ヲタク捜索
渡貫とゐち
なにも出てこない。
女子高生・連続殺害事件の犯人が捕まった……容疑者の名は――
「……先輩、容疑者の部屋からこんなものが出てきましたよ……、殺害された女性たちの、一週間の行動がずらっと並んで書かれています。殺人前にストーカーもしていたみたいですねえ」
「加えて、殺された女性の部屋から盗聴器が発見されたそうだ……。事前に、徹底した下調べをしていたみたいだな……――まあ、いざ行動してみれば完全犯罪なんて真逆の、雑な殺人だったがな。衝動的に殺したのかと思うほどの無計画さだったな」
「実際、無計画だったのかもしれませんね。
ノートに情報をまとめて、それを踏まえて計画を組む前に、衝動的に殺してしまったのかもしれませんし……、衝動的なら動機がないのも納得です。
……既に自殺をしている犯人の動機など分かりませんが……」
「その動機を調べるための捜索だろ。
広くもない部屋だ、二人で探せばなにか出てくるだろう……。
他にも拠点がないか、手がかりになりそうなものも意識して見てみろ」
捜査官が二名、容疑者の部屋を捜索している。
古いアパートの二階だ。
畳、襖……昔懐かしい、落ち着く雰囲気の部屋である。
外ではセミが鳴いている……、
夏の暑さに、数分も作業をすれば汗だくだ。
電気も止まっているから、冷房や扇風機もつけられない。
携帯型の扇風機を各々が持っているだけだった。
汗だくになった若い捜査官が、持参していた水筒の水を飲む。
日当たりが良い部屋なので、光が当たるのは良いが、やはり暑さがネックだった。
「ふう、狭い部屋なのに物が意外と詰まっていますね……本ばかり。
しかもノートに手書きの……、その内容はまだ把握していませんけど、貴重な犯人の情報だとすれば、全てを調べるのは骨が折れますね……ただ、動機が分かりそうな期待感はあります」
「学生の頃の教科書やノートもあるな……真面目だったのか……?
普通、こういうのは捨てるか実家に置いておくものだろう……、それとも今の若い子は思い出として取っておくものなのか? どうなんだ、同世代、これに共感できるのか?」
「僕の場合は全て電子化して保存していますから、現物は捨てちゃってますよ」
「現代っ子め。だが……なら犯人は、アナログにこだわっていたのか?」
「単純に無知なのかもしれませんね。スマホも、ダウンロードしているアプリも必要最低限のものだけでしたから……今時の若者でも、機械や流行りに疎い子はいますし」
「さすがに俺でもアプリゲームくらいはやるからなあ……」
「スマホのアプリゲームこそ、大人が手軽にできるからこそ流行ったようにも思えますけど……通勤中にできるから大人もはまったのでは?
それに、簡単な操作感覚ですから、覚えることも少なくてプレイしやすいですし……、若者もやりますけど、あれはコミュニケーションの一環であって、腰を据えてやっている子は少ないようにも感じますけどねえ」
「俺のようなおっさんにはちょうどいいってことか?
覚えることも少ないしすぐに金を落とすし……やかましい」
自覚があったので、ついつい熱が入ってしまった先輩捜査官だ。
複雑な操作がなく、課金すれば強くなれる……、
時間がなくお金がある中年からすれば、最もハードルが低く始められる趣味である。
アプリゲームに休日を丸々一日も使うとは、かつての自分は思っていなかった……。
若い感性のつもりだったが、そうか、若者はアプリゲームを腰を据えてやってはいないのか……と、気づいた事実に少しショックを受ける先輩捜査官。
「中にはいると思いますけどね……腰を据えてやってる若者も。中年だろうが若者だろうが高齢者だろうが、手軽にできるゲームであることには変わりないですし」
「だが、犯人はやっていないようだがな」
「殺害する寸前に、アンインストールしたかもしれませんよ?
……いえ、履歴も見ましたが、ダウンロードした形跡もないです。犯人は元から、ゲームを好んでいる若者ではなかっただけでしょうね」
「それは困るな……」
「はい?」
先輩が、部屋を捜索し、
見つけた犯人の『アイデンティティ』の山を指差しながら、
「連続殺人犯が、『警察官を目指して頑張っていた学生』だった――とは、公開したくないだろう? こういう時は漫画やらゲームやら、美少女のイラストが描かれた……垂れ幕なんかが出てこないと困るってものだ」
「垂れ幕? タペストリーのことですか」
「それだ」
床下収納や天井も見てみるが、やはりそれらしい物品は一つもなかった。
警察官になるためには? 他にも法律についての書物がたくさん出てきた。
法律を調べることは、殺人の罪の抜け穴を探っていたのでは? と推測することもできる。しかし、警察官を目指し、真面目に勉強をしていた形跡が、多くのノートとして証拠に残ってしまっている……、もしもこれを公開すれば、犯人は『警察官志望者』だったことが印象付けられ、警察=犯罪予備軍というイメージもつきかねない。
これまで『ヲタク』が犯罪予備軍と言われていたように、今度は『警察』が同じ目に遭うことになる…………、風評被害はできれば避けたいところだ。
「…………入れ替えるか」
「と、言うと?」
「古本屋で漫画を買ってこい。どうせ犯人は死んでいるんだ、事後に訂正されることもないだろう……、親族も息子の知らない一面だった、と納得してくれるはずだろうしな。
ヲタク=犯罪予備軍のイメージをここで崩すわけにはいかない。
たった一件、と思うかもしれないが、こういう小さな穴が後々に大きく広がってくるかもしれないんだ……見つけた穴は塞いでおく。出てきたこの証拠品は処分だ。これを入れ替わりに、ヲタクが好みそうな漫画を買ってこい――タイトルは、そうだな……、」
「いいですけど……、でも、今やヲタクも市民権を得ていますからね……ヲタクが犯罪者になったと言うより、犯罪者をジャンルで分けてみたらヲタクだっただけの気が……。
犯罪者はみな二足歩行だった、みたいな感覚になってますけどね」
ヲタクは異常者、というレッテルは、もう随分前のことだ。
そういう感覚をまだ持っている先輩捜査官は、やはり年齢のせいもあるだろう……古い。
アップデートされていない。
だからこそ、買ってこいと言った漫画が古いのだ。
若手捜査官に任せていれば良かったものの、先輩捜査官は細かくタイトルを指示してきた。
「買ってきたか?
よし、これでヲタクのレッテルは剥がれないな……」
積まれた漫画は、どれもが三十年以上も前の漫画だ。
焼けていてかなり茶色くなってしまっている……。
和室に合ってはいるものの、若者が今読む漫画としては相応しくないだろう……、だからこそ、この漫画を読んでいる=犯罪予備軍になりそうな気も……。
つまり先輩捜査官の世代が、ちょうどリアルタイムで読んでいた漫画だ……、この内容が、犯罪予備軍を作り出す、というレッテルが貼られてしまいそうな気がする……――つまり。
「警察官志望者でなく、ヲタクでもなく……この漫画を当時から好きだった中年が、犯罪予備軍と思われるだけなんじゃないですか……?」
若手捜査官の危惧に、先輩は気づかず。
でっち上げた証拠品を、嬉々として上に報告していた。
――当然ながら、犯人の年齢や性格などから、証拠品が合致しないと詰められ、恣意的に操作したことを先輩捜査官は咎められていた。
警察に悪いイメージがつかないように、という意図があったからか、意外と軽い罰則で済んだらしいが……
「理由を伏せても、証拠品を意図的に入れ替えたのは、『警察』のイメージがただ悪くなるだけでは……?」
信用がなくなった。
――結果だけを見れば。
警察=犯罪予備軍の方が、まだマシだったかもしれない。
―― 完 ――
ヲタク捜索 渡貫とゐち @josho
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