第13話 〜ざまぁないですね〜




   ※※※【side:アイリス】




 拳闘士のクルシュですか……。

 つまりはロメロ王国……。

 【炎帝】の……。


 炎を司る聖剣【聖炎の剣(つるぎ)】に選ばれたラメス王国の指名勇者“ダンウェル”のパーティーが近くにいると言う事だと推察する。



 ーー次に会う時は『葬送』の時だろうね。“最弱ちゃん”。……ククッ、君の屍にチューしてあげるね?



 勇者の死は、世界各国の勇者たちが見送る決まりになっており、年に一度開催される「勇者会」で、ダンウェルがユーリにかけた言葉は記憶に新しい。



 ……厄介な相手です。

 ……どう回避しましょうか……。



 私が思考し始めると、クルシュはトコトコと真っ青になっているユーリの顔を覗きこむ。


 

「アハッ!! なぁーんだ。死んでないじゃん! “ダン君”ってば、嘘ばっかー!! 次に会うのは亡骸だって笑ってたのにぃ」


「……ぼ、僕たち、もう行くところだか、」


「待ってよぉ! せっかく会えたんだし、みんなもすぐ来るからさぁ!! お話しようよ! そこの“イケメン君”と“美人さん”は誰なのぉ?」


「……え、」


「まさか万年2人の“泥舟パーティー”に加入したなんて言わないよねぇ!? ちゃんと教えてあげたの? アンタが“史上最弱”の、」


「い、いや!! 僕は……」



 ユーリの顔はみるみる青ざめていく。


 ……私が入っても“逆効果”かもしれませんが、放っておくわけにはいきません。


 私がユーリとクルシュの間に割って入ろうとすると……、



「お前はおかしな事を言うのだな……」



 ジーク様が一瞬でクルシュの横へと加速して、鼻を摘みながら顔を覗き込んだ。



「……なっ、えっ?」



 クルシュは大きく目を見開き、ジーク様を見つめてじんわりと頬を染める。


 ジーク様は「よし。慣れてきた」と鼻から手を離すと、小首を傾げた。



「顔が赤いが? 体調が悪いのか?」


「え、いや、はっ? なに? アンタ……。ど、どんな魔法使ったのよ! 一瞬で横に現れないでくれない!? びっくりするじゃん!」


「……“マホウ”? なんだ、それは?」


「……アハハハッ!! 魔法も知らないの!? いつの時代の人間なのよ!? こんなド田舎で狩猟生活でもして暮らしてきた部族とか?」


「……?」


「そっかぁ~……。じゃあ世界の事、なぁんにも知らないんだぁ……」


「なんのことだ?」


「お兄さん、イケメンだからいい事教えてあげるよ! この子たちってさぁ、」


「や、やめて!! 先生には言わないで!!」


 ユーリが声を上げると、クルシュはニヤァアと笑みを浮かべる。


「“先生”、なんだぁ? へぇ~……。ねぇ、ねぇ。あなたは教えてあげないの? “教えても無駄”だって!!」


「……ん?」


「アハハっ! まぁ顔はいいもんね。騙されるのも仕方ないかぁ……。“先生”なんて呼ばれて鼻の下伸ばしちゃった感じ?」


「……それはユーリが勝手にそう呼んでいるだけだが?」


「ぷっ! ハハハハッ!! 本当に笑っちゃう!! 勝手に先生なんて呼んで、取り入るのに必死! 確かにアナタ“少しはやる”みたいだし、こんなド田舎でもない限り、パーティーメンバーも見つからないよね!!」


「…………」


「あなたは知らないだろうけどさ、『史上最弱の勇者』って有名なんだよ? 全世界でね!! アハハ」


「……なるほど。確かに『最弱』だな……。“勇者”とは“魔王”と同等……または、その可能性がないとダメなんだろ?」


「そうそう!! 目が覚めちゃった? あーあ!! あたし、言っちゃったらダメだったかなぁ? ァハハハハハッ!! ほんと、バッカみたいだよねぇ!!」



 大笑いするクルシュにユーリはグッと唇を噛み締め、瞳に涙を浮かべる。



 トクンッ……トクンッ……



 私は鼓動のたびに血が冷めていく。


 他者を見下す事でしか笑えないなんて可哀想な人ですね……。



 ーーねぇねぇ! 次、あたしと! 模擬戦しようよぉ!!



 「勇者会」での一場面が蘇る。


 「最弱」と馬鹿にされては、何十人もの勇者パーティーの面々に“模擬戦”を申し込まれ、一方的にいたぶられ続けるユーリの姿だ。


 ーーほんと、弱いねぇ! それでも勇者なの?! ァハハハッ!!


 馬乗りになり、容赦なく拳をユーリの顔に打ち込む姿を忘れたわけではない。


 自分の無力さを呪い血の涙を流した。

 クルシュの下品な笑い声に、「赤」の風景が蘇る。



 ーーハ、ハハッ……。みんな強いや。



 ボロボロのユーリに《回復(ヒール)》をかける事しかできない自分と、あの時の憤怒と憎悪は一切消える事はなかった。



 トクンッ……トクンッ……



 鼓動の度にクルシュへの怒りがじわじわと湧き上がる。



 そして……。



 ……口では何を言っていても、“アナタ”もユーリを馬鹿にするのですか……。



 ジーク様への失望。


 “落胆”どころか、“安堵”している自分がいる。


 よかったです。アナタが私の“敵”で……。



 トクンッ……トクンッ……


 冷めていく。

 ジリジリと身体の芯まで……。


 そうです。ジーク様は魔王。

 “私たち”の敵に違いない。


 当たり前ですね……。

 無理矢理契約で縛られて、今頃後悔し始めている頃でしょうし……。



 私はユーリをこれ以上、傷つけられるわけにはいかないと判断して足を踏み出す。


「ユーリ。早くこの場を離れま、」

 

「アイリス。“コイツ”は屠っていいか? ものすごく不愉快なのだが……?」



 私の言葉を遮ったのはニヤァと笑みを浮かべるジーク様だ。



「……えっ?」


「何を勘違いしているのか……。最弱なのは、“これから来る勇者”だろう? なぜ、コイツはずっとユーリを嗤(わら)うのだ?」


「…………」


「もう屠ってしまって構わんだろう? まったく……不愉快この上ない。俺の食……じゃなかった、“パーティーメンバー”を嘲笑うなど、許されるものではない……」


「……ジークさ、ま……?」


「ふっ、ダメか……? まぁいい。殺さなければいいのだろう?」



 ジーク様は至近距離で深く眉間に皺を寄せているクルシュに向き直る。



「……なんなの、アンタ……。どこの誰だか知らないけど、ただの“田舎者”が【炎帝の勇者パーティー】の前衛(アタッカー)をバカにして、」



 ガッ!!



 ジーク様はクルシュの顔面を掴み上げるとそのまま片手で持ち上げた。


「なっ! 何すんのよ!! さっさと離さないと、タダじゃおかないん、」



 グググッ……



「痛いっ! い、いたいってば!! ちょ、ちょっと!!」


「……臭いな。男に媚びて身体を使っているのはお前だろう? 吐き気がする」


「な、何言って、イタッ!! ちょ、本当に!! ボ、《身体強化(ボディ・ブースト》!!」



 ポワァ!!


 クルシュの身体には魔法陣が浮かび上がり魔力の鎧を創造する。



「……ハハッ。なんだ? その稚拙な“魔術陣”は……。アイリスの爪垢でも飲むといい」


「ちょ、ちょ、うそ……でしょ!! なんでビクとも……!! い、痛い!! 痛いってば!!」



 グググッ……



 クルシュは必死にジーク様の手を引き剥がそうとしているが、ジーク様は涼しい顔で更に力を込めたようだ。



「ちょ、いや! イタぃから!! な、なんなのよ! ちょ、ちょっと!!」



 グググッ……



「わ、割れちゃう! あ、頭がぁっ、いいいいい! ぁあっあああああ!! 離して! 痛い! 痛いよ!! ゴ、ゴウ……《剛拳》!」



 グググッ!!



 クルシュの腕に筋肉が浮かび上がるが、ジーク様は未だ涼しい顔で更に手に力を込める。



「あ、あがっ! ぁああああああ!!!」



 クルシュの大絶叫など聞こえていないかのようにジーク様はユーリに視線を向ける。



「ユーリ。なぜこんな小娘を恐れる?」


「……え、あ、いや……。ダ、ダメだよ! 早く手を離して!!」


「お前は、初めて会った時から“勇者”だった。俺の瞳を真っ直ぐに見つめ、必死に畏怖を隠し、おどけて見せていたな?」


「……そ、そんな事、ないよ……」


「……俺より恐ろしいか? この何の価値もない小娘が……」



 ニヤリと余裕綽々の笑顔。



「やめてぇえええ!! いたい! 頭が割れちゃう!! 割れちゃうよぉぉおおお!!」


 クルシュの大絶叫は続いているのに……。ジーク様のヒールな笑みにユーリも……私も、言葉がでない。



「…………」


「ふっ……、なかなか唆る匂いだが、人前ではダメだとアイリスがうるさいからな……」


「……せ、先生!! な、なな、何言ってるのさ! こんな時に!!」


「ふっ……。それでいい。こんな小娘に恐れている時よりも、そっちの方が極上だ」



 ジーク様はペロリとくちびるを舐めると、クルシュに向き合い冷たい瞳を向ける。



 ググッ……



「ァガッあっ、あっ……ゔゔゔぅ! ぐぁあああああ!! ……ぐぁガハッ………」



 クルシュはダランッと両腕を落とすとガクガクと震えて失禁した。



 ドサッ……ガクガクガクガクッ……


「ふっ、ますます臭くなってしまったな……」


 ジーク様はクルシュから手を離しクスッと笑うと、クルリと振り返り私を見据える。



「殺してはないぞ?」


「え、あっ……は、はぃ……」


「俺は殺していない。ふっ……。このままだと、殺すのはおそらく魔獣だな!」


「…………そう……ですね」


「ハハッ! 《契約》は守ると言ったろ?」


「はぃ……」



 ジーク様はニカッと笑うと、「それにしても臭くてたまらんな……」と呟き、エル様に「水辺は近くにあったか?」などと声をかける。



 プルプルプルプルッ……



 身体が小刻みに震える。


 圧倒的な力を前にして、恐れからくる震えではなく、私は……、込み上がる笑みを堪えるのに必死だった。



 ……ええ。その通りです。

 目撃者は私たちだけですし、“魔物”が食い散らかすのなら仕方ありません。


 ざまぁないですね……。


 私は確かに『欠陥聖女』。

 心の中では胸がスカッとして仕方がない。



 これまでユーリが受けてきた仕打ちを考えれば当然の報いです……。


 あなたは『絶望』を与えられた“今”、ユーリのように笑うことができますか? “クルシュ様”。



 心の中でクルシュに声をかけ、込み上がってくる笑みを堪えていると、



「……アンタら……何してくれてんの?」


 

 異様な殺気を放つ【炎帝の勇者】が「聖炎の剣」を抜いて立っていた。




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