第17話 「の、飲んで、い、いいよ?」




   ◇◇◇◇◇



 ドサッ……


 ダンウェルが放心したように両膝を突くと、ユーリは天を仰いだ。



「……ユーリッ……!!」



 そんなユーリを見つめてアイリスは涙ながらに座り込んでしまいそうになるが、



 ガシッ……



 俺はアイリスの腕を支えてやる。



「どうした?」


「……ジーク様……」


「これは当たり前の結果だぞ?」


「……」


「なぜ、お前たちは軽んじられている? お前たちは“特異な力”の持ち主だ。少しは理解出来たか?」


「…………」


「ユーリの魔剣は“炎を喰らった”。炎を纏わせることも可能になったはずだ」


「……そうですか」


「お前は俺に聞かないが、お前の魔術は“秘術”だろう……。“特異魔術”とも言うものだが、」


「ただの“治癒マジュツ”ではないのでしょう?」


「あぁ。お前の魔術は肉体を、」


「ひ、必要ありません……」


「ふっ……。喜んだり、恐れたり、焦ったり、忙しないな?」


「……!!」


「なぜ軽んじる事ができる? 小物の“人間(ヒューマン)共”が、」


「な、なぜ心情を察知できるのです?」


「ふっ、こんな近くに居てくれれば、お前の感情が香っているぞ?」



 顔を覗き込めば、アイリスはブワッと顔を赤くして慌てたように俺の腕を払って距離を取ると、サラサラの金髪で顔を隠した。



 “それを解消してやったら、《契約更新》してくれるか?”


 この言葉を告げる前に拒絶された……。


 ……つ、つらっ!

 なぜ、こんなに嫌われてるんだ?

 ……アイリスはなにに焦っているのだ?


 なんてわかりづらい女だ。

 まったく……厄介この上ない……。



「……では、行くか? ユーリに殺気はない。甘いとは思うが、実に“勇者”らしい。あんなクズは屠ってしまえばいいものを……」


「……あ、ありがとうございます、ジーク様。あなた様の助力のおかげです」


「……感謝してるなら血を寄越せ。まったく……。なんと強情な女だ。いっそのこと力ずくで……いや、それは無理か……。やれやれ……、《契約》などするのではなかった」


 俺はユーリの元へと歩みを進めながら悪態を吐く。



 とにかく、意識を奪った者たちを元に戻さねば……いや、別にいいか。殺してはいないし……。


 魔獣が勝手に後片付けしてくれるだろ。


 “契約更新”の手はなしか……。ユーリがどのような状態かが鍵に……。


 やれやれ……。

 なんだか、面倒になってきたな。

 頭もぼーっとするし……。


 ひどい眠気だ……。



「はぁ~……」


「どうかなさいましたか? ご主人様」


「エル……。屋敷に帰りたくなってきた。先程の“悪臭女”で気分も悪いし、アイリスとユーリは1日1度だし、」


「か、帰りましょう!!!!」


 エルは俺の腕を取り、ギュッと強く抱きしめてくる。おっぱいに腕を挟まれれば、なおさら屋敷に帰りたくなってしまう。



 あぁ。なるほど……。


 太陽か……。


 木漏れ日が顔に差す。

 俺は眉を顰めて太陽を見上げる。

 頭が回らない。身体がダルい。


 そりゃそうだ。

 150年ぶりの太陽の下。


 免疫が弱くなっていても不思議じゃない。この全てが面倒になる感覚は本当に久しぶりだな……。




 ガシッ!!



 反対の腕を掴まれ、振り返ればいつもの無表情に戻っているアイリスだ。



「なりません」


「ふっ……」


「《契約》は全ての七種魔王(セブンス)を討つまで、」



 クラッ……、モニュンッ……



 俺は目眩がして、そのままアイリスの胸へと倒れ込んだ。フワッと香るのは極上の香り。エルとは違う香りと弾力。


 エルよりも少し張りが強い……?

 でも、柔らかさと弾力が絶妙だな……。



「ご主人様!!!!」

「ジ、ジーク様……?」



 ガシッ……



「んっ!! な、なにを、」


 俺はアイリスの胸を掴んだ。

 やはりエルよりも張りがある。


 この世のものとは思えないエルの柔らかな胸もいいが、アイリスもなかなか……。



「んっ、ジ、ジーク様!! 何を! きゅ、きゅ、《吸血》以外の、」


「早く離れなさい! “クソ虫”!」



 フワッ……



 嗅ぎ慣れた香りだ。

 至高の柔らかさだ……。


 やはり、エルの方が安心する。

 あぁ~……眠たい。

 身体がダルい。頭が痛くなってきた。



「……せ、先生!? どうしたの!? 何があったの!? 大丈夫!?」



 遠くからユーリの声が聞こえる。


 あれ? ダンウェルとやらは?

 ダメだ。思考ができん……。


 まぁでも……、


「ユーリ。悪くない太刀筋だったな」



 ポツリと呟く。


 俺はエルの腰を抱き、胸への顔を埋める。エルは「んっ」と小さく声を上げたが、優しく頭を撫でてくれ……、



「《回復(ヒール)》!」



 ポワァア……



 アイリスの魔術に頭を覚醒させられる。

 

 思考が“修復”されていく。

 俺の身体の時間が“回帰”していく。


 な、なんだっけ? あっ!

 契約更新だ!! ユーリを完璧に手中に収めるんだった!!



「せ、先生! 大丈夫!? ぼ、ぼ、僕の血でいいならあげるよ?」


「ユ、ユーリ、何を、」

「ふ、ふざけるな! それはエルの、」


 

 ガバッ!!



 俺は一瞬で起き上がる。

 アイリスの魔術で太陽すらも克服できるらしい事もわかったのは僥倖だが、



 そんなものはどぉーーでもいいっ!!



 やはり俺は天才なのかもしれん。

 俺の洞察力は本物だった。


 ユーリは『力』を与えれば喜ぶ!

 間違いない!! ついに自分から言わせた! これは突破口を見つけたも同義!!



 よし。ユーリはじっくりと力を与え続けてやれば、そのうち俺に恋するという事だな!!※ユーリはもう惚れてる。


 なんだ。そんな簡単な事か!

 魔術を教えてやれば余裕ではないか! ハハハハッ!! ユーリ! 俺の眷属となる覚悟をしておくのだな!!※ユーリはもうゾッコンです。

 


 俺はニヤリと口角を吊り上げユーリを見やる。


「ユーリ。二言はないか?」


「え、あ、ぅ、うん……。す、すす、少しでも感謝の気持ちを伝えられたらって……」


「な、なりませんよ、ユーリ!!」

「ダ、ダメです、ご主人様!」


「アイリス!! コレは“契約違反”ではないだろ? 『1日1度の吸血の確約』。それは最低限、1日1度の《吸血》をお前たちが耐えなければならないというものだろ?」


「……そ、ですが!」


「ユーリがいいと言っているのだから、コレは許されて然るべきだろう? 人前はダメなのだったな?」


「……はい?」



 ズワァアアッ……ピリピリピリッ!!



 俺は魔素を解放した。

 抑えていた魔素の3割ほどを解放しただけだ。




「う、うゎああああ!!!! やめて下さい、やめて下さい、やめて下さい!!」



 遠くで項垂れたままピクリともしていなかったダンウェルが我に返ったように絶叫する。



「ははっ……すごいや!!」


 ユーリは屈託のない笑顔を浮かべ、


「……はぁはぁ、ご主人様ぁ。いい匂いです……」


 エルは瞳をトロンとさせて恍惚と、



「……なんという……」



 アイリスはポツリと呟き絶句した。



「さて、どこに飛ばそうか? ユーリ、コイツらの国はどこだ?」


 声をかけてもユーリはポーっと俺を見つめているだけだ。


「……? おい、ユーリ、コイツらの国はどこだと聞いているんだが?」


「……え、あっ、はい!」


 ユーリは返事をしたが顔を赤くして小首を傾げる。



 ……えっと、ん?

 俺の番なのか、これ?



「……“ロメロ王国”です、ジーク様」


「“ロメロ”……。“南の小国”だな?」


「いえ、“南の大国”です」


「……まぁどちらでもいい。せっかくだ。送り届けてやろう! せっかく命を奪ってないのだ。晒し者にしてやるのも一興だろう……」


「……!!」


「ふっ……、俺の《吸血》の邪魔した罪だ……」



 俺は魔素を操り、陣を描く。

 “座標”は数100年前に行った「ロメロという小国の王都」だ。



「……《送還》」



 パーーーッ!!!!



 頭上に巨大な魔術陣を構築。


 

「いや、だぁあああ!! 死にたくない、死にたくない、死にたくないぃいいい!」



 ダンウェルは脱兎の如く逃げ出したが、俺の“陣”から抜け出せるはずもない。ただの“転移魔術”なのに大袈裟なヤツだ。



 願わくば、もう2度と『勇者』などと名乗らない事を……。いや、次は殺してしまいそうだな。


 《契約》を破ってはシャレにならん。



 俺はクルリと指を回してダンウェルへの魔術を追加する。



「……《緘口呪殺》」



 ポワァア……



 ダンウェルの口元に魔術陣。

 次、自らを『勇者』と名乗れば、心臓が潰れるだろう。


 まぁ、あの“腰抜け”が心臓部を圧迫されながらも『勇者』と言い切れるとも思えないが……。




 ポワァアアアッ!!!!



 辺りを眩い光が覆い尽くし、それが止めば残ったのは俺たちだけだ。



 シィーン……



「さて、ユーリ。もう一度、聞かせてくれるか?」



 ポカンと口を開けていたユーリはブワッと耳まで真っ赤にさせた。



「の、飲んで、い、いいよ? し、仕方なくだから……ね? あ、あの、先生には感謝してるから、えっと、あの……」



 恥じらいながら頬を染めるユーリ。



「ふっ……御託はいい。早くおいで?」



 ユーリは更に顔を赤くさせると、グリーンの瞳を潤ませてコクンッと頷いた。




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