性交渉安全取締法

時生

100万円の税金

2152年


 医療技術が発展し、日本は医療主義国家となった。


 平均寿命は110歳を超え、脳寿命は200歳まで伸びた。


『全日本医療協会』が発足し政治家たちに代わり政治を行い始め、国民は厳重な管理のもと健康に生きることが徹底された。


 痩せすぎた人も肥えすぎた人もおらず、日本は健康的な社会を築き上げているように思われた。


−−−−……


2155年


 突如蔓延した性病により、人口の1/6が死亡した。


 これまでの性病とは全く異なる新種のウイルスに学者たちは頭を抱えた。

 有効な治療法が見つからず、死者数のみが増えていく実状に協会はついにある一つの法律を定めた。


『性交渉安全取締法』


 自由なセックスを禁止したのだ。


 セックスを望む場合、当事者たちは協会の定めた場所でのみ行うことが許される。しかし、この場所も無菌状態を維持する管理費用が高くついた。


 そのため、セックスをする場合には1回につき100万円、通称セックス税を支払うことが義務付けられた。


 また女性は処女、男性は童貞のまま卵巣や精巣を協会に寄付することで、50万円の給付金を受け取ることができた。


 更に寄付した卵巣や精巣から人口的に卵子や精子を生成し、体外受精が成功した場合には養育費の1/4を協会が補助することが定められた。


 学校ではセックスへの興味関心を削ぐための教育を実施し、童貞処女を守り抜いた永遠の少年少女の美しさを説いた。


 娯楽であったアダルト雑誌や官能小説、エロ漫画は有害図書に指定され例外なく発禁処分になった。



 最終手段として協会の定めた法律によって徐々に性病は収束し、健康的な社会が戻ってきたのである。








−−−−……







2205年


 性交渉安全保護法の制定から50年が経ち、人々はセックスのない生活を完全に受け入れていた。


 しかし、高校生の少年イルトはそんな世の中に反感を抱いていた。




「おはようございます皆さん。今日も貞操守っていますか?」


 笑顔でいつも通りの挨拶をしながら担任が教室に入ってきて教壇に立つ。


「貞操を守った永遠の少年少女たちは本当に美しいものです。皆さんも是非卵巣や精巣を協会に寄付してくださいね」


 担任はそう言うと1本の動画を流し始めた。


 毎朝流される動画だと気づいたイルトはうんざりしながら教壇から目を逸らし窓の外を見つめる。


 しばらくすると豚の汚らしい鳴き声が流れ始めた。


『セックスへの興味関心を削ぐための教育』


 セックスがいかに醜く、汚いものであるかを伝えるため、学校は毎朝豚の交尾の動画を生徒たちに視聴させた。


 喘ぎ声かも絶叫かもわからぬ汚い鳴き声をあげながら、本能的に交わる二頭の豚。目が腐るほど見ている映像ではあるが、何度見ても吐き気を覚える。


 女生徒の中には口元を押さえ映像から目を逸らしている者もいた。


 —— 人間のセックスが豚と同じなわけがないのに。


 そう思いながらイルトは豚の声を聴き続けた。







−−−−……







 イルトの祖母は性交渉安全取締法に強く反対していた。



 祖母は性交渉安全取締法の制定前に自由にセックスをした最後の世代であった。


 イルトが小学生になった頃から、祖母は愛する人とセックスをすることがいかに幸せかということを何回も何回も話すようになった。


 イルト自身、祖母がシンデレラやラプンチェル、白雪姫などの童話を読んでくれた後にしてくれる未知の美しい性の世界の話を聞くのが大好きだった。



 イルトが中学生になった頃には祖母は隠し持っていた谷崎潤一郎の「痴人の愛」を読ませた。イルトはそのあまりにも危険で妖艶な世界観に興奮を覚え、初めて自慰行為に耽った。



 そういった祖母の教育の成果か、イルトは学校での性教育を受けてもセックスに対して嫌悪感を抱くことはなかった。


 むしろ祖母が教えてくれた[愛する人とする幸せなセックス]を汚物のように扱う社会の風潮が許せなかった。







−−−−……








 イルトには彼女がいた。


 彼女の名はシュナと言った。


 シュナは読書が好きだった。

 さまざまなジャンルの本を読み漁り知識を詰め込んだ。


 それは発禁処分となったかつての娯楽であるアダルトジャンルにもおよび、どのようなルートを使って手に入れたのかわからない官能小説を夢中で読んだ。


 性交渉安全取締法の制定前の[愛する人とする幸せなセックス]のある世界を知り、イルトと同じく性に美しさを見出した。


 イルトはそんなシュナを愛し、愛するシュナとセックスすることを心から望んだ。








−−−−……








 イルトが18歳の誕生日を迎えた日、彼は両親にシュナとセックスしたいと伝えた。


 両親の反応は最悪だった。


 父親はイルトを殴り飛ばし罵声を浴びせ、母親は泣き崩れた。





 その夜、イルトは父親のクレジットカードを盗みシュナを連れて全日本医療協会の本部へ向かった。








−−−−……








「本当にセックスをするということでよろしいのですか?」


 全日本医療協会の職員は顔を顰めながら言った。


 イルトとシュナは迷いなく頷いた。



 2人の確固たる意志を感じ取った職員はそっと契約書を取り出した。


「内容を確認しサインをお願いします」






—————————————————————

性行為契約書


私たちは以下のことに同意した上で、 性行為を

行います。






1. 私たちは性行為をするにあたり100万円を支

払うことを誓います。


2. 性病に感染した場合は自己責任とし、治療費を全額負担します。


3. 第三者に対し、性行為を強要することは致しません。




—————————————————————





 シュナは契約書を確認するとスラスラと署名し、ペンと契約書をイルトに回した。



 イルトはペンを持ち契約書をじっと見つめる。




「イルト?」


 署名をしないイルトを不思議に思い、シュナが顔を覗き込む。


「どうしたの?」


 そういうシュナにイルトは笑いながら首を振り、契約書に署名し職員に渡した。


 契約書を確認した職員は、ゆっくりと口を開き説明を始めた。



 性行為は男性器が女性器の中に入った時点で行ったものとし、確認するために部屋にカメラが仕掛けられていることすること。


 支払いは性行為後に行うこと。


 避妊具の着用は自由であること。


 一方が性行為をやめたくなった場合は呼び出しボタンを押し速やかに退出すること。




 そこまで説明すると職員は性行為をする部屋に2人を案内するために立ち上がった。








−−−−……









 案内された部屋は壁と天井が鏡ばりで、中心にキングサイズのベッドがポツンと置かれていた。


 サイドテーブルにはローション、小箱、呼び出しボタンが置かれている。小箱にはおそらく避妊具が入っているのだろう。


「まるで本に書いてあった “ らぶほてる ” みたい」


 シュナが部屋を見回しながら言った。




 イルトはシュナの手をとりベッドへ向う。


 ベッドへ腰掛けると急に気恥ずかしくなりモジモジと視線を逸らした。イルトは首をかき、シュナは髪の毛をくるくると指に巻き付ける。


 しばらくそうしていたが、お互いにゆっくり視線を合わせるとそっと唇を重ねた。


—— 柔らかい。


 そう思いながらイルトはシュナの唇を食み、口内に舌を入れる。


 シュナの口から漏れる甘い声に、谷崎潤一郎の作品を読んだ時と同じような興奮をイルトは覚えた。


 シュナをゆっくりベッドに押し倒し、服を脱がせていく。初めて生で見る女性の乳房。


 あまりの官能的な光景にクラクラした。


 ゆっくり揉みしだくとシュナの甘い声が大きくなった。





グチャッ


 シュナの声が大きくなった時、イルトは一瞬胸の中を掻き回されたような気持ち悪さを覚えた。


 自分でもよくわからない感覚に首を傾げる。





 気持ち悪いわけがない。

 だって愛する人とセックスしようとしているのだから。





 イルトはそっとシュナの下半身にある蕾に触れる。


 シュナと一緒に読んだアダルト雑誌を思い出しながら、ゆっくりとそこをほぐす。


 シュナの腰が艶かしく動く度、イルトは自身のものが昂っていくのを感じた。



「ああっ!!」


 イルトの指がある一点を掠めた時、シュナが一際大きく喘いだ。






ブヒィ


 喘ぎ声を聞いた瞬間、シュナの姿が何度も見た動画の中の豚と重なった。




 イルトは首を思いきり振り鏡の壁を見る。






ブヒィ ブヒィ


 シュナに覆いかぶさる自分が、あの動画の本能のままにメスに盛る豚に重なった。




 イルトはシュナの上から飛び上がるように退いた。




「どうしたの?」


 様子のおかしいイルトにシュナが問う。


「続きしようよ」


 そう言って足を開き蕾を指で広げる。




 本能的な女の誘惑。




 シュナの姿がどんどん豚の姿に変わっていく。





ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ


 —— 俺はシュナと、いや、こんな豚なんかとセックスをするのか?





 契約書が頭をよぎった。






ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ

 —— 俺は100万円払って豚なんかとセックスをするのか?






ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ

ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ


 —— セックスって100万円も払ってするものなのか?





ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ

ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ

ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ

ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ ブヒィ


 —— 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ




 イルトはシュナを突き飛ばし、呼び出しボタンを掴んで部屋を飛び出した。












−−−−……











 あの出来事の後、イルトはすぐに精巣を協会に寄付し50万円の寄付金を受け取った。


 両親は息子の心変わりに泣いて喜んだ。




 シュナとは一度も会わなかった。連絡先も思い出も何もかもを捨てた。存在すら心から抹消した。


 とても清々しい気分だった。










−−−−……









 イルトは大学に入り勉学に励んだ。



 イルトは教師になりたかった。


 自分のような愚か者を生まないために。


 セックスがどれだけ醜いか、汚いかを説くために。



 勉強した。ただひたすら勉強した。











 そして今日もイルトは教壇に立つ。


 愚か者を生まないために。


 セックスがどれだけ汚いかを説くために。






「おはようございます皆さん。今日も貞操守っていますか?」



























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性交渉安全取締法 時生 @kazuiTakadono

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