第3話 火花が散る

「この世界に存在する全ての物質は、"魔素"によって形成されてる」


 背中に少年を背負いながら、フルクタスは段々と狭くなっていく坑道を進んでいた。岩蛇との死闘のせいで歩くことすら覚束ない少年を見かねて、フルクタスが背負って洞窟の外まで送ることにしたのだ。


 前へ前へと進むに連れ、辺りの鉄臭い匂いと闇深さが強くなっていく気がする。この辺りが所謂、鉱脈の近くと言うやつなのだろう。


「魔素は、その役割によって何種類かに分類される。例えば、お前が今手に持っている松明の火。それは、熱を司る"火"の魔素で創られてる。

 他には、液体を司る"水"やエネルギーを司る"雷"とかだな」


 足場の悪い道を歩いているせいか、少年の持つ松明の火は時々大きく揺れる。その度に、少年はフルクタスの髪が燃えないように松明を高くへと上げていた。


「そんで、その魔素を利用して俺たち人間は特別な力を行使することができる。それが、"魔法"だ」


「......つまり、岩蛇を素手で殴れたのは"魔法"のおかげってことか?」


「そういうことだ。ちなみに、さっきのは鉱物魔法。主に体を硬くするのに使う魔法だな」


 フルクタスの拳が銀色に光っていたのは、鉱物の魔素が原因だったのだろう。"硬い"から"鉱物"と呼ばれるのか、"鉱物"だから"硬い"魔法なのかは分からないが。


「にしても、一目見た時からクソガキだとは思っていたが。まさか、魔力も知らねえクソガキだったとはなぁ」


「うるせえ」


 常識知らずだからと言って、初対面の子供に"クソガキ"と言うのはいかがなものか。

 反抗の意思を込めて、少年はフルクタスの耳をつまむことにした。


「ちょ、耳引っ張るな!! 痛い、痛いから!!」


 少年を背負っているせいで両手が使えないフルクタスは、頭を張ることで少年の魔の手から逃れる。

 その反応に満足したのか、少年は再び耳を掴もうとはしなかった。


「ったく、とんでもねえガキだ。そう呼ばれるのが嫌なら、お前の名前教えろよ。

 俺が名乗ったのに、お前が名乗らねえのは不公平じゃねえか?」


「俺の、名前......」


 名前。言われて初めて、少年は自分が名乗っていなかったことに思い至る。


 しかし、記憶の中を隅々まで探してみても、あるのは洞窟で目覚めてからの記憶だけ。自分の名前など到底覚えているわけもなかった。そもそも名前があったのかさえ思い出せない。


 言葉に詰まる様子に、フルクタスは少年が自分の名前すら忘れていることを察した。そのことが、少年の奇妙さをより一層際立たせる。


「......魔法も知らねえ、自分の名前も思い出せねえ。お前、ほんと何者だ? そもそも、どうやってこの島に」


 ーー散った松明の火花が、フルクタスの頬を掠めた。


「っ、熱あっち!! お前、ちゃんと松明持てよ!!」


 自分の頬に傷を付けた犯人を叱ってやろうと、フルクタスは振り返る。


 すると、なぜか少年は怯えた表情を顔に浮かべてジッと前を見ていた。


「......お、おいフルクタス。前、前見ろって」


「あ? 何だよ?」


 少年の言葉に再び前を見ると、そこには。


「なんだ、鉄蛇じゃねえか」


 二人を睨みつけて立ち塞がる巨大な蛇がいた。


 フルクタス達が進む坑道は、もう既に大人一人が歩ける程度の狭さになっている。つまり、目の前の魔物を倒さなければ前には進めない状況だった。


「鉄蛇? さっきの岩蛇とは違うのか?」


「よく見ろ。色が違うだろ?」


 松明を鉄蛇の方に近づけてよく見てみると、確かに体の色が違っていた。黄ばんだような色をしていた岩蛇とは違い、目の前の蛇は少し銀色に輝いているように見える。

 それは、フルクタスが見せてくれた拳の色に良く似ていた。


「岩蛇は"岩"の魔素を多く含んでる。そんで、鉄蛇は"鉱物"の魔素を多く含んでる」


「鉱物の魔素ってことは、さっきの岩蛇よりも硬いってことか?」


 鉱物の魔素を含んだフルクタスの拳は、岩蛇を容易く打ち砕いた。それは、目の前の蛇が岩蛇よりも遥かに厄介な存在であることの証明にもなるわけだが。


「まあ、比べ物にならないくらいには硬いな。......あー疲れた、眠い」


 フルクタスは呑気に大きな欠伸をする。


 幸いにも、鉄蛇は動かず二人をただ見ているだけだった。


「なんでそんなに落ち着いてんだよ!! あいつを倒さねえと前には進めないんだぞ!!」


「うるさいなあ。分かってるから落ち着け。まあ、黙って見てろ」


「は? それはどういう、っ!? 動いた!?」


 ようやく動きを見せたかと思いきや、鉄蛇は驚きの行動を見せた。


「ん? 後ろを向いて、......去って行く?」


 あろうことか目の前の敵に背中を見せて、逃げるように去って行ったのだ。


「な、何でだ? どういうことだよ、フルクタス!! お前何やったんだ!?」


「耳元で騒ぐんじゃねえよ。それに、俺は何もしてねえ。あいつを撃退したのは、お前が持ってるそれ松明だよ」


「? どういうことだ?」


 松明をじっと見ても、あるのは今も燃え続ける炎だけだ。


 混乱する少年に、フルクタスは説明を始める。


「魔素には相性ってのがあってだな。炎は水に弱かったり、水は雷に弱かったりするわけだが。その中でも、鉱物は炎に弱いんだよ。だから」


「鉱物の魔素を持つ鉄蛇は、松明の火を怖がって逃げたってことか」


「そういうことだ。大変良く出来ました。パチパチパチ」


「バカにしてるだろ?」


「さあね?」


 ムカついたが、色々教えてくれたので尻を一発蹴るだけに収めた。


「あ痛ッ!?」



 しばらく坑道を進んだ頃、少年は松明を持つ手と周りの明るさに違和感を感じた。


「ん? これって」


 そんなタイミングで、また目の前に鉄蛇が立ち塞がった。


「おっと、また鉄蛇様の登場だぜ。おいガキんちょ、松明を近づけろ」


「お、おう」


 フルクタスの指示に、少年は松明を持つ手を前へと伸ばす。


「熱ちっ!!」


 ーー大きな火花が、フルクタスの鼻先を掠めて地面へと落ちた。


「っ!? おい、危ねえぞ!! ちゃんと持て!!」


 地面に落ちた火の塊を足で掻き消しながら、フルクタスは少年を叱る。


「ちょ!? フルクタス、それは!?」


 地面にある炎を完全に消した時、辺りが急激に暗くなるのをフルクタスは感じた。


「? 何だ? おいガキんちょ、松明をもっと前に出せ」


 暗くなった視界を照らすよう背中にいる少年に指示を出す。


「......だよ」


「あ? 何だって?」


 小さくて聞こえない少年の声に、もう一度聞き返した。

 

「今落ちたやつが松明の火だよ!!」


「......は? どういことだ?」


「なんか持つ所が短くなっちまってて、思わず落としちまったんだよ。......すまねぇ」


 どうやら長時間燃えていたせいか、松明の木の部分が短くなっていたようだ。


 少年は手に近づく炎の熱さに耐えきれず、松明を落としてしまった。それを松明から出た火花だと勘違いしたフルクタスが消してしまった。


 事の顛末は、そういう訳だ。


「......いや、松明の耐久度を見誤ってた俺も悪い。気にすんな」


 申し訳無さそうに落ち込む少年に、フルクタスは強く叱れなかった。そもそも火を消してしまったのはフルクタスなのだ。


「まぁ、目先の問題は"どうやって松明無しで鉄蛇を倒すか"だな」


 松明の火が消えても、前に立ち塞がる鉄蛇は警戒するかのようにじっとこちらを睨んでいるだけだった。


「さっきの"鉱物パンチ"で倒せねえのか?」


「言ったろ? 魔素には相性があるって。同じ魔素同士は基本的に相性が悪いんだよ。"鉱物パンチ"じゃ、鉄蛇には傷一つ付けらんねえ」


「他の魔素は使えねえのか?」


「使えなくも無えが、ここは鉱物の魔素が濃すぎる」


「? どういうことだ?」


 少年が疑問の声を上げると同時に、静止を保っていた鉄蛇がようやく動き出す。鉄の重さなのか、岩蛇より少しばかり動きは鈍いように見えた。


「仕方ねえ。とりあえずこの場は」


「っ、何か策があるのか?」


 フルクタスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ。


「逃げる!!」


 鉄蛇に背を向け、走り出した。


「ちょっ!? 追って来てるぞ、あいつ!!」


 フルクタスが地面を蹴り上げたと同時に鉄蛇もまた、その重い身体を動かしていた。鉄の体は洞窟の壁や天井を粗く削りながら、フルクタス達の方へと向かってくる。


「ちっ、振り落とされないようしっかり掴まれよ!!」


 フルクタスは鉄蛇に追いつかれないようスピードを上げる。だが、少年一人を背負いながらでは限界があった。


 徐々に、鉄蛇との距離は近くなっていく。


「おい、フルクタス!!」


 少年が振り向くと、鉄蛇の顔はもうそこまで迫って来ていた。このままでは間違いなく追いつかれる。


「俺を置いていけ!! このままじゃ二人とも死んじまう!!」


「なっ、馬鹿言ってんじゃねえ!! ここまで助けに来た俺の苦労を無駄にするつもりか!!」


「鉄蛇にやられたら、結局無駄になるだろうが!!」


 鉄蛇が大きく口を開く。


「助けに来てくれて嬉しかった!! 誰も助けになんて来ないって思ってたから!!」


「っ、何言ってんだ!?」


 開かれた口は、二人を呑み込もうと襲いかかる。


「満足だ!! もう俺は満足だ!! 俺はここで死んだって構わない!! 

 だから、俺を置いていけ!!」


 そう叫ぶと同時に、少年は残った力を全て使いフルクタスの背中を思いっきり押した。


 そして、少年の体はフルクタスの背中を離れ、


「......分かったよ」


 鉄蛇とは真逆の方向に、飛んだ。


「っ!? フルクタス!?」


 少年が飛び降りるよりも早く、フルクタスは少年の体を前へと投げ飛ばしていた。


「いいか、ガキんちょ。これだけは覚えとけ」


 鉄蛇の牙は、もう既にフルクタスを捉えていた。


 フルクタスは少年に背を向け、少年の心にその言葉を刻んだ。


「"死んだって構わない"なんて時は、一度も訪れねえ!!」


 ーーフルクタスの体から散った火花は、少年の頬を掠めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闘神と呼ばれた男 西山景山 @HI1226TA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ