第11話 まったく……



   ◇◇◇◇◇



 ーートアル大森林



「あ、暑い。無理だ。限界だ。少し休息しよう……」



 俺は久しぶりの太陽に疲弊し切っている。ドサッと木陰に座り込み、「ふぅ~」っと息を吐く。



「大丈夫ですか? ご主人様……」


 すぐに駆け寄ってきたエルも少し息を切らしている。やはり、吸血鬼の1番の敵は太陽で間違いないようだ。



 前方を歩いているユーリとアイリスも足を止めてクルリと振り返った。



「アイリス。少し休もう? 先生もエルさんも、本当に苦しそうだよ?」


「そうですね」



 アイリスはポツリと呟くと、俺とエルの方へと歩いてくる。



「ん? 血をくれる、」


「……《回復(ヒール)》」



 ポワァア……



 俺の言葉を遮り、アイリスは魔術を展開した。俺は浮かび上がった魔術陣に素直に感嘆する。



「ほぉー……。面白いな」



 身体の細胞が急速に“修復”されていく。まるで、時間が回帰しているような感覚だ。



 “綺麗な術式”だ。

 間近で魔術陣を見せるなど“奪われるぞ”? 優秀のくせに警戒心が希薄……、


 お、おぉー!!

 やっと少しは信用してくれたのだな!!


 俺はアイリスから信頼に頬を緩める。



 並べられた“言語”に無駄がなく、整理されている魔術陣。やはり、わずかに“書き換えれば”、攻撃にも使用出来るものだ。


 教えてやればユーリのように喜ぶかな?

 でもユーリの教えてくれとも言われてないし、迷惑に思うかもしれない。


 そもそも、なぜユーリが泣いたのかもわからなかったんだから……。


 などと考えていたが、



「……エルには必要ありませんでしたが?」


「そうですか。差し出がましい行いをしてしまい申し訳ありませんでした」


「……ふふっ。まるで機械ですね?」


「よく言われます」


「……食えない女です」


「……それもよく言われます」



 バチバチと2人の視線が弾けている。


 今にも攻撃してしまいそうなエルの表情と、冷静になんの感情もないように見つめるアイリス。



「ちょ、ちょっと。落ち着いて! 仲良くしようよ! 今は仲間なんだしさ!」



 ユーリはオロオロと2人に声をかけるが……



「あなた方はクソ虫でしょう? エルは“虫”と仲良くする趣味はありません」


「確かに“仲の良さ”は必要ないでしょう。お互い、やるべき仕事をこなすだけです」


「意見が合うなんて奇遇ですね? ついでに死んで下さい」


「それはできかねます」


「……エルの瞳を見つめるのをやめなさい。くれぐれも2度同じ事を言わせないように……」


「……ご自分の立場を理解していないようですね? 私が自決すれば、ジーク様の命も無くなるのですよ?」


「……こ、このゴミ虫がッ……!!」



 バチバチの2人のやりとりに頬が緩む。


 エルに仲のいい“友人”が出来そうで何よりだ。拾ってからというもの、エルは俺以外の者と口を聞く事すらなかった。


 こうして感情が揺れ動くのはいい事だ。

 


「や、やめてよ! 2人とも!! 先生も笑ってないで、早く止めて!」



 ユーリは焦っているが、お互いの考えをぶつけ合い、理解し合う事が仲良くなるコツのようなものだと文献で読んだことがある。




 まぁ、俺に友人は1人もいないがな。



 ……ん? あれ?

 俺、友人がいないのか。

 そうか。そうだったのか……。


 ほ、ほぉー……。そうか……。


 

「せ、先生!! どうしたの!? なんでズゥーンってしてるの?」


「……!! どうかされたんですか? ご主人様!」



 ユーリの言葉にエルは即座に俺の顔をのぞき込む。アイリスはチラリと俺を見やるが、すぐに離れた場所に腰を下ろした。



 あれ? 信頼は……? 

 …………う、嘘だろ……。気のせい……?



「血を飲まれますか? いえ、飲んで下さい! こんなに落ち込んでるご主人様は初めてです!! エ、エルが“あの者”に突っかかるからですか? ご、ごめんなさい! もうしません!」



 エルは早口で巻くし立てると、真紅の瞳に涙を溜める。


 あぁー……なんだかうまくいっていないな。2人に出会ってからというもの、なんか俺って大した事ないんだな……と気付かされてばかりだ。


 食事や食材の事ばかり。

 《吸血》しか能がない。


 それなのに、アイリスとユーリは溺れない。いや、溺れているのだろうが、俺に惚れない。


 眷属にしようとしているのに、突破口の一つも見つけられていない。


 そもそも『恋』ってなんだ?

 よくよく考えれば、俺はそれすら知らない……。


 俺ってやつは、ダメダメなヤツだったのかもしれないな……。



「ご、ご主人様? 本当に申し訳ありません! エルにできることはございますか? なんでも、なんなりと!! ご主人様に嫌われてしまったら、エルは生きていけません!!」



 エルはウルウルの涙が溢れてしまわないように、必死に唇を噛み締める。


 ……ふっ、可愛らしいヤツだ。

 友人が居なくとも、1人は味方がいるか……。


「ご主人様……」


「ふっ……、まったく。なんて顔をしている? 気にしなくていい。少し自己嫌悪に陥っていただけ、」


「ご主人様は完璧です! エルが1番よく知っています! エルを救って下さったご主人様が悪い事など、この世に一つもありません!!」


「え、あ、いや、」


「エルがいます! ずっとずっとエルがお側にいます! ご主人様の悩みの種は全てエルが抹消します!!」


「ハ、ハハッ……。まったく……。少し思うところがあっただけだ。……なんにせよ、お前のせいではないから安心しろ……」



 エルは急速に頬を染めると、少し視線を伏せる。



「……は、はぃ。ですが、嘘偽りない言葉です……」


「ありがとうな」



 ポンッ……



 俺はエルの頭を撫でて立ち上がる。



 確かに悩んだところで仕方ない。

 コイツらを眷属にするために頑張るだけだ。……といっても何を頑張るのか……。


「……ん?」


 俺とエルを見つめて少し口を尖らせているユーリと目が合い、ハッと気づく。



「……ユーリ。お前はどのような男を好きになるのだ?」


「……えっ?」


「俺がお前を惚れさせるために、俺は何をすればいい?」


「えっ、えぇ!! わ、わかんないよ、そんなの!! ぼ、ぼ、ぼぼ、僕は恋なんてしてる場合じゃないから!!」



 ユーリは尋常ではないほど顔を赤くさせると、その場から逃げ出しアイリスの元へと走っていった。



「……直接聞けば、なんとかなるかと思ったんだが……」



 ポツリと呟くと、足元から尋常ではない視線を感じた。



「……むぅー……」



 ぷっくりと頬を膨らませているエルがいたので、“嫉妬”の血を頂こうとしたのだが……、




「……“5人組”。ただの人間か……? まったく……臭くてかなわん……」



 数キロほどの位置に人間の気配を察知してやめておいた。



 ーーくれぐれも人前で《吸血》することのないようにお願い致しますよ?



 アイリスに「吸血鬼である事を秘匿しろ」と口うるさく言われているからだ。



「やれやれ……」



 俺はエルをエスコートして立ち上がらせながら、深く息を吐いた。


  


 

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