第5話 【聖約の腕輪】



 ーートアル大森林「ジークの屋敷」




「え、いや、ちょっと!! アイリス!?」



 赤髪は焦ったように声を上げるが、金髪はまっすぐに俺の目を見つめている。



「ふっ……悪くない《契約》だな」



 俺はすぐさま了承した。


 ふっ……。

 結局のところ、"そういう事"なのだろ? 



「では、細かい詳細を……」


 金髪はツラツラと御託を並べる。



・一般人へ危害を加える事の禁止。

・1日1度だけの《吸血》行為の確約。

・吸血鬼である事を隠す。

・赤髪のパーティーに加入し助力する。

・他の魔王を全て討つまでの契約である。


 etc……。


 随分とまあこんなポンポン出てくるものだと感心しながら、俺は序盤で聞く事をやめた。


「では、以上、24項目。問題ありませんか?」


「ああ。問題ない」


 問題があるはずがない。

 その全ては無と帰すのだから……。


 赤髪は何やらギャーギャーとうるさいが、《吸血》を確約した時点で、お前たちはどうする事もできない。


 1日に1度、《吸血》を行うなどとバカな提案をしたものだ。


 ふふっ、欲しいのなら、そう言えばいいのに、人間という者はなぜプライドにこだわる? なぜ、快楽に溺れる事に理由を求めるのか……。



「アイリス! ちょっ、な、ど、どうしてそんな、」


「ユーリ。これは、私たちが魔王を討つために必要な事です」


「だ、だからって、そんな……」


「彼は“腰抜け魔王”ではありません。ただ興味が無いのです。血以外に……」


「だからって……魔王と《契約》だなんて」


「彼の素顔を見た者などいないのです。この見目麗しい男性が『吸血の魔王』だなんて誰が疑うのです?」


「…………」


「私たちが討つのです。絶対に……。悪魔に魂を売ろうとも、『力』を手にするのです。魔王を討ち、世界を平和に導くのです」


「……アイリス」



 赤髪は苦虫を噛み潰したような表情でコクンと頷いたが、俺は笑ってしまいそうになるのを堪えるのに必死だ。



 なんてバカなヤツらだ……。


 ・眷属にしてはならない。


 という項目は無かった。

 そこだけは聞いていたから間違いない。


 《吸血》で骨抜きにして、快楽に溺れさせ、依存させ、俺に惚れさせる。


 眷属にしてしまえば、いつでも飲めるし、めんどうな事もしなくていい。


 すぐにその《契約》とやらも破棄できるはずなのだ。


 最高の食材が2人同時に手に入ったも同然。


 それにしても、今回の“気づき”は本当に盲点だった。3人を研究、開発し終えたら久しぶりに外に出よう。


 更なる『食材』を探しに。


 そして、悠々自適な美食ライフを消滅する寸前まで楽しむのだ。


 

 俺がほくそ笑んでいると金髪がスッと手を差し出してくる。



「アイリス・ガルシアです。あなたの名前をお教え願えますか?」


「…………名前?」


「ええ。契約の行使は【聖約の腕輪】という万物の魂魄(こんぱく)に作用する呪具を使用させて頂きますが、真名が必要となります」


「……解呪する方法は?」


「聖女である私と勇者であるユーリ。双方が“神聖教会”に足を運び、女神を召喚することでしか解呪できません」


「……“聖教会”とは各国の王宮の地下だったか?」


「………はぃ。よくご存じですね」


「200年前までの情報なら、よく知っている」



 金髪は少し眉間に皺を寄せる。

 俺が知っている事が計算外だったのだろうが……、無駄、無駄、無駄ぁあ!!


 あっ。

 なんかテンション上がってきたな。



「……真名をお教え下さい。虚偽の名前では《契約》することはできませんので……」



 金髪の言葉に俺は「ふっ」と笑みを返すが、これは余裕の現れではない。



 ……お、俺の名前ってなに?

 そんなものあるのか……?


 “吸血の魔王”? “腰抜け魔王”?

 “吸血鬼”? “の始祖”?


 “エル”はエルフだからと俺が適当につけた名前だし……。名前……。真名かぁ~……。



「どうなさいましたか? やはり、『腰抜け』なのでしょうか?」



 金髪は無表情で小首を傾げて煽ってくる。



「そ、そうさ! この魔王が他の魔王と闘うなんてするはずがないよ!」

 

 

 赤髪はキョロキョロと俺と金髪を見てどこか不安気だ。コイツはもう《吸血》の虜になっていると見ていいだろう。



「……いや、別にそれは全然いいのだが」



 別にそんな事する必要もないだろうし。



「僕は“ユーリ・ベル・ウェイリー”さ!」


「……あぁ。“ユーリ”だろ? もう何度も聞いた。そして、お前が“アイリス”。もうわかった……」

 

「名前を教えられない理由でも?」


「いや、そもそも俺は自分の名を、」


 そこまで言いかけた時に浮かんだのは、今まで何度となく見てきた“悪夢”の一場面。


 ーー“ジーク”……。ごめんね。


 ボロボロの女が泣きながら俺を抱きしめる場面……。



「“ジーク”……。“ジーク・ロッゾ”」



 ポツリと呟き、不思議に思う。

 “ロッゾ”? 聞いていない。俺が知っているのは“ジーク”だけだが……?


 ……ま、いっか! 名前などないし。

 いま適当に名乗ったものが真名で問題ないだろう。さっさと《契約》を済ませて、さっさと手に入れる事にしよう!

 


「……承知致しました」



 金髪はポツリと呟くと、随分と「昔の文字」がびっしりと書き詰められている腕輪を取り出した。



 モワァア……



 かなりの禍々しい雰囲気を放っている。

 魂魄に作用するのは本当のようだ。


「“死の神タナトスの名の元に、鍛治の神へファイストスが創造”……。ふっ、仰々しいな……」


 俺が笑うと2人は唖然として、俺を見つめた。



「で、では、手を……。ユーリもお願い致します」



 スッ……スッ……



 俺の前に2つの手が並ぶ。

 俺は少し首を傾げながらそれに倣った。



「アイリス・ガルシア。ユーリ・ベル・ウェイリー。……ジーク・ロッゾの真名の元に……24の《契約》を……!」



 ポワァア……



 俺たちの手首に同じ“魔術陣”が3つ浮かび上がると、【聖約の腕輪】とやらが3人の腕にカチャンッと複製された。



「アイリス。ユーリ……。“末長く”よろしくな?」



 緊張した面持ちで顔を引き攣らせる2人とは対照的に、俺はニヤリと口角を吊り上げた。



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