第9話 なぜ、泣く?


 

   ◇◇◇◇◇



 ーートアル大森林



「えっと、そうじゃなくて、」

「“私たち”が『人間にしてはなかなかやる』と言って下さった件です」



 ユーリの言葉を遮り、俺のマントをギュッと強く握ったのは、相変わらず真の強そうな紺碧の瞳でジッと見つめてくるアイリスだ。



「なんだ……? 言葉通りの意味だが?」


「……せ、説明して頂けますか?」


 アイリスは無表情ながら、マントを掴む手が震えており、俺は一つの結論に辿り着く。



 ……ふっ、やっとか。

 当たり前の事に、そんなに必死になって……。


 このように縋りつくなど……、ついに《吸血》をねだり始めたな!? 1日1度などと取り決めた事を後悔しているのだろ?



「ふっ……《契約》内容を更新してやってもいいぞ?」


「……『17項』に、“ジーク様の知識の全てを共有する”と取り決めております。情報の開示を……」

 

「……ん?」



 モヤァア……


 腕輪からまた禍々しいオーラを察知する。



 あ、あっれぇええ?

 なんか思ってたのと違うんだが?



「……ユーリの【七聖剣】を“魔剣”とおっしゃいましたね?」


「“しちせいけん”? なんだ、それ。ユーリの剣は、“竜殺(ドラゴンスレイヤー)”が持っていた剣だろ?」


「……“ドラゴンスレイヤー”……?」


「ん? 昔、竜を殺し回っていたジジイが持っていた剣だろ? 改めて日の下で見て思い出したが」


「……ジ、“ジジイ”……“竜殺”……?」


「あぁ。間違いない。ソイツは持ち主を選ぶし、俺が触れてもビクともしないのにも納得だ……」


「……どのくらい前なのでしょう?」


「さぁ? 2000年前くらいか? 魔素を喰らってさまざまな魔術を纏う“魔剣”だろ?」


「……!!」



 アイリスは大きく瞳を見開き、ユーリが横からズイッと顔を出して俺に詰め寄る。



「ど、どうやって使うの!? ジークさんは知ってるの!!?」


「……? 自分の剣だというのに、本当におかしなヤツだな……」


「お、教えて! お願いだよ!」



 ユーリはエメラルドグリーンの瞳を潤ませる。


 自分の剣の使い方も把握してないのか……? コイツって、そんなにバカなのか?


 いやまぁ、血が美味ければどうでもいいんだが。



「ジークさん!! お願いします! 教えて下さい!!」



 俺はガバッと頭を下げたユーリに少しドン引きする。



「教えてもなにも……。そんなもの同調(リンク)してやればいいだけだろ?」


「ど、どうやってやればいいの!? 」


「バカな小娘だな……。単純な話、その剣を生き物だと思えばいい。剣に流れる魔素と、自分の魔素を混ぜ合わせるだけだ」


「……マソって“魔力”の事だよね?」


「マリョク? 惑わす力か?」


「え、違ぅ……。と、とりあえず剣のマソと僕のマソを掛け合わせるんだね?」


「……? あぁ。さっき、“遊んでいた”時も、一方的に魔素を流し込もうとしていただろ?」


「……うん。でも、ただの切れ味のいい剣ってだけで……」


「アレは無意味だ」


「……えっ」


「お前の魔素は剣に伝わらずに飛散していただけ……。お前の魔素量はそれほど多くないのだから、あんな“遊び方”をしていればすぐにバテるぞ?」


「……!! そ、そうなんだ! 僕は勇者の中で1番少なくて、剣も扱えなくて、“最弱”でしかなくて……」


「ふっ、そんなはずはない。あのジジイは間違いなく、これまで会った人間の中で1番の強者だったぞ?」


「…………で、でも、僕は魔力が少ない」


「当たり前だろ? その剣は斬りつけた相手の魔素を喰らうんだぞ?」


「……ぅ、そ……」


「相手がどれだけ強大な敵だろうと、斬りつける度に相手の魔素を奪い、数多の魔術を纏い、最後には全てを狩り取る」


「そんなに、強力な……」


「名前はなんだったか……? 確か、“断罪の剣(つるぎ)”だ……と思う」


「“断罪の剣”……」


「……多分、そうだ。興味がない事は覚えないタチだからうる覚えだが」


「ううん。かっこいい名前だよ……。ありがとう。……やってみてもいいかな? 見ててくれる?」


「……? 別に好きにしろ」


 ユーリはグッと唇を噛み締めて、更に瞳を潤ませると、魔剣を抜いてスッと目を閉じた。



 ツゥー……



 その拍子に涙が頬を伝う。



「ん? ……なぜ、泣く?」



 俺はポツリと呟いたが、ブワッと鼻に押し寄せてきた香りに、ゴクリとヨダレを飲んだ。



 ま、ま、ま、まったく。

 情緒がおかしいにもほどがある……!


 お前は、ほんの少ししか飲めてないのだぞ!? クソッ……ふざけるなよ。


 なんだこの香りは! 


 た、たまらない匂いがしてるのに、“1日1度”とは、なんと不便か……!!


 さ、さっさと眷属にして、さっさと《契約》を破棄しないと!!


 あーくそっ!! なぜ、この2人は俺の……、《吸血》の虜にならない!!


 まったく。ふざけるのも大概にしろ!!



 俺が心の中で絶叫していると、



 モワァア……



 ユーリの魔素の質が徐々に変化していく。



 辺りの木々はサァーッと音を立て、ユーリの身体には『同調の証』である印(シジル)が浮かび上がり始めた。



 あ、ぁあっ!! 今、飲みたい!

 啜りたい! どんな美味が待っている?


 その状態でのお前の味はどうなのだ?!



 ヨダレをダラダラと流しながら悶絶する俺を他所に、ユーリはゆっくりと目を開いた。



 グリーンの瞳は漆黒へと変化している。なかなかどうして……器量の良さが際立っている。



 ズズズッ……



 魔剣はあのジジイが戦闘時に使用していたものと同様に黒刀へと変化した。



「……す、素晴らしいです。……やはり、ユーリは……ユーリこそが真の勇者……」



 ポツリと呟いたアイリスはウルウルと瞳を潤ませ、エルは少し口を尖らせて冷ややかな視線を送る。


 ユーリは苦悶の表情を浮かべると、ドサッとその場に膝をつき、呼吸を荒くさせる。



「はぁ、はぁ、はぁ……。なに、今の……」


「す、素晴らしいです! ユーリ! 《回復(ヒール)》!!」


 アイリスは即座に駆け寄り魔術を展開した。


 やはりなかなかの術式だ。

 コイツもコイツで、人間らしからぬ“術式を構築”しているのだろう。


「まったく……」


 兎にも角にも、慣れていないとはいえ、少し同調しただけで座り込んでしまうなど、宝の持ち腐れだ。


 しかし、あの一瞬の芳香。


 コイツが常に同調(リンク)することができれば……。



 ゴクリッ……



 飲んでも飲んでもヨダレが止まらん。




「……さ、さっきのが【七聖剣】の本当の姿……う、うぅ……。ありがとう、ジークさん!! いや、“先生”!!」


「……は?」


「う、うぅっ……か、感謝してもしきれないよぉ……」



 ユーリはエメラルドグリーンに戻っている瞳からポロポロと涙を流し、アイリスは無表情で涙を溜めて、俺を見つめてくる。


 2人が何に泣いているのかはさっぱりだ。

 


「……同調(リンク)に時間をかけすぎだ。それに、そんな短時間では使い物にならんぞ?」


「わかってる!! で、でも、そのきっかけが掴めたんだよ? これまでの日々が救われる……。この一つのきっかけだけで、景色が違って見えるんだ」


「まったく。大袈裟なヤツだ。……一瞬でその状態に……。長時間耐えられるように反復しておけよ?」


「う、ぅん! 僕、頑張るよ……先生!」



 ユーリはニコッと笑顔を浮かべた。


 俺はトコトコと先へと歩く。


 な、何が「先生」だ……!

 クソッ! クソ、クソ、クソ!!


 さっさと俺の眷属になれ!!

 そしてさっさと《吸血》させろ!!

 明日は“その状態”で決まりだ!


 すぐに“それ”になれ。

 いや、徐々にリンクしていく過程を楽しむのもいいかもなぁあ〜……。



「ぁあ……クソ。『我慢』などクソ喰らえだ」


 俺は天を仰いだ。


 どうすれば、コイツらを惚れさられる!?


 ジュルリッ……


 服の襟はヨダレの洪水だった。


「……むぅー……」


 エルは少し口を尖らせながら、俺の口元を拭ってくれた。またヨダレが刺激されたのは言うまでもないだろう。





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