第18話 〜拒絶〜とファーストキス


  ◇◇◇【SIDE:アイリス】



 ーートアル大森林



「……!! み、水浴びしてから!! ぼ、僕、汗いっぱい掻いてるし、あの、く、臭いかもだし!!」


「いいや、極上だ……」


「……うっ、うぅ!! ダ、ダメだよ! み、みんなの前では恥ずかしい、しっ!! ちゃ、ちゃんとあげるから! だから、ちょっと待って欲しい……です……!」



 ユーリは目をグルグルと回しながら顔を真っ赤にし、ジーク様は妖艶に微笑みながらそれを見つめる。



「エ、エルも! 一緒に!! ご主人様!! ユ、“ューリ”だけよりも、エルも一緒の方がいいと思います!」


「エル……。お前、天才か?」


「な、なっ!! いやいや!! そ、それはちょっと、待って!! 心の準備ができてないよ!! ふ、2人きりじゃないと、僕、」


「黙りなさい!! 自分だけなど許されるはずがないでしょう!?」


「エ、エルさんはもう何度も先生にあげてるじゃん!!」


「当たり前でしょう? 何をおかしな事を! ご主人様の願いを叶えるのはエルなのです!! ぽっと出のアナタには関係ありません!!」


「ハハハッ!! “匂い”だけでたまらんな、お前たち!!」


「先生! ふ、2人じゃないと嫌だよ?」

「ご主人様! この小娘だけなど嫌です」




 私は目の前で繰り広げられる光景に頭が痛くなっている。


 2人を相手にジーク様が《吸血》している姿が嫌でも浮かんで来ては、身体が疼いてしまう自分が嫌になる。



 はしたない……。はしたない、はしたない! なんなのですか! 本当に……!!



 モゾモゾッ……



 うちももをすり合わせ、“疼き”を抑えようにも、淫らに乱れる3人の想像が止まらない。



 ジワァア……



 身体の奥が熱くなる。頭でいくら拒絶しようにも、身体は正直だ。



 もう本当に……頭が痛くなる。



 口の中の肉を噛み締め、痛みで気を紛らわせる。必死に自我を保ち、「わ、私も……」なんて口走りそうな自分を戒める。



 悟られるわけにはいかない。

 ほだされるわけにはいかない。



「ふ、2人ならいくらでもあげるよ!?」



 泣きそうになりながらジーク様に懇願するユーリは堕ちていく。


 きっと抗いながらもなす術なく……。


 ユーリはもう引き返せない。


 なにが“エルさんは何度も”ですか。

 まるで嫉妬したような言い草です。


 って、私もなんなのですか……。

 まるでそう口走ってしまったユーリに嫉妬しているかのように……!!



 パチッ……



 ニヤリと笑うジーク様と目が合い、反射的に視線を外す。



 何が“香り”ましたか……?

 見透かしたような態度はやめて下さい。


 ダメです。許されない事です!

 私の心の中など見ないで下さい!!



 ……か、顔がアツいですッ!


 

 私はクルリと背を向けて顔を隠す。

 トコトコとその場を離れようと足を踏み出すが……



「アイリス、どこへ行く?」


 引き止められる。


 落ち着きなさい。落ち着きなさい。

 平静を保ちなさい……。


「……先程の戦闘の後を確認して来ますので、どうぞ勝手に……」


「お前はくれないのか?」


「ご冗談を……。1日1度という《契約》です。ユーリの好意は止めませんが、ジーク様の行動は《契約》の範疇です」


「……」


「もう“今日”の対価は提供したので……」


「……まったく……可愛くないな」


「可愛く思われなくて結構……ですよ」


「ア、アイリス……!!」


 ユーリの呼びかけを無視して、私はまた歩き始めた。



 ーーなんと強情な女だ。


 つい先程のジーク様の言葉を思い出す。



 ええ。その通りですよ。

 《契約》を維持するためには、私がしっかりしなければならない。


 私たちは魔王を討たなければならない。そのためにはジーク様の力が必要不可欠……。



 まだ。足りない……。


 【炎帝】はどうするのだろう?

 泣き叫びながら、醜態を晒したでしょうか? そうであればいい。


 “聖炎の剣”はユーリが折り、その特性はユーリの「聖剣」が喰らった。


 何の力も持たない“ゴミ”になった気分はいかがですか? ロメロの“筆頭公爵家”の顔にドロを塗った気分はいかがですか?



 ふふっ……。よかった。

 顔の熱も冷めて来ましたね。



 距離を取らなければ……。

 


 ーーなぜ、お前たちは軽んじられている? お前たちは“特異な力”の持ち主だ。



 情報のすり合わせを済ませて、《吸血》以外、関わらないようにしなければ……。



 忘れるんじゃありません、“アイリス・ガルシア”。



 “アナタ”にはすべき事があるでしょう?



 まだ道は半ば。

 ユーリの覚醒はその一歩……。


 ジーク様を《契約》で縛らなければ、ならないのですよ……? 


 自制なさい。感情を押し殺し、常に冷静に、頭を働かせなさい……。


 それしか能がないでしょう……?



 私は木々の隙間から差し込む木漏れ日を見上げた。



「失われた古(いにしえ)の《転移魔法》ですか……。つくづく規格外ですね……」



 やはりジーク様の力を把握する必要がある。この森を歩き進める必要はなかった。



 いえ、でも……。

 意味はありましたか……。



 【炎帝】の屈服。

 コレが少しでも転機になればいい。



 随分と歩いて来てしまった。

 振り返っても3人の姿は見えない。


 キラッ……


 水面の反射に目を細める。



 ……ちょうどいいですね。



 パサッ……



 私は魔物除けの魔道具を取り出し、ローブを脱いだ。水の冷たさが“疼き”を鎮めてくれる事を期待した。

 



   ※※※※※




「んっ、ぁあっ!! ご主人様! んんっ! い、いい、ですっ! はぁあん!! んっ、んっ、んんっ!!」



 エルの血を啜りながら、たまらない幸福感に包まれる。



「んんんっ!! はぁ、はぁ、はぁっ!! あっ、んっ!!」


 

 背後からエルの首元に牙を突き立てながら、俺はひどく興奮していた。ドクドクッと流れ込んで来るエルの血に驚嘆を隠せない。



 たまらん……! なんだ、コレ!!

 上質な口触り。旨味が増して、仄かな酸味と苦味が絶妙に!! 甘く芳醇な香りが鼻に抜け、頭がクラッとくる。



 俺の呼吸も荒くなってしまう。

 あんなに研究していたエルの血。


 明らかに質が向上している事に興奮が冷めない。



 ヌプッ……


 牙を抜き、エルの尖った耳を舐める。


「んんっ!! ぁああっ!! ご主人様ぁあ!!」


 ビクンッ!!


 大きく身体を震わせるエルの細い腰をギュッと拘束すると、柔らかな尻を突き出し俺の“モノ”に押し当てる。


「はぁ、はぁ、エル……。お前は最高だ……。まさかここに来て血を進化させるとはな……」


「はぁあっ、んっ! んんっ! ぁっ、ぁっ……ご主人様ぁ……。も、もう一度お願い、します……」


 エルの尻の柔らかさ、強烈に漏れ出る甘美な香り……。



 カブッ!!



 俺は一気に牙を最奥まで入れる。



「んんっ!! ぁああっ!! あっあっ、はぁああっ、き、来ちゃいます! こ、壊れちゃいま、あっ、あぁああっ!! ご主人様ぁあ!!」




 ビクンビクンッ! ガクガクガクガクッ……



 エルが俺の腕の中で激しく痙攣する。俺は《吸血》量を抑えながら、



 ヌプリッ……



 余韻を愉しみ牙を抜く。



「んんっ、はぁああああっ……!!」



 ガクガクガクガクッ……



 さらに痙攣するエルの首元から滴る血をペロリと舐め取り、意識が混濁しているエルを両腕に抱えると、真っ赤な顔で目線を逸らしている、もう1人に声をかける。



「はぁ、はぁ……ユーリ。俺のマントを脱がせ。エルを寝かせる……」



 呼吸が乱れている。


 “味変”とは違う……“進化”。


 おそらくはユーリとアイリスの血を取り込んだ俺を、エルが《吸血》した事が原因だろうが……。


 たまらん……。本当に……。


 ユーリとアイリスの血はまだ未知の部分が多い。それらを全て頂く。そうする事でエルの血も更なる進化が期待できる。



 はぁ……、最っ高だ!!


 《契約》やアイリスの強情さは厄介だが、更なる『最高の食事』の糧になるのなら少しの助力くらいわけない。


 しかも、これから、この状態で……同調(リンク)するユーリの血も飲めるなんて、もう完璧だ……。



「はぁ、はぁ、はぁ……ユーリ。早くマントを脱がせ。ちゃんと2人きりになってやるから」


「……ぅ、ぅん……」



 ユーリが2人じゃないと嫌だとうるさいので、先にエルを頂いてからという結論に至った。


 “水浴び”など待てるはずもない。


 もう今すぐにでもユーリに襲いかかってしまいそうだ。ユーリからの極上の香りも俺を誘惑して仕方がない……。



 ハラッ……



「そこに敷いてくれ。次はお前の番だ」



 ユーリは俺の言葉通りにマントを敷く。微かに震え、頬を紅潮させ、瞳を潤ませ……。


 まったく……これ以上、誘惑するな。



 エルを寝かせると、ユーリの手を取り、木陰へと入ると、ガッと大木にユーリを押し付け、両腕で逃げ場を無くす。



「はぁ、はぁ……ユーリ……。同調(リンク)を始めろ」


「……せ、先生……は、激しいのは……怖い、よ……」


「優しくできる余裕はないぞ? ……感謝を伝えてくれるのだろ?」


「……!! は、“はぃ”……」


 

 ユーリは更に頬を染めると視線を伏せるが、俺はユーリの首元をペロリと舐める。


「はぁ……極上の香りだ……」


「んっ……。はぁ、はぁ、はぁ……」


「剣を抜け……。早く同調(リンク)しろ」


「……はぃ……」



 チャキッ……



 ユーリが剣を抜き、ギュッと目を瞑る。



「はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」



 ユーリの呼吸も荒くなる。

 緊張したような……、物欲しそうな……。


 “勇者”らしからぬ、“メスの顔”。



 もう我慢できん……。




 カプッ……!!



「ちょ、まって、んっ!! ぁあっ! んんっ、んっ、はぁあっ! せ、んせ、ぁあっ!! はぁんんっ!!」



 カランッ……



 ユーリは剣を落とし、俺の服をギュッと強く握りしめるが、もう止まれない。



 ゴクッ、ゴクッ……



「んんっ、あっ、だめっ!! んあっ、ぁああ! 先、生! んんっ! ぁああっ! はぁ、んっ、んっ! ぁああっ!!」



 ユーリはプルプルッと小刻みに震え、更に香りを増す。



「んっ、だめっ!! 壊れ、ちゃうっ!! あっ、ぁあっあっ!! んっ! んんっ、せん、せっ!!」



 甘い……? 辛い……? 渋い……?

 苦い……? 熱い……?



「あっあっあっ!! 変になっちゃ、うっゔっ、んんっ!! はぁああんっ!! お、おかしく、なるよぉお! ぁあぁあッ!!



 明らかに異質で、未知の味……。


 香りの暴威。

 未知の味との遭遇。


 ハハッ!! なんだ、コイツは……!!


 お前は……本当に答えをくれないんだな……。一度で理解できる味ではない。一気に貪ってしまいたいのに、それを許さない……。



「ぁ、あっ、んんんんッ!!」



 ビクビクビクッ!! 

 ガクガクガクガクッ……



 ユーリが激しく痙攣する。



 ヌプッ……!!



「はぁ、はぁ、お前も最高だ、ユーリ」


 わけがわからないが、牙を抜いた瞬間に、強烈に鼻を抜ける爽やかな甘い香りに身震いする。



「ぁ、あっ、あんっっ!」


 ガクガクガクガクッ……


 ユーリは必死に俺にしがみつき、不規則に身体を震わせては、「はぁ、はぁ」と苦しそうに呼吸を荒くさせ、




 パチッ……




 ウルウルのグリーンの瞳はトロンとして、いつものように必死で抗っているわけでも無さそうだ。


 ふっ……。あぁ。わかっている。

 もっと欲しいのだろ?


 安心しろ。

 もっと気持ちよくしてやる。


 俺もまだ飲みたりない……!



 俺が再度首元に顔を埋めようとすると、



 スッ……



 ユーリはそれを制するように俺の頬を両手で包み込む。



「……もう少し寄越せ。受け入れろ、俺を……。お前の感謝はその程度、」



 チュッ……



 ユーリは俺の唇に自分の唇を押し当て、すぐに離した。



 じんわりと熱いユーリの唇。柔らかく経験したことのないような感触だけが残る。


「……ユ、ユーリ……なにを?」


「せんせ……。はぁ、はぁ、はぁ……」


 ユーリはギリッと自分の唇を噛みしめ、血を垂らすと、


「“こっち”からも飲んで下さい……」


 小さく呟き、ガクッと俺に倒れ込んだ。




 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……




「……ま、ま、まったく……」



 俺はユーリを支えながら、唇に残る感触に少なからず狼狽えていた。




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