第15話 器じゃないな
◇◇◇◇◇
ーートアル大森林
「おーい。ふっ……、顔が青いぞ……? どうかしたか?」
紫色になった唇は乾いている。
愉悦にまみれていた瞳は絶望を帯び、剣を握る手には力がまるで入っていない。
まったく……。何が“勇者”だ。
笑わせてくれる。
『勇者』とは普遍的なもののはずだ。
勇ましい者。どんな状況下に置いても“折れない者”、自分の中に恐怖を抱えても“立ち向かう者”。どれだけ「絶望」しようとも、歩むことを辞めれない“愚か者”。
ーー“始祖”め……!
ーー“吸血”の……!!
ーー“クソ魔王”……!!
遠い昔の記憶の中の『勇者』とやらは、間違ってもこんな『腰抜け』ではなかった。
「ふっ……、やはり、器ではないな。お前……」
俺が声をかけると赤黒い瞳が揺れる。
「……な、なにを、したんだ?」
「魔素を身体に巡らせて身体能力の向上。優しく触れて血に《命令》。幼子の遊戯のような魔術陣を破壊し、また《命令》した。“沸き立て”と……」
「……“魔術”? “破壊”? “命令”? え、あ、いや、」
「あの“悪臭女”には何もしていないぞ? 手を伸ばしたら畏怖に呑まれ、泡を吹いただけだ。おおかた、次は本当に頭を潰されるとでも思ったのだろう」
「あ……そう……」
ダンウェルは立ち尽くし、「は、ははっ」と乾いた声をあげる。
どうやらまだ理解できてないようだ。
俺が教えたかったのは『この先』だ。
「……ユーリなら俺に剣を突き立てた」
「はっ?」
「ユーリなら、たとえ無力だとしても、お前のように手の握力を弱める事はない」
「…………」
「まったく……。初めて会った時は散々だったんだ」
「……な、何者なの、アンタは……」
「ふっ……、俺は何も知らない“田舎者”でな。訳あって、アイリスを殺しかけてしまったが……、」
「それはそうでしょ!? アンタみたいな化け物を相手にできるはずないだろ! あの2人はゴミとクズ、」
「地を這いながらもユーリはアイリスを救おうと必死だったぞ?」
「……はっ? 何を、」
「ハハハッ!! “情けない男だ”と思ってな」
ピクッと身体を揺らすダンウェル。
俺は『現実』を教えてやろうと思っている。ここで、俺が力を振るえばこれまでと何も変わらない。
コイツだけは……身を持って知るべきだ。
「さて……“喰われる”覚悟はできたか? さっさと手に力を込めろ。剣を強く握れ」
「……な、なんなんだよ、本当に」
「お前たちが“最弱”と嗤(わら)うユーリに勝って見せろよ」
「……?」
「お前が『勇者』だと嘯(うそぶ)くのは勝手だが、ユーリは“同列”に扱われる存在ではないと、そう言っている」
「……“同列”なわけ、」
「もちろん、俺は手は出さない。ユーリと一対一で“生命”のやり取りをしろ」
「笑わせないでくんない?」
「……何がおかしい? お前はユーリの足元にも及ばない。ユーリは俺を討つ可能性を秘めている」
「……んなわけないじゃん。アンタは正真正銘の化け物だよ……。アンタみたいな人は勇者にもいない!! アンタなら魔王だって余裕で討てるでしょ!!!!」
「……俺はユーリのパーティーに所属している。俺の見解は、お前たち……いや、ユーリとアイリスすらも違う」
ダンウェルは深く眉間に皺を寄せ、初めて俺の瞳と視線を交わせる。
「俺が加入したパーティーのリーダーであるユーリは、七種魔王(セブンス)を討つ力を秘めている。アイリスの“アレ”は秘術だ。おそらく、俺でも模倣(まね)できない」
俺の言葉にダンウェルは更に眉間に皺を寄せるが、俺の瞳からすぐに視線を外し、見るような事はしない。
まったく……。
『死者』への冒涜だ。
これでは“アイツら”が報われない。
俺が屠ってきた“勇者たち”は、仲間が倒れようが、足が無くなろうが、腕を吹き飛ばそうが、這ってでも俺の首を取ろうとしてきた。
継承されているのはユーリだろう。
アイリスを殺しかけた“あの時”。
ユーリは俺の足に剣を突き立てた。
満足に動かない身体。
圧倒的な実力差がわからないほど、バカでもなかったはずだ。
《吸血》後……の“困惑”。
てっきり《吸血》に溺れたのかと思っていたが、どうやら俺に殺意がない事への戸惑いでもあったのかもしれない。
「……た、助かるの?」
ダンウェルとやらは剣を強く握りしめる。
「……ハ、ハハッ。まったく……」
屠りたくなってしまうではないか。
言葉には気をつけて欲しいものだ。
まぁ、いい。興味はない。
それよりもお前には“有用な使い道”がある。
少し教えただけでも、ユーリは喜んだ。
なぜかはわからんが『力』を与えれば、ユーリは喜ぶ。アイリスと違い、少し懐いてきている印象すら感じている。
わざわざ“残してやった”んだ。
ちゃんと活用してやる。
お前のようなヤツは『勇者の糧』にしてくれる。
「な、何がおかしいんだよ!! “最弱ちゃん”に勝てればいいんでしょ!!? アイツを“焼き斬れば”、アンタは僕に手出ししないって事なんだろ!?」
「……お前がユーリに勝てるはずがないだろう」
「……ハハッ。もう数えきれないくらい勝ってるよ」
「ふっ……、見ものだな」
ズワァア……!!
俺が呟くと、ダンウェルは魔素を解放する。
所詮は“下級”ドラゴン程度。
一定量の魔素を有していれば誰でも扱える“焔の剣”を手にニヤァアと口角を吊り上げる姿はひどく滑稽だ。
まったく。
その自信はどこから来るのやら……。
その剣を、アイリスにプレゼントした方がよかったか?
……いや、術式は悪くない。
“魔剣の餌”には丁度いい……。
ってか、コレでユーリを惚れさせる!
望み薄のアイリスより、手堅くユーリを手中にっ!!
「ユーリ! この男を、」
私欲満々でクルリと振り返ると、そこにはボロボロと泣いているユーリと今にも涙を溢してしまいそうなアイリスが立っている。
「ご主人様ぁ……」
頬を染めポーッと俺を見つめるエルに心の底から疑問を問いかける。
なんで、コイツらはすぐ泣く!?!?
俺の絶叫など知るよしもないユーリは、乱暴に目元を擦ると、一歩を踏み出した。
ズワァア……
歩きながら同調(リンク)し始めるユーリ。
「……僕は先生を信じるよ」
「……あ、あぁ」
「僕は先生を“嘘つき”にしない」
「……ぞ、ぞ、存分に“喰らえ”」
「……うん」
俺はあまりの極上の匂いに、意識が飛んでしまいそうになりながら、ユーリとすれ違った。
契約更新、契約更新、契約更新!!
もう“勇者”などどうでもよかった。
もう結果は分かりきっていた。
“そんな事”より、「1日1度」などとふざけた《契約》をどうにかせねばと思考をフル回転させていた。
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