第11話

  港の夜


 映画が始まって二十分もしない間に、恐竜時代の巨大な昆虫の幼虫がボタ山と、炭鉱夫の家族が住んでいる長屋に出現して大騒ぎになるシーンだ、

「おー、出た出た!」「あれがラドン?」

「そうじゃなかろお?」「あれとは違うんじゃねんか、」

「あれが大きゅうなるんかのぉ?」

見ている子供の声が聴こえる、、もっと小さな子がびっくりして大きな声を上げたりしている、母親に抱かれている女の子は、防衛隊が炭坑の坑道奥深くで撃つ機関銃の射撃音を聴いて、母親の胸に顔をよせ、泣いてきたので、あやすために、その母子が食堂の中に入ってくる。 

中に来てもまだ泣き止まぬ子、、そっちを横目で見ている百目鬼。まだ話を続ける寺田漁労長、

「この島の尼寺にいる、若い尼さん、元は小学校の教師で、数年前までは飛島の子供達に勉強を教えに行ったりして、、天尾さんに頼まれての事かな、と最初は思っていたけど、、実は、天尾さんの、××~、だったのよ、、」

百目鬼には、子供の泣き声で、寺田の話しの全部をうまく聴こえなかったが、訊き返さず、静かに聴き続ける。 そこに寺田の部下“鴎”がやってくる、寺田に何か話があるようだ、

「、すいません、ちょっと、、」

席を外す寺田を座ったまま見送りつつ、泣き止んで寝ている子供を見てほっとしている百目鬼。寺田漁労長の着物の樟脳の残り香がするテーブル廻り、調理場からは炭火で穴子をタレに付けて焼いている香り、テーブルのコップの近くの酢橘の絞った香り、、そうしているうちに食堂の外から夏の夜風が入ってきた、、海を通ってきているのですこし涼しくなった。百目鬼、お茶を頼もうとしたが腕時計と食堂の壁時計とを比べ観る、、そろそろ天尾の船に行く時間だ。


   映画上映の広場、後方


 寺田の息子、敏郎と仲原が映画を見ながら、しゃべっている。

腕時計を見る寺田敏郎、

「敏ぃ、、そろそろ行こうかのぉ、」

「そうじゃのぉ、終わりまで観ゅうったら、間に合わんけえ。」

「せえで、あの女三人にゃ、ええように言うといたか?」

「大丈夫じゃ。関口のおっさんと一緒に船に乗って待っとる。トランシーバーも渡しといた、、行くで。」「おぅ。」

寺田と仲原、暗がりに消える、、その二人を離れたところから見張っていた漁労長の部下「鉤」、寺田と仲原の後を追う。


   旅館 食堂


 席に戻ってきた寺田漁労長。酒は強い。饒舌になったり静かになったり、感情の起伏がある女性だが、酔っていても精神は乱れていない。少々のことがあっても動じず、自分の心をきちんとコントロールできているな、と感心している百目鬼。寺田漁労長が言う。

「話、、ずっと、聞いてもらって、すまんです、百目鬼さん、、この島は、まあ、ええようにいった、、漁業で、これからも食うていける、、あー、けど、わたしが失敗したんは、仕事のしすぎで、か、家庭を、ほったらかしにしとったんよ、、そしたら、早よから、一人息子が反発してしもうて、言うことひとつ、、聴きゃあせん、、えらい先生に預けたり、寺に預けたりしても、脱走して島に戻ってしもうて、、そのうち、悪さしだして、笠岡や福山の警察の世話になって、身元引受人で何べんも、行ったり、、手におえん、、」

残っていた酒を、ぐっと飲む寺田漁労長、「どんなに言うて聴かせても、どねぇにもならん、なんべんも天尾さんに預けようかと思うたけど、、そ、そういうのも、恥ずかしいし、、」

漁労長、深いため息。

「あの、船長さん、なんか、心を入れ替えられるような本でも、ねえですか?」

百目鬼

「そうですなあ、なにか若い者の精神にガツンと効くような、小説でもあれば、あとから、うちの若い司書に聞いておきましょう、」

「あんまり、期待はしませんけど、頼みますわ、若いもんは、大人になりたがるときこそ、小説を読んでおいたほうがええんです、私も若い頃は小説や映画をたんと観ました、非現実の小説も沢山ありますけど、そういうのんを読んでおいたほうが、現実の嘘も見抜けます、、」

食堂に残っていた大河内が持ってきたお茶を飲んでいる百目鬼を見つめる寺田、「百目鬼さん、もう飲まんのですか?」

「いや、今日はこれから、天尾さんの島に招待されていますので、それで、。」それを聞いた寺田、驚いた顔をする、、

「し、招待?、ふうん、、そりゃあよろしいですなあ、私は天尾さんの島に、まだ一度も、呼ばれたことが、ないんですよ。」

小さな唇を噛み、むっとする顔をする寺田、

「ああ、百目鬼さん、迎えじゃないですか?」天尾の部下、堀野が玄関先に来ているのを見つけた寺田。

百目鬼、

「では、そろそろこの辺で。私は天尾さんの船に乗りますので、すいませんです、なんでしたら、ご一緒に、」

「いえ、よろしいです。」

「じゃあ、なにかお伝えするようなことでもありましたら、、すこし考える顔を見せた寺田だったが、すぐになにか思い出すことも無く空しい声で答える、

「いええ、すいませんでしたなあ。ああ、百目鬼さん、杖は?」

「はあ、ここの島に来て、足の調子が良くなりまして。」


   スクリーン上、映画「ラドン」のワンシーン


 映画始まって四十五分ごろ。広い洞窟の中、古代の翼竜の巨大な卵が孵化する、そこから出てきた翼竜の雛が、近くを這っている巨大な虫の幼体を本能のまま貪っている、それを落盤事故で洞窟内に落ちてしまった炭鉱技師職員役の俳優、佐原健二が見て、あまりのショックに記憶喪失になるシーンを観ている島の子供の声、

「うわーー、」「怪獣出た!」「怖ええーー」

旅館からやってきた百目鬼、大賑わいの声を聴きつつ、映写機近くの司書に近づいていき、メモした紙を渡す。

『明日の朝に帰る 行き先 飛島 天尾邸 』

それを見てうなずく河村司書、画面にフィルムチェンジのマークを見つけ、慣れた手つきで映写機を動かし、フィルムが終わる方のランプを切る操作をする、すかさず隣の映写機のスイッチを入れる村上機関士

「じゃあ。」杖なしで港に歩いていく百目鬼を目で見送る澤村司書。

「はい、わかりました、、あの、」

行った先で飲みすぎに気を付けて、と言おうとしてやめた澤村司書。

そして、その場を離れ、天尾の部下と一緒に埠頭へ歩いていく百目鬼、その後ろで映画を見ている客の大きな歓声が聴こえる。


   映画 「ラドン」 クライマックスシーン


 映画が始まって一時間、、博多の市街地を急襲するラドン! 巨大な翼竜の起こす強風で住宅街の瓦は吹き飛び、家屋は潰れ、たちまちのうちに破壊される、ガラガラと崩れる百貨店ビルの中を避難していく人たちが窓から見える、応戦する防衛隊の戦車、飛ぶ曳光弾、ロケット砲車の猛攻撃に、首を振りながら巨大な翼で風を起こす、避難民を誘導する防衛隊員が吹き飛ばされそうになり電信柱にしがみつく、炎を上げる電柱の変圧器、、勢いよく吹き飛ばされる路面電車が、沿線の建物に突っ込み、炎上する。 夕焼け、博多の街が燃えながら壊滅していく様子は、まさに戦争末期の米軍爆撃機の空襲の有様を彷彿とさせている。迫力ある映像に若い者たちが会話している、

「都会の空襲ってあんなのじゃったんか?」

「うん、そうじゃねえかのぉ、」

ラストシーンが近づいてくる、阿蘇山の洞窟に逃げたラドンに防衛隊は容赦なく攻撃を加える、洞窟に向けて発射台から轟音と共に飛んでいくオネストジョン地対地ミサイルと戦車砲の一斉射撃、いったん空に逃げたが、阿蘇山の噴煙と吹き飛んできた溶岩に巻き込まれ、溶岩流に落ちていく二匹のラドン、そして、スクリーンには「終」のマーク。ホッとした大人たちのためいき声と拍手。子供たちのしゃべる声が聴こえる、、

「おもしろかったのぉ」

「ラドンはどうなったん?」

「どうなったんじゃろうなー」

「二匹とも、、死んだんかなぁー?」

「なあ、、」「かえーそー(かわいそう)じゃったなー」

島の男たちのしゃべりも聴こえる、

「この世にジェット戦闘機より速よお飛べる動物が、おるわけねかろうが、」「日本人だけで、あれくれえな怪獣やっつけること出来たんじゃったら、アメリカ野郎も、やっつけれたんじゃねえんか、のぉ?」

「ありゃあおめえ、映画に映っとるロケットやジェット機、戦車はぜんぶアメリカ製じゃろぉ?」

「そうじゃろうのお、」

「せえでもジェット機は日本人が操縦しょうったろうが?」酔っぱらってる男たち、架空と現実と混ぜこぜになっている。

「ありゃあゼロ戦部隊の生き残りじゃろおが?」

「そうじゃそうじゃ」「ぜってえそうじゃ。」

「加藤ハヤブサ戦闘隊じゃ!」「♪エンジンの音、ゴオーゴォおおとー」「♪わかーき、血潮の予科練は―」「月月火水木金金~!」

映写機の横から河村司書が大きな声!

「えー!次はニュース映画をいたします、そのあとでもう一本、今度は島倉千代子さんの『東京の人よさようなら』ですー」


   文化船が停泊している埠頭


 堀野に案内され、天尾の船に乗りこむ百目鬼。 木と、木に塗られた塗装の香りで、まだ新しい船だとわかる。 甲板に上がると操舵室入り口や船べりに底の抜けた柄杓を幾つも、つけてあるのを見つつ、案内されて、船室に案内される。入ったとたん、船底から低い音が聴こえてきた、ディーゼルエンジン特有の音では無い、なにか大きな電気モーターが廻るような低い音がしている。 埠頭の端、底の抜けている柄杓を持っているゲン爺が誰も居ない文化船の後甲板から、天尾の船が出港していくのを、いつもの含み笑い顔でじっと見ている。


   天尾の船の中


 部屋に入った百目鬼、先に来て壁の海図を見ていた笑ん馬とお互い、挨拶。

「こんばんは。」

「ああ、図書館船の船長さん。こんばんは。先日はどうもありがとうございました。船長さんも、、ご招待、で?」

「はあ、なんですか天尾さんが、私に見せたいものがあるとのことで。」

「、、そうですか。」

「私は、たまたま、うちの連れがこの島の出身で、やって来ただけなのですが、天尾さんは、どういうわけか、私のことを知っていて、落語をやってくれといわれまして、。」

会話中だが笑ん馬、真面目な顔で船内の廻りを凝視している。船の中になにかあるのかを見回しているがテーブル、椅子、壁の扇風機以外、これといって何もなく、壁の海図も変わっている様子もない、が、床の敷物の表面にハッチの蓋の円い形が浮かび上がっているのには笑ん馬は気が付いていない。

百目鬼、

「こういうときは、なにか一芸があったほうがよろしいですな、私はこれと言って、なにもできませんから、」

「いいええ、なにをおっしゃいまして、私は仕事でございますので、、まあ、仕事と言っても堅気の仕事じゃないですが。」

「そうですな。ああ、あの、和歌が出てくる落語がありますでしょ、私あれが好きです、ええと、『ちはやぶる』。」

落語を知ってくれているので喜ぶ笑ん馬。

「おっ、そうですか、、『千早ぶる、神代もきかず竜田川、から紅に、水くぐるとは』。」

「ええ、長屋のご隠居が昔の有名な和歌を無茶苦茶に解釈をする、っていう。ええと、和歌は他に、『崇徳院』もありますね。」

「あれは、元は上方の噺です。」

「瀬を殻はやみぃ、、岩にせかるる滝川のぉー、われても末にぃー あはむとぞ思ふ。」

風流な節回しで謡う百目鬼

「よくご存じですなあ、、あれは長い話ですので、私のような若手はまだ高座ではさせてくれないネタでござんして、」

ノックの音と共に船内のドアが開き、堀野が金属コップに入ったお茶を持ってやってくる。

「そろそろ出港いたします。二十分ほどで到着します。」「はい、」「はい。」

百目鬼、

「では、私も、天尾さんのところで一席聴かせてもらえますかな。」「ええ、どうぞ。私の噺でよろしければ、」

落語の会話が続く楽しそうな二人。動き出した天尾の船。 外から波の音がザブリザブリ。


    港の映画上映会


 ニュース映画が始まる

「ミヤコキネマニュース 第百四十号 」   

水爆実験のモノクロ写真と共に、怖い音楽と低い男の声のナレーション、


『五月一五日、イギリスは太平洋南方諸島のクリスマス島近くの海上で初の水爆実験を行いました。これに対して日本政府は、核実験の即時停止をイギリス大使に伝えました。』

 

群集の中、笑顔で座っている野口イサオ、周りの者たちと軽く会話している、、

「すいません、ちょっと、はばかりに、はばかり、」どうぞどうぞ、という周りの席の人たちの顔、野口がいなくなったとたん、スクリーンから音がいったん消え、「警視庁より」という大きな字、偽造書類 偽造名刺が何枚も映り、ナレーションと、説明文が洋画字幕のように画面横に次々と映されるのを口をパクパク動かして読んでいる観客たち、

 

『 警視庁からのお知らせです。西日本を中心に活動している指名手配犯の詐欺師の手口を公開いたします。本名は、野口イサオ、野口イサオ、普段は色々な偽名を使います。詐欺の手口は、田舎町や離島の商工会議所、農協、漁協、町役場、商店組合に来て、国からアーケード商店街を作る補助金が交付される、その中に早くに入るための優先権が、と嘘をつき契約金をだまし取るというやり方です。最初に安心させるため、子供に菓子、大人には安全髭剃り、女性には化粧品などの景品を配る癖があります、、』


ありゃ?こりゃおかしい、と言う顔をしだす島民たち、ひそひそ声が次第に大きくなって聴こえてくる、、野口イサオ、の顔写真が映った瞬間、一斉に驚く観客!爆発的な罵声が飛ぶ!椅子が倒れる音、

「だああー!」「おおおっ?」

「あいつじゃねえーか!」「あーー」「ほんまじゃー!」「どけーいった?」「まだそこらにおったろうが!」「今、こけぇー座っとったがな!」スクリーンを指さす観客!、映っている野口の顔に持ってきたジュース瓶を投げつける影が映る、、次のフィルムの用意をしていて、ちょっと画面から目を離していた澤村司書、どうして騒いでいるのかがわからないので、映写機の調子が悪くなったか?と、びっくりしている、、島民の怒号が続く!

「おどりゃあ!」「それみてみい!」「どけぇーおるんなら?」「いま、ここにすわっとったがな!」「こらえんでぇー!」「ばれっしもうとるが、あんごーが!」「逃げたんじゃねかろうのぉー」「逃がしゃあせんで!」「島からださんようにせえ!」「駐在呼んでけえ!駐在!」

「若けえほうの駐在は、腰抜けじゃけえ、秋山さん呼ばんと!」両手を広げ大きな声でその場を抑えようとする村長、

「おい、まあ!皆、まて!まて落ち着け!いま、はばかり行くいうとった、すぐ帰ってくる、、帰ってくるまで、悟られんように、静かにしとけ!あの、文化船の、、映写機の人、、フィルム、フィルム止めてつかあさい、悟られんように、、」「しぃー、しぃー」「静かにしとこうで、」「静かにのぉー」「しぃー。」

ニュース映画、終わって、スクリーン、白い光だけで明るいまま。 そこにトイレから帰ってきた詐欺師野口だったが、周りは息を殺して静かにしている、、おかしいな、と思いつつも、中に入り、元に居た椅子に座る、、、最初は下を向いて沈黙していた島民、だんだんと顔を上げていく、、周りを窺う野口、皆、自分をものすごい目で自分を観ていることに気づく、、島民と目線を合わせず、生唾を飲む野口、中腰になり帽子で顔を仰ぐ、、何かおかしい、を通りこし、ここから逃げることだけを瞬時に考えその緊張感を見せないよう、素知らぬ顔をして、自分を睨んでいる隣の男に尋ねる、「あっ、次の、映画は、どうなりました?、どう、、えーぇぇ、いやぁー、日が暮れても、暑いですな、もちょっと海風が、あー、、トイレに忘れ物してきたようで、、、ちょっと行てきま、、」

掴んだ鞄を抱いて逃げようとする野口を周りの者が取り押さえる、

「そおら!」「捕まえぇええ!」「なにが補助金じゃ!」「おどりゃあ!」「あんごおが!」「なにゅうよおんなあ!」「おしいのぉ、ニュース映画でおめえの正体バレっしもうんじゃあ!」「糞野郎!」「刻んで魚の餌にしてっしまえ!」

一斉に怒鳴り声の島の男たち、ぐうの音も出ず、殴られ蹴られる詐欺師、野口、、女子供らは籍から離れて遠巻きに見ている。

「ああ、子供にも見せとけよ!、悪人は、こないになるぞ!というのをな、、」との声も聴こえる、、映写機の近く、まだ何が起こったのかわからなくて茫然としている二人に村長が含み笑いで近づいてくる。

「お二人さん、、すまんなあ、、今日は中止じゃあ、続きは明日に、、してもらえんじゃろうか、、、」

動揺している澤村司書「な、なにが、あったんですか?」ニュース映画の中の指名手配犯だとわかった村上機関士。

「あとで説明してやるよ、めったにないことだ、わしらも逮捕の協力で、金一封でるかもしれん、、いや、出んかな、ウハハ、、」

それだけを聞いても、状況が把握できない澤村司書。


     午後九時 臼石島 沖合


 「♪~♬~♪~、、」沖で錨を降ろして停泊している米軍調査船に、小さな漁船が近づいて行く、ラジオのボリュームを目いっぱい大きくして歌謡曲が流れている、マストから伸びる電線には、色セロファンで赤、青、黄、の色を撒いた漁業ランプを数個飾り付け、観光客の女三人が色つきのハンカチを振っている。漁船、舵を握っているのは漁師関口、ラジオの音に負けないような大きな声で叫ぶ、

「お~い、三人さん、頼むでぇ!」若い女の声が調査船の上に向かって

「水兵さーん、ハローハロー、グッドイブニングー!!」

「食べ物買ってクッダサイ~、お酒あるわよ~、買ってー!」

注目してもらえるようにキャーキャーと叫ぶ女たち。

「スイカ!スイカ!、ジャ、、ジャパニーズウォーターメロン~~、、」

甲板の水兵たち、そっちに気を取られる。

「♪ピューーーー」甲板から女にむけて指笛を吹く水兵、船室から出てくる下士官も居る、出てきた数名、笑いながら何か大きな声でしゃべっているが若い娘三人には何を言っているのかわからない。 調査船すぐ脇に近づいた漁師関口、自分だけ、ブリキのバケツで自作した鉄カブトをかぶる、、見ている女の子の一人、

「おじさん、どしてそんなもん、かぶるん?」

漁師関口、あっちの方向を見て何も言わない、ラジオのボリュームをすこし落として、調査船や女たちから観られない所で腰をおろし、トランシーバーで誰かと話をする関口。

「ええでぇ、皆、こっち側に集まっとるでえ、、」


   調査船、物売り船の反対側の海上


 大きな岩礁から黒塗りの小舟が一槽出てきた、途中で船外機のエンジンを止め、櫓を漕いでゆっくり調査船に近づいて行く。覆面をして乗っている二人の男、寺田敏郎と仲原だ。敏郎、小声でトランシーバーを使い、調査船の反対側の小船に乗っている関口としゃべっている、

「よっしゃ、こっちの船のエンジンの音がしたら逃げろよな、、あ、撃たれるなよっ。」

敏郎、トランシーバーを置いて、音もなく調査船に小舟を寄せ、調査船から海面近くに降ろされたままの兵用吊り階段に、敏郎が鯉のぼりから作った長い筒のの端を持って上がってきた。男手で三本分の鯉のぼりを使って縫って作った筒の端を持って階段を上がり、調査船の手すりに筒の端につけた丈夫な金具を引っ掛けて留める、鯉のぼりの口先は大きく開いたまま。最後尾を切って開けられた出口は紐で漁船の端に留められ、受ける網を仲原が下で用意している。 敏郎の腰には常に前の方向を向くようにショルダーバックの肩紐に針金で結わえ、ガラスに薄い和紙を貼り、光量を半分に落とした懐中電灯、調査船内で銃を留めている鎖を断ち切るためのボルトカッターを下げている。反対側から女の笑い声を耳で聴いて確認しつつ、調査船甲板を抜き足、差し足、、開いたままのドアから船内に忍び込む。しばらくして鎖をボルトカッターで切る鈍い金属音が二度三度、、出てきた敏郎の腕の中にはM1カービン二丁、サブマシンガン一丁、ショルダーバックには銃弾の入った紙箱が二つとコルトガバメント拳銃を二丁入れた。敏郎、懐中電灯を点滅させ、下にいる仲原に合図をする、、小銃、サブマシンガン、ボルトカッターを、こいのぼりの筒の口から順番に投げ入れ、下へ滑り落とす、、調査船の船べりからシュルシュルと摩擦音をさせて、下の漁船に落ちていく銃、、用意している網に次から次にうまく落ち、それを受け取る仲原。寺田、欲を出してもう一度、船の部屋に入ろうと窺っていると、調査船後甲板の水兵が、寺田敏郎を見つけ、大きな声を出す!

「 What are you doing here―?」   (訳) 『そこで何をしているー?』

逃げようとする寺田、手すりに鯉のぼりを留めた金具を外すのが間に合わない、とっさに自分も筒の中に飛び込んで滑り落ち、船にたどり着く直前、筒の中から、仲原に向かって大きな声!「出せ!」仲原が船外機の紐を勢いよく引く、一発でかかるエンジン、舟が動く、こいのぼりが引っ張られピンと張った瞬間、真ん中の継ぎ目から破れる、寺田敏郎、「そら!、逃げるが勝ちじゃ!」後ろを向いて気勢を上げる仲原「ヤンキーィゴーゥホーム!」船から一発の銃撃音! 物売りの船は早くに離れ、すでに遠くに逃げているが女三人 銃の音で隠れている、

「なにがあったん?」「どうしたん?」

バケツのカブトをかぶったままの漁師関口、

「ええんじゃ、ええんじゃ、わしら、言われたことだけ、やったらええけえのぉ、島に帰ったら金を払うけえ、ご苦労さんご苦労さん、」

寺田敏郎の小舟の逃げた方向に調査船艦橋から照明弾が一発、飛ぶ。光りを放つ薬品がジジ、ジジジ、と焦げて燃えあがる音が上空から聴こえる、、光り輝いて落下傘でゆっくり落ちてくる照明弾、明るくなる海面、寺田と仲原の乗っている小舟のエンジン音に銃を撃つ水兵たち、パン、パパン、と小銃の連続射撃音、「おうっとお!」 海面を跳弾した銃弾、舟の後方に一発命中、びっくりする寺田、覆面を取ってうしろの調査船をそっとみながら、応戦してやろうかと、コルトガバメントの弾倉に弾を込めようとするが、うまくいかない、、照明弾がその後二発飛んだが、もうその光は逃げた船には届かない、、闇に消えていく小舟、うまく銃を盗むことに成功したかに見えたが、こいのぼりの半分が米軍調査船に残ってしまった、、調査船甲板、、こいのぼりを灯りの下で見る米兵、、

こいのぼりの下部に小さく 

『~臼石島  祝 仲原剛 』と名前が書いてあるのを見つける。 

前甲板、錨を上げる鎖の擦れる音と、後甲板では、エンジンが始動した音がほとんど一緒に船内外に響き、動き出していく調査船。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る