第14話 vs.炎帝の勇者パーティー



   ◇◇◇◇◇




 ーートアル大森林




「……アンタら、何してくれてんの?」




 赤毛混じりの金髪の男は“上等な剣”を抜いて今にも襲いかかってきそうだ。


 男の横にはアイリスと同じ白いローブの女。人間にしては巨躯である大盾をもった逆毛の男と長い杖を持った初老の男がいる。



 うぅーん……。

 ……やはりただの人間だが?



 俺は首を傾げる。



「……ダ、ダンウェル君」



 ユーリがポツリと呟くと、アイリスがサッと前に躍り出た。


「お久しぶりです。“ダンウェル様”」


「……」


「申し訳ございません。新しく【七星の勇者】パーティーに加わったジーク様が、ユーリの尊厳を踏みにじる行為に我慢ならなかったようで……」


「……」


「まだ生きております。“メイリーン様”の治癒魔法ですぐに回復できるかと?」


「……」


「……僭越ながら、私が《回復(ヒール)》を致しましょうか……?」


「……口を開かないでよ。“ゴミ”は……」


「……ゴミは会話などできませんよ? 知性がありませんからね」


「黙れって言ってんの!! 平民出の分際で僕に意見しないでくんない!?」


「……意見ではありません。事実を並べさせて頂いただけです」



 赤黒い瞳を血走らせるダンウェルという者にアイリスは無言で見つめ続ける。



「……焼き殺すよ? “欠陥聖女”ちゃん」



 ダンウェルがポツリと呟くと、


「《聖なる治癒》……」


 アイリスと同じローブを纏った女が、失禁した女に魔術を展開した。



 ポワァア……



 浮かび上がる魔術陣に俺は苦笑する。



 うぅ~ん……。これはアレだ。

 ダメだ。うん。これで七種魔王(セブンス)を相手にするのは自殺行為だな。


 とりわけ、ユーリとアイリスが“人間らしかぬ力”を有している事は理解した。


 だが、おかしいな……。



「ダン、どうすんだ? 流石に殺すのはやべぇだろ?」

「確かにな。“欠陥”とはいえ“聖女殺し”はよろしくないでしょうな、ダンウェル殿」


 大盾の男と初老の男が呟くと、


「コイツらがこの森から生きて出れるはずないから……。殺しても問題にはならないだろ……」


 ダンウェルが言葉を返す。




 なぜ、コイツらはユーリとアイリスを屠れる気になっているのか……。



 俺が首を傾げていると、



「ガハッ!! ハァ、ハァ、ハァ……」



 目を覚ました“悪臭女”は俺を見上げる。



 カタカタと震えながら「ひ、ヒィイッ!」と叫び、ダンウェルの元へと這いずっていく姿はひどく滑稽だが、いい尻をしている。




「ヤ、ヤバいよ! アイツ!! どうにかしてよ! 早く殺してよ!! ダン君!! マジで死んじゃうかと思ったんだから! あたしは何もしてないのに、急に……! 無茶苦茶なの! アイツ、なんか変なの!!」



 悪臭女の叫びに、ダンウェルは俺を見つめて深く、深く眉間に皺を寄せる。



 ズワァア……!!



 俺の後方から魔素が漏れ出ると、ダンウェルたちは血相を変えて身構えた。



「なんなんだよ! お前ら!!」

「や、ヤベェだろ! なんて魔力だよ!」

「……コレは、気を抜けんの」

「…………」



 一瞬で陣形を作る相手に対し、



「……エル。落ち着け」



 俺は振り返る事なく小さく呟いた。


「ご、ご主人様。で、ですが、あのゴミクズがご主人様に殺気を……」


「大丈夫だ。気にするな」


「……はぃ……」



 エルが魔素を抑える。



 しかし、ダンウェルは『炎系の魔術が付与されているだけの剣』を構えると、



「《灼極(シャクゴク》……」



 ズズズッ……



 剣に魔素を注ぎ、刀身に熱を宿したように紅く染めた。



 カタカタカタカタカタカタッ……



「ユーリ。アイリス。“終わったら”説明しろ。理解できない事ばっかりだ」



 俺は震えるユーリと顔を青くするアイリスに声をかけると足を踏み出した。



「せ、先生……」

「ジーク様……」


「2人ともよく見ておけ……。……エル。手を出すなよ? 俺が少し“この場にいる全員”に『現実』を教えてやる」


「は、はい!! ご主人様の戦闘など148年と216日ぶりです!!」



 エルの言葉に「ふっ」と小さく笑う。最後に“魔術”を使用したのはそんなに前なのか……。


 確か、“獣王の刺客”を屠った時以来だな。



 さてさて……戯れようか……。





   ◆◆◆【SIDE:ダンウェル】




「ヒィ、ヒィイイイ!! いやァア!! もう、来ないでぇ!! 死にたくないヨォオオオオオ!!!!」



 クルシュの怯え方は異常だ。


 こちらに歩み寄ってくる執事のような格好をした男はニヤリと笑みを貼り付けているが、ただ少し魔力量が多いだけの小物。


 見たところ武器になるようなものは持っていない。おそらくは先程の……“メイド服の女”が参戦してくるのは目に見えている。



「ラグドリア! 正面の男はいい! メイドの動きを確認してろ!」

「承知した」

「ガイルド! 援護しろ! 2人で叩くぞ!」

「はいよ!!」

「メイリーンは《加護》を!! クルシュはメイリーンの後ろで待機」



 僕は的確な判断でメンバーを指揮し駆け出した。



 どんな生物も“焼き斬る”、《灼獄》を手に……。



「《聖天の祝福》!!」



 ポワァア……!!



 メイリーンからの自動治癒、思考加速、身体強化の《加護》を受けながら、僕は明確な殺意を持って“執事”へと駆けている。



 ふざけている。

 なんの力もないゴミの分際で、この【炎帝の勇者】である僕に舐めた事をしてくれたのか……?



 許されない。

 “最弱と欠陥”にあんな化け物が加入したのか……? あのメイドは利用価値がありそうだ。凄まじい美貌に、圧倒的な魔力量。


 もったいない。

 魔力量も少なく、まともに聖剣も扱えない史上最弱の勇者には……。下級治癒魔法しかできない魔力量しか取り柄のない平民出の欠陥聖女には……。



 君は僕のモノにしてあげるよ……。



 ポーッと顔を染めて、“執事”を見つめるメイドをチラリと見る。



 豊満な胸。黒髪混じりの透き通る銀髪。

 ルビーの宝石のように綺麗な瞳。


 クルシュはもう使えそうにないし、君とメイリーンが手に入れば更に最高の旅になる。


 あの魔力量だ。

 僕たちの旅にもついて来れる……。


 【炎帝】と呼ばれる僕の力を知れば、その顔は僕に向けるに決まってるんだ。



 視線を戻したが目の前の視界は拓けていた。



「えっ、」


「視姦するな。エルは俺のだぞ」



 ボソッと耳元に声が聞こえ、反射的に剣を振るうが、



 ブォンッ……



 虚しく空を斬っただけ……じゃない。



 フッ……



 執事の姿が消えた。

 僕の周りの気配も無くなった。



「……はっ?」



 僕の前を守るのは、『ロメロ王国の鉄壁』。いかなる物理攻撃も受け止め、魔法攻撃を《反射》させる完璧な盾役(タンク)。


 世界でも最大評価を与えられる鉄壁……。




 ドサッ……




 姿を確認すると同時にガイルドが倒れこんだところだった。



「いゃやあああああああ!!!!」



 後方からクルシュの絶叫が聞こえて、慌ててバッと振り返ると、



 ズゴォオオオオオオオ!!!!



 ラグドリアが森が消し飛んでしまうような《水聖の槍》を……、



 カラーンッ、カラーンッ……!!



 メイリーンが《聖天の鐘》を展開し、あらゆる生物の“牢獄”となる、巨大な鐘を下ろしているところだったが、




「《術式破壊(デストロイ)》……」



 パリーンッ!!!!



 創造の基盤となる魔法陣が砕け散る。

 あまりに一瞬の出来事に、先程の2人の魔法は見間違いのように感じて。



 ドサッ、ドサッ……



「う、嘘だろ……」



 【水聖の賢者】。【聖天の聖女】。


 ロメロ王国一の魔導師であるラグドリアと、万能聖女と呼ばれるメイリーンがなす術なく地面に倒れた。

 


「もう、やめてぇええええ!!!! あたしは関係ない! 関係ないから!! あたしはなにもしてないでしょ!! なんでもする!! アナタの奴隷になる!! 一生をかけて尽くすから! なんだってするから!! 身も心も全部あげるから、もう許してぇえええ!!!!」



 【剛拳の拳闘士】。


 身体強化に特化し、その類まれなる観察眼で、“回避盾”と“撹乱”の天才が、地面に頭を擦り付けて許しを乞うている。




「……………な、なんだ、これ……」




 僕はただその場に立ち尽くした。

 世界で3本の指に入るパーティー。


 これまで、七種魔王(セブンス)の四天王を6体も討伐した。そろそろ魔王の1人でも討とうと、【腰抜け魔王】討伐に踏み切った。



 “炎帝の勇者パーティー”。

 僕が作り上げた最強のパーティー。




「本当になんでもするからぁああ!!」



 クルシュは叫び、執事は手を伸ばした。



 ただそれだけでクルシュは白目を剥き、ブクブクと泡を吹いて失神した。




「…………じょ、冗談だろ?」




 執事はクルリと振り返ると、僕の元にゆっくりと歩いてくる。



「さてさて……理解できたかな?」



 真っ赤な、真っ赤な瞳に見つめられると、




 ゾクゾクッ……




 明確な『死』の予感。


 僕は地面から足が離れなかった。


 


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