第12話 口尖らせるかわいいね



  ◇◇◇◇◇



 ーートアル大森林



「……迂回、致しましょう」

「……そうだね」



 人が来ていると伝えると、アイリスとユーリは苦い顔をして呟いた。



「俺的には早くユーリに“遮光のローブ”を用意して欲しいのだが?」


「……ご、ごめんね? 先生。もう少しだけ我慢してくれると嬉しいんだけど……」


「……ジーク様。申し訳ありませんが……」


「……どうした? お前たち2人とも様子がおかしいが?」


「……えへへっ。ちょ、ちょっとね……」



 ユーリは苦笑してポリポリと頬を掻き、アイリスは無表情で何やら考え込んでいるようだ。



 エルはまだむくれたまま俺のマントを掴んで我関せずといった様子だが、2人の様子は明らかに変だ。



「……“困窮”しているなら手を貸してやるぞ? 《契約》は守ってやる。……それに、お前たちは屋敷を出てから食事もしていないし、空腹ではないのか?」



 俺が小首を傾げると、アイリスが顔を上げた。


「お気遣い感謝致します。……ですが、この森を訪れる“人間”は限られているのです」


「……?」


「ジーク様を討つため以外にこの森を訪れる者はおりませんので……」



 アイリスの言葉にエルがピクッと反応する。



「……ふふっ、面白い冗談です。塵芥(ちりあくた)の分際でご主人様に弓を引くなど……。ご主人様、屠っても良いですか?」


「なりません。7項“人間の命を奪ってはならない”と取り決めておりますので」


「エルは《契約》などしてません。ア、“ァィリス”は黙って下さい……」


 エルは少し恥ずかしそうに呟き、嫌な顔をして眉間に皺を寄せる。



 アイリスは少し驚いたように目を見開くと、少し沈黙してから俺を見上げた。



「……ジ、ジーク様……」



 まるで、助けを求めているようだ。


 エルは俺を思っての発言だろうが、歩み寄られた手前、正論で捲し立てる事も出来ないか……。


 随分と可愛らしいところもあるではないか。


「ふっ……。エル。人間の命を奪うな。俺が守る《契約》は、お前も守れ」


「……は、はぃ。ご主人様」


「いい子だ。後で少し奥まで入れてやる」


「……はぃ!!」


 エルはギュッと俺のマントを掴み、「楽しみにしてます」とポツリとつぶやいた。



 それは、それとて……。

 アイリスはおかしな事を言う。



「アイリス。俺は『人間』として振る舞えばよいのだろ? そのために漏れ出る魔素を抑えているし、人間の容姿に見えるようにしているはずだ」


「……はい。……“それ”で抑えていたのですね」


「……ん?」


「いえ。……それが何か?」


「……ここで人間を避ける意味がわからないのだが? 別に俺を討ちに来ているのだとしても、屋敷はもぬけのから。すれ違うだけで済むはずだろう……?」



 アイリスは無表情のままだが、ユーリは更に苦笑を深める。


「来ているのは、おそらく“他国の勇者パーティー”でしょう……」


「……いや、ただの人間だ。特異な匂いもない。普通の人間の匂いと、経験した事のない“悪臭”が1人いるだけだ」


「……いえ、確実に勇者パーティーです」


「……ぷっ、ハハハッ! ユーリが“勇者”なのだろ? とてもじゃないが、ユーリと同等の力を持っているとは思えんぞ? ユーリは量こそ少ないが、魔剣に選ばれるだけの異質な魔素の持ち主だしな」


「……せ、先生……」


「……? なぜ照れる?」


「え、いや、」


「まぁ別にいいが……、お前もだ、アイリス。5人組だが、お前ほどの魔素を内包している者はいない……。“梟頭の熊”が4人と、“下級”のドラゴンが1人いる程度だ」


「…………」


「それに……俺はお前たち以外の『人間』に少し興味がある。ぜひ、会ってみたいものだ」


「……エル様以外……。“人間”への《吸血》行為は、私とユーリの許可が必要となりますよ?」


 アイリスは無表情で俺を見つめる。


 まったく……。

 俺をなんだと思っているんだか……。

 吸血狂いのイカれたヤツだとでも思っているんじゃないだろうな?! いや、思っているんだろうな!!


 どうも、コイツらとの会話に齟齬(そご)がある気がする。


 俺は“現代”の事を知らない。

 話し合おうにも、コイツらは俺と深く関わろうとしない。俺の何がダメなのか教えてくれないから、他のヤツから情報を得ようとしているのに……。


 俺は軽く拗ねながらアイリスから視線を外す。


「……俺はグルメだ。《吸血》するにしても、誰でもいいわけではない」


「……」


「俺はお前たちのことをもっと知りたいのだ。それなのに、お前たちは自分たちの聞きたい事だけ聞いて、そそくさと逃げる……」


「「……」」


「なんとか言ったらどうだ。俺はもっとお前たちと仲良くなりたいと思っているんだ!」


 俺は2人に視線を向けると、ユーリは何かを愛でるように顔を赤くして瞳を潤ませ、アイリスはギュッと目を瞑って顔を赤くさせていた。


「せ、先生。口尖らせるとかわいいね」


「……はっ?」


 ……ふざけるな、まったく!!

 俺は真剣に話しているのに!!



「エル。2人が真面目に話を聞かないんだが?」



 俺は斜め後ろにいるエルに声をかけるが、


「……ご主人様。致死量の“キュン”です」


 エルは瞳を潤ませて、胸をギュッと抑えている。


 

「……おい。これは何がどうなってる?」



 俺は意味がわからなすぎて眉間に皺を寄せるが、エルは「ハウッ……」と言って悶えて、俺のマントに顔を埋めた。


 

「な、何が聞きたいのでしょうか? 答えられるものはお答え致しますが?」


 アイリスの言葉に改めて向き直る。

 まだほのかに顔は赤いが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。


 正直、もう全部わからない。

 俺はもう何もわからない。


 この状況も、なにもかも。


 だがまぁ、とりあえず、1番の疑問を……!


 

「なぜお前たちは俺に惚れ……い、いや、ちがう」


「…………」


 アイリスがサーッと冷めた目をしていくのだから、聞くに聞けない……。嫌われるのは俺の望みから1番遠いものだ。

 

 他……他か……。

 あっ。そういえば……


「アイリス、お前の術式は美しい。しばらく屋敷にこもっていたが、お前のような“魔術師”が無数にいるのなら、七種魔王(セブンス)が欠けているはずだが?」


 アイリスは少し眉間に皺を寄せて視線を伏せる。


「……い、嫌味……でしょうか?」


「……えっ? 怒ったのか? 褒めているんだが?」


「ジーク様はご存じないかも、」


「まったく……。邪魔しよって」


「……?」


「残念だが怒る暇はないぞ。後できちんと説明してもらうからな?」


「どういう意味でしょう?」


「先行して、1人来たようだ……」


「「……!!」」



 アイリスとユーリは同時に目を見開き、バッと後ろを振り返った。




「あれれぇ? “最弱”と“欠陥”じゃん! なになに? アンタらも【腰抜け】を殺りに行く気なのぉ?」



 現れたのは1人の女。

 茶色の髪に茶色の瞳。整った容姿であり、布の面積はかなり少ない。


 引き締まった身体は綺麗だし、「体術」を扱いそうな印象だが、言葉の意味はわかりかねる。



「【剛拳】の“クルシュ”……」



 アイリスがポツリと呟いたが、俺はあまりの“悪臭”に顔を顰めながら、少し興味を引かれていた。




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