第4話 「私たちの血では不服ですか?」



  ◇◇◇◇◇



 ーートアル大森林「ジークの屋敷」




 この小娘は何をしている?

 何を考えている?

 なぜ自ら命を捨てようとしている?



「“取り引き”……?」


「ええ。取り引きです……」



 金髪は俺の独り言に反応し、自らの首に杖を押し当て、ツゥーっと血を垂らした。


 自らの命を盾に俺と取り引きをしようとしているのか……?


 いや、待て待て。


 ……なぜ思考できている?

 《吸血》の直後に、そこまで深く思考できる生物がいるのか……?


 回復力と言い、この金髪は特殊な治癒魔術でも扱えるのか? 人間のくせに……?



 無表情で俺を真っ直ぐに見つめてくる金髪。

 その紺碧の瞳には確かに自分の命を捨てる覚悟がある。


 首を滴る真っ赤な鮮血は……って、


「いや、もったないないだろ!! 何をしている! とりあえず、血を無駄にするな、愚か者!」 


「取り引きして頂けますか?」


「とりあえず、聞いてやるからそれを降ろせ」


「……ユーリは無事ですか?」


「……“ゆーり”? あぁ、赤髪か。心配しなくていい。しばらくすると立ち上がるだろう」


「そうですか。それはそうと……なぜ揺れているのです?」


「はっ? 揺れてないが?」


「……」


 金髪は小首を傾げて俺を見つめる。


 ふっ。やはり《吸血》の直後で足に力が入っていないな。ユラユラと揺れているのはお前の方では……ん?


 いや、俺だわ。

 めちゃくちゃ俺だわ。


 あ、赤髪の血だ。ホワホワしてぐるぐるして味わった事のない感覚がどこか気持ちいい。

 

 って今はそうじゃない。


 俺は「コホンッ」と咳払いをすると、深く息を吐いて、落ち着きを取り戻す。



「で? なんだ?」


「……」


「とりあえず杖を降ろせ」


 金髪は更に首に押し当て、先程よりも首から血を垂らす。俺は強烈な匂いにゴクリとヨダレを飲み込み、


「《固まれ》……」


 金髪の首を見つめて“血”に《命令》した。



 ズズ、ピキピキッ……



 首を垂れる血はすぐに固まり、杖を宙に固定する。金髪は即座にグッと動かそうとするがピクリとも動かない。


「……な、にを……?」


 瞳を大きく見開いたかと思ったら、すぐに太ももから小さなナイフを取り出し首に当てた。


 まったく……。懲りないヤツだ。


「な、何をしたのです……?」


「お前が血を無駄にするから、“高級菓子”にしたまでだ」


「……あなたは血を操るのですね?」


「まぁ似たようなものだが。……というより、お前はさっきから何がしたい?」


 俺が問いかけると背後から殺気を感じる。

 飲み過ぎ注意だと控えめにしたが、それにしても随分と早い。


 コイツもなかなかの回復力のようだ。

 おそらくはこの金髪が何かしたのだろう。



 シュッ!!!!



 背後からの剣での攻撃をヒラリと躱し、真っ赤な顔で涙を浮かべている赤髪に「ふっ」と笑みを浮かべる。




 ザザッ……



「……はぁ、はぁ、はぁ……許さない……」


 赤髪は金髪の前に立ち剣を構えた。


 まったく……。まだ身体に力も入らないだろうに、2人とも大したものだ。


「ユーリ。お待ちください」


「アイリス! コイツは絶対に、絶対に!」


「……この魔王は、おそらく七種魔王(セブンス)の中でも上位の力を持っておりますよ?」


「そんなはずない! 『腰抜け』だよ! 僕が討つんだ! あんな……、あんな目に遭って、もう恥ずかしくて生きていけない!」


「……私情など取るに足らない小事です。ユーリを笑ったクズ共を見返すためなら、」


「ア、アイリス!! なんでそんなに冷静でいられるの! こんな……、あんな事をされて!!」


「……ふふっ、その顔では説得力もありませんよ?」


「……ア、アイリス!!」



 表情があまり動かない金髪と鼻息の荒い赤髪を眺めながら「ふわぁあ」と大きなあくびをする。



 結果は同じなのに忙しない2人だ。

 2人とも俺の眷属にする。


 この「最高の食材」を見逃すのは有り得ない。エルも合わせて3つの食材に舌鼓しながら悠々自適の生活を送る。




 うん……考えただけで最高だ。




 眷属にするためには、俺に惚れさせる必要がある。本来であれば、《吸血》による快楽に溺れて俺に依存するはずなのだが、どうやらコイツらは違うらしい……。


 エルを眷属にした時もそれしかしていない。匂いに誘われ、奴隷商を壊滅させて拾ってやっただけ。



 ーーあなた様に全てを捧げます。



 奴隷商の人間に服を引き裂かれ、号泣していたエルも自ら首を差し出し、その首に牙を立ててやれば、簡単に眷属にできた。


 だから《吸血》すれば、誰でも俺に惚れるに決まっている……。


 それなのに……何かがおかしい。


「ユーリ。私のことを信用していますか?」


「……もちろん! でも、」


「“でも”は、後でお聞きします」


 自分の首にナイフを当てたままの金髪がズイッと俺の前に立つ。


 兎にも角にも……。

 死なれたらたまったものじゃない。

 生き血でないと意味がない。



「そのナイフを降ろせ」


「降ろしません」


「……もう血を啜ってやらないぞ?」


「……願ってもない事です」


「いい子だ。早くこっちに来て…………えっ? あ、いや……はっ? ね、“願ってもない”?!」


「ええ、願ってもないです。あのように不快な行為など2度と経験したくありませんね」


「…………」


 な、何を言ってるんだ? 

 この金髪は……。


「そ、そうさ! また、されるくらいなら死んだ方がマシさ!」



 赤髪も後ろからひょこっと顔を出す。



「…………な、んだと……? しょ、正気か? お前たち……」


 

 俺は軽いパニックに陥る。


 えっ? いや……、の、飲んだよな?

 2人とも……。いや、飲んだ。最高だった。

 最高に美味だったぞ、うん!


 2人とも喘いで、身体を震わせて……。

 「惚れない」だと……?! 《吸血》したのに? えっ、あ、あっれぇええ? 


 な、なんかおかしい! 

 

 もう一度、《吸血》するか?

 とりあえず意識を奪って時間を稼ぐしか……。


 

 俺がパニックのままに手を伸ばそうとすると、金髪はナイフを下ろした。



「ですが、私たちと《契約》して下さるのなら、甘んじて受け入れましょう……」


「……《契約》?」


「あなたに我々の血を提供する代わりに、助力してください」


「……何を言っている?」


「あなたの《吸血》行為を受け入れる代わりに、私たちが他の七種魔王(セブンス)を討つ手助けをして頂きたいのです」



 金髪は無表情で俺を見つめる。

 軽いパニックに合わせて、赤髪の血でふわふわとする感覚は続いている。


 正直、頭は回っていない。


 だが、この金髪がバカな提案をしている事はわかった。




「私たちの血では不服ですか?」




 金髪は小首を傾げたが、俺はニヤリとほくそ笑んだ。






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