裁きの槍
小鳥遊(たかなし)
前編
結果がどうなろうが私にはどうでもいい。
私が求めることはとてもシンプルだ。
より多くの敵兵を殺せること。
そのためにより高い性能を引き出すこと。
それが私の目的でしかない。
その先に何が待っていようと私には関係のないことだ。
だからこそ、最新兵器『裁きの槍』を完成させようとしている
彼が開発した『裁きの槍』は高性能の兵器だ。
これが量産されれば、無辜の民がこれ以上敵国に殺されることもなくなり、兵士を必要としないため、我が国の兵士が無駄死にすることもない。
そして、忌まわしき敵国の非道な兵士たちを塵芥のように一掃してくれるだろう。
奴らは、人じゃない。
我々を人と思っているわけがなく、殺戮を楽しんでいる。
誰かに何かを与えることを知らず、誰かから奪うことでしか自らの存在意義を見出すことができない。
奴らを
奴らは、悪魔だ。
悪行を正当化するためなら、平気で嘘をつき、自分の利益のためなら平然と他者を足蹴にして奈落へ突き落すことも厭わないのだ。
奴らを世界から消し去るべきだ。
奴らを消し去る。
その言葉を具現化したものが『裁きの槍』だと言っていいだろう。
それを開発した緋皇博士は私の
「
失意のどん底にいた私にそう声をかけてくれたのが、緋皇博士だった。
「奴らは人じゃない。人の形をしただけの悪魔をこの世に残してはだめだ」
「悪魔は地獄へ落とさなければいけない。元の場所に落とさなければこの世界は平和にはならない」
私も緋皇博士の考えに賛同した。
私もまた奴らをこの世界から一掃することに何の異論もないからだ。
『裁きの槍』は視界に入った奴らを即死させる不思議な力を持つ。
その範囲距離は半径3キロにも及ぶ。
遮蔽物に隠れていようと関係なく、範囲距離内であれば死を逃れることは不可能だ。
戦場に『裁きの槍』一機を投入するだけで戦況は容易に覆る。
実に画期的な兵器だ。
それにしても、緋皇博士はそのような性能を、一体どのような技術を用いて確立したのだろうか?
私は『裁きの槍』の外装のようなハード側のことしか携わっておらず、緋皇博士が携わっているソフトウェア面を全く知らないでいた。
だが、そのような疑問は些末な問題でしかない。
現状、『裁きの槍』が蛮族を殺すのに有効であることは間違いない。
それさえわかっていれば他のことなどどうでもいいのだ。
「水鏡。『裁きの槍』一号機の実戦投入が決まったぞ。二週間後を予定している」
コーヒーカップを片手に、書類に目を通しながら緋皇博士はそう嬉しそうに私に教えてくれた。
「ついに『裁きの槍』が前線に配置されるんですね。そうすれば膠着状態の戦況に変化がもたらされるかもしれませんね」
「当然だ。あれは私の最高傑作だからな。一人でも多くの蛮族を地獄へ叩き落してやろうじゃないか」
そう、緋皇博士が息巻くほどの兵器なのだ。
多くの蛮族を倒してくれるだろう。
「そうだ。戦闘データを収集するために私は戦場に向かうが、水鏡も来ないか?」
「ええ、もちろんです。『裁きの槍』のアップデートのためにもデータ収集をしたいですね」
「君ならそう言ってくれると思った。出立は五日後だ」
戦場に赴き、自ら携わった兵器が蛮族を屠るところを目の当たりにできるのだから、それは願ってもないことだ。
その時の私は、その思いだけで頭がいっぱいだった。
五日後
緋皇博士と私は、護衛を引き連れて戦場を訪れた。
もちろん、『裁きの槍』も一緒だ。
『裁きの槍』は厳重な封印を施した状態で戦場へ移送された。
まだテスト段階、しかも、たった一機しかないため、そのような措置が施された。
私たちは、戦場後方に構えている仮駐屯地に陣を構えてデータ収集を行う。
「水鏡、どうだ? 戦場の空気ってやつは?」
「死の臭いしかしないですね。私は死ぬことが恐いわけではないですが」
「お前も死の臭いがわかるクチでよかった。たまらないよな、この命が朽ちることしかない臭い! この空気を感じると俺はいつも生きているという実感を覚える!」
私は、不快であるという意味を込めて、死の臭いという言葉を使ったのだ。
だが、緋皇博士は肯定的に受け取っていた。
何か、違和感のようなものを覚えたが、漠然としていたので、その時は無視した。
*
『裁きの槍』実戦投入当日
ついに私たちの最新兵器が実戦で使用されるときが来た。
作戦としては、我が軍が撤退をするふりをして奴らの追撃を陽動し、そこに『裁きの槍』を上空から投下しつつ攻撃を行うというものだ。
すでに『裁きの槍』は輸送機によって戦場へ輸送中である。
もちろん、その様子もモニターで監視している。
「いよいよですね」
少し私は緊張していると感じていた。
「いいデータが取れることを期待しよう」
緋皇博士は全く動じている様子はうかがえなかった。
落ち着かない私は気を逸らすために監視に使っているモニターをチェックしていた。
ふと、『裁きの槍』をモニタリングする画面に私が知らない映像がデスクトップ画面上にあることに気づく。
その映像には、リクライニングチェアのようなものに四肢を拘束され、首から上にはヘッドマウントディスプレイであろう装置をはめ込まれている様子が映されていた。
体格から見て、成人手前の少年と言ったところだろうか。
モニターには今回のデータ収集には関係のない映像が映されているはずがないので、この映像も関係しているということなのか。
だが、関係者は緋皇博士以外なら同じ研究班のメンツしかおらず、彼らは私と同じ部屋にいることがわかる。
疑問に感じた私は投下五分前であることを忘れたまま、緋皇博士に訊ねた。
「博士、この拘束されている少年の映像はなんなんですか?」
「ああ、それか、今回の試作機の要だよ」
「どういうことですか?」
「見ていればわかる。さぁ、刮目しろよ、『裁きの槍』のお披露目だ」
緋皇博士が言っていることがよくわからないまま、輸送機は投下ポイントに到達していた。
「投下五秒前、四、三、二、一、投下!」
厳重な封印から解放された『裁きの槍』は蛮族が集まっている戦場に降下していく。
地上が近づくにつれ、蛮族の兵士たちが次々とその場で倒れ込んでいく。
その映像が観測機からリアルタイム映像として送られてくる。
「はっはっはー! こいつは最高だな! 蛮族がわけもわからないままくたばっているぞ」
楽しそうに高笑いし始めた緋皇博士だったが、私は対照的に至って冷静だった。
とても楽しめるような光景ではなかった。
私は奴らを滅ぼしたいと思って兵器開発に携わってきたが、この光景を目の当たりにして、悟った。
私たちはただの殺りく兵器を造っただけだった。
ただ、人を効率よく殺せる道具を造り出しただけだった。
それ以上でもそれ以下でもない。
平等に死をもたらす死神を戦場に送り出した。それのみが結果だった。
しかし、事はそれだけでには留まらなかった。
先ほど、違和感のあったモニターに映る拘束されている少年の映像が異様な光景に様変わりしていた。
少年が苦しんでいるのか、拘束具を壊さんとばかりに暴れ出し、大きく口を開いているところから大声をあげているようだ。
その口からは涎が垂れ流されており、頬には涙であろう液体が滴っていた。
そんなことなど気にも留めず、緋皇博士は蛮族たちが死んでいく様子をコメディ番組を見ているかのように手を叩きながら笑って眺めていた。
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