EuLy / お姉ちゃんの妹《およめさん》になりたいです!〜余命11ヶ月の令嬢、拾った邪神に溺愛される〜

倉井 朱里【あかりひな】

1抄 余命11ヶ月の令嬢、拾った邪神に溺愛される

 Alter-M-328──。再生医療とAI技術そして汎エーテル撚糸による魔術体系の確立された時代。大厄災を乗り越えるため人口のホムンクルス置換が進みつつある城塞都市『ユルハ辺境都』で少女は自らの宿命に絶望し家を飛び出しました。


 十九歳の少女『ミオ・スズナ』は放浪の果てに辿りついた雪深い辺境の地『カミヤシノ樹海』の廃屋で棄てられたホムンクルス『Vrge《ヴァージュ》』の少女を見つけます。

 喪失と孤独そして無力感で弱っていたミオは『Vrge[A6x]』と刻印された少女を起動しリセマラで好みの性格にしようとしました。しかし何度リセットしても決まって同じ性格で起動するのです。快活で甘えたがり。好みではありません。致命的なバグだと思ったミオはその子を置いて行こうとしますが虚数域の思念体を露わにした少女に自身の妹炉めいろを魔力で絡め取られ互いの身体を入れ替えられてしまうのでした。


 魔術契約を交わされたことで少女の妹となったミオ。少女は自らを『コタ』と名乗りミオに甘えました。困惑するミオ。曰くこれは再起動してくれたミオへの恩返しなのだと言います。じつはこの時。知らずして妹炉不全症という病を再発していたミオの余命は十一ヶ月でした。恩人を生かすためコタは自分の身体を譲ったのです。


 事情をしらず納得のいかないミオ。仲間が傷つき去っていく悲しみに耐えかね家を飛び出してきた彼女にとってそれは泣面に蜂でした。妹炉不全症を隠して失踪した長姉おさね。同じ病に倒れながら気丈に振る舞う三姉みつねの姿。甲斐甲斐しく励ましてくれる次姉つぐねへの罪悪感。召喚者の虐待から救ってくれた友人たちの病を悲嘆し当てもなく豪雪の僻地を彷徨っていたミオは己の心を砕くうちにこの暗澹あんたんとした木々の窟カミヤシノ樹海に迷い込んだのです。


 そんなミオをコタは全肯定しました。自分自身の境遇や生き方を蔑むミオに無邪気な愛情と尊み尊敬そして嫉妬と独占欲をぶつけたのです。ありのままに自分を好いてくれるコタへの憧れと彼女のように強くなれない自身への激しい苛立ち嫉妬に揺れるミオ。

 そして愛を知らず独善的だったコタもまたミオから多くのことを学ぶのでした。自分を救えるのは自分。義務で人は救えない。正しい正論はない。互いに受容と拒絶をくりかえしながら自虐と渇愛のままに生きてきた二人は少しづつ心を通わせていきました。


 樹海に放棄されていた古い洋館『避暑の館』でミオとコタそして彼女の縫いぐるみにして妹分の『メイ』は樹海に巣食う少女の怪異『ハギレ』たちと交流しながら平穏で満ち足りた日々を送っていたある日。近くの都『ヘリナ辺境都』に出かけた先で自分が生まれる前にいた姉『リタ』の形見だという水のペットボトルを大事そうに持ち歩き欠かさず水分補給をするコタをみたミオは新しい水筒を買ってプレゼントしようと思い立ちました。


 しかし運命の時がきます。互いに慕いあう友達ができて生きる希望を見出したミオでしたが妹炉不全症の進行によって危篤状態に陥り大量の水を吐いてコタは倒れます。妹炉で正常な魔力が紡績できなくなったことで身体は氷のように溶け青いスライム状の素体を露わにし魔力の停滞と浸潤で腹部が腫れこれ以上の稼働が困難な状態でした。


 ここで初めて自分の身体を奪ったコタの恩返しという意図を確信したミオは言葉を失います。彼女の選択。それはあまりに重く辛く。病で倒れた親友たちのことを思い出し自分を省みるミオは気づいてしまいます。余命いくばくの身であることを薄々察していながらコタを愛しそれを背負わせた自分の醜さに。


 けれど。もう自分を裏切りたくない。誰も失いたくない。意を決するミオはコタが大切にしていたボトルに液化した彼女の身体を目一杯いれて夜の街を走りぬけました。罪悪感で遠ざけていた次姉に助ける方法を尋ねるとカミヤシノ樹海に満たされている高密度エーテル滓を妹炉に注ぐことで身体の再構築が出来るかもしれないというのです。ミオはコタによって取り替えられた自分の身体を元に戻すことを決意しました。


 樹海の要石たるコタの還元を以って冥界ワタシミを飲み込んだ大厄災『オミナヤマノクラゲヒメ』は起動します。樹海最奥にある『オミナヤマ神社』へ向かうミオ。捕食されるハギレ。沸き立つ呪詛が大地を蝕んでいきます。本来の針子たるコタの姉に及ばずとも。それは彼女たちホムンクルスの行き場なき愛情と渇望の叫びでした。Alter概念着床体オミナヤマノクラゲヒメ『Alter-M[019]』は樹海霊脈と直結した星湖の人災。この地と人々の無念が撚り合わさったカミサマ。ミオの内なる恐怖と偽りの針子を以って起動したそれは本来の力と比べれば遥かに弱まっている。だからこそ彼女たちは恐れていた。愛を。生を。己を。


 凄まじい厄災の猛威と樹海の濃霧をこえて虚数域最深部『マヨヒバラ』についたミオ。浅い水面と霧そして朱塗りの残骸や蓋のない香箱が無造作に散らばる心象の地。うずくまるコタはミオに気づくと真っすぐ手を伸ばしました。液化していたミオの身体にやどり再び彼女の姿をとったコタは大厄災オミナヒメと正面から対峙します。比に値しない力の差。本来ならば対峙することすら能わない極致の存在。しかし向き合う強さを知ったコタにこれまでのような無力感と恐怖はなくただ全てがありのままに見えていました。


 コタは幼い日の夢を思い出します。彼女を良しとしない神官たちよりひとを不幸にする厄災と貶められ偽りの神性として姉を利用され理不尽にも棄てられた過去を。利権。崇拝。搾取。忌避。ひとの醜さは承知。何より恐怖のまま厄災となった己の恐ろしさも。けれど。ミオが教えてくれたのです。誰もが同じように苦しんでいることを。そして己の恐怖に向き合うことの大切さを。激しい魔力消費で揮発する身体を推して立つコタは禁忌と嘯かれた本来の力を解放します。最高位の恣意紡績『糸つむぎ』を撥弦はつげんするコタは大厄災の虚数域に侵食しオミナヤマノクラゲヒメの思念体に接触しました。


 それは祝福されない生とその道行を恐れ悪戯にその苦しみ全てを別の自分に委任してきた少女たちの成れの果て。苦痛に耐えかね産み落とされ棄てられたた己の変異体。オミナヒメは凄まじい自己嫌悪の言葉そして救いを求める激しい叫びをコタにぶつけました。混乱し苦しむオミナヒメをありのまま受け容れ抱きしめるコタは穏やかに彼女の妹炉を取り込みました。


 編みあげられた呪詛が散るようにオミナヤマノクラゲヒメは縫解ほうかいし始めます。そして気力を使い果たし限界を迎えていたコタもまた白雪の地にその身を。残されたミオは自らの宿命を肩代わりしたまま去っていった優しくも愚かな少女のボトルをひとり握りしめました。


 虚数域。冥界ワタシミ。最愛の姉リタの胸に抱かれて目を覚ましたコタは安堵と渇愛のままに強くリタを抱きしめました。泣きじゃくる妹をよしよしとあやしながら激動の生を全うした彼女を称え受け容れるリタ。しかしリタは困ったように問います。後方を見るよう標された目線の先には涙を堪えながら立つミオの姿がありました。リタはコタを推し戻し目一杯の笑顔を見せつけました。ともすれば命を奪ったとも言える妹に向けて贈られるそのどこまでも力強く眩しい笑顔は姉の深い愛と在り方の証明でした。祝福。祈り。そして自身の選択。かつて妹がそうしたように亡き姉の幻影と別れを告げるコタは冥界を後にしました。


 迷い癖のある困った少女を見送ったあと。理不尽に破壊されながらも懸命に生きようと起動前の自分に侵食してきた姉を生かすため自身の身体と生を譲ったあの夜のことを思いながら本来のコタであった少女は冥界の濁った空を見上げ切なく微笑みました。


 全身の激しい痛み。ミオによって置換術が解かれ元の姿で目覚めたコタは愛するミオを抱きしめました。青白い頬を赤く染めて号泣するミオ。新たなスタートラインに立った二人の少女はこの美しくも残酷な世界を歩み始めるのでした。


 Alter-M-328v9.3──。これまで少女たちを須く縛り続けてきた昔年の呪詛は今を生きる者たちを祝福する希望の標となって彼女たちの生を照らしつづけていく。病や境遇に涙を流しながらそれでもただありのまま今を駆け抜けつづける平凡で優しい少女たちを。

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