第5話

 クローリク同好会。

 郡山日愛こおりやま ひあはその意味不明のサークル活動に強制参加させられかけていた。


 初恋墓守ボーイの有栖川 三月ありすがわ みつきが首謀者だ。


「同好会に入っても他の部活動に支障はない。予算と決まりごとはないに等しい。自由だ」


「自由すぎるよね、それ」


「ただし、表向きにはドールハウス同好会と銘打つ。でなきゃ承認がもらえない」


「なにそれ! じゃあ最初っからそう言えばいいのに!」


「真意を伝えたかった」


「悪意を感じましたけど!」


 なんてやりとりの末に、クローリクの降霊を中断させてしまった弱みにつけこまれてしまった。

 復活に協力はする。

 そのためにいっしょに時間を過ごすしかないとしたら、まだ猫山と犬飼という第三者がいっしょにいてくれた方がやりやすいというのはある。


 有栖川がなんとも不気味だ。

 それとは無関係に、男子高校生とプレイベートな時間と空間を使って一対一でやりとりすること自体にすこし問題がある。はためには男女交際そのものだからだ。

 意中の男子ならさておき、興味のない、いや嫌っているといってもいい有栖川とだ。


 それくらいならば、まだドールハウス同好会という真っ当な場でノルマを消化した方がよい。

 こうして同好会入りは決まった。



 高校デビューから一週間が過ぎつつある。

 日愛の心配していたともだち作りについては今現在、どうにか浅くてふわっとしたグループに交じることができて事なきを得ている。ごくフツーの高校生活だ。


 勉強はちゃんとできる。どうしても入りたい部活動はない。熱烈にハマってる趣味もまだない。

 ごくフツーの高校一年生だ。

 唯一の例外はクローリク同好会。

 その活動開始日に日愛は逃げずに集合場所へやってきた。


「あ、家庭科室」


 調理実習やお裁縫などに使われる、流し台や調理設備、ミシンなど充実した設備の家庭科室だ。

 白を貴重とした清潔感のある広々とした空間はなかなか気分が晴れる。

 数十人が一度にクッキーを焼いても机が足りてしまう家庭科室を、たった四人で使えるなんて。


「同好会に、よくもこんな」


「調理部は週に一日、多くても二日しか使わない。調理部を優先する前提で、余った日程を使ってもいいという条件だ。それと図工室も必要な時には使っていいことになっている」


「よ、用意周到」


「では、本日の同好会活動をはじめる」


「よろしくおねがいします!」


「よ、よろ~」


 中学時代の家庭科部のノリと手順を引き継いでいるのか、猫山と犬飼は挨拶もなれたもの。

 でも、これからはじまるのはクローリク同好会。

 いやドールハウス同好会だとしても、やっぱり何をどうやるんだか日愛には想像がつかない。


「まずは当面の同好会の目標について話しておこう」


「うん、目標? ドールハウス同好会に? なに、甲子園やインターハイ的な? あるの?」


「ある」


「うそ、あるんだ」


「ミニチュア作品のコンテストは様々にある。高校生以下限定では、文科省主催の全国高等学校クリエイターコンテストのミニチュア部門だな。入賞すれば内申書に堂々と書けるだろう。さすがに、体育系の部活ほど大々的じゃないが」


「へぇ……」


 ミニチュア・ドールハウスなんておままごと遊びだと日愛は思っていたが、考えてみれば野球やサッカーだって遊びだけど本気で打ち込む人達がいる。全国大会がある。習い事としてドールハウス教室の受講生募集をやってるのも見たことがある。規模は違っても、そこそこ定番の趣味ともなれば、なんでも大会があるらしい。


「郡山さん、目標にできるのはそれだけではないですよ」


 有栖川の隣に控えて、なんとなくサブリーダー感を醸していた猫山がすかさず割って入る。

 有能アピールをしたくてたまらない感じがやっぱりなんだか犬っぽい。


「“全クリ”も大きな目標ですけど個人レベルでは全国ドールハウス協会の資格検定試験も魅力バツグンです! 定期的に開催される試験をクリアして資格をゲット! 履歴書にも書ける!」


「就活に役立てるのはむずかしいっすけどねー」


 気だるげにだらっとくつろぐ犬飼ははりきる猫山に冷水をかけてくる。

 猫山はやる気に欠ける。

 そこがドールハウス同好会にイマイチ乗り気になれない日愛としてはありがたい。


「高校でドールハウス作ってました~で採用面接に合格できる理由ないしー」


「そうですけど! 空欄よりは有利です! やらない理由よりやる理由を探しましょうよ!」


「んー、まぁ、そっすね、食品の小物をね、作ってみたいなーってのはやる理由になるかなぁ」


 犬飼はごそごそとペンケースの中からちまっこい小物を取り出して、無造作に並べる。

 ミニチュアサイズのお寿司、ケーキ、ドーナツ、ざるそば、イカぽっぽ焼き、etc。

 精巧緻密にして愛くるしい、ちっちゃなフードコレクションがずらり。


「か、かわいい」


 日愛は思わず息を呑んだ。

 スーパーの食玩コーナーやカプセルトイで見かける、やけに出来の良い小物フィギュア。

 これまで誘惑に負けて買ってしまったことはないあんまり無いが、たしかに魅力がある。


「のへへ、いいっしょー?」


「うん、いいかも……」


「たまご、まぐろ、うに、いくら、いか、合鴨ロースト、納豆巻き~」


 犬飼はうっとりとコレクションにご満悦。

 日愛も“かわいい”には弱いところがあるので、いざミニチュア食品を並べられるとグラっときてしまった。単品でも小銭をすっと投じたくなる魔性のカプセルトイは魔物だ。


「わかりましたからくれぐれも誤飲しないでくださいね、犬飼さん」


「しないよ~、だって“まずい”んだもん」


「まずい? こんなに美味しそうにできてるのに? じゃなくて、これ、味あるの?」


「ちっちゃい子供がひょいっと食べてもうげ~って吐き出すように、まずい味つけてる玩具ってけっこう多いっすよー」


「へぇ、知らなかった……」


 つい感心してしまう日愛。確かに、あのちっちゃなたまごの寿司が見た目だけでなく味までそっくり美味しかったら危なっかしい。


「ぺろっと味見して後悔したっす」


「うん、その好奇心はわかるけどね、うん」


 とぼけた調子だけど犬飼の脱力感はなかなか接しやすい。日愛はほっこりしていた。


 そしてふと気づく。

 こういう時、つまり女性陣で話が盛り上がっている時、有栖川は会話に参加せず静観している。

 無愛想この上ないが、下手に会話に入ってきて話を遮られるよりはいい。もしかすると中学の家庭科部時代もこんな感じだったのだろうか。


 そのまま少々他愛ない話が続くと、頃合いをみて有栖川は「で、今日の活動はだな」と本題に戻す。ほどほど脱線をゆるしてくれつつも軌道修正をしてきたことを、日愛は「ふーん、やるじゃん」と上から目線で評価しておくことにした。


「今日は顔合わせ、それとドールハウスの歴史についてだ」


「うわ、堅苦しい……歴史、いる?」


「必要不可欠だ、とは言わない。だが、文化的背景について知ることに材料の調達はいらない」


「ああ、そういう都合」


 有栖川は高校教材の学習タブレットにドールハウスの歴史についてまとめた記事を送ってきた。

 各自読め、と。


「ドールハウスの起源は古代エジプトに遡るといわれている。古代文明の時点で、建物の縮小模型を作ろうという趣は見られた。だが今日に至るドールハウス文化の原型は1500年初頭、南ドイツのアルブレヒト伯爵が収集したものとされ、これは一部が今も国立博物館に展示されている。熱狂的な伯爵は当時の街並みを再現させたそうだ」


「それ、お高い?」


「ああ、精巧で大規模な美術工芸品を職人に手作業で作らせるわけだからな。あくまで俺の推察だが、複数人の腕利きの職人を雇、数ヶ月の製作期間を費やしたとしたら、人件費だけで二億円、三億円といった規模になる。単なる趣味の品にそれだけ費やすことをバカげている、熱狂的だと評する者も当然いれば、その情熱と出来に心打たれたものもいる。これが実用や儀式の意味をもたない、趣味としてのドールハウスの原型だ」


「それでおままごとするの……?」


「する訳ない。アルブレヒト伯爵のミニチュアは観賞用だ。大人の贅沢すぎる趣味だ。これと並行して、子供のためのドールハウスも十六世紀のドイツで流行した。まさにおままごとの道具だ。しかしこれは教育玩具でもある。“おままごと”といえば子供の遊びだと小馬鹿にする言い回しに使われがちだがな、大人になるための予行演習を自発的に効率よくやらせる賢い仕掛けだ。裕福な家庭のものは教育のためにこぞって高価でも良質なドールハウスを求めた。この手のものは“扉”がないオープンタイプ、天井と手前の壁がないんだ」


「あーうん、プライバシーゼロ、絶対に住みたくないやつ」


 饒舌に語る有栖川。

 歴史記事にも同じことが書いてあり、それに目を通しつつとはいえ、すらすらと淀みがない。


 きっと予習、いや予行演習済みだ。

 有栖川はまるで講師のように振る舞い、日愛は受講生にでもなった気分だ。


「このように歴史上ドールハウスは庶民には縁遠く、憧れの品だ。贅沢品であると共に、職人の魂を込めた力作が数多く作られた。日本では長年大事に扱われたものが付喪神になるといった伝承があるが、美しく精巧な品々に“神秘”が宿ることがあっても不思議ではないとつい俺は考えてしまう」


(……あ、そゆこと)


 小屋敷クローリクの幽霊人形について真実を紐解くために、だから彼には歴史が大事だったんだ。


 亡霊少女が蘇る。

 その依代として、あの洋館に眠るミニチュアドールハウスになにか不思議な力があるのかも。

 幼少期にクローリクとむじゃきに遊んだおままごと道具――。


 退屈なはずの歴史。

 渋々と連れてこられた同好会。

 活動第一回は気づけばあっという間に終わって、日愛は自然な流れで次回の約束をしてしまった。


「有栖川部長、おつかれさまでした! 次回も楽しみにしてます!」


「わたしはちょい退屈だったけどなぁー、今度は紅茶とお茶菓子くらいほしいっすよね貴族的に」


「犬飼さんはすぐまたおねだりする……」


 猫山と犬飼の元家庭科部コンビが挨拶して一足先に去っていく。

 日愛も帰ろうとするが、しかし有栖川に「待て」と呼び止められた。


「まだ何か?」


 有栖川は一呼吸を置き、真剣な眼差しで言った。


「付き合ってくれ、郡山さん」


「……うん?」


 きっと、そう、なにか誤解だ。そういう意味じゃない。

 ベタなお約束。そう、わかっている。


(いやいや、相手は墓守男。クローリク一筋なはずだから、ありえないから、うん)


 日愛はごく冷静に、あわてず騒がず、平常心のつもりで聞き返した。


「しょ、しょれは何にどう付き合えって?」


(うわ、うわ、やっちゃった……!)


 日愛は焦った。こんなくだらないことで動揺してることがバレたら最高に恥ずかしい。

 どうせ肩透かしのくだらないオチが待っているパターンなのに。


 相手が誰であれ、男子高校生にああいう風にいわれたら勘違いしそうになるのは不可抗力だ。

 だから早く訂正して。

 そう日愛は念じて、有栖川の言葉を待った。


「俺と、デートに、付き合ってくれ。……これでいいか、郡山さん」


「……何も言い間違ってない?」


「ああ、言葉通りだ。週末、デートに行こう。別に、イヤなら断ってくれてもいい」


 有栖川の表情を、直視できず、盗み見る。

 彼らしからぬ、気恥ずかしそうな顔つき。意識してるらしい。


(え、本気? なんで? いや、なにか裏があるはず、裏が……)


 日愛はすぐに心を決めた。

 断ろう。イヤだって言っておこう。深呼吸して、強い意志できっぱり断ろうと日愛は。


「デート代はおごる」


「行くけど! 文句ある!?」


 家庭科室に、日愛の声が甲高く響いた――。

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初恋亡霊ドールハウス ~コロッと死んだ幼馴染が黄泉帰ったら @kagerouwan

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