【腰抜け魔王】と言われている吸血王である俺の前に現れたのは、『最弱勇者と欠陥聖女』と呼ばれる小娘たちだった

第1話 誘惑の香り






 【吸血鬼】……。


 それは、人間の血からしか栄養を摂取できない魔族である。美しい容姿を持ち、若く美しい処女の生き血を好む。吸血行為には多大な快楽を与え、恋に落とす事で眷属として使役する。





   ◇◇◇◇◇



 ーートアル大森林 



 古びた大きな屋敷の一室。



「ん、あっ……はっ、んんっ……ご主人……さまぁ……んんっ!」



 俺が200年前に拾った元奴隷のエルフ族である"エル"は、俺の背中に手を回してビクッビクッと身体を震わせる。



「んんっ、あっ、あっ。んんっ!! ぁあ、ハァ、ハァ……も、もっと、もっと……お願い、んっ、します……っ!!」



 耳元にエルの喘ぎ声を聞きながら、ニヤリと頬を緩め、全く仕方ないヤツだな……なんて、もう少し奥まで入れてやると、




「んんっ!! ぁああっ!!」


 ビクンッ、ビクンッ……



 エルは俺の腕の中で大きく身体を痙攣させた。



 クチュッ……


 俺が"牙"を抜くと、エルはまた身体を震わせ、首にタラリと垂れる血をペロリと舐めとれば、


「んんっ、ご主人様ぁ……」


 甘い声を上げる。



「ふっ……相変わらず、最高の血だな」



 ペロリと自分の唇を舐め、物欲しそうに呼吸を荒くさせているエルを見下ろす。


 黒髪混じりのサラサラの銀髪を乱し、尖った耳を赤くさせ、トロンとした紅い瞳で俺を見つめる。


 メイド服の首元は大きく開かれていて、首には俺の牙の痕。すっかり大きくなった胸の谷間と綺麗な素足がのぞくめくれあがったスカート。


 「人間」であれば、すぐにでも服を引き裂き襲いかかってしまうだろう。

 


「ご、主人様……。はぁ、はぁ……いかがでしたか……?」


「……『味変』は失敗だ」


「も、申し訳ありません……」


「いや、お前のせいじゃない。相変わらず最高だったぞ? 今回の作戦が良くなかったんだ」



 俺がポツリと呟くとエルはウルッと瞳を潤ませ、俺の頭を抱きしめる。


「も、もっと……してください! ご主人様の満足のいくまでっ! 様々な味を提供できないエルを、どうかお許しください」


「ふっ……」


「ご主人様……。エルはご主人様の願いを叶えて差し上げたいのです! エルは……、エルこそがご主人様の求める『最高の食事』に!!」


「これ以上はお前の身が持たないだろ? 3日も寝たきりになられても、」


「エルなら大丈夫です! ご主人様の好きなように……! ご主人様が求めてくださるのであれば、エルはなんでも、」


「離せ……」


「……はぃ。申し訳ございません」



 俺の頭を離したエルは唇を噛み締めた。


 ……まったく。本当に困ったヤツだ。

 別にお前のせいじゃないと言っているんだがな。


 俺は今にも泣き出しそうなエルの頭をポンッと撫でる。



「お前は俺が初めて見つけた『最高の食材』だ。そう焦らなくていい。時間はまだまだあるんだから」


「で、ですが、同じ味ばかりではご主人様に飽きてしまわれます……」


「いや、微妙に違うぞ? 今回の"空腹は最高の調味料作戦"は大きな味変はダメだったが、いつもより甘みが強くて、後味も濃厚で悪くなかった」


「ご主人様……」


 エルはポーッと頬を染めると恥ずかしそうに視線を伏せた。



「ふっ。それに、お前の味を知ってしまえば、他の者の血など飲めたものじゃないからな……」


「……!!」

 

 ぶわッ……



 尖った耳まで一瞬で赤くさせたエルにニヤリと口角を吊り上げる。


 歓喜、照れ、羞恥……。

 よし、良い感じだ。


「それに、お前は今まで見た生物の中で1番綺麗だ」


「……!! ……で、でしたら、もう少しだけ、……し、して下さい」


「だから、これ以上はダメだと、」


「で、ですが、100日ぶりなのです……! エルはもう少しご主人様を感じたいのです……」


「……全く。困ったヤツだ……」



 俺はエルをグッと抱き寄せると、


 ガブッ……


 白く細い首に、牙を入れた。



「んんっ!! ……あっ、んっ、はぁ、はぁ、んんっ! あっ、ぁあ、ご主人様ぁ!」



 「食材」の感情や状態で血の味は変化する。


 さっきよりも熱くて濃厚。

 含んだ瞬間に旨味が押し寄せてくる。


 コイツ……本当にいい女だな!


 俺は先程よりも旨味が凝縮されている血を堪能し続ける。



「んっ、あ、ぁあっあ! ご主人、様っ! ご主人様! んんっ、んぁあっ」



 だが、味自体が大きく変わったわけではない。いつもここで行き詰まる。


 エルは最高の食材だ。

 それは間違いないのだが……。


 はぁ~……どうすれば「味変」できるんだ……。



「ぁあっ! ご主人様っ、んんっ、はぁ、ぁあんっ、んっ、んんっ!!」



 俺は耳元でエルの喘ぎ声を聞きながら、少し乱暴に牙を突き立てた。




  ※※※※※




 俺は吸血鬼だ。


 世間では、最恐最悪の『七種魔王(セブンス)』の1人として数えられている。


 どうやら他種族の者たちは俺を「吸血鬼の始祖」だと危険視しているらしいが、眷属はエル1人だし、配下もいない。

 

 富や名声を求めて、攻めてくる輩も多いが、俺が相手にすることはない。


 知らぬ間に【腰抜け魔王】などと呼ばれているらしいが別に何とも思わない。




 今の俺の興味は「食事」だけだ。



 エルに出会うまで、《吸血》はただの栄養補給だった。


 何百、何千年とダラダラと特に何をするでもなく世界を渡り歩いたが、『最高の食材』に出会うまで、「本当に美味しいもの」を知らなかった。



 あの時の感動は今も忘れていない。

 忘れられるはずがない。身震いし、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。



 もっと『完璧な食事』をしてみたい。


 

 "なぜこの世に生まれ落ちたのか?"と生きているだけだった俺に、初めての欲望が生まれた瞬間だったのだから。



 男はダメだ。

 無味無臭でただの水と変わらない。


 人間の食事もダメだ。

 食感がある分、吐き気すら感じる。


 女でないとダメだ。

 処女であるならまだマシ。

 綺麗な容姿で若ければなおマシ。



 極論を言ってしまえば、


 エルだけが『最高の食事』になりうるんだろうな……。


 そう結論付けて、今はエルと2人きり。



 この屋敷に150年ほど引きこもって"研究"をしている。


 最近の悩みは、「エルの血が最高であっても飲み過ぎれば少しは飽きがきている……気がする」だ。


 気がするだけで飽きてはない。


 でも、まだ知らない味覚もあるのかもしれないという探究心が抑えきれない。


 『味変』するためにはどうすれば良いのかとエルと試行錯誤を繰り返しているが、目覚ましい成果は得られていない。



 正直……、"もう無理じゃね?"と諦めかけている。いっその事、エルと生殖行為でもして本物の子供を作るのもいいかもしれない。



 まぁ処女でなくなれば、もう2度と最高の食事にはありつけないだろうけど……、………あ、やっぱ、それはなしの方向で。



   ※※※※※




「んっ、あっ、はぁ、んんっ!! ご主人様、ん、ん、あっ。だめ、あ、もう、あっ、あぁあんッ!!」



 ビクンッ、ビクンッ!!



 エルは先程よりも大きく身体を震わせると、意識を失うように眠りに落ちた。


 流石にやりすぎてしまったが、俺にとってはお楽しみの1つである時間の始まりだ。


 エルはあと3日は目を覚ます事がない。


 

 ここからの日課は決まっている。



 モニュんッ……



 俺はエルの胸に手を伸ばす。


 柔らかく弾力のあるエルの胸。


 吸血中に揉んでしまうと、エルも俺も、理性がぶっ飛びそうになるので、胸を揉むのは今しかないのだ。



 モニュん、モニュん……


「……ただの脂肪の塊なのに、なんで揉みたくなるんだろう」



 俺はずっと不思議に思っている。



 パニュんッ、クニュん……


「……やらかい。うん。めちゃくちゃ、やらかい……」



 それ以外の感想は特にない。

 

 

 モニュん……モニューんッ……


「それだけなのに、なんで、手を離すことができないのだ……?」



 本当に不思議だ。

 なぜただの脂肪に癒しの効果があるのか……。



「ふ、ふぅ~……」



 この謎もいつか解き明かしたいとも思っている。



 今回の「空腹は最大の調味料作戦」も成功しなかったんだし、少しくらい癒されてもいいだろう。


 顔がツルツルになれば、急激に襲いかかってくるのが、眠気だ。



「あぁ。ねむっ……」



 俺はベッドに倒れ込み、エルを抱き枕にして目を閉じた。





   ◇◇◇




 ーーおい、デブ!

 ーーさっさと働けよ!

 ーー気持ち悪いんだよ!


 ーー死ね。死ね。クソ豚!!


 人間の子供に殴られ、蹴られる。

 大人の男に鞭でぶたれる。

 綺麗な容姿の女に軽蔑され罵倒される。



 ーー"ジーク"。ごめんね……。



 ボロボロの汚い女は、涙を流しながら俺を抱きしめ、何度も何度も謝罪する。



 ガバッ!!



「"母さん"!!」



 俺はそう叫びながら目を覚まし、ぼーっと寝室の扉を見つめる。



「……まったく。またこの夢か……」



 自分の記憶ではないが、やけにリアルな夢。

 もう何千回も同じ夢を見ている。


 違ったシチュエーションでも、共通しているのは殴られ、蹴られ、嘲笑われ、最後にはボロボロの女に謝罪されるという点だ。



「やれやれ。不愉快だな、まったく……」



 横でスヤスヤと眠っているエルの髪を撫で、近くの湖で水浴びでもしようと立ち上がり、「ん?」と首を傾げる。



 口の中には唾液が溢れ、グゥ~……と腹が鳴る。



 俺は強烈な香りにブルッと身震いし、「ハ、ハハッ……」と乾いた笑い声をあげた。



「誰だ? ……最高の香りだ!」



 バタンッ!!



 俺は寝室を勢いよく飛び出した。




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