第395話 練習

翼は学校帰りに友達とダンジョン探索に来ていた。

Gクラスダンジョンならば危険は無いだろうという黎人の判断である。


このダンジョンであれば翼は初めの頃にダンジョンに来た時に火蓮が見せてくれたように、魔物を蹴っ飛ばしてしまうこともできる。


「高楠、こうか?」


「えっとね、それはこうやって、こう!」


翼が同級生に質問されて、手本を見せるようにガントレットに魔力を流しながら思いきり腕を振り抜いた。

ビュンという空気を切る音と共に制服の上に着た火蓮のお下がりの赤いパーカーが翻った。


「わぁ!」


同級生の倉野が拍手をする横で、質問した竹田は難しい顔をした。


「なんかこう、もっとコツとかないのか? 高楠は師匠からどうやって教わったんだ?」


「師匠から。えーっと——」


翼は黎人に戦闘の基礎を教わった時の事を思い出しながら2人に説明する。


翼のやっている戦い方は実はとても上級者向けの戦い方である。

普通は魔石でステータスを上げ、武器を強力な物に持ち替えて強くなり、探索するダンジョンのクラスを上げていく。


しかし、翼は武器を使わずに戦う分普通よりもリスクが大きかった。

そこで黎人は武器に、翼の場合はガントレットに魔力を流して威力を上げる戦い方を初めから教えた。


殴ると同時に小規模な魔力の爆発が起こっているようなものである。


魔力を武器に流して威力を上げるような戦い方はそれこそ国際免許を持ったSやAランクの冒険者でないとしないような戦い方だ。


そんな高度な戦い方をなぜ翼が同級生に教えているかというと、翼の強さの秘密を竹田が質問してきたからであった。


インプットだけよりも、アウトプットした方がより実になる。


そう言って、黎人は翼が同級生とダンジョンにいく事を許可したのであった。


しかし、もともと自分を表現するのが下手な翼は、人に何かを教えるのが壊滅的に下手なのであった。


翼の教えを一生懸命にモノにしようとする竹田は、毎回こうして頭を悩ませている。


これでも竹田に教えるためのヒントを貰うという形で随分とマシになったほうなのである。


「かぁー! 今日も分かりにくかった!」


「ごめん。やっぱり師匠のように上手い事できない」


少ししょんぼりした返事をした翼に竹田は首を振った。


「いや、これは教えてもらえるのがすごいような技なんだ。できなくて当然! でも、教えて貰い始めより強くなってるって先輩に言われたんだ! 効果は出てるんだぜ!」


バイトリーダーをしている竹田はバイト先での評価が上がった事を嬉しそうに話した。

しかしその横から倉野の肘打ちが竹田脇に命中する。


「あんたは言い方が下手なの! デリカシーが無いのよ!」


「ガッ、そんな事言ってもよぅ」


別に竹田と倉野は仲が悪いわけではなく、これは2人のいつものやり取りである。


「私達2人とも翼ちゃんに教えてもらって強くなってるんだから、気にしないでね」


「うん」


翼の表情に変化はなかったが、少し嬉しそうに口角が上がった。


「あ! あれ翼ちゃんのお母さんじゃない?」


「あ、ほんとだ」


話もまとまった所で、出口ゲートに向かって歩いていると倉野が奥の草原で魔物を相手にしている雲雀を発見した。


普段このダンジョンを利用する竹田と倉野の2人は、受付で仕事をしている雲雀とは顔見知りになっている。


「なあ、あれって武器?」


「さあ?」


魔物に向かい合う雲雀の手に握られているのはなぜか布団叩きであった。


「布団叩きよね?」


3人はなぜか声をかけてはいけないような気がして岩陰からそっと覗いている。


雲雀は布団叩きを振りかぶると魔物を思い切り叩いた。


すると布団叩きは柄の部分からバキリと折れてしまう。

魔物は気絶して倒れたが、同時に布団叩きもダメになった。


「くそ! まただ!」


「はい。おかわりよ」


「ありがとう、マリア」


雲雀の後ろに居たマリア・エヴァンスが空間魔法から新しい布団叩きを出して雲雀に渡した。


「やっぱ難しいよ」


「今まで『魔力なんていらない。ステータスを上げて殴ればなんとかなる』とか言って魔力の使い方を覚えてこなかったあなたが悪いんでしょう? 魔力を通せば折れないわよ。翼ちゃんはできる事だから内緒で練習したいって言ったのは貴方でしょう?」


「分かってるよ!」


雲雀は脳筋で今まで魔力を使った攻撃などしてこなかった。

まずは魔力の運用法を覚えるためにマリアから手解きを受けている。剣では魔物を倒してしまうため、脆い布団叩きを使って魔力の運用法を練習中なのであった。全ては魔法を使えるようになるためである。


くしくもやっている事は翼が竹田と倉野に教えている事と同じである。


「こっそり練習して翼と一緒に特大魔法を使わないといけないからね!」


そう言って、雲雀は新しい布団叩きを剣のようにビシっと魔物に向かって伸ばした。


「雲雀、布団叩きではカッコつかないわ」


「いいじゃないか、これくらい!」


苦笑いで雲雀はマリアに文句を言いながら咥えた飴の棒をクルクルとまわした。


「帰ろっか」


岩陰でその様子を見ていた翼が友達2人に声をかける。


「わあ、翼ちゃんが笑ってるの初めて見たかも」


「いや、それは失礼だろ!」


「早く帰ろ!」


翼が2人を置いて先に走り出すと、2人は翼の後を追いかける。

翼は顔を見られるのが恥ずかしくなって追いつかれないように、しかし2人を置き去りにしないように、出口までの道のりを軽やかに走ったのであった。




___________________________________________


あとがき


カクヨムコン10に短編を出しました!


5000字程度の一話読み切りなので、良かったら読んでください!

よくある転生物の始まりでトラックで人を轢いてしまった人の話です!


https://kakuyomu.jp/works/16818093073247074077/episodes/16818093073248315694

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