第12話

飛島 入り江


突堤内に入って行こうとする天尾の船。 

月明りで広い入り江の奥に港の建物の一部が見えてきた、小さな貨物船が外に出ていくのが見える。同じ天尾の部下たちの操縦する船だが、両船共、汽笛も鳴らさず、灯りの点滅だけしてすれ違った。船室に居る百目鬼と笑ん馬はそれに気づいていない。通り過ぎる二本の突堤の先端には小さな灯台が見えるが、ここも灯りはついていない。天尾の船、突堤から港に入ると、船外の電灯を消した。 

逆に貨物船のほうは、突堤を過ぎて入り江から出ると電灯を付けた。 入り江の中の、なにか、を刺激させないようにしているようである、、岸壁に近づくと小さな二つの動く灯りが見える、、天尾の部下たちが持っている懐中電灯の灯りだ、、そこをめがけて船を寄せ停泊した。

岸壁から木製の渡し橋が伸びてくる。その近く、待っている天尾の部下たち三人に目がけて、船から埠頭に舫い用の先が輪になった太いマニラ縄を投げる堀野。岸壁で待っている部下、、海面の、なにかを確かめるような目つきで電灯の明りで照らして見ているが、乗ってきた百目鬼と笑ん馬は、気付かず渡し橋を歩いてくる、港には街灯は幾つか立っているが、どれも灯りはついていない。 

百目鬼、笑ん馬、の足元を懐中電灯で照らしながら案内する天尾の部下たち。港から歩いてすぐ、大きな塀の先に鎧戸の玄関が見えてくる、その手前に人影、天尾だ。「いらっしゃい。どうもお呼び立てして申し訳ありません、すいません、暗くて。今、自家発電の機械の調子が悪くて、、」

いえいえと頭を下げる二人。

「落語家さん、、暗いと“首提灯”がいるなあ、、、はいごめん、はいごめん、って、、」

「え、ええ、さようでございますなあ。」

アハハと笑いあう二人、落語「首提灯」のオチの意味まではさすがに分からず、きょとん、としている百目鬼。


和風建築の大きな二階建ての天尾邸、そのすぐ後ろには、かなりの高さの切りたった白い崖、、イギリス、ドーバー海峡の有名な『セブンシスターズ』の白い崖ほどではないが、月明かりで反射し、巨大な白い城壁のように見えている。 

切り崩された跡も見え、下には不自然な形で茂った木々で覆われているが、なにかを隠しているように見えなくもない。天尾邸、半分だけ開けた鎧戸から奥に入り、建物横を歩く一行、海側に向いているすべての窓は雨戸で閉められ、中の灯りが外に漏れないようにされている、、そして、ここでも、底の抜けた竹の柄杓が、雨戸の外に一本ずつ、針金で頑丈に縛り付けられている。後ろでギッ、ギッ、ギ、と鎧戸が閉められる音、、敷地内も外と同様、灯りはついていないが足元のそこここには、蓄光塗料の灯りが少し見えている。

すこし歩いて、玄関に入る一行。

「靴のままで結構です。どうぞ。」

中は明るい。大きなソファーとテーブル、そして壁には大きな本棚が置いてある大きな部屋に案内された百目鬼と笑ん馬。天尾、振り返り、二人に言う、

「こちらで、少々お待ちください、」

若い女性がお茶を持ってきた。

臼井千尋というこの女性も、天尾が拾って育てた戦争孤児の一人である。面長で美人だが、化粧はしていない。軽く挨拶してそこを出ていく臼井。 部屋の中、離れたテーブルに電話機が置いてあるのを見つけた笑ん馬、

「旦那、凄いですね、こんな離島に電話まで敷かれていて!」

答える天尾

「いや、それは置いているだけで、実は繋がってないんだ、本土から臼石島経由で海底電話線を敷いたのはいいんだが、どうも舟幽霊に海の底で回線を斬られたようでなぁ、、、」、

冗談を言っていると思っている客二人。隣の部屋に移っていく天尾たち。誰も居なくなった部屋で百目鬼館長と笑ん馬、二だけになる。慣れないすわり心地のソファーに座って袂からタバコとマッチを取り出して喫おうとする笑ん馬。坐らずに書架を眺める百目鬼、びっしりと置かれてある書物を見ている。

 ここ何年かぶんの日本の週刊誌、月刊誌、小説雑誌、新聞のスクラップブック、他、米国の代表的な雑誌もきちんと分類整理されて置いてある。写真報道雑誌のタイム誌、ライフ誌、自然史紹介雑誌ナショナルジオグラフィック、小説雑誌ザ、ニューヨーカー、、リーダースダイジェスト、、臼石島の食堂で聴いた、エンジンが止まって助けられた漁師たちが見たのはこの部屋だったのだろうか?と想像している百目鬼、、今まで色々は図書館関係を観てきたが、アメリカの書物まで置いてある図書館はそうそう無かった。 

書架の端に辞書が数冊あるのも見つける、、和英、和仏、和漢、和仏辞書を手に取って捲っていると、中に、べトン、と言う文字が見えた、

「べトン、べトン、、ああ、笠原港の荷役たちが、しゃべっていたべトンか、、」意味を見ると「コンクリート」と書いてある。 

ああそうか、コンクリートの事をフランス語でべトンと言うのか、と知る。

それに対し、雑誌には興味が無いという顔をして天井眺めている笑ん馬、「大きな建物の家っすなあ?何人くらい住んでいるのでしょう?」

「天尾さんは、たくさんの戦争孤児を引き取って、ここで育てていたそうです。」「戦争孤児、、そうですか、、それは知らなかった、、」

「臼石島で聞きました。今の青年たちがたぶん、その大きくなった戦争孤児ですよ。」

「へえ!そんな人がこんな田舎に、」

壁の上部には、漢文の書が、大きな額の中に入れられ飾ってあったり、壁には直接毛筆で大きく書かれてある書をつぶやいている百目鬼、、

「、、狡兎死して良狗煮られ、高鳥尽きて良弓蔵され、敵国敗れて 謀臣亡ぶ、、」

興味がありそげな顔で笑ん馬が百目鬼に尋ねる、

「あの、どういう意味か、わかるんですか?」

「ええ。私の父は中国史の研究家でしたので、習わぬ経のなんとかです。これの意味は、、 “すばしこい兎が死ぬと猟犬は必要なくなるので煮て喰われ、高く飛ぶ鳥がいなくなると弓は倉庫にしまわれる、敵が滅びると謀を立てて尽した臣も用無しになるので殺される”、、と言う、つまり 役に立つときには扱き使われ、役が無くなれば捨てられるから、人は常に対応策を考えておけ、という意味です。この一文は昔から中国人の処世術のひとつです。」

「はあ、、」

もう一方の壁に移動し別の文章を読む百目鬼、

「こちらは、『老驥、櫪に伏すとも志、千里に在り、烈士暮年、壮心已まず。』と読みます、、、駿馬は年老いて馬屋の横木につながれても,なお千里を走ることを思う、そして、英雄は年老いてもなお、遠大な志を失わない、、という意味ですな。」「ほ~お、、」

ますます感心する笑ん馬。


   駐在所の中 午後十時過ぎ


 秋山巡査長が、詐欺師の鞄の中の物をテーブルに並べている。書類とペンを持っている若い巡査、鈴木。 牢屋の中、顔を殴られて赤く腫れている顔の野口イサオ。

「だんなぁ、勘弁してくださいよぉ、私のほうが一方的に殴られたんですよ。」

氷袋を差し入れしている秋山巡査長

「そうかもしれんけどのぉ。」

「私はいつまでここに居るんですか?」

「明日だな、笠岡の本署に連絡しておいた。」

「ですからねえ、何度も言ってますとおり、その鞄は拾ったものでございますよ、、」

「落し物じゃったら、なおのこと早よう届けてもらわなきゃらんかったわなぁ。それもこんなでかい落し物を、、なあ、、」

床に置かれた小さ目の旅行鞄の中身をテーブルに置いていく、

中の品々の名前を言う巡査長。 

「本名、野口イサオ、野口は漢字、イサオは片仮名。 言うぞ。えー、パナマ帽、、鞄の中、地図三つ、岡山県の地図、瀬戸内の海図、ええと、これは、台湾か、台湾の地図、単眼鏡、ああ、こりゃコンパス付きだ。続けるぞ、、ものさし、印伝の革財布。日本円、二万と五千三百円。サングラス。マジックインキ。色鉛筆、、万年筆。たばこ。住所録、金無垢のオイル式ライター。英会話の豆本。ハリスガム、二ダース、おい、書いてるか?」

鈴木巡査、一生懸命書こうとしている、

「あの、秋山さん、もうちょっとゆっくりで、」

「ん、わかった。女物の財布。中に女の名前が書いてある、ああ、こりゃ旅館から届けがあったやつかもしれん、そこ財布のところ、、『盗品 持ち主あり』と書いとけ、、中身、二〇ドル紙幣十枚。 えー、、真っ新(さら)の小型トランジスタラジオ。薬入れ容器、睡眠薬の処方箋。 小型自動拳銃。 手帳。 洗濯バサミ、五つ。オピネルの折り畳みナイフ一丁、フランス製だ。」

オイル式ライターを手にして着火しようとする秋山巡査長「♪~♪♪、」、着火するとライター下部の極小ゼンマイが廻り、きれいなオルゴールの音色が十秒ほど流れる。感心する秋山巡査長と鈴木巡査。

「火をつけるたびにオルゴールが鳴る仕掛けか、、クラウンライター、おお、こりゃ日本製か、、ああ、今のは書かんでいい。オイルライターだけでいい。」

手帳を触っていると手帳のカバー裏から、たくさんの偽名刺が落ちる、拾って名刺を机に並べる秋山巡査長、ぜんぶ違う名刺、建設省、農水省、大蔵省、有名会社取締役、役員、監査、顧問、、名刺の住所には、東京霞ヶ関、千代田区、東京本社、横浜支社、大阪本社などと、先に大きく書いてある。すべて偽造、そして架空の住所、架空の会社名、役名、偽名である。

「ふ、ふわっ、見事じゃな、これじゃあ私は詐欺師でございます、って証明してるようなもんじゃ。」

あきれる秋山巡査長、名刺を一枚一枚並べた後、次は詐欺師の拳銃を手に取って懐かしそうに見ている。

「しゃれた拳銃もってやがる、ベレッタじゃねえか。」

拳銃を握り、懐かしそうによく見ている秋山巡査に野口が話しかける。

「ええ、お詳しいですなあ。」

「ああ、戦時中、ドイツにおったんでなぁ。イタリアの武器兵器は大したことはないが、ベレッタだけは別だ。鈴木、拳銃不法所持も書いておけ。」握ってベレッタの銃口を駐在所の入り口の外に向ける秋山巡査長、その後、拳銃の弾をゆっくり一発ずつ、弾倉から親指で排出し、弾を机の上に立てて並べ、拳銃の遊底(スライド)を握ってゆっくり引き動かし、薬室の中に弾が残っていないのを確かめる、

「なんだ、、三発しかねえのか、」

拳銃の遊底を元に戻す音が部屋にすこし響く、、警察官とはいえ、日本ではあまり知られてないイタリア製の拳銃を知っていて、手慣れた扱い方をじっと観ている野口、

「旦那、、旦那は、元軍人でしょう、終戦の日はどこに?」

弾倉を抜きながら話を続ける秋山巡査長。

「シンガポールのイギリス軍捕虜収容所で仲間と床の下の地面に抜け穴掘っていた時だ、、前歯の抜けたグルカ兵の看守が知らせてきた。戦争負けたと聴いても、まだ一人でスプーン使って二日ほど掘った。負けた悔しさもあったかもしれねえ、」

と言いながら秋山巡査長、他の持ち物を一つずつ触っている、と、布製のパナマ帽なのに、えらく重い、汚れて凹んだ帽子の端になにか金属製の物がほんの少し突き出ている、おかしいと疑い、表から割れた裏側のツバの中に何か発見し探る、と帽子裏の周りには、びっしりと拳銃の弾、他にも裏上部になにか金属製のような物がある、パラフィン紙に包まれたものを開けると金属を切断できる鋸の刃が一枚、と剃刀の刃五枚、何処の国のモノかわからない大ぶりの金貨が五枚、目を見開く巡査長、帽子裏に入ったままの拳銃の弾を指の爪でなぞりながら数を数える、 

巡査長 鈴木巡査に言う、

「、追加だ、拳銃の弾、十二発 、金鋸の刃、、一枚、剃刀の刃、五枚、これだけの重量をずっと頭の上に、かぶっているとはなあ、たいしたものだ。」

鈴木巡査

「かねのこ、ノコ、ノコギリって、漢字で、ど、どう書くんです?」

「こういう字だ、金に、居とよく似た、、、」

巡査長、並べてある証拠品の万年筆を取って、紙に書こうとするがインクがまったく出ない、おかしいな?と眉をひそめる、もう一度キャップを廻しながら元に戻し思い切り引っ張ると細長いナイフが出てきた。 万年筆型の隠しナイフだ。刃を自分の親指の爪に滑らすと、ツゥと爪に、刃が喰い込んで止まる、うっすらとスジが残り、よく研がれていることがわかる。 感心至極の顔をしながらナイフを戻す秋山巡査長。

「お前のほうは、終戦の日、どこに居た?」

氷袋を顔に当てたまま野口がしょうがねえ

の混じる声でしゃべる。

「、、奉天刑務所でさあ。」

「おぉ、懐かしい、泣く子も黙る満州の奉天刑務所、なにやらかした?」

「奉天市の地下鉄計画書と、市長と建都計画部の責任者のハンコを偽造して、満州銀行から巨額の資金を盗む計画をしましてな。別の仲間は先に満州、中国、日本でその出資債券を売りさばいて、ある程度の資金を作り、銀行員と満州政府の役人を買収して、、」

「成功したか?」

「途中までは。」

「途中?」

「仲間がオレを満州警察に売りやがった、、オレがぜんぶ考えてやったのに、、くそ、、」

「で?」

「、、刑期二十年でさあ、でも二年で出所、できましたよ。 出所させてくれたのは、満州崩壊の後にやってきた、他ならねえ、中国八路軍でして。そんときゃ日本が戦争負けてざまあみろ、と思いましたよ。」

秋山巡査長、扇風機を触りながら、遠い昔の何かを思い出した様子、

「そうか。お前か、、あれはお前の仕業だったか、、俺の父方の親戚はその地下鉄計画の出資債券に、かなりの財産を注ぎ込んでなあ。だまされたと知ったがもう遅い、破産して首吊ったよ、、」

憎々しい顔に変わる秋山巡査長に野口が平然とした顔で語る、

「旦那ぁ、それじゃあ、戦時中のお国がやった報国債券、貯蓄債券、大東亜戦争債券を作って売りつけたんだって、同罪じゃねえですか。戦争負けてぇ、全部パーになってぇ!日本国民、総破産しましたからなあ、」

、、何を言っても懲りない男だと感じた秋山巡査長、、詐欺師が暑いだろうと牢屋の中にむけていた扇風機の風を逆の方向に向け、昔のことを思い出しながらしゃべる、、

「日本人が先の大戦で何百万人も死んだのに、てめえみたいな極悪人が日本に帰ってこれているんだからなあ、不思議でしょうがねえ、、浜の真砂は尽きるとも、たあ、よお言ったもんだ、、」

すると遠くから「駐在さーん」という声が聴こえてくる、漁師が駐在を呼びに来た声だ、

「秋山さん!、村長と西矢さんが呼んどる、急用じゃいうて、」

「よし、すぐ行く。」漁師に返事をして出て行こうとする秋山巡査長、部屋の時計を見る、午後十時を回っている、

「おい、ちょっと、、。」

出ていくときに、鈴木巡査にささやく秋山、

「全国指名手配の名うての詐欺師だ、、気を抜くなよっ。」

鈴木巡査、立って敬礼、「はい!わかりました。」

秋山巡査長が出ていこうとする、鈴木巡査、机に座って調書の続きを書いていく。野口

「若いほうの旦那さん、すいませんが、タバコぉ一本、、やってくれませんか?」

鈴木巡査「お前、今どこにいるか、わかってんのか?」

秋山巡査長、振り返り、戻ってくる。

「いいぞ、タバコくらい、、。」秋山、野口に見えないところで、野口の所持品の拳銃に弾を一発だけ込めてベルトに挟み、タバコ一本とライターを片手でもって鉄格子の近くにやってくる。 野口、鉄格子に顔を近づけて煙草を咥えさせてもらう、火をつける巡査長、野口のライターのオルゴールが綺麗な音色を奏でる、

「♪~♪~、、、」

ライターの火を消した瞬間、巡査長、もう一つの手を鉄格子の間に入れ、詐欺師の襟首をつかむ。野口の腫れた顔が鉄格子の間にめり込む、その眉間に拳銃の銃口を押し付ける秋山巡査長。野口、痛そうな声、

「う、ぐぅう、、」

後ろの若い駐在には聴こえないが、凄味のある小さな声で秋山巡査長が言う、

「よお聞いとけよ、元、大陸浪人の死にぞこない、、何年か先、お前か、お前の仲間が、報復で、この島にやってきたら、今度は牢屋じゃ済まんぜ。 辺鄙な島で前科者が一人、崖から足を滑らせて海に落ちて死んでも、世間はなんの関心も、持たねえだろうな、、魚のえさになってお陀仏だ。」

襟首を離す巡査長。野口、睨み返すが何も言わず、牢屋の奥に行き、プカプカとたばこを喫っている。巡査長、離れ際に薄っぺらい金属の灰皿を牢屋に投げる、鉄格子に当たって大きな音をし、床に落ち小回転する灰皿、、出ていく秋山巡査長。鉄格子の間から手を出して床に落ちた灰皿を拾いながら、秋山巡査長が居なくなるのを確認した後、駐在所の壁にかかってある牢屋の鍵を凝視する詐欺師野口。残って黙々と調書を書く鈴木巡査の背中もじっと見ている。


   西矢家


 臼石港の全景を見渡せる高台に建っている西矢家、その玄関前に、村長と秋山巡査長がやってくる。

「西矢さん!居るか?」庭に面した庭に出していた縁台でうとうと寝ていた西矢父の声、

「おお、こっちじゃ、、庭におる。」

と言う声を聴いて庭にやってくる二人。

「えらいことがおきた、、」

「やかましいのぉ。なんなら?映画、もう終わったんか?」

「あすこぉ、見てみねぇ、」

村長、港のすぐ先の海を指さす、西矢父、眼をこすりながら言われた先を眺める、港の突堤すぐ手前に停泊している米海軍調査船、すでに錨を降ろしている、

「んお?ありゃあ、どこの船なら、ぼっけえ大きい船じゃのお?」

「米軍の調査船じゃ、、」米海軍調査船、臼石島からよく見えるよう、わざと船体を横に向けて港の出入り口に停泊させ、船のサーチライトを明々と灯してその姿を誇示させている、、甲板上に水兵が二人、今まで隠していた大砲のカバーを取り外している、、後部開放式の砲架が露わになっている、、。

双眼鏡でその光景を覗いている秋山巡査長、

「ありゃあ、五インチ砲だ、今まで隠しとったな、」

そこからゴムボートが一槽、港に着岸しようとしている、双眼鏡を西矢父に渡す巡査長、ボートの水兵が皆、小銃を持っている、驚く西矢父、

「こっちに上陸してくる、どうした、なにが起こっとるんじゃ?」 


   臼石島 港 埠頭 


 漁船に混じって米軍の大型軍用ゴムボートが一槽停泊している。そこに集まっている秋山巡査長、村長、漁師たち、そして上陸してきた米軍将校と水兵五人。将校が秋山巡査長に鯉のぼりの尻尾の、『~石島 中原剛』という名前のところを見せる。


「Two hours ago, a man broke into our ship and robbed some guns.

Here is his name. We’ve gotta search his house ! 」


(訳)『二時間前、艦に泥棒が入り、銃を盗んだ、ここに名前がある!これが証拠だ、こいつの家を調べるぞ!』

秋山巡査長、即座に流ちょうな英語で返答する、


“I am a police officer. I’ll go to the house and see what’s happening. You are not allowed to do any investigation here, right? Just wait here and leave it to us. ”


(訳)『私がこの島の警察官だ、私がその家に行って調べるから、ここで待っておいてくれ、この国では米軍の捜査権は無い!日本警察に任せてもらう。』

西矢父、村長、周りの漁師たち、、初めて聞く秋山巡査長の、それも流調な英語に、びっくりしている、、それを聞いて名前が見える鯉のぼりを地面に投げつける米軍将校、

“Then, go and fetch him!”

(訳)『では、ここに書いてある名前の男を連れてきてもらおうか!』


   島の細い土道


 裏をかいて他の場所から上陸していた別の水兵三人、、銃と懐中電灯を持って港の路地を小走りで行軍していく、、その列の先、銃で脅されながら先に進む一人の漁師、仲原の家の玄関を指さす。米軍兵士、玄関を突き破り、家に土足で上がる、踏まれる回覧板、吊った蚊帳が外される

「キャー!」

懐中電灯で顔を照らされる仲原の母の声。たどたどしい日本語でしゃべる米兵、「ナカハラゴウはいるか? どこにいるか?」

押入れを無造作に開ける米兵たち。


   舟捨て場、、隠れ家の船の中


 小さな懐中電灯を持った仲原、船に向かって走っていき、目を凝らして周りをうかがい、乗ってドアを開けて入る。 入った部屋の中、吊るしたランプの下で寺田がニヤニヤして銃をいじっている。

仲原「おい、大変なことになってしもうた、米軍が鉄砲もってわしの家の中を、わやくそしとるんじゃ!」

寺田「わかっとらあ、、、わかっとるけえ、、」

「返しに行ったほうがええんじゃ、ねえん、か?」

他の銃器、M1カービン銃やサブマシンガン、も見えている。新しい畳んだままの油紙も用意されている。日本は湿気が多いので銃器類がすぐに錆びるため、油紙で包むのが普通である。寺田敏郎、コルトガバメントの弾倉を抜いたり挿したりしながら、

「なにゅぅよおんなあ、やっと手に入れたんじゃけぇのぉ、、。静かにしとけ、、おい、ちょとこれ見てみい、こっちの機関銃と、この拳銃とは同じ弾になっとるんじゃ、、高こう売れるで、、うっ?」

外で微かな物音と船のほんの少しの揺れに気付く寺田、

「おいっ、灯ぃ消せ!」

立って急いでオイルランプを消そうとする仲原、、銃をシートで覆い隠し、ドアに鍵をかけようと手を伸ばした寺田敏郎だが一瞬遅く間に合わず、ドアが外から開く、、そこに立っているのは敏郎の母、寺田陽子だった、、後ろに寺田の部下も二人居る。

いつもは部下が持っている懐中電灯を持って二人の顔を照らす、

「出てこい、、敏郎、、」

寺田漁労長の声を聴いて固まる二人。


   駐在所の部屋の中 


 若い巡査、鈴木、まだ調書を書いている。時間のかかる奴である、、牢屋の中から野口、優しい声で囁く。

「あの~ぉ、男前の駐在さん、、えーっ、、物は相談でございますが、私の所持品の中に、小さなラジオがあるんです、ちょっと貸してもらえませんか、音楽でも聞かせてもらえたら、うれしいんですが、」

若い巡査鈴木、振り返りもしない。

「だめだ!」「トランジスタラジオです、小型で良い音聴けますよ。」 

「ああ、回覧板の広告に載っとった新型の国産品じゃろ?」

「ええ、そうですそうです。」

無視しようとする鈴木巡査、

「ダメだよ、」


   飛島 天尾邸 廊下


 天尾、堀野に続いて、百目鬼、笑ん馬、一番後ろに天尾の部下、臼井が廊下を歩いている。廊下の所々には中が見えない荷物がまとめられていることに気が付く笑ん馬、堀野に尋ねる、

「引越し中ですか?」何も言わない堀野。すると、廊下のスピーカーからピンポンとチャイム音、、とたんに立ち止まり、殺気立った顔で下を向いて聴き入る堀野と臼井、そのあと、ラジオの音声が流れてくる、

「お聴きの皆さま、こんばんは、尋ね人の時間がやってまいりました、今日は、島根県から、、、」 

大広間のドアを開け、天尾、百目鬼、笑ん馬だけ中に入り、ドアが閉まる。部屋には入らず、廊下でラジオを聴いている堀野と臼井。 同じラジオ音声が部屋のスピーカーでも聴こえる。

天尾

「ここに居る若者は、皆、戦争中に家族親戚と生き別れになった者ばかりでね、ラジオの尋ね人の時間が来たら、自動的にスイッチが入り、この島の部屋の中、外全部で聴こえるようにしています。」

尋ね人の時間が終わると、同じ時間帯の別のラジオ局へ自動的にチューナーが替わる。東京の民間ラジオ局で始まったばかりの深夜放送が地方ラジオ局に中継され、全国で聴かれるようになっている。

天尾、

「ここからは私の好きな番組です。」


「午後十一時半でございます、皆様こんばんは、こちらは周波数××××ヘルツ、、ラジオ東京、ラジオ東京、イングリッシュアワーの時間がやってまいりました。今日の担当は、わたくし、三国一朗でございます。

英語担当はロナルドサリヴァンでございます。どうぞよろしくお願いします。 

今週は、お盆の帰省先でこの放送を聴いていらっしゃる方もおりますでしょう、暑中おうかがい、申し上げます。

さあ、今日の一曲目は、去年公開されましたアメリカ映画、

『八十日間世界一周』のテ―マ曲でございます。この映画の音楽を作曲したビクターヤングは、映画公開前に惜しくも五十七歳の若さで亡くなりました。アメリカの権威あるアカデミー映画賞では、その故人になった作曲家に作曲賞を贈りました。それでは聴いていただきましょう、

映画『八十日間世界一周』、です。


   ♪~~♪♪♪~~、、♪♪~、、 」


   臼石島 駐在所


 天尾邸の中と同じ番組の映画音楽が牢屋から流れている。

「♪~~♪~~」ちゃっかり自分のトランジスタラジオを鉄格子の近くの床に置かせ、聴いている詐欺師野口。同時に、鈴木巡査の様子をじっと窺っている。 辞書を引きながら、報告書に証拠品を項目ごとに分け、清書している鈴木巡査、牢屋に背中を見せて座っている。 背中のすぐ後ろは証拠品が並んだまま、のテーブル。

「ト、ラ、ン、ジスタってどういう意味なんだろな?あー、眠たいわ、今日は寝られるかな。」 

大あくびをする若い巡査の様子を覗いつつ、野口、そっと自分のラジオを手に取り、音量をすこし大きくし、アンテナをいっぱいに引き伸ばし、その一番先を靴の踵で踏んでゆっくり直角に曲げる、、曲げた瞬間、一瞬、雑音が入る、、ラジオとアンテナを手で握ったまま、鉄格子の隙間から自分の腕を外に伸ばせるだけ伸ばす、、鉄格子の間に食い込む野口の肩、、その間、鈴木巡査が自分のほうを振り返らないよう伺いながら、壁にかかった鍵束を、曲げたアンテナの先に慎重に引っ掛ける、、鍵が!アンテナに移った、しめた!という顔の野口イサオ、目が輝き、鼻孔が大きく開く。鍵束の重さで、しなるアンテナが、いったん下に沈む、う、折れんでくれよ、と神経を集中しながら、手元に引き寄せようと徐々に上げていく、鍵束がアンテナの継ぎ目に引っかかるごとに、カチッ、カチッと停まる小さな音、、やっと手元に鍵束がやってくる、成功した。 ラジオをそっと置き、アンテナを元に戻そうとするが、折った先は金属の角が立ってしまい、途中から戻れなくなってしまった。 掴んだ鍵束を静かにつかんで凝視しながら鍵を開ける音を誤魔化すため、ラジオのボリュームをまたすこし大きくし、四つの鍵の中から合致しそうな鍵のひとつをつかんで、鉄格子から手を出し、外側の鍵穴へそっと差し込み、、廻す、、、悪運良く一発で開錠する、、鉄格子の入り口に手をかけ、そっと開ける、、膝をついてゆっくり外に出る野口、、ラジオの音楽が響いている駐在所内、その間、後ろの事にまったく気付いてない鈴木巡査。野口、テーブルの上の自分の拳銃をそっと取る。鈴木巡査まだノートをつけている最中で、ふりむかずに言う、

「おーい、ちょっと、音、でかいんじゃないか、、あら?」鈴木の座っている自分のノートに、野口の影が、横に視線をずらすと机の横には野口の腰から下が見える、「あ~!」野口、上をむこうとした巡査の額に拳銃を突きつけながら、自分の口に人差し指を当てて、静かにしろと言うジェスチャーをするが、、駐在、椅子に座ったまま、仰向けにひっくり返り、後ろ頭を地面にぶつけ、眼をひん剥いたまま、気を失ってしまう、それを見る野口、拳銃をポケットにしまいながら、あきれた声、「けっ、、どんな、気の弱い奴でえ、」

若い駐在の顎をつかんで口を開け、ハンカチを押し込み、牢屋に運んで、顔を壁の方向にむかせて寝かし、牢屋のラジオを取ってスイッチを切り、机の上の自分の帽子のへこみを元通りにして頭にかぶり、急いで、化粧品やガムなど消耗品以外の自分の物を、ぜんぶ鞄に手で流し込んで持って出ていこうとする、と、盗品の女物の財布がテーブルから落ちているのを見つけ、拾って机の上に束にしてあったドル札の束を財布にしまってズボンの後ろポケットにねじ込み、鞄を持って駐在所から走って出ていく野口。その後ろ姿を真っ暗な港の海面から赤い目が、

「、、ん?」背中の後ろに強い殺気を感じた野口、海を一瞬眺めるが、どうして自分がそっちに向いたのかもわからない。わからないまま、、文化船の停泊している埠頭に走る。


  飛島 天尾邸、外


 港の方向に、数名の天野の若い部下たちが沢山の荷物を手押し車に乗せて運んでいるのが見える。そっちを見させないように二人に声をかけ、誘導する天尾、

「すぐそこですから、」

「へい、どうも、旦那」

「あの、落語家さんよ、旦那っていうの、恥ずかしいからやめてくれんかなあ、」「、、へぃ、わかりました、天尾さん、、」

「暗いから気を付けて。」

「へい、」

笑ん馬、荷物を運んでいる部下たちを横目で見ながら、気にしつつ歩いていく。懐中電灯を持って先を歩く天尾と部下、、後ろをついていく百目鬼、落語家、離れの小さな日本家屋の玄関前に着き、わざと古めかしく作ってある玄関の引き戸をゴトゴトと開け、下駄箱がある土間を通り過ぎ、奥の水屋の壁にある灯りのスイッチを入れる天尾、玄関の内と外が同時に明るくなる、

「どうぞ、中へ」

襖入り口を開けると大きな畳敷きの部屋、

「おっ!」「うわっ!」

笑ん馬と百目鬼 同時に驚いた声、、そこは寄席になっていた。柱のない一五畳ほどの大きな部屋、奥には立派な舞台があり、天井から電気式の大きな行灯が四つぶら下がり、座布団が十数枚、扇風機と冬用の火鉢が後ろのほうに二つ三つ、天尾、入り口近くの壁にかかってある寄席の写真を指さす。

「若い時分、東京の江古田ってところにに住んでましてね、近所に鷲羽亭って小さな寄席があって、よく通ってねえ。最近になって急に懐かしくなったんで、、去年、この離れの中に再現して、、再現と言ってもちょと小さめですがね。」

笑ん馬、上から下、左から右、首が折れ曲がるくらい動かして、舞台を見ている、「あそこは、たしか舞台の上の壁に、横に長く羽根を広げた鷲の鏝絵(こてえ)があって、」

鏝絵というのは、左官の職人が土蔵などの壁に使う漆喰(しっくい)で造る浮き彫り細工のことである。舞台のほうに歩いていく笑ん馬、、舞台上、左端には何も書かれて無いメクリがあり、右横には大きなラッパの付いた古い蓄音機、その据えてある台の下の棚には紙袋に入ったSPレコードがぎっしり置いてあるのが見える。舞台近くに行って眺める笑ん馬、戦前からの落語や演芸のレコードだ、、蓄音機の上に置かれているレコード盤を覗いてみると戦前の落語レコードでは空前のベストセラー盤だった三遊亭金馬の「居酒屋」である。笑ん馬はこの金馬の孫弟子にあたる。

舞台上部の照明のスイッチを入れる天尾、

「おおっ!」もっと驚いた声を出す笑ん馬「おうや!見事な鷲、そのままですなあ!」天井から垂らした半幕に隠れて、後ろのほうからはよく見えないが、舞台後ろの壁には漆喰で作りあげた、横に長く羽を伸ばした真っ白な鷲の鏝絵、思わず手を叩く笑ん馬、天尾「そこまで憶えているって、すごいねえ。」

笑ん馬「旦那ぁ、あれですな、『二階ぞめき』、そのままですな」

天尾「ああ、そうだな。」

百目鬼「、、な、なんですか、二階なんとか、っての、は?」

天尾「ええ、吉原好きの金持ちの道楽もんが自分の家の二階に小さな吉原の通りを作っちゃう噺で、、だから落語家さん、もう旦那、って言わんでいいから、、」

「ええ、しかし驚きました、こんな瀬戸内の小島で、いええ、なんとも、うらやましい、」

「いや、さすがに俺も道楽が過ぎた、、いつもは、古いレコードをかけて落語を聴いてるだけなんだ、寄席の、この壁の響きがな、これがたまらねえ、、じゃあ、今日、遅いけど、、いいかなあ? 一席、、なんでもいいよ、あとは明日のお楽しみってところで、。」

「ええ、私のような落語でよろしければ、」笑顔を見せる天尾、

「うれしいねえ、うちの若いもんにも聴かせるよ。相方の三味の音(しゃみのね)の調べも聴きたかったけども。」

すこし顔の表情に驚きが出るがすぐに愛想の笑みでごまかす笑ん馬

「ええ、すいません、、なんかちょっと、体の調子が悪いとかで、」

天尾「そりゃあ残念、まあ、久しぶりの故郷だろうから、ゆっくりさせておいたほうがいい。」

自分の女のがこの島出身だという事まで知っているのか?と、また驚いた顔が出る笑ん馬であった。

「先に飯を食べよう。その後に一席、お願いするよ。ここはオレの若い頃の夢の捨て場として作ったが、本当に噺家さんがやってきてくれるとは思わなんだ、、これも平和のおかげかもしれん、、平和と言ってもまだ米軍は日本に居座っちゃいるが、、。」

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