第2話 邂逅




 ーートアル大森林「ジークの屋敷」




「"腰抜け魔王"! 【七聖剣】に選ばれし、ロメアスタ王国の指名勇者である僕が、貴様を討つ!」



 そう叫んだ赤髪の小娘を見つめながら、俺は感涙してしまいそうだ。



 質素な鎧。貧相な胸。

 しかし、かなり整った容姿とサラサラの短い赤髪。エメラルドグリーンの瞳は鋭く俺を睨みつけてくるが、それすらも唆るほど透き通っていて美しい。


 かなり中性的で「僕」などという一人称だが、キメの細かい肌と女性らしい曲線美。


 なにより、極上の香りを放っている。




「……すぐに逃げ出し、誰も姿を見た事がない『腰抜け魔王』。……私たちの前に姿を見せた事を後悔させてあげます」



 赤髪の小娘の横には、無表情な金髪の小娘。


 手に持った杖の先端部分は、円形の装飾。それを取り囲むように3つの刃があしらわれている。杖のようであるが、使い方次第では槍のようでもある。


 所々破れている白いローブの隙間からは白い肌や豊満な胸が見える。


 ゆるやかなウェーブのかかった長い金髪は、ローブとは対照的にかなり艶やかで綺麗だ。


 芯の強そうなスカイブルーの瞳は、凪いでいる湖に反射する空のようだ。


 放つ香りは誘惑されていると錯覚してしまうほどで、すぐにでも押し倒し、首元に噛みつき、啜りたい。



 ゴクリと無意識にヨダレを飲む。



「……貴様! 本当に魔王なのか!? 見たところ人間と変わらないみたいだけどッ?」


 赤髪の小娘は剣を俺に向けてくるが、さっきから全身の毛が逆立って仕方がない。


 あぁ。最高だ。

 なんて事だ! なんて事だ!!


 エルが2人いる!!

 エルが2人、いや、エルも入れて3人!


 エル級の容姿! おそらく処女!!

 なにより、この嗅いだことのない香り!


 そういえば、エルを拾ったのもめちゃくちゃな香りに誘われたんだったな!


 これは……、こ、これは!!

 コイツらは、『最高の食材』に違いない! 2人共? 嘘だろ? 夢のようだ!



 もう自分のヨダレで溺れてしまいそうだ。



「ア、"アイリス"。なんだか違うんじゃないかな?」


「……い、いえ、真紅の瞳ですし、吸血鬼はかなり整った容姿なのでしょう?」


「確かにそうだけど、様子が変だよ? 勝手に斬っちゃって人間だったら、僕、どうやって償えばいいの?」


「……誰も見た事ないですし、こんな強力な魔物がはびこる森深くで人間が生活できるはずがありません」


「そっか! そうだよね!」


「はい。最悪、焼き払って証拠隠滅してしまえばいいでしょう」


「えっ、あ、いや、」


「"ユーリ"! 今がチャンスです!!」



 金髪の女がこちらを指差したと同時に香りが鼻の奥に抜け、脳天を貫かれる。



「はぁ、はぁ……。も、もう無理だ」



 俺はペロリと唇を舐めると同時に駆け出し、一瞬で距離を詰めた。



「えっ、」

「なっ、」



 驚愕の表情を浮かべる2人など無視して、"赤髪"の頭を右手で掴み、"金髪"は左手で両腕と腰をまとめて抱き寄せる。


「は、離せっ!! ア、アイリス、」


「《時を遅くしろ》……」


 小さく呟き、赤髪の頭を離す。



 ドサッ……


「なっ……なにを……」



 赤髪はノロノロと床を這いながら俺を睨み上げてくるが、もう我慢できないんだ。


 そんなに心配しなくていい。

 お前も後でちゃんと啜ってやる。


 ゴクリと唾を飲み、金髪と向き合う。



「……ユ、ユーリになにを!? ……は、放しなさい!」


「まずはお前からだ」



 俺は抱き上げている金髪をさらにグイッと上に引き寄せ、首元に顔を寄せる。

 


「え、やめ、やめな、さい、」



 カプッ……



 言葉を遮り、牙を立てる。



「んっ、んんんっ!! あっああ!!」



 金髪は俺の耳元で絶叫したが、俺は口の中に広がる暴力的なまでの旨味に、無意識に更に牙を食い込ませた。



「んっ……、ぁっ、ぁあっ……んんっ………んんっ……はぁ、はぁ……んっ……」



 金髪の女はガクガクと震えながらも唇を噛み締め、漏れ出る声を必死に抑えている。



「はぁ、んっ! ……ぁっ、やめ……くっ……んっ、ふ、うっ……うっ、ぁあっ……ふぁっ……だ、だめ……やめ、て……」



 金髪の抑えきれていない声を聞きながら、俺は感動に包まれていた。



 エルの味とは全く違う……。

 なんだこの、暴力的な旨味。控えめな甘み。上品なコク。飲めば飲むほどに奥深くて濃厚な……。



 最高だ……。

 エルを初めて《吸血》した時と、いや、それ以上? どちらにせよ……最高の食材だ……!!



 ゴクッ、ゴクッ……



「んんっ! ぁ、ぁっ! …………ふぅ、ふぅ、ふぅ、ぁっ……あっ、ぁあぁあっ!」



 ビクンッ、ビクンッ……



 金髪が身体を震わせても、俺は止める事ができない。



 た、堪らん……。

 もう、全てを……!!



 ガジッ!!



「も、だめ! ぁあっ、あっあんっ! んんっ、んんっ!! やめ、やめて、くだ、ぁあっ……! んんっんん!! ぁああっ!」



 俺はもう最後まで貪り尽くすつもりで、奥まで入れてグッと抱き寄せるが、




 チクッ……




 太ももに微かな刺激を感じて我に返る。



「ア、イリスを……はなせっ……」



 赤髪の女はノロノロと動きながらも、俺の太ももに剣を突き刺そうとしているところだった。



 ハッとして、牙を抜くと、



 ガクガクガクガクッ……



 金髪の女は俺の腕の中で痙攣した。



 危ない! 危なすぎる!!

 本当に殺してしまうところだった!


 こ、こんな『最高の食材』を!

 一回きりで終わらせてしまうところだったぞ!


 よくやった、"赤髪"!

 最高の仕事をしてくれたぞ!

 まだ金髪が生きているのはお前のおかげだ。


 

「すまなかったな、少しやりすぎた」



 金髪の耳元で囁き、必要ないかもしれないが、“命じる”。



「《時を遅らせろ》……」


 

 ドサッ……


「はぁ、あっ、はぁ、はぁ……んんっ」



 拘束を解いたが、やはり《命令》は必要なかったようだ。


 恍惚とした表情で倒れ込み、呼吸を荒くさせて時折りビクビクと身体を震わせるだけだ。



「さて、次はお前だ。お前の匂いは異質だ。本当に興味深いぞ……!」



 俺は赤髪の女の手から剣を手放させ、蹴って床を滑らせようとしたが、地中深くに埋まった岩のようにピクリともしない。


「ん? ……まぁいいか」


 ノロノロと剣に手を伸ばす赤髪の女を片手で抱き上げ、首元に顔を寄せる。


「やめ……いや……」


「《元に戻せ》……」


 小さく呟くと、赤髪の女は俺の腕の中でガチャガチャッと暴れ始める。


「やめろ! 離せ!! 何をした!? アイリスに何をしたんだ!! 貴様、絶対に許さない! 絶対に、」



 カプッ……



「んんっ!! ぁああああっ!!」


 耳元の絶叫など、どこか遠くに感じるほどの味わった事のない血。


 口に広がる爽やかな甘みはみずみずしい口当たり。脳内がクラッとする感覚は、一度口にしてしまえば虜になってしまいそうなものだ。



 コレは……癖になる。



「んっんんっ、離っせっ! ……くっ、うっ……ぁあっ、ふぅ、ふぅ……、はぁ、はあっ、あっ、んんっ!!」


 ビクンッ、ビクンッ



 すぐに身体を震わせる赤髪を強く抱きしめながら、俺は直感的に理解していた。


 人間や魔族たちが好んで飲んでいる「お酒」という飲み物。


 おそらく、それに近いものだ。



「くっ……んっ、んっ、ぁあっ……はぁ、はぁ、んんんん!! 離せ! や、やめ!! うぅ、ま、また来る! 来ちゃうっ。やぁっ! やだ! んんっ! ぃ、いやっ、」



 コイツの血は飲みすぎるのは危険だ。


 だが……うんまい!! 

 美味すぎる! あのクソ不味い『酒』も本来このような味なのだとしたら……。


 あっ、やばい。

 クラクラしてきた。

 あぁー……、なんだ、これ。

 

 ハハッ……目がまわる。



 その場に立っているはずなのに、グワングワンと目の前が揺れる。


 経験した事のない感覚だ。


「んんんんっ! も、も、だめぇええ!」


 ビクンッビクンッ!!



 赤髪が身体を大きく震わせたタイミングで抜けてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……。な、なにこれ……も、もうやだぁ……」


 赤髪は足を擦り合わせるようにモゾモゾとしながら泣いている。


 俺は未だに目の前が回っているし、なんだか五感が鈍くなっているような感覚に包まれ、その場に座り込んだ。



 はあぁー……最高の食事だった。

 本当に堪らんな……。


 あっ。そうだ。

 別に味変しなくてもいいんじゃないか?


 色んな『食材』を手に入れればいいだけ……。何人も見つければいいんじゃん!!



 ドサッ……



 俺は床に寝そべり、ニヤリと口角を吊り上げた。




『最高の食材と悠々自適な生活を』



 俺の夢が叶いそうだ。


 エルとコイツらを手に入れれば、もう何もいらない。この『最高の食材』たちは、絶対に眷属にする。



 グワングワンと回る世界の不思議。

 初めての"酔い"に俺はそんなことを決意した。





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