伝説譚⓺: ♚の対峙


「さてと、この状況……どうしたものか。」


 辺りの野次馬達を見渡して呟く。

 自分が作り出した状況ではあるのだが、想定を遥かに超える規模間であり、現在途方もない視線の波に晒されている。


「想定だとこっそりとバレないように抜け出す予定だったんだけど。」


 周囲一帯の注目はジェル人間へと向いているとはいえ、それにストーカーされていた俺にも一定の注目の的となってしまっていた。この状況を抜けるような妙案はSearch恩師無き現在、俺には思いつくはずもなく……


「はぁ、誰か助けて~、てかSearch恩師帰ってきてくれー。」


 先程までの威勢は何処へ飛んでったのやら、俺は情けない悲鳴を上げるだけの藻屑と化していた。


―――無理無理、ここまで視線を浴びたことないし。


 星月 夜は天性の陰キャである。糞ニートへと堕ちた理由も、元を辿れば陽キャとの対立による虐めの鬱病が起因となっている。

 その陰キャ性が遺憾なく発揮され、現状の様な情けない惨状が繰り広げられていた。


「うん。うん。すみません。私さっき貴方に興味を持ったものです。少しお話良いでしょうか?」


 忽然と背後から、癖の強い訛りを含んだ呼びかけ。少し驚きながらも後ろをゆっくりと振り返る。そこに、立っていたのは……


「あ。あれ??君は確か」


 俺を見下げる様に一人のJCが佇んでいた。その容姿には見覚えがある。

 両の双眸の異常な冷たさを除けば、完全にジェル人間の犠牲となったJCと風貌が一致している。

 だが、ジェル人間は少女の原型を留めないほどバラバラにして捕食していた筈……


―――じゃあ何故彼女は生きてる?

 俺が混乱して、口を噤んだ様子をそのJCは愉快そうに薄く笑い、そして


「あぁ申し訳ございません。うっかり名前を忘れてたじゃないですか。私は【ZTF】と申します。どうかお見知りおきを。」


 その少女は丁寧に腰を折り、依然として冷たい双眸で相手を見定めるかの様に異質すぎる名を名乗り上げたのだった。


……更に続けてそのJCは何かを呟いた。

「――――――――放熱」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇



 東京が炎の海と化していた。

豪炎は留まりを知らず、人を、建物を、植物を無惨に破壊している。


「…………は?……何が……起こった?」


 気づくと辺り一帯には、無数の人の焼死体が散らばっていた。

 あるものは内臓が開けた腹部から零れ落ち、あるものは頭部が黒く焦げている。


「ヒっ……なんで?この一瞬に何が起こった?」


 首を上げ、周囲を見渡す。辺りは地獄と化していた。

子供の悲鳴、大人の助けを叫ぶ声があちこちで上がり、何処を見渡しても人を嘲笑うかの様に立ち昇る炎が逃げ場を阻んでいる。


「ふぅ。漸く適温になってきましたね。」


 振り返ると、JCが場にそぐわない安堵した様な発言。

途轍もない嫌な予感と、違和感から思わず次の言葉を接ぐ。


「これは……お前がやったのか?」

「そうですよ。貴方、どうしたのですか?」


 見つめた表情に後悔や自責の念などは現れてない。

只、嬉しそうに頬を緩め口角を吊り上げていた。


「何故……何故こんな事をした?」


 理解が出来ない。

……何故この少女は人を殺して、さも楽しそうに笑っているんだ?


「うん?うん―――あぁ成程、そうですね“寒かったから”で良いですか?」

「寒い?何を言って……」


 言葉がふと詰まる。


 眺めた少女の背に、ジェル人間に酷似した怪物が接合していた為である。

―――だが、ジェル人間なんて比じゃない程の悍ましさを備えている。


 その怪物は煌びやかなカクタスグリーン色のジェルを備え、蒼く輝く眼球が、綺麗なジェルを彩る様に無数に散らばっている。

 また、そのジェルは一帯のビルを覆い、歪な炎の世界で不気味にも美しく輝いていた。


――――なにより……

 未だ全長は分からないもの、炎の黒煙が少し晴れた際、ちらりと映り込んだ“白金の冠”がジェル人間との圧倒的格差を示していた。


「君は……いや、お前は何者だ?……何が目的だ?」


「私は【ZTF】ですよ。貴方と交渉がしたいのです。」


 その怪物は尚楽しそうに笑いながら言葉を接ぐ。

まるで、俺と話している事を嚙み締めるかの様に。

 その態度に恐ろしさを覚えながらも続ける。


「――交渉?……何が言いたい?」


「“シンプル”な疑問について貴方と話し合いたいのです。」


 そう告ぐと、JCもとい怪物は、辺りの炎を誇張するかの如く大袈裟に手を広げ、ゆっくりと、静かに子を諭すような落ち着いた口調で次の言葉を接いだ。


「―――私、【ZTF】が地球上の生物をゆっくりと滅ぼすか」


「――――」


「それとも、貴方が私にとって非常に非常に魅力的な提案をなさって、地球を滅ぼす案を私に撤回させるか。」


「――――」


「どちらの方がいいと思うか、貴方と話し合いたいのです。」


 そう怪物は大量の焼死体の上で嗤う。

その嗤いは“子供が蟻を踏むとき”のものによく似ていた。

 それは純粋で無垢な心からくるあの非道な残虐性。

そのドス黒く染まった双眸が見定める様にこちらを見つめている。

 底冷えするような、相手を何とも思ってない様な恐ろしいその姿に。



 ――ああ、あぁ、嗚呼、怖い、怖い怖い怖い


 周囲に転がる焼け爛れた人々の死体が、眼前の理解出来ぬ怪物が、未だ立ち昇る焔が、只々恐ろしく仕方がない。

 今すぐ、全てから目を背けて醜く無様に逃げ出したい。

だが、既に炎が行く手を阻み退路など存在する筈もない。

 

――助けて、助けて、助けて助けて神様


 助けなど来る筈も無い事など理解しながらも、殆ど願った事も無い神様に縋る。

俺が何をしたと言うのだろうか?糞ニートなりにも俺は真っ当に生きてきた。

 ……ここまでされるなんてあんまりじゃ無いか。


「…………あ……」


 既に枯れ果てた筈の瞳から“ぽろぽろ”と何かが伝っては零れ落ちていく。

辛い、何故報われないのだろうか。

 一度も評価されず、親からは見放され、仲良かった友人からは裏切られ、それでも迷惑をかけまいと精一杯耐え続けて来たのに……。


――ここが、俺の終わりなのだろうか。


 己を見返しても大した思い出なんか無い。振り返っても苦い記憶ばかりだ。

唯一の良い記憶が今朝の朝飯か……そう考えるとSearch恩師は優しかったな。

俺のスキルだけど、それでも俺が優しい態度で接されたなんて何年ぶりだろうか。


――せめて、最後にSearch恩師に戻ってきて欲しいな。


「頼むよSearch恩師……お願いだから戻ってきてくれ。」

 

 誰よりも願いを込めて、俺のディスプレイに話し掛ける。

未だディスプレイは文字化けにより、何が書いてあるのかは分からない。

 だけど、お願いだ……俺の人生で一度の奇跡を使わせてくれ。独りでに孤独に死ぬのは嫌なんだよ。


『…………大҉̤̜͎̲̖͖̯̱̯̗͍̫̙̖͢丈̵͍̩̣̣͕̖̳̙͓̰̪͢夫҉̨͕̮̰̖̦͎̟̬̮̞͎̞̦͖で̵̡̜͇̙͈̟͓̙̬̯̲̮̰̞͚す҈̡̪̲̬͔͖̱͉͓̫̞͖͓。҉̢͙̪̣̣͔͚͇̗̣̤̤̳͓̣͍̜夜̷̟͚̤̪̝̱̪̖͈̭̟͙̭͔͍̤͢さ̵̧͍͇̗̝̳̖̤̣ん̴̢̫̝̬̱̣͎̯̗な̴̡̯̪̬̦͙͈̬͔ら҈̧̭̯̟̤͚̳̝̟̲̜̟̪̳͕̱き̴͓͚̪̤͉͚̖̪̙̖̜͎̤͉͢っ̵̢̣͙̠͎̝̦̟̝ͅと̴̦̗̭̫͕͉͔͕̝͈͇͢き҈̨͈̤̟̥͖͈͍̲̟っ̶̡̳̝̩̫͕̭̯͕̙̯と҈̳͖̱̯̖̱̩̪̥͙̞͢ͅき̴͇̠͉̖̞̩̳̬͈͓̰̲̦͚͚͜っ҈̡̗͈͈͉̦̯͖͔̫̠̞̤̗̰̫ͅと̸̨̮͉͉͔̥̝͚̖̳̭̰̰̳̪͖̮頑̷̧̬̠̤̳̙̯͖̜͖̜̜̗̰̣͔張̷̧̫͎͉͙͕̬̟͕̪̳͙͇͖̳̱̲れ̸̨͍͉̪̬̠̟̤̰̖̞̙る̵̧͔̣͍̯͓̥̜͚͙筈҉͉͉͎͎̫͚̪̲̬̗͈̝͕̦͜で̴̪̜̳͇͇͈̖̪̣̱͚̳̝͢ͅͅͅす̷̢̗͉̩̱̟͍̮͕͓͎̯̘̟̙̟̙。̵̡͓̭̝͍̥̲̫̜͎̙͈̥̳͙ͅ大丈夫です。夜さんならきっときっときっと頑張れる筈です。……………………………だ҈̲̪͎̝̰̝̬̥͎͜か̶̨̣̠̫͉̯̥̬͈̯͉͖͕̱ら҉͓͍͉͎̭̪͎̳̪̤̭̳̪͜ͅ泣̸̢͖͉̗̤̜͍̣͙̞か̸̨͈̮̠̬̱͍͕̭̰͈̤͙͖な̵̧͔̖̤̭̩̯̰̪い̶̡̘̠͔̭͖͔̣͍̟̬̖̦̫̟で̴̬̥̝͔͚̫̤̪͖͢、̸͈̟̪̙͚̜̞͔͢ͅ大҈̖͙̯͎̲͎͇̘̦͉̞̘̬̥͜丈҈̨̤̦͎̥̯̙̲̗͓͖ͅ夫̶̧̙͕̥̳̩̲͎͓͔夜҈̲͕̟̯̘͍̘̣̞͈͕͙̲͢さ̴̣̗͓̮͍̮̟̤̲̭̜̭̪͎͢ん̸̫̤͙̙̰̗̝͜ͅͅな̴̬͈̱̭̜͈̘͕͜ら҉̨͍͖̟͕̩̩̫̪̫͓き̷̟̩̦̳̪͔̠̲̗̖͖͚͢っ̸̡̞͈͔̬̝̮̖̝̪̩̩̦ͅと̴̮͎̰͖̗͈͉̦͖͜出̶̨͉̮̦̦͕̙͍̩͚来̶̧͖̪̪͈̰̜̤̜̱̩͈̖̝̣ͅま̵̤̜͙̳͈̳̲̝̪͔̗̪͕̤̖̗͢す̸̡̞̫̗̳̪̙͈̳̲͚̥͍̪̞̲。̵̨͈̝̦̘̳͎̟̙̙̪̠͈̱̭͙̘ど̸̞̣̠̩̙̘͇̯̙̣̖̪̠̝͈͕͢う̶̧̥͍͉̜̘͔̠͔͙̦͉͔̳̩̥͕か̶̢͓̫̙̞̜̖̤̦͚̮͇̬̘泣҉̫͙̬͓̟̞̝̫͇̖͚̘̘͢ͅͅか̶̢̲̱͇͔͙͕͖̦͔͖͕な̵̨̰͚͔̗̟̟̦̠̗̯͉͍͙ͅい̷̡̘̯͓̗̖̭̯̝で̷̧̥͈̳͔͈̤̮̩͍̝͎͕̜笑҈͖̘̭͉̝͕͍̠͉͚̩̬̳̯͢っ̶͈̰͙͉̖͇̙̥͙͇̞͜て҉̧̟͇̭̰͔͔̳͕͈̗̩̪̩͔̳͕͈̗̩̪̩。̷̥͚͉̗̰̭̝͕̜͜だから泣かないで、大丈夫夜さんならきっと出来ます。どうか泣かないで……笑って。


 雑音に混じるように、か細く振り絞る様な、小さな声で耳に響く声。

その声はどうしようもない俺に対する激励だった。


……ありがとうSearch恩師、俺死ぬかもしれないけどやってみるよ。


「すぅぅぅ、ふぅぅぅ」


 一酸化炭素に溢れたこの地帯で大きく深い深呼吸を行う。

どうせ時間にして、一時間も猶予は無いだろう。


――今日はやはり、厄日に違いないな。


 そんな事を考えながらも、俺は不思議と笑っていた。

ジェル人間に向けた偽りの“それ”とは全く異なる心の底から嬉しい時に浮かび上がる、満面の笑み。


「分かった、ZTF」


 こちらも相手を見定めるように見つめ返す。

勝ち筋を少しでも増やす為に、少しの情報も見逃さない為に


「お前との交渉に乗ってやるよ。」


さぁ王様を打ち取ろうか革命の時間だ





あぁ何故だろう。……この勝負絶対負ける気がしない。









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そして彼は経験値の王となるㅤㅤㅤ ラグナ・ムアの瑶光 @niziironobouningen

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