後編

今回の作戦で『裁きの槍』が殺害した蛮族の兵士は、推定五千人だという結果が出た。

 戦場に投入された蛮族の兵士の八割以上を殺害したことになる数字だった。

 兵器としては上々の出来だった。

 施設を一切破壊せず、ただただ敵兵だけを問答無用に殺害する兵器だ。

 核ほどの威力はないが、建造物に一切影響を与えない点では、核以上の性能を持ったクリーンな殺戮兵器だった。

 それだけで済むのであれば、まだマシだったかもしれない。

 モニターに映っていた少年が死んでいた。

「どういうことですか!」

「どうもこうもないさ。『裁きの槍』とはそういう代物なのだからな」

 少年は生贄にされたのだ。

 『裁きの槍』を蛮族のみを対象にする無差別兵器にするためには、蛮族を敵視する憎悪が必要だという。

 そのために、あの少年が選ばれたのだという。

蛮族に家族を皆殺しにされた彼の憎悪がシステム起動には不可欠だった。

「たったそれだけのためにあの少年を人身御供としたのですか!」

「人身御供とは人聞きの悪いことを言うなよ。彼は同意の上でシステム起動に協力してくれたんだぞ? 家族を殺された仇を討ちたいんですーってな! 美しい話じゃないか、命を賭して家族の仇をとったんだからな」

 気づけば、私は彼の胸倉をつかんでいた。

「あなたは! 家族を蛮族の実験兵器によって殺された私に嬉々として話すのか! しかも、よりにも寄って、戦争に巻き込むべきではない無辜の少年を犠牲にした話を!」

 すると、緋皇博士は興が削がれたと言わんばかりに冷め切った表情を浮かべて私の手を振り払った。

「何、熱くなってるんだ? 今更、妙な倫理観を晒してんじゃねぇよ。お前だって蛮族を滅ぼしたいと言っていただろ。良かったじゃねぇか、お前の大嫌いな蛮族はお前が開発した外装によって守られた俺の傑作兵器によって五千人ほど地獄へ落としてやれたんだぜ?」

 

むしろ、感謝してほしいくらいだぜ。

 

付け足すように彼は私にそう言った。


 その日の夜、私はずっと思いを巡らせていた。

 私は何がしたかったのだろうか?

 蛮族を滅ぼしたかった?

 無辜の民を蛮族から守るために?

 そのために、無辜の少年を犠牲にしたのか?

 一体、何をしたかったのだろうか?

 家族を殺された仇を討ちたかった。

 そのために命を賭けてもいいと思った。

 だが、命を賭けているのは、緋皇博士でもなく、ましてや私でもなく、少年であり、戦場の兵士たちなのだ。

 私たちは命を弄んでいるだけだ。

 兵器を造っているわけでもなく、戦争を早く終わらせたいわけでもなく、平和を願っているわけでもない。ただ、命を奪うことを娯楽にしているだけにしか過ぎなかった。



「少しは熱は冷めたか?」

翌朝、意外なことに緋皇博士は私の心配をするかのように話しかけてきた。

「あまり熱くなるよ。お前のメンタルにとってマイナスにしかならないぜ?」

 私は困惑した。この人は一体何を言っているのだろうか?

 昨日私が言ったことを理解していないのか。

 理解していないのならそれはそれでいい。

 疑問にすら思っていないのか。私は彼の感性を疑った。

「あなたは私が言ったことに思いを巡らすことすらしなかったのか」

「は? まだ言っているのか? そんな感情が我々に必要なわけがないだろ。いい加減、お前も……」

 割り切れよ、とでも言いたかったのだろうか?

 だが、それを言う直前に、私たちがいる仮駐屯地に砲弾が飛んできた。

 蛮族が昨日の『裁きの槍』に対する報復攻撃を展開してきたようだ。

 建物は半壊し、我々は壁に叩きつけられた。

 止まない砲撃の雨の中、私は一瞬だけ意識を手放したが、身体に異常がないことを確認し、瓦礫に埋もれなかったことを感謝した。

「緋皇博士!」

 すぐそばで話をしていた緋皇博士の姿が見当たらない。

 自軍の兵士たちは撤退を始めようとしていた。

「み、みかが、み……」

「緋皇博士!」

 彼の声が聴こえる場所に向かうと、彼はそこにいた。

 瓦礫に埋もれ、右腕が吹き飛んだ状態で。

「は、早く、『裁きの槍』を起動しろぉ、そうすればあんな蛮族ども、なんて……」

 この期に及んで、彼はまだあの人身御供を必要とする殺りく兵器に固執していた。

「水鏡ぃ……」

 左腕を伸ばして私の名前を呼ぶ。

 だが、私には応える言葉が見つからなかった。

 しばらくして、緋皇博士の左腕は力を失って崩れた。

 私はそれを黙って見守ることしかできなかった。

「水鏡助手、撤退しましょう」

 呆然としている私を兵士が抱えるようにして、その場から離れるように促した。

 

 私は二度と戦地に赴くことはなかった。



 結局、『裁きの槍』が投入されることは二度となかった。

 それは緋皇博士が亡くなったからではなく、戦争そのものが終わったからだ。

 あれからしばらくして、終戦協定が結ばれ、彼らとの争いは突如として終わった。

 彼らに対しての遺恨が晴れることは決してないが、そんなことを考えている暇などなかった。

 生き残った私たちは母国の復興という大仕事が残っていた。

 戦争で亡くなった人たちを弔い、よりよい未来を造り出すことがせめてもの罪滅ぼしになるかもしれないと私は思っている。


 しかし、彼はそうは思ってはいないようだ。


「俺を目の前で見殺しにしたお前に罪滅ぼしができるわけないだろ。偽善者が善人ぶったところで、偽善者は偽善者なんだよ」


 姿形もはっきりと見える緋皇博士が私にいつも語りかける。

 寝ても覚めても、彼は私から離れようとしない。


 これが私の罪に対する罰なのかもしれない。

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裁きの槍 小鳥遊(たかなし) @takanashi_trpg

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