第15話 さよなら、一縷さん

「一縷さん、今日、凄かったね…」


俺は、今日見た、西園寺の事件を一部始終見ていた事を、一縷さんに話した。


「見て…おられたのですか?」


「あ、ごめん。俺、何も出来なくて…。どうしよう、って思ってたら、一縷さんが現れて…」


「そうですか…。西園寺さんは、もう大丈夫かと思われます」


「うん。俺も、そう思う。一縷さんは、本当に凄いね。俺じゃ、相手の神経逆なでしちゃうだけかも」


少し、いや、大分、俺は一縷さんに頼りすぎていたかも知れない。それが、現実に俺から、一縷さんを奪う日が来るなんて…俺は、その時、想いもしなかった。




「ただいまー」


俺は、いつもの様に、学校から帰ると、一縷さんの出迎えを待った。―――…しかし、幾ら待っても、一縷さんが現れない。料理でもしていて、手が離せないのだろうか?俺は、とりあえず、キッチンに向かった。


「一縷さん…?」


覗き込んだキッチンには、一縷さんの姿はなかった。


「?」


ガチャリ…。


玄関の扉が開く音がした。


(あぁ…買い物か…)


俺は、何処かホッとして、玄関に急いで向かった。しかし、そこに居たのは、母親だった。


「なんだ。母さんか…」


「何だって何よ。人を要らないものみたいに…。一縷さんなら、そんな言い方、絶対しないわよ?」


(確かに…)


俺は、そう思って、少し反省した。


「ねぇ、それより、一縷さんは?さっきから姿が見えないんだけど…」


「………」


母親が、押し黙る。


「何?なんか、病気にでもなったの?一縷さん」


俺は、とんでもない不安が、胸にこみ上げて来た。


「…いいえ」


母親は、しばらくして、やっと口を開いた。


「じゃあ、どこにいるの?」


「…一縷さん、昨日で辞めたのよ…。うちのメイド…」


「…え…?」


俺は、余りに唐突な母親の言葉に、目の前が真っ暗になった。


「な、なんで!?なんでいきなり!?もしかして、俺の態度が悪かったからとか!?俺が、友達連れて来て人生相談みたいなの、やらせ過ぎたからとか!?」


「それが…理由を何度聞いても教えてくれなかったのよ。唯々、『辞めさせてください』って、それだけで…」


「そ、そんな…」


俺は、絶望に近い感情を覚えた。今まで、どれだけ一縷さんに支えられてきたか、どれだけ、きたか、まざまざと手の平に煙草を押し付けられるくらい、痛くて、苦しくて、熱い、想いだった。


俺は、気が付いたら、家を飛び出し、走り出していた。どこにいるかも分からない一縷さんを、探し出したかったのだ。


何時間も、当てのない捜索をして、やっと、2時間後、俺の家から一番近い駅か二駅離れた駅で、一縷さんを見つけた。


「一縷さん!!」


「櫂坊ちゃま…」


一縷さんは、少し、驚いたようだった。しかし、すっと平常な顔に戻ると、こう言ってきた。


「すみません。急に…。わざわざ探しに来てくださったのですね。ありがとうございます」


「…一縷さん…なんで急に…」


「わたくしがいては…櫂坊ちゃまに悪影響があるからです」


「…悪影響?」


「わたくしは、少し、出しゃばり過ぎました。人は、時には、一人で答えを出さなければならない時があるのです。私が櫂坊ちゃまのお傍にいては、櫂坊ちゃまはきっといつか、わたくしに依存することとなるでしょう。それが、怖かったのでございます」


「……やっぱり、そう言う事か…」


俺の勘は当たっていた。一縷さんは、俺の為に、辞めるんだ。


「人生には、時には諭してくれる人が必要です。ですが、そればかりあてにすると、自分で考える事をおろそかにしてしまう。それは、人間にとって一番してはならない事なのだと、わたくしは考えます」


「…一縷さん…俺、一縷さんを止めたくて仕方ないよ。止めたくて、止めたくて、仕方ないよ。…でも、それは、しちゃいけないんだろうね…。俺は、大丈夫。一縷さんに、色んなことを…色んな大切な事を教わった…。だから、もう、自分で答えを出せるように、頑張るね」


「…櫂坊ちゃま…。やはり、櫂坊ちゃまは素晴らしい方です。もともと、わたくしは、必要なかったのだと思います」


「それはないよ。一縷さんがいたから、一縷さんの言葉を思い出しながら、頑張るって意味。ありがとうね、一縷さん…」


「こちらこそ。長い間、ありがとうございました。どうか、お元気で…」


「一縷さんもね…」


俺は、込み上げそうになる涙を、何とか我慢して、一縷さんの乗ってい行った電車を見送った。




「ありがとう…。一縷さん―――…」




こうして、とてもいいことを言う、院瀬見家の素晴らしメイドは、いなくなった。


俺は、これから、一縷さんとの約束を守るように、守れるように、頑張ろうと思う。一縷さんが遠くにいても、例え、見えていなくても、一縷さんに恥じないように、生きていこう。



…そう思う、一日一日なのだった―――…。

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俺は院瀬見櫂。何だか知らんが、我が家のメイドは良いことを言う。 @m-amiya

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