第16話 〜もう逃げれない〜


 



  ◇◇◇【SIDE:ユーリ】



 ーートアル大森林 vs.【炎帝】




 ジワァア……



 目の前の景色が滲んじゃう。



 ーーお前がユーリに勝てるはずがないだろう?



 先生からの信頼の言葉に胸が熱くなる。



 大丈夫。大丈夫。

 僕は勝てる。僕は……。



「クククッ……、本当に勝てるとでも思ってんの? “最弱ちゃん”」


 ダンウェル君はニヤァアと笑みを浮かべる。


 本当はまだ少し怖いんだ。

 “希望”がまた奪われるんじゃって……。


 でも……、


「僕は先生を信じる。……そう、決めたんだ」


 僕の言葉に、ダンウェル君は「ふっ」と鼻で笑って剣を構えた。




   ※※※※※




 これまでの人生……。

 僕の人生は“できない”の連続だった。


 いくら必死に稽古しても、華奢な細腕。

 女の生き方を捨てても身体能力は人並み。


 15歳の頃に与えられた恩恵(スキル)は【七聖】。ロメアスタ王国で、勇者となる者が授かるスキルだった。



 僕が【七聖剣】を手に取ると、皆が歓喜し、勇者の誕生に王国中が湧いた。


 でも、それは一瞬の歓喜だった。


 初めての「勇者会」に参加し、各国の勇者たちになす術なく一方的に敗北したことが知れ渡ってしまったからだ。


 ……応えてくれない【七聖剣】。

 どれだけ必死に努力しても、どれだけ必死に『力』を求めても実を結ぶことはなかった。




 「なぜ、お前はできないのだ!」


 とどまることのない父様からの圧力。


 「なぜ、其方が勇者に……」


 王侯貴族からの失望の眼差し。


 「なぜ、ユーリ嬢なのかしらね?」


 幼馴染の令嬢たちは嘲笑う。


 「なぜ、お前のような愚鈍な者が妹なのだ」


 兄様は僕が「王国の恥晒し」だからと凄惨で悪質なイジメの受け、自決した。


 「こんな事なら産まなければよかったわね」


 母様はそう言い残してどこかに消えた。

 



 

 『“わたくし”が勇者になどならなければ……』




 必死に仮面を被る。

 勇者として明るく気さくに。

 何度となく挫けそうになる心が出てこないように取り繕う。押しやる。秘匿する。


 王国は僕を亡き者にしたいのも知っている。僕が生きている限り、“新たな勇者”が生まれないからだ。


 全ては……、


 僕が無能だから……。

 『本物の勇者』になれないから……。

 

 死んでしまおうかな……。

 いや、ダメだ。どうせなら“価値ある死”を。



 そんな時だった。

 


 ーー『世界を救え』などと偉そうに命令して、“聖女”などというレッテルを勝手に貼り付けるだなんて笑わせるわね。



 まさに、晴天の霹靂だった。



 ーー私には『救わない』という選択肢もあるはずでしょう?



 凛と佇み、言い放つ。



 ーー“死刑”でいいわよ? でも、その代わり……、“聖女”とやらの力であなた方を呪い殺してくれる……。



 スキル【真聖】の“戦争孤児”。


 「アイリス・ガルシア」との邂逅。


 相手が国王だとしても氷のような冷たい紺碧の瞳で真っ直ぐに射抜く。


 15歳になったばかりのアイリスは、とても勇ましく、何よりも美しかった。



 “礼儀知らずの孤児院育ち”。


 

 アイリスが“欠陥”と呼ばれるきっかけ。


 即刻、取り押さえられ、投獄された。

 国王への脅迫罪の罪に問われてもなお、「ふふっ」と笑ったアイリスの横顔を忘れた事はない。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 あの出会いは運命だった。

 彼女なら“魔王”を討てる。


 彼女となら僕は生きていける。


 あの時の直感は間違いじゃなかった。




 ーーアイリス。ユーリ……。“末長く”よろしくな?



 『ジーク・ロッゾ』。


 アイリスは、先生と“わたくし”を引き合わせてくれた。



 先生……。

 僕はあなたの信頼を勝ち取りたい。

 あなたとこれからも一緒に……。


 あなたが望むなら、血だってなんだってあげる。これはお礼だよ? こんなにちゃんと息ができるのは“希望”を貰ったから。



 兄様。もう少しお待ちください。

 兄様が誇れるような妹になってから、そちらに行きますから。



 母様。どこかで元気にしていますか?

 また会えたのなら、抱きしめてくれますか?


 

 アイリス……。

 アイリスは僕に救われたって言ってくれるけど、そうじゃないよ?


 君に救われたのは、僕だ。

 

 アイリス……。

 君が救ったのは【勇者】だ。



   ※※※※※



 

「ほぉら! 何してんのさ!! どっからでもいいよ?」


 ダンウェル君は油断してくれている。

 いつものようにバカにしたみたいに。

 少しも負けるだなんて思っていない。


 そうだよ。これまで僕は……。


 「ふぅ~」と長く息を吐く。

 同調(リンク)の感覚を身体に刻む。


 これから同調(リンク)するたびに、滲む視界を思い出してしまいそうだ。



 ーーユーリは俺を討つ可能性を秘めている。



 僕にとって、この言葉が何よりの指針になる。手探りで真っ暗な闇に差し込んだ一筋の光のように、照らしてくれる。



「ってか、本当にヤバいよね、あの執事。どこの誰だか知らないけど……世間知らずにもほどがあるよ」


「“執事”じゃない……」


「……まぁ、かなりバカだよね。あんなに強いのに、相手の力量もわかんないんだよ? ふっ……、君が僕に勝てるわけないのにさぁ……」


「……」


「ほら、来なよ。いつもの“模擬戦”と一緒。君が泣き叫びながら焼かれて、あの“欠陥”が助けるだけ」


「…………」


「流石に殺しちゃったら、“後が怖い”し、見逃してくれるらしいから、命だけは助けてあげるからさ」


「僕は君に勝って、信頼を勝ち取る」


「……ハ、ハハッ……な、何を勘違いしてんの? あの“化け物”がメンバーになったからって調子に乗ってる? ククッ……、相変わらずの少ない魔力量。扱えない“七聖剣”、」




 ズワァア……



 同調(リンク)を深める。

 混じり合い、高め合い、溶け合う。



 身体が熱くなって、何でも出来るような感覚に陥ってしまう。



 ズズズッ……



「な、何だよ! その“紋様”!!」



 豹変したダンウェル君は慌てたように、【聖炎の剣】を振りかぶる。



「……バ、《爆炎焔(バクエンホムラ)》!!」



 ズゴォオオオオオオオ!!



 猛々しい炎が剣に宿る。ダンウェル君の焦った顔は知っている。



 つい先程、先生に向けていた畏怖の顔。




「し、死んでよ!!!!」




 不思議だ。

 【七聖剣】と繋がると、全てがスローモーションになる。ダンウェル君の青白い顔に浮かぶ、冷や汗すら視認できる。




 一刀のうちに決めないといけない。

 きっと同調(リンク)の時間は長くない。

 



 でも……、



 ねぇ、先生。

 僕は強くなれるよね?



「《喰らえ》……」



 ガキンッ!!!!




 剣を振るった。


 僕はただ“黒刀”を振るった。

 先生の真似をして、《命令》した。




 ズワァアッ!!




 炎を呑み込み、黒いモヤが空に昇る。

 

 天を穿(うが)ち、“爆炎を喰う”。




 クルクルクルクルッ……



 折れて宙を舞うのは、【聖炎の剣】。

 3本の指に入る勇者、【炎帝】の代名詞。



 火の粉を飛ばしながらクルクルと回る剣は“黒いモヤ”に喰われながら、ただの鉄クズに姿を変えていく。



「僕は『本物の勇者』になれる……」



 ありがとう。支えてくれて……。


 アイリスに感謝を。


 ごめんね。遅くなって……。


 兄様と母様に謝罪を……。



「どうしよう。もう逃げれない……」



 ドクンッドクンッドクンッ……!!



 僕、どうしようもなく恋している。



 浮かんできたのは……、浮かんできて仕方がないのは、《吸血》しようと妖艶に微笑む先生の顔だけだった。


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