第10話 〜勇者の変貌〜


  ◇◇◇【SIDE:アイリス】



 ーートアル大森林




 シュロロロロロ……



 鎧大蛇(アーマースネイク)[A]。


 ジーク様の屋敷に向かっている時には、私の《回復(ヒール)》で支援しながら、2時間ほどかけて討伐した相手に、ものの数秒で勝利してしまった。



 短い赤髪に漆黒の瞳。

 身体に浮かび上がる紋様。


 これまで必死に積み上げてきた剣技。

 挑み続けた死地で身についた観察眼。



 ーー僕は……弱いッ……!!



 ユーリの悲痛の叫びと涙が蘇る。


 自分の弱さを真正面から受け止め、絶望し、それでもなお、顔をあげて2年。


 もがき苦しんだ日々が嘘のようだ。



 ズチャア……!!



 ユーリの【黒刀】は一振りで巨大な首を斬り落とした。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


「《回復(ヒール)》……」


「……ふぅ~……。ありがとう! アイリス! すごい! すごいよ! コレが【七聖剣】の力なんだ!!」


 まだ使いこなせているわけではない。

 同調(リンク)に至るまでは時間を要し、短時間しか継続できない。



 初回の攻撃時のみにしか黒刀は使えていない。


 でも、それでも……、



「僕、強くなれるよ……。やっと、やっと“希望”が湧いて来たんだ……!!」



 ユーリはキラキラとグリーンの瞳を輝かせる。



 まるで水を得た魚だ。

 巨壁が聳え立つ迷路で、翼を与えられ“飛び越える”という発想を手にした幼子のようだ。



 鎧蛇(アーマースネイク)の大きな首。ドロドロの血が辺りには飛び散っている。



 ……ご覧なさい。

 これが“あなた方”が軽んじたユーリなのです。


 誰が「最弱」ですか? 

 誰が「ハズレ勇者」ですか? 


 先程の戦闘を見てから同じ発言をしてみなさい。



 ーー新たな勇者が必要だ。今世の勇者には“降りてもらおう”……。



 “あなたたち”が何度も何度も死地に向かわせ、亡き者としようとしていたユーリこそが、真の勇者なのだ。



 『ロメアスタ王国の王侯貴族は力を持たない勇者を選出した無能な王国』


 王侯貴族は他国からの嘲笑に、ユーリを死地に向かわせ続けた。


 その判断は間違っている。


 その証明のため。

 私を救ってくれたユーリのため。



 私は“魔王”と手を組んだ。



「あ、暑い……。もう限界だ。エル。スカートの中に入れてくれ……」


「はい、ご主人様」


 メイド服のスカートに潜り込み、日差しを遮る“おかしな魔王”と手を組んだ。




「んんっ、ご、主人様っ!!」



 スカートに潜り込んで数秒後。


 エル様はとてつもなく恍惚とした表情で、ガクガクと足を震わせ始めた。



「んっ、あっあ! はぁんっ! ご主人様ぁあ、んんっ! ぁっん、んっ、んんッ!!」



 ジワァア……



 エルさんの甘美な声に、私の身体の奥が疼き、視線を外す。



 動物と同じです……。はしたない。


 ところ構わず、自制や自重など一切ない。欲のままに血を欲する。



「ぁあ、ああっ!!」


 ビクンッビクンッ……!!



 エル様は大きく身体を震わせ、タラリとヨダレを垂らした。


 まるで、私たちに見せつけるように快楽のままに……その卑猥で優美な表情を赤く染めた。


 ガクガクとした足で懸命に立っているのは、スカートの中にいる“血狂い”のジーク様を気遣っての事だろう。




 パサッ……



 スカートから出て来たジーク様は満足気に唇を舐め、エルさんの細い腰を抱く。


「だいぶ気分が良くなった。エルは平気か?」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「ふっ。喉が渇いたら言えよ?」


「か、渇きました……」


「……いいぞ?」



 カプッ……



 今度はエル様がジーク様の首に牙を立て、ジーク様の顔は紅潮する。



「んっ、はぁ……んんっ、んっ」



 エル様は吸血しながらも甘い声をあげ、ジーク様も少し呼吸を荒くさせる。


 

 まるで目の前で不埒な事をされているかのようで、私はクルリと背を向けたが、



「んっ、はぁ、んっ……んっ」

「はぁ……はぁ、はぁ……」



 2人の音に耳を傾けてしまう。



 ジーク様と手を組んだのは間違いではなかったと思っている。


 ユーリの力を引き出してくれた。“古代文字”すらも読めるジーク様の知識はこれから幾度となく私たちを救うだろう。


 なにより、ジーク様の「絶大な力」を利用する事ができる。



 《吸血》に耐えるだけで。


 全てがどうでもよくなる快楽の中、必死に自分を保つだけで。ただそれだけで……。



 間違いなかった。

 私はあの場で打てる最善の手を打った。



 ですが……、



「……“先生”……」



 ポツリと呟いて、“2人の情事”を見つめるユーリ。身体の奥がジンジンとして変な気分になってしまっている私。



 《吸血》を軽んじてしまった。



 だけじゃない……。



 ーーねぇ、アイリス! 先生の役職は“賢者”でいいのかな?



 ユーリのジーク様を見つめる目は、まるで、憧憬に身を焦がしているかのようだ。


 

 『恋に落とす事で眷属となる』



 ジーク様の書斎で読んだ文献に冷や汗が止まらなかった。



 『12項、ユーリと私に対する吸血行為以外の魔法やスキルの無効化』



 もし、付け加えていなかったらと思うとゾッとしてしまう。


 “眷属”にこだわっているようだったので、「眷属」という言葉を使わないように手を打った。


 そもそもジーク様は契約内容をほとんど聞いていない。あの場にエル様がいなかった事も僥倖だった。



 全てが噛み合い、運命のように居合わせた。



 いざとなれば、吸血鬼になる道もあったのかもしれないが、“今”ではないし、もう必要ない。



「…………」



 真っ赤な顔でポーッとジーク様を見つめるユーリに頭が痛くなる。


 

 ユーリはもう……。

 私がしっかりと自制しなければ。

 意思を強く持ち、流される事はないように……。



「ユーリ。明日の吸血の終了時には『12項』と呟きなさい」


「……えっ、あっ、うん!!」



 2人からあわてて視線を外し、私と同様に背を向けたユーリ。


 私はバレないようにため息を吐く。



「“12項”ってなんだったっけ?」


「……ユーリは知らない方が良いです」


「……そっか。アイリスが言うなら、わかったよ」


「ありがとうございます。次は私がユーリを守りますから」


「うん! ありがとう!」



 「憑き物」が取れたような顔。

 ユーリの屈託のない笑顔はいつぶりだったでしょうか……。



「……私はほだされたりしません」


「アイリス?」


「はい?」


「えっ? 何か言った?」


「いいえ。別に何も言ってないですよ?」



 私はニッコリと笑顔を返した。ユーリは少し不思議そうな顔をしたけど、特には気にしていないようでホッと胸を撫で下ろす。



 ……“計算外”はユーリだけではない。



「待たせて悪かったな。そろそろ行くか?」


 ジーク様の声に振り返ると、ユーリはトコトコと2人の元へ歩み寄る。


「せ、先生! 日傘よりさ、“遮光マント”とかの方がいいんじゃないかな?」


「そんなものがあるのか?」


「うん! さっきのお礼に僕が買ってくるからさ!」


「……ん? ……奪えばいいんじゃないのか?」


「ダ、ダメだよ! 先生は『人間』のフリをしなきゃなんだよ?」


「そ、そうだったな」


 ジーク様は顔を引き攣らせ、知ったかぶりをする。


 ジーク様は契約内容を把握していない。

 この優位を手放すわけにはいかない。


「もちろん、エルさんのメイド服も遮光性能のあるものを用意するからね?」


「黙りなさい、クソ虫。さっさと死になさい」


「え、えぇ~……。仲良くしようよ!」


「……エルに2度同じ事を言わせたら屠りますよ。“黙りな、」


「は、はぁい! 黙ります!」



 ユーリとエル様のやりとりに、ジーク様は「ハハハハッ」と大きな笑い声をあげる。



「心配するな、ユーリ。お前は絶対に死なせるわけにはいかないからな?」



 ポンッ……



 ジーク様はユーリの頭に手を置き、ユーリはブワッと頬を染める。


「え、あっ……先生……」


「……やはり屠ります」


「ちょ、エルさん!! 見てないで助けてよ、アイリス!」


「ハハハハッ!!」



 私は楽しそうなジーク様とユーリを静観する。ふとジーク様と目が合うとキョトンと首を傾げられた。



「アイリス、何をしてる? 早く来い」



 私はコクリと頷いて、歩み寄りながらポツリと呟く。



「……本当に“計算外”です……」



 本当に『人間』と変わらない。

 いや、常識を知らない所や血狂いな所は文句なしに異常者……。



「ふっ、涼しい顔をして疲れてるのか? もう少し休んでもいいが?」



 

 でも、ちゃんと相手を思いやる心も持っている。



「……結構です」



 最恐最悪の七種魔王(セブンス)。

 名前の通りならどれだけ楽だったか。


 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 この魔王は顔が良すぎです……。



 ささやかな気遣いに胸を鳴らしているわけではない。誰からも否定され続けた“私たち”を認め、導いてくれるからではない。



 ただ、容姿が整っているからだ。



 私は自分の胸の鼓動をそう結論付け、見て見ぬフリを貫く。






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