第14話 すきなひと
その日、俺は、凄い現場に出くわしてしまった。
雨が降っていた。大雨だ。その雨の中、確か、同じ学年の、
その視線の先には、これまた、同じ学年の、
実に、楽しそうだ。しかし、西園寺の表情は、硬く、体は、寒さからなのか、それとも、何か別の理由からなのか、少し、震えている。
そして、俺は、この目を疑った。西園寺の右手に、ナイフが握られていたのだ。
(え!?何!?何これ!?)
俺は、焦った。…と、その時だった。
「そのナイフを、収めてください」
(一縷さん!?)
その現場に、一縷さんが現れた。
「何よ、あんた…」
「申し遅れました。宝来一縷、と申します」
「名前なんて聞いてない。どいて」
「そう言う訳には、いきません。貴女のお好きな方は…あの、女子生徒の方ですね?」
「!?」
俺も、驚いた。
「なんで…」
「貴方がしようとしていることは、ご自分の想いをけがしてしまう行為です。美しい想いを、けがしてしまって、どうするのですか?」
「…あんたに…何が解るのよ…」
西園寺の手が、ナイフを握った手が、少しずつ震えるテンポを上げる。
「どんなにすべての方に理解されない…お相手にも伝わらない想いだとしても、それは、決して、いけないことなどではないのですよ?とても素敵で、素晴らしい、想いなのです。叶わない恋は、異性をすきになろうと、同性をすきになろうと、叶わない時は、叶わないものなのです」
「だから!!あんたに何が解んの!!」
西園寺は、声を荒げる。
「貴女は、ご自分のとても大切な方に拒まれたら、すべてを怒りと憎しみに変え、せっかくの『恋』と言う宝物を、血で染めるのですか?辛いのも分かります。悲しいのも分かります。苦しいのも分かります。悔しいのも…お察しします。異性をすきになった方が、きっと、楽だった。そうかも知れません。ですが、そのナイフは、収めるべきです。大切な人を、大切だと、本当に思うのであれば。大好きな人を、だいすきだと、本当に思のであれば。…貴女には未来があります。計り知れない、とても壮大な未来です。そこで、出逢うかも知れない人との可能性もお捨てになるのですか?すごくすごく好きになれる方が、また、現れるかも知れないのに…。いえ、必ず、現れるでしょう。そして、そんな貴女を好きなってくれる方が、きっと、現れることでしょう。そんな素晴らしい未来を、ここで摘んでしまうのではなく、次へつなげていく道を、選んでほしい、未来を、信じて欲しい、わたくしはそう考えます」
そう言い終えると、一縷さんは、泣いている西園寺の手から、ナイフをそっと受け取った。
「私…にも…未来ってあるのかな…?」
「あります」
「沙織のこと…すきだったんだよ…本当に…本当に…」
「…はい」
「でも、受け入れては…もらえなかった…。もう…私…」
「大丈夫です。貴女には、まだ、無限の可能性と、未来が待っています。悩むのは、青春の特権、ですよ?」
と、一縷さんは、優しく微笑んだ。
その一縷さんの笑顔に、やっと、正気に戻ったのだろう。西園寺は、一縷さんの腕の中で、数分、泣いて、泣いて、泣き続けた。
「もう、大丈夫ですか?西園寺さん」
「はい。止めてくれて…ありがとう…一縷さん…」
「いえ。大丈夫。貴女は、強い人です。ちゃんと、ナイフを、収めたではありませんか」
「…うん。沙織とは…友達でいるよ。嫉妬は、しちゃいそうだけどね。ふふっ」
「それくらいは、許されますよ」
その会話を、遠くで聞きながら、一縷さんの説得力に、俺は、ただただ、感心するばかりだった。
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