、

「ではどうか、ここにある武器は廃棄し、書籍をすべて国家にお返しください。」「いやだね。他人に言われてオレが簡単に渡すと思うか?平和憲法だの戦争放棄だの、、理想を言っても警察予備隊を造ってるじゃねえか、、挙句の果てにアメリカに無理やり軍事同盟まで組まされ、アメリカの武器兵器を買わされとるんだろうが!何が講和だ、なにが独立だ、独立しているのに米軍基地はそのまだ。」

天尾、近くにあった棚の空のフィルム缶を手で叩き落とす!、床を転がっていくフィルム缶が床をカラカラと音を立てて走る、しばらくその音の行先を見ている天尾、振り返って百目鬼に言う、

「、、すまん、興奮した、、百目鬼さん、今まで戦争に負けた国がどうなったか、歴史家のあなたのほうがわたしよりも、もっと知っているはずだ。八月十五日は、世間じゃ終戦記念日、と言っているが、終戦じゃなく敗戦だ。負けた後はゆっくりと国力をつけることが大事だ、日本の工業力を復興させるためには、ここにある陸海軍の技術資料が必ず役に立つはず、国力をつけた後、国産兵器を所持した、正式な自国軍を持って、、」

いつもは穏やかな顔の百目鬼が、全く顔つきが変わっている、

「それはわかります、わかりますが、、」

と言おうとするや否や、別の人物の声が二人の後ろから聞えた、

「それよりも、今現在のあなたの銃器所持と個人の兵器製造及び研究開発は完全に違法です。」

「えっ?」

 「ぁあ?」百目鬼、天尾、が、その声のした方向を見ると、右手で小型ブローニング自動拳銃を天尾に向け、左手で警察手帳を見せている怖い顔の三遊亭笑ん馬が居る、今までの愛想のよい笑顔はどこにいったという顔の笑ん馬、にゆっくり近づく天尾、笑ん馬の右手に持った銃は無視し、左手に持った警察手帳に自分の顔をわざとらしく近づける、

「なんだこりゃ、落語家さん、あんた、文房具屋と、おもちゃ屋もやってんのか?」百目鬼と笑ん馬の後ろで、銃のボルトを引くジャキっという金属音のほうを見ると、折り畳み式の金属銃床に改造された旧日本軍の百式短機関銃を腰に構え、鋭い目つきで、その銃口を笑ん馬に向けながら近づいてくる堀野と別の男の部下。 堀野、銃口を笑ん馬に向けたまま、天尾に一礼し、臼石島の板前大河内から無線で知らせてきた、曲師の話を書いたメモ用紙を見せる、天尾、それを読んで笑ん馬のほうに顔を向ける、

「ほぉっ、なんだ、本物の刑事さんだったか、これは失礼した、、うまく化けたもんだなぁ、言ってくれたらよかったのに、、堀野、百目鬼さんを後ろに、、。」

銃を構えたままで百目鬼を後方へ誘導させる堀野、、

笑ん馬と天尾が部屋の真ん中で二人きりになっている。

「天尾さん、あなたを逮捕します、部下に銃を床に置くよう、命じてください。」「どんな罪だ?」

「武器不法所持、国家財産窃盗罪、です。」

ニヤっと笑う天尾、

「窃盗か、ふっ、おもしれえことを言う刑事さんだ。捕まえてお白洲の場で裁いてもらおうか。」

「あなたの本名は淀川吾一、全国指名手配されてることは知ってますね、あなたの噂は警視庁で聴いています。瀬戸内海の、どこかの島に旧軍の近かい、物資、書籍を大量に隠匿している者がいる、と。」

「良く調べたな」

「いいえ、偶然です。そろそろ東京から応援の者が数名と、笠岡署から家宅捜査の手配をしていたところです。今、私が責任をとってあなたの身柄を拘束します」、と、メモ用紙を握った臼井が急いでやってきて天尾に耳打ちをする、それを聞いて、離れている百目鬼を睨む天尾、

「百目鬼さん、今度はあなたのほうだ、文化船が悪人に乗っ取られ、この島に向かっている、、それを追って米軍の調査船もやってきたぞ。」

「ええっ?」

驚く百目鬼と笑ん馬、突然、邸内全館に、けたたましく鳴り響くサイレン!。


   飛島 入り江


 海上、無数の小さな赤い光が見え隠れしている黒い霞が広がっている、、入り江に侵入してきた米軍調査船、スピーカーから流れる英語の軍歌、その勇ましいマーチの音楽に反応し、船の廻りの黒い霧が幾重の輪になり、次第にその輪が小さくなっていく、、霞が、、黒い霞が、、右舷から左舷から船の甲板に上がっていく、甲板の壁灯り、サーチライトの電球が霞に覆われた順番に割れていき、真っ暗になる船上、、、と、調査船の上空に♪ブゥーーーーンと低い音が空を切った、侍が戦を始める合図に使う、鏑矢の音だ!金属ドアの隙間から音もなく船内に侵入する黒い霞の霊力で船内の通路の灯りも、次から次に割れて暗くなる、、

船内外、「ギャアァァ」 「ウォォォオ、、」

あらゆる方面から米軍水兵の金切声と呻き声が聴こえる、水兵の撃つサブマシンガン、拳銃の射撃音が聴こえるが、手応え空しく霧を通り越し、水面に当たる音だけ、、そして艦橋の見張り台の水兵が甲板の異変に気づき、照明弾を発射する音がした、上空で、パァン、と火薬の爆裂音、小さなパラシュートが開き、マグネシウムが燃えるジジッ、ジジジジ、と音をさせ、ゆらゆら揺れながらゆっくり落ちてくる照明弾で入り江が明るくなる、港の埠頭、桟橋には中小の船が幾つか、そして港の横に小さな海岸も見える。 調査船、また数発の銃声、水兵の叫び声がしばらく続き、エンジンが停止、しかしまだスピーカーからは勢いよく軍歌が続いている、、船首甲板にある揚錨機のレバーが文化船と同じように勝手に外れ,ガリガリガリッ、と、鎖が廻りと擦れる音がしたかと思う間もなく、錨が水面に勢いよく落ちる音、船のマスト、艦橋、至る所の突端、レーダーの先端に、青白い炎が音も無く点火していく、、帆船時代の怪奇現象で有名な“セントエルモの灯”だ。舟幽霊に乗っ取られてしまった米軍調査船、甲板では何人もの水兵が気を失って倒れている、泡を口から吹いたまま仰向けで倒れている水兵もいる、前甲板の5インチ砲が金属音を出しながら動き始めた、止まったとたん、さっと砲の周囲から離れる黒い霧、砲弾が発射!後を追う火花と煙!天尾邸の端に着弾!、大爆発!


   文化船 操舵室


 照明弾で煌々と明るくなった入り江、文化船から調査船までは、かなりの距離があるが、砲撃の音をまじかで聴き、驚いている野口、村上機関士、澤村司書である、、窓の外を観る野口、

「な、なんだ?い、いま、あの船から砲撃したのか?」

村上機関士「、、そう、、みたいだな、」野口「米軍、ここでなにやってる?、狂ったのか?おい、、あそこ、家が、、家が、燃えている!」

文化船の電源が復旧し操舵室の計器盤を触る村上を見ても、もう何も言わない野口、、村上、間違えてラジオのスイッチも入れてしまう、

ラジオ放送、控えめの音量で謡曲「屋島」が流れている、島の駐在所で、秋山巡査長がしゃべっていた『能楽』の番組だ、、

まさに、ここにいる侍の亡霊のために謡われているようである、、


 『♪~ 水や空、空、行くもまた、雲の波の撃ち合い刺し違うる、

 船戦の駆け引き 浮き沈むとせし程に 春の夜の波よりあけて~

 ♪~敵(かたき)と見えしは群れ居る鴎、、鬨(とき)の声と聞こえしは 

 浦風なりけり、高松の朝嵐となりにける、、』


    天野邸 図書室


 砲弾の炸裂した音と共に地面から突き上げるような衝撃で天尾邸全体が揺れた、、天井からミシッ、ミシミシッとと言う音と共に粉や木くずが降る、、激しく揺れる蛍光灯器具、皆が天井を観たそのとき、笑ん馬に隙が出来、知らぬ間にうしろから来ていた堀野に腕を捻られ、拳銃を取られてしまう、、あっと言う間の出来事で、失敗したという顔をする笑ん馬、

「う、しまった、、」

拳銃を天尾に見せる、

「ほぉ、ベイビーブローニング。二十五口径だったな、いい拳銃持っているじゃねえか。」

突然、合図のサイレンもなく邸内のスピーカーから、別の部下の声が発せられた!「修学旅行の用意が出来ました、繰り返します、修学旅行の用意が出来ました。」とっさに、ちかくの壁の隠し扉を開け、電話の受話器をとる天尾「天尾だ、船は無事か?」

受話器の声、

「無事です!急いでください!」

天尾「百目鬼さん、ついてきなさい、落語家さんもな。」「こっちへ!」

堀野ともう一人の部下が案内する方向に向かう三人。


     飛島 入り江

 

 上空、パァン、と言う破裂音、ギシギシと大きく揺れる米軍調査船の艦橋上部からまた照明弾が発射された、何分おきに自動的に発射される仕掛けがあり、明るいままの状態が続いている、肉眼では周りの黒い霧が見えるだけだった調査船が、今度は海面から異様な力で押し上げられ、船の喫水線下の赤い塗装部分が見えてくる、、その下が遠目で見ると白い砂洲に座礁しているように見えるが、すべてが人間の骨、、入り江の底に何百年も前から溜まっていた頭がい骨、あばら骨、背骨、尾てい骨、、肩甲骨、腕の骨、足の骨、、大量に船に張り付いてきている、大量の骨と骨が当たってガリガリ、ゴリゴリと、軋む音、、調査船の船体ぜんぶが揺れるために起こす波の音、波の音、しばらくして骨と骨が繋がり、水面から巨大な熊手のような形に変わって調査船の船べりへと絡めて揺すられている、、骨と金属が擦れる嫌な音と共に、今度は船体が後ろへ後ろへと引っ張られ、ピンと張られる錨の鎖、、いつの間にかスピーカーから軍歌が途絶え、残っていた照明も消えてしまった、、しかし砲を動かす電力はまだ切れていない米軍調査船、、


   文化船操舵室


 ラジオからは謡曲「屋島」が続いている、、戦場(いくさば)の砂浜に居た源義経が自分の弓を砂浜に寄せる波に落としてしまい、敵から襲われる危険を承知で、浅瀬に入り、弓を取りに行く後半の盛り上がりの場である、


 『♪判官 弓を取り落とし 波に揺られて流しに

 その折しもは引く汐にて はるかに遠く流れ行くを

 敵に弓を取られじと 駒を波間に泳がせて

 敵船近くなりし程に 敵はこれを見しよりも

 船を寄せ、熊手に懸けて 既に危うく見え給ひしに、、』


燃えている天尾邸の方向を文化船の双眼鏡で見る野口イサオ、これはもう天尾邸には行けない、次は、この船も砲撃されるかもと思い、

「おい、若いほう、、そんな陰気なラジオは消、、いや、、もういい、、甲板に出て救命ボートを降ろせ!」

拳銃を澤村司書に向けながら後甲板に司書を連れて行く、、司書、脅されて救命ボートの留めロープを解く、小さな救命ボートが海面に落ちる、カバンを救命ボートに先に投げ入れ、飛び降りる野口、ボートの中には、オールと、村上機関士が墓参りの際に使ったバケツと、底が抜けてない普通の柄杓!が転がっている、、オールを掴み、自分の背中を救命ボートの進む方向に向け、急いで離れようとする、

「じゃあな、あばよ!オレの事は忘れろ!、ここから生きて帰れよな!」

捨て台詞を残してボートを漕ぎだす野口イサオ、すぐさま、ボートの周りに黒い霧と無数の赤い目がやってきた、、オールの音が聴こえなくなって、村上と澤村が、文化船のデッキから頭半分だけ覗かせて救命ボートを見ようとする、と、もうどこに居るのかわからず、見失ってしまう、

「ん、ボ、ボート、、どこに行った?澤村君、見えるか?」

「いえ、いましがた、そこに、、見えていたのですが、、」

「、、よし、ここを離れるぞ、臼石島に帰ろう。」

「村上さん、、燃料のほうは?」

「大丈夫、心配するな、予備は隠してある、」

ほっとする澤村司書

「急いでタンクに入れるから懐中電灯をもってついてきてくれ。外に出たら、頭を低くして、ついてこい、、」

「はい、わかりました。あ、ちょっと待ってください、、」

入り口のパイプに自分でつけた底の抜けた柄杓と数珠を外して手に持ち、後甲板に先に行った村上機関士についていく澤村司書。ラジオの能楽が影響し、この入り江の舟幽霊の活動が活発になってしまったことを、この二人は知らないが、舟幽霊は新しい敵を見つけたようだ、、。


     離れていく救命ボート


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          オールを漕いでいる野口イサオ、顔は文化船のほうを向いているのにもかかわらず、 あっと言う間に文化船の操舵室の灯りが見えなくなった、、

天尾邸の一部が燃えている明りで、少しは辺りが見えているはずなのに、救命ボートの廻りは真っ暗、、、前も後ろも全く見えない、行く先もどっちにいったらいいのかわからず、ただただ漕いでいる野口、、海上の黒い霧と赤い目、ボートにだんだん近づいてくる、野口の耳に、ざわざわ、と、なにか小さな声が聴こえてくる、ボートの周りがおかしいと気付き、オールを漕ぐ手を止め、ライターで火をつけて海面を照らそうとする、ライターのオルゴール音、

「♪~♬~♪~♫~」十秒ほどで音楽が終り、背筋がぞくぞくっとする野口、、自分の廻りから周りから、小さな声に聞き耳を立てる、、聴こえてくる舟幽霊の声、声、、声、

「、、柄杓をくれぇー、、」「柄杓をくれぇーー、、」「おおぉい、、柄杓だ、柄杓をくれぇー、、」

そして半透明な白い腕が、腕が、何本も何本も、海面上に伸びてくる、催眠術にかかる前のように虚ろになった野口の顔、

「、ひ、、なんだぁ?柄杓?」

ボートの中を見回す、野口、村上機関士が島の墓参で使った、底のぬけていない柄杓を見つける、

「ああ、柄杓ならあるぞっ!ほぉぉれ!」海上、黒い霧めがけて柄杓を投げ込むと、、瞬時に、柄杓を持つ何十本もの白い手が現れ、ボートに海水を、海水を、横から前から後ろから、ざんざ、ざんざ、と勢いよく汲み入れてきた、この舟幽霊の行為を防ぐために臼石島で配られている柄杓はそこが無かったのだ、そんな事とは露知らずの野口、あっという間に海水が野口の足首までやってくる、、その冷たさで虚ろだった目から覚める野口、「う、ああぁぁ!」

狼狽えて、急いでバケツで海水を汲み、外に捨てようとする、と、「あっ!」バケツが船幽霊に取り上げられ、遠くに放り投げられた、みるみる増していく海水、文化船を探そうとするが、どこにも見えない、、慌てふためく野口の後ろの空間から、いきなり白い手だけが何本も出現し、背中をグイと押す、

「うあ!なんだ?」前に倒れそうになって踏ん張った足のせいでボートが左右に揺れ出し、、慌てる野口、火のついたライターを左手に持ちかえながら右手で拳銃を握り、海面に向け、引き金を引く、三発で弾が尽きる、、知らぬ間に、黒い影がボートの船べりを越え、太い縄のようになって野口の足に絡まる、足が動かなくなり、溜まった海水の中に思いっきり倒れる野口、、倒れた拍子にズボンのポケットの中の女物の財布が外に飛び出て海に落ちる、恐怖に怯え、溜まった水の中でひざまずく野口、、

「すいません、もう悪いことしません、、ゆるして、、くだ、、」ボートは、次第に入り江の外へ外へと、何か悍ましいものに導かれるように流されていき、、野口の声も聴こえなくなった、。


   天尾邸 裏


 天尾邸の火災で、全体がぼやっと明るくなっている飛島の入り江を天尾、廊下に出て窓から半分に割れた能面と双眼鏡を上手に使い、入り江に侵入した調査船を監視している、舟幽霊になりはてた侍の霊の大集団が、船を乗っ取ろう、と船に取り巻いて登っていく光景が天尾の目だけに見える、

「ふっふっふっ、古(いにしえ)の侍どもは、あの米軍の船を乗っ取ったか!おお、上がった!」照明弾が上がる、パァっと明るくなる入り江、それを見ている天尾、嬉しそうな顔で見ながら江戸落語「たがや」のオチにかけて怒鳴るような声!「笑ん馬さん、見ろ、ほれほれ、上がった上がったあがったぃ、、たぁがやァァァああ~、」

こんなときにでさえ、落語に置き換えている天尾にあきれ驚く笑ん馬、、しかし、すぐさま、調査船から天尾邸の方向に二回目の砲撃! 天野邸離れの寄席近くで爆発音、、ズシン!と強烈な地面から振動、遠くでガラスの割れる音、木が裂ける音が聴こえ、寄席、半分破壊され一部から煙が上がっている、衝撃で図書室内の天井から幾つかの蛍光灯が外れ、ボツンボツンと落ちて勢いよく割れる音が、後ろ開けっ放しのドア方向から聴こえる、

百目鬼、

「天尾さん、、早く、避難を、」

天尾

 「わかっとる!」

廊下を急ぐ天尾たち、その廊下の行き止まりには、すでに臼井、堀野ともう二人の別の部下がドアを開けて待っている、コック大河内、俎板に荒縄でしばりつけた自分の愛用の包丁の入ったカバンを持って走っていく、

「用意はできたか!」

臼井と堀野が一緒に叫ぶ、

「できました!」

天尾

「さあ、船に!落語家さんも!」警察の仕事で修羅場は幾つか経験したが、砲撃から逃げるのは初めて、、躊躇しながらも、ここは一緒に逃げるしかないと思った三遊亭笑ん馬、しかたなくも付いていく、

「早く!早く!」

脱出用のドアが外から開き、荷物を背負った別の天尾の部下二人が先を急いでいるのが見えた、そして、残った者を誘導していく臼井と堀野、パラパラッと廊下の天井から粉が降りかかり、窓の外では火の手が上がっている、

天尾、「皆、乗船したか?」

先に出ていた部下二人

「乗船しました」

天尾「よし!」部下の訓練通りと言う言葉を聴いて反応した百目鬼館長、、事前に想定していたのかと気付きつつ走る、、港に着く一行。

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