第4話
◇
桜舞い散る入学式。
郡山
はじめての一人暮らし。
はじめての都会。
はじめてのともだち。
不安はある。たくさん不安はある。でも今は期待感の方がずっとずっと上回っていた。
憧れの学園の制服に袖を通して、誇らしさで胸いっぱいだった。
(ここでやり直す、人生を仕切り直す、そしたら……)
日愛は青空を仰ぎ見た。
桜色の心の青天に描くのは――。
(ううん、いけない、前向きに生きていくって決めたんだから)
日愛は頭を振って、掲示板に張り出されたクラス発表一覧の中から自分の名前を探すことにした。
(こおり、こおり……、かきくけこっこ)
片田舎から市内の高校へ。
ここに中学時代の友人は誰もいない。すぐとなりでは、同じ中学出身の元ある仲良しグループの輪が「いっしょのクラスだ!」「うえーん離ればなれだよー!」なんて一喜一憂している。
ちょっとうらやましい。
(もし、リクが生きてたら……今頃、ああやってバカ騒ぎしてたのかな)
小屋敷クローリク。
今、日愛は亡くなったいとこの暮らしていた洋館に間借りして、高校に通っている。
『気兼ねなく使ってやってほしい。あの家を買ったのは元々、娘の中学高校がすぐ近くで病弱な娘でも通いやすいようにと思ってのことだったんだ。あの子の代わりに君が通ってくれるのは私達夫婦ににとってちいさな救いになるからね……』
小屋敷の叔父さんは年甲斐もなく涙ぐんでいた。
この夫婦の泣いているところを日愛は見飽きつつあったが、嬉し涙は珍しかった。
ちょっと重たい。
ちょっとめんどい。
けど、そういう想いを託したくなる気持ちを日愛は理解できたので、受け止めることにした。
(あの子の分まで、なんて肩の凝りそうだけど……)
気負いすぎてはいない。
あくまでも、これは自分だけの青春だから――。
「なんだ、お前、俺と同じクラスか」
人ごみの中、不意に背後から男の声がした。振り返ってみれば、そこに立っていたのはあの男だ。
有栖川
この有栖川という正体不明にして面妖怪奇な男子との再会に、思わず日愛は「うぎゃあ!」と悲鳴を漏らした。なんてことだ。最悪だ。
有栖川曰く、自分は亡くなった小屋敷クローリクの恋人、らしい。
そこまではわかる。しかし墓守のように空き家になった洋館の手入れを行い、なぜか小屋敷の叔父夫婦から合鍵を預けられており、今なお洋館の合鍵を不当に所有しつづけている。
不気味だ。
気持ち悪い。
ひたすらに後ろ向きで亡くなった彼女のことに固執し続けるさまは異常そのものだ。
これから前向きに新生活を精一杯にがんばろうという日愛にとって、こいつほど正反対の男はいないだろう。根本的に、水と油、いちごジャムとウスターソースくらいに合わない。
「有栖川……な、何の用?」
「クローリクのことだ。人形が動かなくなった後、俺はあいつの言葉に従って君と“仲良くする”ことした。無駄な言い争いはしない。ウサギの人形を壊したことは不可抗力。あの時あの場では君を怖がらせないよう配慮して、連絡先だけ交換して解散した。前にも言った通り、クロ―リクの子供部屋で喧嘩はしたくないんだ。しかし――」
「な、何、なにが不服なの」
「クロ―リクの幽霊ともう一度会えるよう協力するという約束なのに、郡山さん、君からの連絡は今日に至るまで一度もなかったのはどういうことだ?」
有栖川は静かに不満をぶつけてくる。
少し、怖い。
日愛にも後ろめたさがあって、正論に反論しづらいのもある。連絡してないのは事実だ。
「幽霊と再会するのには協力する。なにかあったら連絡もする。だけどこっちも引っ越しに入学に大忙しなの。幽霊について進展もなかったし、今、人形は修理してもらってるとこで……」
「……呪いの人形だ、とか言ってこっそり捨てたわけじゃないんだな?」
「しない! 断じて! それ、絶対に戻ってくるもん!!」
想像してしまった。
夜の橋から暗い川へ首と胴体のバラバラなウサギさん人形を投げ捨てた翌朝、目覚めると枕元に。
『ねえ、どうして捨てたの? 日愛ちゃん、どうして』
ああ、こうなるのは絶対にいやだ。
日愛はホラーが苦手だ。実在したクローリクの幽霊なんて、ああ愛くるしくても恐怖と紙一重だ。
下手なことして恨みは買いたくない。祟りがおそろしい。
「クロは悪霊じゃない。けど、あれっきり二度とクロ―リクの幽霊と会話できなかったとしたら、あいつの代わりに俺が呪いでもなんでもかけてやる。そのつもりでいてくれ」
「協力! 協力するから恨むのはやめて!」
「言質は取ったぞ、郡山」
最悪だ。
高校デビュー最初の出逢い、最初の思い出がこんな墓守系男子とだなんて。
日愛が憂鬱な心地でうなだれているところを、不意に「どいてー」と押しのけて誰かが現れた。
突然の乱入者は、同じく新入生らしき女子生徒が二名だった。
「有栖川部長! 卒業式以来ですね!」
「よいすー。さっそくナンパされてんの? やっぱ部長モテるっすねー」
「猫山、犬飼、元気そうだな」
猫山――人懐こい犬のような小柄な女子。
犬飼――気だるい猫のようなちょい太めの女子。
どうも名字と印象がズレている二人組の女子はやけに親しげに有栖川へと話しかけている。
「部長……? 有栖川くんが? 新入生よね?」
「中学時代の頃、家庭科部の部長だったんですよ! 料理と手芸どっちも女子力バリ高です!」
「お菓子がねー、おいしいの作ってくれるんすよねー」
猫山は見えない尻尾を振るようにはりきって解説を、犬飼は口元をぺろりと舐める。
当の有栖川は取り巻きの女子ふたりに褒められて照れ半分、戸惑い半分といった様子。あれだけ初恋の人クローリクに一途ですと言っておいて、他の女子にデレデレとされては一貫性がない。その点だけを言えば、部活仲間の女子に恋愛的興味が薄そうなのを日愛はよしとする。
改めて客観視した時、有栖川がモテるのはわかる気がする。
大前提として、小屋敷クローリクと小学生同士とはいえ恋人関係が成り立っていた理由のひとつに美男美女だったということがある。
両者とも絶世の、かはさておき端麗な容姿や大人びた雰囲気に魅力があることは事実だ。
直接半ば敵対関係にある日愛には最悪にみえても、第三者には最悪とまではいかないらしい。
「黒一点を部長にしておけば手芸派と調理派の派閥争いがまとまる、という家庭科部の部内政治の意図ありきの人選だったんだ。別に、部長になりたかった訳じゃない」
「恋愛永世中立国でしたしね、有栖川部長は」
「なにそれ新しい」
永世中立国。スイスのことだというのはわかる。
恋愛+スイス。これがわからんちんだ。
「恋愛永世中立国とはですね!」
猫山は尻尾をパタパタさせ、待ってましたとばかりに朗々と物語る。
「有栖川部長は亡くなった恋人さん一筋を公言! やれマフラーだやれチョコレートだと恋愛絡みのプレゼント作りに悪用されがちな家庭科部にあって時には恋の戦争勃発! あっちこっちに争いの火種が散らばる中、有栖川部長は一切そのようなくだらないいざこざに惑わされず、中立の立場で家庭科部を取り仕切ることができたわけです」
「バレンタインデーに義理チョコすら断ってたんすよ、でも作るのは協力してくれるっす」
「へぇ……意外」
三年間ずっと洋館のまわりをうろうろしてたのかと思えば、部活動で慕われていたとは。
女子率の高いであろう家庭科部で、一貫して無愛想にしてる有栖川の様子はちょっと興味深い。
「でもやっぱ義理チョコNGは気持ち悪い……何様なの、有栖川くんは」
「家庭科部全体で数十人いるのに、部内で義理チョコ交換をおおっぴらに認めたら大惨事だ」
「ああうん、それはそう」
「ええ、数十個なんてペロリなのに」
犬飼は食い意地が張ってるのか、やや太めの見かけ通りな発言をする。
猫山はさておき、有栖川への犬飼の好感度の高さは餌付け絡みと断定してよさそうだ。
「猫山、犬飼、一応紹介しておく。彼女は郡山さん。クローリクのいとこなんだ」
「ど、ども」
日愛がちょこっと頭を下げて挨拶すると、猫山と犬飼はほがらかに挨拶を返してきた。
「じゃあ有栖川部長とは親戚関係ってことですね! よろしくおねがいします!」
「あ、あたしら同じクラスっすね。せっかくだし、仲良くしようっす」
「え、と」
日愛は熟考した。
猫山と犬飼。
友達付き合いには少々の打算も必要不可欠だ。片田舎はともかく、市内の立派な高校ともなると同級生は果てしなく多い。誰と親しくなるべきか、青春の時間を費やしたいかは重大事だ。
同じ出身中学のクラスメイトもなく、日愛は心細い一方、あちらは同じ部活動つながりの仲良し二人組、後から入ってきても少し肩身が狭そうだ。
――なんて値踏みするのはよくないことだろうか。
いや、それより何より、猫山と犬飼と親しくなると必然あの有栖川とも接触が増えてしまう。
(ど、どうしよう……)
そう日愛が悩んでいると有栖川が一言、爆弾を投げやってきた。
「俺はこいつと同好会を設立する」
「うん?」
独断専行、不承知案件。
日愛は不意打ちすぎる発言に頭が真っ白になる、その間にさらに有栖川はさくさくと話す。
「猫山、犬飼、いっしょに入るか?」
「例の同好会ですか! 部長のお誘いとあらば喜んで!」
「あー、部長のお菓子つきならいいっすよ」
正体不明の同好会に早くも有栖川、猫山、犬飼、そして郡山と四人も揃ってしまった。
同意した覚えはない。
しかし有栖川の鋭い視線が言外に「断るな」と縛りつけてくる。
嫌な予感がする。
特大級の嫌な予感がする。
これからはじまるアオハルを邪魔する、不吉そのもの。
「決まりだ。俺はこの四人でクローリク同好会を設立する」
「はぁぁぁぁ!?」
桜散る入学式。
春爛漫に咲き誇っていた桜の枝木は一陣の風によって、花びらを天高く奪い去られた――。
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