第13話

   臼石島 文化船内


 ラジオの天気予報を聴いていた澤村司書、

「九州上陸の予定の台風は大陸のほうに向かいました。」

村上機関士

「そうか、じゃあ明日、映画上映がやり直せるな。 ラドンもいいけど、もう一本の島倉千代子のほうは、お母さん連中は喜ぶよ。で、あの泥棒は警察の牢屋か?」「ええ、泥棒じゃなくて、詐欺師だったそうで、、。」

「よくもまあ、こんな田舎の島に、、しかし、ニュース映画でバレたとはなあ、ニュース映画だけ新しいものを持ってきたんで、観て無かったからわからんかった。あいつは同じ旅館に泊まっていた野郎だよなあ?」

「ええ。」 

「ふん、運の悪い奴だ、、」

ラドンの映画フィルム缶を、腰をかがめて床近くで片付けている村上、内壁に付けられた固定用ベルトで縛って留めている最中、デッキに出た澤村司書の足が後ずさりしているのが見えてきた、、あれ?どうした?と観ている村上、澤村に拳銃を向けている詐欺師が入ってくる。もう一方の腕には鞄を大事そうに抱えている。

野口イサオ「手を上げろ!」

手を上げない村上、横目で見る澤村も上げない。

村上「だれだ?」

甲板入り口手前で二人の会話を聞いていた野口が言う。

「おめえの言った、運の悪い奴だよ。」

村上「、、ああ、映画ニュースに映っていた盗人か?」

「盗人じゃねえ、詐欺師だよ!」

「てめえを、みんな、まだ島ん中にいるだろうって探してんだ。悪いこたあ言わねえ、警察に自首しろ、でねえ、と、」

「いやなこった。」

「この船に来て、何をする?何をしたい?犯罪の本でも読んで勉強すんのか?そうだなあ、岡本綺堂、江戸川乱歩、横溝正史の本も少しあったよなあ、刑務所に入ってたオーヘンリーの短編小説とか面白いよなあ、、澤村君、」

怯えている澤村司書、

「よっ、よっ、横溝正史は貸し出し中で、、」

「うるせぇ!、、」

操舵室の壁を拳銃の握りで叩いて脅す野口、ここから脱出するためには何でもやるぞ、、と拳銃を入口から外に向け一発撃つ!港内の静寂が終わり硝煙が操舵室内外に漂う、床に落ちた薬莢が転がっていくのを見ながら耳を塞いで屈みこむ河村司書を心配しつつ

「むちゃするなよ、、落ち着け、いう事はきいてやるから、、」

と睨みながら語りかける村上機関士。今度は拳銃の先をその村上に向け、睨みを利かす、

「よし、、この船で飛島の天尾とか言う大金持ちの家にまで行ってもらおうか。お前らはそれまで人質だ。そこでいくらか身代金を払ってもらおう、その金持って、そいつの外洋に出られる大きな船でおれは台湾に逃げる。俺を連れて行きさえすりゃあお前らには何もしねえ。」

澤村司書を気遣う村上機関士、いったん言うことをきくふりをする、、

「わかったよ、おめえの言うとおりに、しようじゃねえか。」


   文化船 甲板


 ゲン爺が文化船の後甲板の縁で寝ている、と、室内の詐欺師の大きな声で目が覚めた。起きて、灯りのついている図書室の窓をそっと覗いていると、二人に拳銃を向けている詐欺師が居る、

「この船で飛島の天尾とやらの、」というところが聴こえた、

ゲン爺「ありゃ、えらいこっちゃー」と船から、そっと埠頭に渡って、知らせに走る、、後ろで船のエンジンがかかり、出港していく文化船、、しかしその直前、埠頭を走っていくゲン爺を、船の舫いを解いていた澤村司書だけが目撃する、この事態を誰かに知らせに行ってくれ、、と願う澤村司書、、


   天尾邸 広い食堂 


 臼井、テーブルにナイフ、フォーク、スプーンを並べ、二人分の食事の用意をしている。用意ができるまで部屋の中の調度品を見て歩いている百目鬼館長と笑ん馬。近くの壁にはいくつかの日本画や掛け軸、、別の壁には日本の火縄銃が二丁飾られている。その横、長槍、日本刀、短刀も飾ってあり、槍だけ数が多く、五本もある。五本のうち、一本だけの槍に顔を近づけ、目を細めてじっと見る百目鬼館長。槍の先端が一般の槍先と違う、短刀のような形に気づき、指さしながら天尾に尋ねる。

「天尾さん、これは、、菊池槍ですね?」

天尾、うなずく。

「そうです。私は槍が好きなので。」笑ん馬も近寄ってくる、、

「菊池槍、どこかの寄席で聴いたことが、、講談かだったか、なにか、、」

百目鬼が説明する。

「南北朝時代までの侍が使う金属の武器は、刀、弓矢、そして薙刀(なぎなた)でした。ある野戦に赴いた侍の一団が、山の中で自分たちより数倍多い敵に囲まれ危なくなったとき、咄嗟の判断で、そこに生えていた竹を長く切り、先端に自分たちの持っている短刀を結びつけ、急場をしのいだ、、それが日本史初の『槍』の出現です。その時の一族が後に有名になる、九州の菊池家、そしてその槍に名づけられたのが、『菊池の千本槍』です。槍とその戦法は、日本に火縄銃が伝わるまで存分に威力を発揮しました。その名前は武勇と共に後世に語り継がれ、日本海軍では、それにあやかり、将校たちがその槍の先だけを軍刀にして、戦地に赴くことが流行りまして。本物、偽物、たくさんあったようですが、。」

うっすらと残った槍の表面の刻印に、目を凝らしている百目鬼に天尾が言う、

「それは本物です。さすがですな。良くご存じで。戦争の終わり頃、その菊池千本槍の話が出てくる映画を山口で見ましたよ。」

百目鬼「特殊潜水艦、シドニー湾特攻の映画でしたか、時代劇と現代劇が一緒になった話で、、たしか、あの時の若い主演俳優が、今、東宝で売り出している、小林、、」

天尾「小林圭樹。」

「ええそう、そういう名前の俳優さんでした。」

ドアが開き、料理が堀野、臼井の手で運ばれ、慣れた手つきでテーブルに並べられていく。黙って席に着く二人。堀野が料理を説明する。

「ワタリガニの解(ほぐ)し身入り冷製ミルクスープ、、茹でカボチャと揚げスライスアーモンドのサラダ、メインは、舌平目のムニエル、でございます。」

サラダ皿は、薄く切った揚げカボチャ、に刻み玉葱が入ったマヨネーズをかけてあり、その上に、きつね色に揚げられたスライスアーモンドと刻み焼き海苔が散らされている。アーモンドはやっと日本に輸入されるようになった時代でまだ珍しい物である。 ムニエルは、舌平目の身と、野菜と一緒に調理され、丁寧に皿に盛られている。塩故障した魚を牛乳に漬け、一時間後に、小麦粉をまぶし、バター、塩コショウ、白葡萄酒を入れて煮る料理である。添え野菜用に一緒に炒められた臼石島産の野菜が綺麗だ。別に添えられた小皿には半分に切られた酢橘が幾つか置かれて料理の上から絞るようにと言う天尾。フランス産の葡萄酒が、臼井の手で三人のグラスに注がれる、、

天尾、二人に訊く、

「カボチャは戦後の食料不足の時に、皆、嫌ほど食べさせられたから嫌いでしょう?」

「いいえ、」

「大丈夫です。」

「舌平目は、ここ瀬戸内でも大きいのがよく獲れます、こっちでは舌平目と言わず、形からゾウリとか、ゲタとも言うそうで、ああ、百目鬼さんはこっち生まれですからご存知ですね。ワタリガニも、こちらではガザミ、と。」

「え、、ええ、」

自分のこと、をよく知っていることに疑念を感じる百目鬼。

「わかりました。では、いただきます。」

「いただきます。」

百目鬼がナイフとフォークを上手に使ってライスを食べているのを、横目で見ながら、落語家、真似をするが、フォークの上に、ご飯が上手く乗せられない、それを見ていて天尾、笑ん馬に言う、

「落語家さんは箸のほうがいいか?」

「あ、そうですねえ、、、」

「堀野、伝えてきてくれ。」

「はい!」しばらくして品の良い塗箸を箱に入れて持って出てきたコック姿の男、顔を観ると旅館の板前だ、驚く百目鬼、

「おお?旅館の板さん、、」

天尾「兄弟ですよ。旅館は兄で和食、こっちは弟で洋食です。」

頭を下げるコックに座ったままお辞儀をする館長、

「まことに、おいしゅうございます。」

「どうぞごゆっくり。あと、デザートを用意しておりますので。」

にこりと笑い、下がっていくコック。 天尾、二人の食事が済むまで、葡萄酒だけ飲みながら、ハードカバーの太い洋書をペラペラとめくって、しばらく静かにしている。天尾の後ろに見える小さな棚の上には英和辞書、ノート、鉛筆、電話が見えている。ナプキンで口元を拭きながら、目を凝らして天尾の読んでいる本の表紙の題名を読もうとする百目鬼

「The Caine Mutiny」と読める、百目鬼館長がこっちを観ているのに気が付く天尾、

「この本、気になりますか?」

「ええ、『Mutiny』(ミューティニィ)という単語は、軍隊用語で、たしか、『上司に対する反抗、叛乱』ですね、、」

本を閉じて表紙を見せる天尾、

「そうです。この本は、アメリカで、今年の初めに出版され、六月に、ピューリッツアー賞をとった小説です。 太平洋戦争中にアメリカのオンボロ掃海駆逐艦に赴任してきた新しい艦長が指揮官には向いていない男だとわかってきて、台風の夜、危険な行動を執ったことで、副官と部下が艦長の指揮権を剥奪し、その行動で副長らが軍事裁判にかけられる、っていう内容です、、まだ半分ほど読んだばかりですがね。」

百目鬼が尋ねる、

「もうひとつのCaineというのは、船の名前ですか?主人公の名前ですか?」

表紙を見直す天尾、

「船の名前です、、日本で翻訳されて出版される時には、、そうですなあ、

『ケイン号の叛乱』、とでも、付けられますかな。」

新作の洋書を、こんな孤島に住んで、どうやって手に入れることが出来るのか、と不思議にかつ、洋書を読めることに感心している百目鬼館、、その横で、二人の会話をじっと聞いている落語家笑ん馬、箸でむしゃむしゃ、と料理を食べている。しばらく経って、冷えた金属の小皿に入れられたアイスクリームが運ばれてくる、、天尾のぶんもある。アイスクリームにかけるための、濃いめのグリーンティの小さな器が添えられている。静かに食べている二人、と横に向いて座って、アイスを一口食べ、本を読んでいる天尾。突然、部屋の外で何かが床に落ちたような大きな音がする、、招待されている二人、音をした方を気にするが、天尾と後ろに控えている堀野は何も驚かず平然としている。

天尾「すまんな、大きな音で。ああ、落語家さん、この島の入り江はお盆の夜にゃあ賑やかになるよ。」

笑ん馬、ナプキンで口を拭いながら尋ねる、、

「え、にぎやか?お盆のお祭りで、臼石島の者がお座敷船かなんかでやってきて、、若い皆さんで、わいわいと?」

天尾 笑いながら否定する、

「いやいや。お盆の季節には 入り江の底から昔の海戦で死んだ亡霊が出てきて、海の上で合戦を始めるんだ、この地方じゃ舟幽霊というやつだ、刀と刀、骨と骨が当たる音で、、チャリンチャリン、ガチャガチャと、うるさくて寝られりゃあしない、、」

ああそうだった、自分の女が言っていた話と同じだ、と、頭を少し後ろに引く笑ん馬、

「旦那ぁ、ち、ちょっとまってください、んなこと、今言わなくても、朝までこちらでご厄介にさせてもらうんですから、それじゃまるで、上方落語の、『七度狐』の終わりに出てくるお寺の通夜の場面じゃないですか、」

天尾、嬉しそうな顔、

「ああそうだ、じゃあ、この入り江で骨釣りはどうだ、『野ざらし』をやるときの参考に。この入り江で釣りをすりゃあ、いくらでも人間の骨が釣れるんだがなあ、お土産に一骨、、どうだい、、、」

「冗談はよしてくださいな、、」

笑ん馬、「ご勘弁を、、」と言った瞬間、壁に飾ってある一丁の火縄銃が、ドン、と重い音を立てて、勝手に床に落ちる。

席を立ち、ひどく怖がる笑ん馬、「ひぇ!」「んふふ、、大丈夫、大丈夫、、おれは、もう十年もここにいる、どうもないって。お盆の間の二,三日だよ、我慢するのは。」

コックがやってきて、火縄銃を拾い、元にかけ直す。天尾、鋭い目に変わり、部下の男の事を語りだす。

「さっき、君らを案内した若い男のほう、堀野誠、という名前だが、出生地はサイパン島だ、、戦後、サイパンから母と子で引き揚げる途中、母親が船の中で死んだ、、、六歳の子が一人っきりで日本に帰ってきても誰も迎えもこない、それでも泣かずに下関港の桟橋で海を見ながら立ち続けていたのを俺が見つけた、、あの男がここに居る孤児たちの最初の一人だ、、サイパン生まれだから日本国内には戸籍がない、、父親も親戚も、何もわからん見つからん、、俺はあの子のために、元日本統治領の調査をさせてくれ、と厚生省に何度も嘆願に行ったんだが、今は無理だとの一点ばりだ、、それでも、、それでも、あいつは、ラジオの尋ね人の時間を聴いている、呼ばれないのを知っていても、毎日毎日自分の名前を読んでくれないかとな。ここに居る他の孤児たちと一緒にだ。」

しずかに聴いている二人。百目鬼が思い出したことをしゃべる、

「天尾さん、こんな話を耳にしたことがあります、『尋ね人の時間』の番組は、戦後すぐに当時の占領軍の命令で開始されましたが、広島と長崎の行方不明者捜索の手紙はいくら送られてきても、アメリカの要請で読まれなかった、とか。」

憎々しい顔を一瞬見せる天尾。

「そうだろうな、、俺の弟は、広島市内で、あの日から行方不明だ、、いくら放送局に手紙を出しても、一度も読んでくれなかった。」


   臼石島 旅館 


 食堂内、奥のほうには、いままで部屋の中でしゃべっていた篠山桃花と、同級生三人、降りてきてお酒を飲みながら子供の頃の島での暮らしや学校での話を楽しく会話している。 皆、さくらに進められてお酒を飲んだが、あまり強くなく、皆、真っ赤な顔。 カウンターの向こうで板前大河内が四人の会話を気にしながら片付け仕事をしている。同級生三人子供の頃の懐かしい話は終わったので、さくら、に、てんでに質問を浴びせている。 

「曲師 篠山桃花」の名刺を見ている同級生が訊く、

「どうしてこげぇな名前になったんで?」

「うん、私の三味線の師匠が、篠山祥水、って名で、篠山はそのままで師匠が下の名前を名づけてくれて。」

「曲師、、って、、なに?」

「浪曲師の後ろに居て、三味線を弾いて伴奏と掛け声をかける人のこと。あと、私は別の仕事で、お座敷の芸者さんが客の前で歌っとる、お座敷唄、小唄、端唄、どどいつ、や、古い日本の流行り歌を寄席で歌うこともしてる。 寄席では地方の民謡も唄うし、客席に子供がおるときは今流行っている歌も唄うこともある。」

「小学校で習った昔の歌も唄ったりするん?」

「唱歌は唄わない。わらべ歌や童謡を唄うの。」

「唱歌と童謡はどう違うん?」

「明治の新政府が西洋流の音楽を導入して学校で教えることになった時、新しく作ったり、外国の民謡みたいな曲を翻訳して、日本語の歌詞で作ったのが唱歌。 外国の民謡は良おて、日本の民謡を教えん、ってなんか変じゃろ。」

「そう言われりゃあ、、そうじゃな、」

「でね、その当時、子供の歌まで役人に決められちゃったことに明治の詩人や音楽家たちが反発して、その人たちが子供のために新しく作ったのが童謡。」

「あっ、そうなん。」

「でも、なんぼなんでも、お座敷唄や、酒と色気の唄や、当時の流行歌なんかを子供に教える、ってわけにはいかないからなぁ、、今は、レコードで残っとるし流行歌になったりすることもあるけど、やっぱり生身の人間が残しておかないとおえんと思うて、せえが私の役割じゃ思うとる。曲師だけじゃ唄わんから、やっぱり自分で歌を唄いたかったし。 落語は伝承芸じゃから民謡や座敷歌もそろそろ伝承芸にしとかんと。」

「ふう~ん。」

別の同級生「その、寄席、に、出てるん?」

「そう、寄席っ。毎日、落語や漫才、曲芸、踊りもやってるところ。」

「あのな、なんでそんな世界に入ろうと思うたん?」

「東京でたまたま知り合った男が落語家だったから。それで邦楽を習いに行って、、」

「邦楽、って何なん?」

詳しく説明する桃花、

「日本の楽器の三味線、尺八、琴、和太鼓なんかで演奏する音楽のことを邦楽。 映画の世界で洋画、に対して日本映画の事を邦画というのと同じね。噺家は落語だけを喋る芸人さんのこと。普通は落語家と言うけど、きちんとは噺家と言うの。」

「ああ、そうなん、」「ふーん」

「一緒に来てるのが旦那さん?」

「うん。、、まだ籍は入れてないけど。寄席の裏方で出囃子する仕事をようになって、知り合って、、そこからって、、あのね、噺家さんが話す落語も伝承芸で、師匠がしゃべるのを自分で記憶して稽古して自分のモノにするのだけど、曲師もそうなの。譜面が無いから師匠から教えてもらった技を自分なりに会得して演奏するの。その辺と噺家さんと一緒なの、だから、うちのとは、気持ちが同調できてね、、」「その、、一緒に居る旦那さんは有名なん?」

首を振る桃花

「「全然。さっぱり。でも落語が好きで好きでしょうがないの。、ほんとはね、別の、、」と笑ん馬の本当の職業を喋ろうかとするが、やめておく。

「そうそう、なにか唄ってよ、せっかく三味線持って下まで降りてきてくれたんだから。」

「いいわよ、そうね、、う~んと、じゃ、昔、流行った新潟の民謡で、さんかい節、とか?♪よねやまさんから~、雲がぁあ、って、」 

「ああ、小唄勝太郎のレコードがうちにあって、父が、いっつも唄ってたわ、」「じゃそれ。」

みんなで小さく拍手。 

板前や仲居も片付けをしているふりをして、そっと聴いている。篠山桃花、三味線の調子をあわし、演奏を始める、酔っていても慣れた手つきのバチ捌き。昭和三十年代前半の時代では、国民の誰でも知っている有名な民謡である。


  ♪~♪~♬~♪


「♪米山さんからぁあ、雲がぁ出ぇ~たァ、、今にぃい、、夕立が来やら、ピッカラ、チャッカラ、ドッガラリンとォ、音がするゥ、♪ハア、音がするゥ、、今に夕立がくるやら、ピッカラチャッカラ、ドンガラリンとォ、音がするゥ、、♪ア、ヤラシャレ、ヤラシャレ、、」


三味線の音に気付いて旅館主人と女将も聴きに出て笑顔で聴いている。


   「♪狭い小道でぇ、ちょと出会うた、話せ話せや、語れや、胸うちあること、みな話せ、ア~、、みな話せ、、ア、ヤラシャレ、ヤラシャレ、♪ハァー、開けたよ夜が明けた、、♪寺の鐘打つ坊主や、お前のおかげで、夜が明けた、おかげで、夜が、明けた~ 、」


手拍子をしていた同級生たち、気持ちよく酔っぱらって、うとうとしだす、他に一曲唄うが、篠山桃花もお酒が入っているので、だんだん眠たくなり瞼が重たくなってきた。


    尼寺 海霧尼の部屋


 壁には地蔵菩薩が描かれた古い掛け軸が見えている、一本の蝋燭だけの明かりの部屋、、、窓や障子を開けていないのに蝋燭の火が、つ、つ、つつっ、と消えそうになる、また点く、また消えそうになる、、消える、、と、、障子の向こうに蝋燭の灯りではない違う灯り、、、ぽぅ、、ぽぅ、ぽぅ、っと明るくなる、小さな小さな火の魂が、ひとつ、ふたつ、みっつ、五つ、、すっ、、と、障子を素通りして部屋の中に入ってきて海霧尼の座っている背中の後ろで停まる。図書館船に現れたのと同じ、あの子供たちの人魂だ、、小さな小さな、子供の声が聞こえてくる。

「先生、本を読んで。」「読んでください。」「先生、」「先生、、」

海霧が気付く、

「はい、わかったわ。じゃあ、新見南吉という人の書いた『ひろったらっぱ』をよみますよ。」借りてきた本をゆっくりと読み聞かせようとすると、

「、、先生、先生、、」

「ああ、はい、、、どうしたの?」

「、、大砲を積んだ、、船が、船が、、」

「うん?違います、、これは物語ですよ、怖くありませんよ、、」「ううん、そうじゃないの、大きな船がやってきた、、」

「ああ、アメリカの調査船の事ね、大丈夫よ、軍艦じゃないわ」

「そうじゃないの、飛島のほうで、、これからなにか起こるわ、、」

「わたしたちにはわかるの、、」 

「怖いことが起こるの、、」

「こええ(怖い)よぉ、、、先生、こええよぉ、、」

遠い海の彼方から、ボーーっと、汽笛が鳴るのが聴こえた、子供たちの不安の声から、これはおかしい、と察知した海霧尼、

「大丈夫、先生がいるからね。このお寺から出ちゃだめですよ。海にも行っちゃだめよ!」

「またドカンと爆発するのかなあ、私達の乗っていた舟みたいに、」

「痛かったんよ」「冷たかったんよ、、、」「沈んで、、苦しかった、、」「ううん、そんなことないわよ、もうそんなことは、ないの。もう、、戦争は終わっているの、、私は港のみんなに知らせてくるからね、、ここでおとなしくしておいてね。」 「また大きな戦(いくさ)がはじまる前に、先生、、止めて、、」

「わかったわ。」

小さく震える魂の火、,火、ゆっくりと消えて行った、、。海霧尼、身支度をし、部屋から出ていく、、隣の部屋の藤原尼を起こして今までの経緯と行き先を伝えた後、一人で港への道を急いで下る海霧尼、、。


   飛島 天尾邸 食堂


 臼井、薄い木箱を両手で大事そうに持ってきて、天尾に渡す。

酔っている天尾、箱を開け、白い布の中から、真ん中から綺麗に縦に割れた右半分だけの能面を取り出して、百目鬼に渡す。白いヒゲがついている老人の面である、、「目のところから覗いて、周りをご覧ください、、変わった物が見えるので、お覚悟を。」 

、、百目鬼、面の裏表を眺める、縦半分に割れた老人の顔の能面、裏側には墨でなにか文字が書いてある、彫師か持ち主の名であろう、かなり古そうな物だというのはわかるが、変わった物が見える、と言う意味が解らない百目鬼、、そっと自分の顔半分に当てる、、すぐに首の後ろになにか冷たい空気を感じた、自分のすぐ目の前に誰か佇んでいる、、源平時代の甲冑を着た男が二人立って、黙ってこっちをじぃーっと見ている、

「あ、どうしました?」

最初は天尾が蒐集している甲冑を部下に着させたのだろう、と思った百目鬼だったが、、なにかおかしいと感じてくる、、甲冑の手の先から何か滴っている、ポタッ、ポタッと血が床に落ちているのを百目鬼が見つけ、

「あ、?血、が、、」

と言おうとして、つけていた面を横にずらす、と消える、、いままでそこにいた武者と一瞬で消え、床に落ちたはずの血も見えなくなった、また面から覗いて両目を開ける、右目からは、なにも見えないのに、能面の目から見た左目からだけ、甲冑の武者の姿と、、床の血が見え、急に、、一斉に、。周りから、、人の気配と、しゃべっている音が聞こえてきた、、、ごそごそ、ざわざわ、、男の声、女の声、子供の声、、中世の古めかしい楽器で奏でる音楽も、、琵琶の音、、篠笛の音、、遠くで鉦や太鼓の叩く音、、衣擦れの音、おそるおそる首を動かし、音のする周りを見る、、目の前に居る武者がゆっくりと歩くときの鎧の擦れる音も聴こえる、、後ろでズルッ、、ズル、ズルズルッ、と何かを引きずっている音、ドボッ、ドボドボッ、と、液体が床に落ちる音のほうを見ると、さっきの侍の口から大量の真っ赤な血が流れ落ちている、、口のように見えたが、下顎が無く、そこから吐く音と共に吹き出す、大量の血反吐(ちへど)で真っ赤になる床、血を避けようと後ろに下がる百目鬼、下がるその床から床の足元から、次へ次へと出現する亡霊、亡霊、壁からもゆっくり何体も出てくる、、百目鬼だけに確実に見えている、、、百目鬼の様子がおかしいと思っている笑ん馬だが、自分には何も見えてないので、百目鬼の観ている景色の想像がつかない、、天尾は笑みを見せているし、なにがどうなっているのか見当もつかない、、そこに居る亡霊たち、、いでたちは武者や雑兵、官人官女、だが、すべてまともな人間の姿ではない、、皮膚が剥げて肉があらわになっている顔、目玉が無くうろうろしている侍、、海底の細長い虫が顔にびっしりついている顔、骨だらけの上半身のあばら骨の下から腐っている内臓が漏れている侍、、両腕の無い者、、背中に刀が刺さっている者、、体は普通だが、腕は骨になっている侍、、頭から目にかけて何本も折れた矢が突き刺さっている者が顔だけこっちを向いてニヤニヤ笑っている、、綺麗な横顔の若侍、振り向くと反対側の顔の右半分が削ぎ取られ脳髄まで見えている、腹が減って自分の腕の肉をかじる侍の口から聴こえる、ぐちゃぐちゃと噛む音、、、敵対する二人の侍が向き合って、相手の腹を刀で突き刺し続ける、

「エィ」「イヤァ」、「オリャア、、」

掛け声を何度も続けているだけでどちらも倒れず、血が噴き出し破けた部分の衣が真っ赤になり、腹の裂け目から千切れた内臓がぶちぶちと散らばり、それでもまだ続けている、、馬の嘶きのほうを向くと、ひくひくと目と口が動いている首だけになった馬が、、胴体に何本も矢が刺さっている馬が、、脚が折れて立てない馬が、、、床からは海でおぼれたのか、上を向いて苦しみもがいている姿の馬が、、、自分の飼い主であった侍の、首の髪の毛を口に咥え、悲しそうな目で歩いている馬が、、他の侍の亡霊たちの中には、まったく動かない者もいる、壁にかかっている刀剣や火縄銃を、じーっと眺めている侍、、天尾のすぐ近くに寄って顔を睨んでいる侍、、笑ん馬の着物の裾を引っ張ろうとしても握れないので何度も引っ張っている血だらけの侍、、壁に飾ってある槍や刀を何度も何度も何度も手で掴もうとするが己の実体がないので握れない侍、しかし、何度か目には動くときもあり、刀が一本、音を立てて床に落ちたそれに群がり、取ろうとする亡霊たち。侍たちから離れて女官、子供もいる、鼻から上の頭半分が、無くなっていて髪の毛が無いのに、さもあるように櫛で髪を梳くしぐさをする女官、横笛を吹こうとして落ちている笛を取ろうとするが指が全部斬られているので拾えない女官、、ただただ、舞を待っている裸女は乳房を切られて血だらけの胸。赤ん坊を抱いている女は首が無い、、そして子供、男の子、女の子、無邪気に走り回る女の子たち、床に座って白い石でお手玉をしていると思って見ているとそうではなく、大人の人間の指の骨で遊んでいる、、他の子供の背中には折れた矢が突き刺さり、自分の胸から矢の先が出ていて、それが自分で見えているのが何かわからずに不思議で仕方がない顔、腹は水で膨れ、眼が潰れたままで、「とと様、かか様」と呟きながら、よちよち歩くその哀れな姿、姿、百目鬼、顎が自然に震えだし、自分の顎が能面に当たる、

「とと様、、かか様、、どこにおられまする?、ここは真っ暗でなにも見えませぬ、、」「みえませぬ、、」「戦は勝ちましたか、」「勝ちましたか、」、「お腹が減りました、」「減りました」「なにか食べられるもの、、」「痛い~」「痛い~」、、侍の恰好をしていない男、女、老人たちは顔がフジツボだらけ、そして、百目鬼館長の近くにやってきて、震えた声でなにかを訴えている、

「わしらは侍と違う、ついてきただけや、」「侍相手に商いしとっただけや、」「わしらは船に乗りとうない」「飯を焚け、水を汲め、命令されてしただけじゃ」

「馬を動かせ、餌をやれと言われ仕えとっただけ、、わしらは侍とは、違う、違う、」「京の都に帰りたい、帰りたい、、」

「舟がー、舟がー、沈む沈む、、あー」

「水を、水を掻き出せ、水を早く、」

「帆に火が、火が、ついた、、燃える、燃える、、船が燃える、、、」

「うあぁぁ、、」「ぎゃああーー」「助けて」「助けてくれー」

叫び声、泣き声、呻き声、、これが戦で人を殺した殺された後に魂はあの世に行けず、修羅道に陥る、阿鼻叫喚とはこのこと、この世の地獄を垣間見てしまった百目鬼、、、、、僅か三、四分の出来事だが、息が詰まり、声が出ない、、息をすることもできなくなった、

「あっ、うううぅ、」

百目鬼の右手が掴んでいる能面、を、自分の左手で取ろうとするが、腕全体と指がひきつって動かない、朦朧として意識が戻っていないが、――、、大丈夫ですか、大丈夫ですか?、、という笑ん馬の声が微かに聞こえてきている、、天尾が近づいて百目鬼の腕を思い切りつかみ、面を百目鬼の顔から引きはがすように取る。 顔から血の気が引いた百目鬼、椅子に座りこみ、食した物を戻しそうになり、ゴホゴホッ、と咽る。 

「しっかりしてください」と笑ん馬、わけもわからず百目鬼の背中を摩る、、やっと平静を取り戻し天尾の顔を見る百目鬼を見て、含み笑いで面を箱にしまいながら天尾、部下に命令する。

「おい、水を一杯持ってこい。いや、、驚かせてすいません、百目鬼さん、どうでした?たくさん見えましたか?」

「、た、沢山と言うものじゃありま、ゴホゴホッ、、酷い有様、、だ、、なんという、」

「そりゃあ申し訳ない、まだ少なめだとおもったんですがね。 はるか昔の隣の源平の戦で臼石島の海岸にも、この島と同様、死んだ骸(むくろ)がたくさん漂着したそうです、臼石島の住民は、丁寧に弔ったそうですが、こっちは昔から無人島だったので、だれも何もせず、弔う者も居なかったそうで、、この割れた能面は、いや、その当時は、まだ能とは言わず、猿楽でしたな、猿楽の面が、白石島の海岸に一緒に流れてきたのでしょう、同じ時代の面からはその時代に生きていた者たちの姿が見えると言うわけです、私がこの島を買って住みだした後、、臼石島に行くと、ゲン爺だったかが、『ここで暮らすのならワシの家に伝わる、この能面をやろう、』と、半分に割れた一枚の古めかしい能面を渡してくれました、、私も最初の年のお盆に、屋敷の中で不審な音がするので、この面から覗いた時には、驚愕しましたよ、こりゃ大変だと、、この島に住み続けるのは、やめようかと、しばらく悩みましたがね、」「いや、もう、、ご勘弁を、、」

「この入り江の底には、大量の人間の骨が沈んでいます。その魂は、仏教でいうところの『修羅道』に落ち、大人も女子供も一族郎党ぜんぶ、永久にそこの中でずっと戦をし続けて苦しむのです、、現世に戻って戦おうとするので、ここに飾ってある武器も欲しがって盗っていこうとしています、」

臼石島の女教師から聴いたことと同じ話である。なにがどうなっているのか、さっぱりわからないままの笑ん馬に天尾が言う、

「落語家さんも、寄席で怪談噺をする時の参考になるよ。覗いてみるか?」

思いっきり顔を振って断る笑ん馬、

「いいえ、お断りいたします、、」

コックがやってくる、椅子に座っている百目鬼館長の背中を摩り、手を取って持ってきたコップの水を渡す、、それを飲み干す百目鬼、まだ足の震えが止まらない、「、、っか、はあ、、はあ、、はあ、、ふぅー、、」天尾、「落ち着きましたか。」

「ええ、なんとか。、しかしこりゃあキツイです、そういうことは、先に、言ってください、」

「言ったところで、信じないでしょう。話が長くなりました、本当に見せたいものは奥の部屋です、百目鬼さん。 今度は亡霊じゃないですから、こちらへ。落語家さんも、ここに一人で居てもいいが、怖いだろうから、一緒に来たらいい。」

何かを見せられるのは、もうけっこう、と思いながらも、この部屋から出たい百目鬼なので、廊下に出る天尾たちと、興奮冷めやらぬまま歩いて出ていく。びくびくしながらの落ち着きのない笑ん馬がその後を続く。


    臼石島 駐在所 前 

 

 秋山巡査長、村長、漁師たちが観ている前で、米軍の下士官と水兵たちが駐在所の壁に立て掛けられている盗まれた銃を確認している。巡査長と村長、いったん駐在所に入り他の者に聴こえないように話をしている。

村長「どうしとる、寺田さんの息子、、」

巡査長「漁労長の家の土蔵に入れられとる。」

「懲りたかのぉ?」

「漁労長は駐在所の牢屋に入れて、笠岡の警察署に引き渡してくれ、と言うてきたが、本心は違うと思う。」

「アメリカさんは、どう言っとる?」

「いや、まだ、何も。調査船の艦長はカンカンに怒っていると伝えてきただけだ。」「そうか、」

そこに別の漁師が飛び込んできて、ゲン爺から聴いたという話しを伝える。

「えらいことじゃ!駐在、詐欺師の行先が分かったで!」

秋山巡査長「見つかったか?どこだ?」

「あの詐欺師、文化船を乗っ取って逃げたらしいんじゃ!」

「ええ?」「はあ?」「どうしてわかった?」

「ゲン爺が、文化船の近くにおって、外で聴いた言おうる、、、」

「どこに逃げた?」

「飛島!」「飛、天尾さんの?」「なんで今あそこに?」

「天尾さんは、金持ちじゃし、大きな船を持っとる、それで逃げるんじゃあ言うてたと、」

顔を歪める村長や村人、、

「しかし、あそこに今晩、行くのはのぉ、」

「あそこか、」「あっこはのぉ、お盆に行くなぁ危ねえけえ、、」

「文化船の乗組員さんとも、一緒か?」

「ゲン爺が言うのにはそうじゃ、と、、」

「百目鬼さんは?」

「百目鬼さんはたぶん、飛島に居ると思うんじゃが、」「ああ、天尾さんの船で行ったんじゃ?」

「じゃあ、あの詐欺師と、あとの二人じゃな、、しかし、三人が三人とも、飛島のことなんも知らずに行ったのなら、こりゃあえらいことじゃで、、」

「そうじゃ」

「えらいことじゃ、」

「今から追いかけて間に合わんじゃろうか、」

米軍兵士の上陸している港の一角、文化船が乗っ取られて飛島に向かったと部下から報告を聴いた米海軍下士官、

「Now, we’ve gotta a good reason to land tobishima.」

(訳)

『よし、飛島に上陸するいい口実ができた、』


      旅館食堂


 そろそろ食堂を閉めようと仲居が片付けている。篠山桃花の同級生たちも眠たそうな顔で帰って行った。主人女将も自分の部屋に帰って、カウンターに板前大河内一人残っている。泥酔して臥せっている桃花を起こそうと近づいてきた大河内の耳元で、同級生だと思って、目をつぶったまま、大河内の耳元でうっかり笑ん馬の正体をしゃべってしまう、

「うちの人ねぇ、実は、ほかの仕事しとるんよ、ほんとの仕事はねぇ、東京の、、警視庁の刑事なんよ、、私が、、なんも知らんと思うとる、だいぶ前から、、バレとるのに、、、何度も何度も留守にして、どこかの旦那に呼ばれてた、巡業に出てた、なんて嘘ついて、内偵言うんか、張り込み言うんか知らんけど。でも、落語が好きで好きで、しょうがなくて、私と寄席で知り合う前から二つの仕事続けとって、いつか、大きな舞台を自分一人でお客さんいっぱいにして落語したいって思うとって、」

言っているうちに寝こんでしまう桃花、、

落語家は実は刑事だ、と言うことを聴いた板前大河内、調理場に戻り、いつもはカギを掛けて閉ざしている上のほうの棚の奥から醤油の一升瓶を降ろす、縦半分に開くと中が小型通信機になっている、壁に出ている電線に針金を巻き、発電機の取っ手をつけて勢いよく手で廻し、モールス信号を勢いよく打つ。

調理場のラジオからは、古典芸能の番組の、解説しているアナウンサーの声が聴こえている、、


「皆様、今晩は。夏の暑い夜、いかがお過ごしでございましょうか。今日の『古典芸能を聴く』は、世阿弥の書いた修羅能の傑作であります、『屋島』をお送りいたします。 京都の旅の僧侶が、四国、屋島の戦跡にやってきます、、海岸で逢った男が昔の戦(いくさ)の話に詳しい、もしや、と訊いてみると、やはり源義経の霊で御座いました。そこで僧侶は源平合戦の様子を聴くことになります。戦の最中、義経は自分の持っていた弓を遠浅の海岸で落としてしまいます、その弓が波で沖に流されるのを見つけ、取りに行こうとしますが、そこは敵が迫っている最前線です、いつ自分もやられるかもしれません、しかし危険を承知で取りに行くのです、弓を持っていないと雑兵に間違えられるのが嫌だからです、、強い武器を持っていることが侍大将の証し、、そのために弓を取りに行く、そこがこの謡曲『屋島』の後半の山場でございます。」


   駐在所前


 寺田漁労長もやってきて皆と相談しているところに、西矢息子がやってきて伝える、、秋山巡査長、

「、、な?米軍の船が飛島に向かった?どうしてだ?」

西矢 息子

「ボートで出ていく前に日本語ができる水兵が俺に言ってきて、、あ、海霧様!」

海霧尼が駐在所前にやってくる、来た直前に秋山巡査長から、飛島と言う声を耳に入れた海霧尼、

「なにか、起こったのですね、どなたか、飛島まで私を連れて行ってください、兄に知らせないと、、」

秋山巡査長と西矢父、息子、今の『兄』という言葉を聴いてびっくりする、寺田漁労長は知っていた顔、一人静かにうなずく。

「そうか!天尾さんは君の兄さんだったのか」

「島の寺や学校を直したりしたのもそれで、」

「そりゃあ、おえん、今、問題がいっぱいいっぱいなんじゃ、それに、お盆の夜にはあそこに行かんほうがええ、、」

落ち着いた声で語る海霧尼、、

「底の抜けた柄杓があれば、舟幽霊には襲われないでしょう?」

「、、それだけで、絶対、大丈夫かどうか、、」

海霧尼に言う 

西矢 父「夜が明けたら行けんこともねえけどのぉ、、あそこぁ、舟幽霊の本拠地じゃけえ、、」

「大丈夫です、梵鐘があります。」

皆が声をするほうを見ると老尼藤原。 

その後ろに笑い顔のゲン爺が居る。

ゲン爺、割れた能面に紐をかけて首からぶら下げ、背中には大きなかごを背負い、中に何十本もの底の抜けた柄杓が見える。西矢息子がゲン爺に小さな声で言う、

「、、何じゃ?爺さん、その恰好?」

ゲン爺、息子の後ろに居る西矢父に顔を見せ嬉しそうな顔

「うへへ、用意はできたでえ、真珠湾へ突撃じゃのお、オヤジ殿!」

「おぅ!、トラ、トラ、トラ、よ!」

その会話、意味がわからない周りの者たち。

寺田が漁師に言う、

「うちの家に居る、鴎を呼んで来い。あいつが飛島までの潮の流れを一番よくわかっている、、ああそれと、」


   夜の海上、文化船の操舵室


 雲が出てきた。今まで月明りで照らされていた海上は、みるみる漆黒の闇と化している。月明りや地上からの灯りのない夜の、、沖の海の怖さは、経験したことが無い者には、どう説明していいかわからないほど怖い。ましてやお盆に小さな舟で沖に出ていくことはベテランの漁師でも怖い、、歳をとると、ことさらに、怖いのだ。遠くの島の岬の灯台が間隔を空けて小さく光っているだけの海の上、乗っ取られた文化船のエンジン音が自然に停まる、それに気づいた野口イサオ、

「、、ん、停まった、こんなところで、どうした?」

村上機関士、わざとらしい声、で計器盤を見る、

「あぁー、こりゃ困ったぁーー、燃料切れだ、」

拳銃を握ったままの野口も見る、赤いランプがゆっくり点滅し、ゼロの目盛近くで、メーターの針先が震えながら指している、狭い操舵室に響く野口の怒鳴り声!「どうして早く言わねえ!」

機関士、とぼけた口調、、

「ぁあ~、、言おう言おうと思ったけどなぁ、お前がいますぐに港から出せ、と言ったからなぁ、」

野口、くそおっ!という顔、

「油が無くなって動けなくなった連合艦隊じゃあねんだょ、この野郎!おれはボートで逃げる!てめえら、ここで死んでもらう!」

それを聞いた村上機関士、開き直って床に座ってあぐらをかき、腕組みする、

「ぉお~、おもしれえ、じゃあ殺してもらおう!、詐欺は三、四年だが、殺しだと今度は三十年は出てこれねえだろうな、二人殺すと、死刑は確実だぁな、、」

話しが終わるか終らないうちに、外で、ドゥという音と緩い衝撃が起こり、船が、、動き出す、何か、、大きなものに、押されているように、ゆらりゆらり、と前に動き出す文化船、、村上機関士、澤村司書の腕に手をやり、一方の手を我部の取っ手を握り、倒れないように自分の体と一緒に支えようとする、再度大きく揺れた、

「、、どうした、あっ!」

帽子に隠していた拳銃弾を拳銃の弾倉に増やそうと手の中で握っていた野口、揺れで手を壁に当ててしまい、弾を床に全部ばら撒いてしまった、、残りを床に這いつくばって拾おうとするが、床と計器類の隙間に転がっていき、とれなくなってしまう、傾きながら、ゆっくりと動いていく文化船、窓から外を見る澤村司書、船の動いていくのを体で感じながら、目を凝らしてみる暗闇の中、僅かに見える臼石島の人家の灯り、と遠くの島が重なる様子で船が進んでいることがわかる、、

「、、潮に流されているようです。」

野口に聴かれないように、俯いて澤村に小さい声で伝える村上、

「あれだ、お盆の時だけ、飛島へと向かって流れる潮がある、と島の人がしゃべっていた、」

文化船の図書室からギギィと本棚全体がきしむ嫌な音、急に出港したので本の抑え板をはめられてないため、床にドサリ、ドサリ、と落ちる本の音が断続的に何度も聴こえてくる、すこし狼狽える野口イサオ、

「なんだ、なんの話をしている?」

エンジンがストップしたまま、海流に流され飛島のほうに舳先を向けてどんどん進んでいく文化船、村上機関士、

「こんなに潮の流れ、って、速かったか?」

澤村司書

「ほんとうに、、飛島に、、向かっていくのでしょうか?」

ニヤッと笑う、野口「飛島?ほほっ、ちょうどいいや、このまま行ってもらおう、、」

村上機関士、「お前、、あそこに何があるのか、、知っとるのか?」野口、「なにがある?天尾とかいう金持ちが住んでいるだけだろ?」

なにかに曳航されるように文化船が飛島の入り江に入っていく、、そのかなり後方から小さな灯りが、、米軍の調査船のサーチライトが、ちらり、、ちらりと見えてきた、、追跡してきたのを、文化船の三人はまだ気づいていない。


    飛島入り江


 闇の力に吸い込よせられたかのように静かに入り江に侵入していくエンジンが停止したままの文化船、だんだんと速度が落ちていき、、停止した、広い入り江、、外から入ってくる波が少なく、海ではなく大きな湖のような静けさである、、外を観る三人、、遠く、港のクレーンの先の灯りが文化船からは見えているが、天尾の邸宅のある地上付近は、靄(もや)で良く見えていない。突然、、ガリ、、ガリガリっ、と、太い鋼鉄の鎖が擦れる音が船首からした直後、重たい物体が海面に勢いよく落ちる音、「あ、、錨が、、」村上機関士が計器盤の灯りを見ようとした瞬間、文化船全体の電源が落ち、部屋は暗闇になる、

「うっ、、」「あっ、」「おっ」三人の驚く声、そして静寂に包まれていく船内、波で揺れているのに波音は聴こえず、船の中も外も、不気味な雰囲気に包まれる、、備え付けの懐中電灯をつけようとする村上だがなぜかこれも電池切れで点灯しない、新しい乾電池だったのに、どういうわけだ?と思っていると、野口がポケットから自分のライターを取り出し火をつけた、操舵室の中が明るくなり、静かな室内に、ライターのオルゴールの小さな音楽が響いている、、

もう一度、窓から同じ方向の外を覗く三人、、肉眼では何も変化はないようだが、錨の落ちた音とともに、水面に薄く漂いだした黒い靄が、女の長い髪の毛の様に水中から出現した後、集まって太くなり、水面をゆっくりと泳ぐ太い蛇のように移動しながら、文化船に近づいてきた、、、影の中に赤い目が無数に見える、が、船内からは見えない位置である、、、海面から船べりを、何かが這い上がろうとして甲板にさわ、さわ、さわ、と音を立てて上がってくる、甲板の電球が割れる音がひとつ、ふたつ、、みつ、四つ、、その音の先を、収束した黒い靄が進んで操舵室に入ろうとする、割れて甲板に落ちた電球の破片がザリッ、、ザリザリッ、っと何かが踏んでいるような音もする、、しかし、、島の尼からもらった数珠と底の抜けた柄杓が入り口近くのパイプに河村司書の手で付けられているのがあたかも観えたかのように靄は停まり、操舵室に侵入できない、しかたなく引いていく黒霞、、ゆっくりと海面へ戻っていく、、と反対側の靄の一群が上がってきて、文化船へ、、、また同じく中に入れない、船の右から左からそれを数度繰り返す、と、遠くから強烈な光の塊が船に一瞬当たった、文化船を探している米軍調査船から照らされたサーチライトの光だ、、いったん通過した光が帰ってきて文化船全体が、ぼぉう、と照らされ、操舵室の中まで明るくなる、目を細める操舵室の三人、

「♪~♪~  ♪~♪、、、」

波音に混ざりながら、遠くから英語の軍歌が聴こえてくる、文化船に接近しようとする調査船、その音と光に反応し、文化船から離れていく黒い靄の群れは、調査船に向かって動いていった、、とたんに、、文化船の電源が戻る。

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