悲鳴

「んもう、キョウコ、全然LINE返さないじゃん」


 片手にスマホを持ちながら、全然既読の付かないLINE画面を見て、少しおこりながら呟く。


 少し遅めに帰宅すると、もう帰ってきていた夫と子供に「ただいま」と声をかけた。


 ソファにバッグを置くと、またLINEを見るが、既読はまだ付いていなかった。


 具合の悪そうなキョウコを昼前ひるまえに帰したあと、引き受けた書類の清書せいしょをし、部長に叩きつけた。


 なんだその態度は、と言われたが、冷たい視線を送って無視してやった。


 キョウコが居ないデスクを眺めながら、いつも貧乏くじを引かされるキョウコに、何か出来ることはないかと考える。


「…あたしだって、代わってもらったり、してるから」


 実は、キョウコに対しては、少しの引け目を感じている。


 キョウコとは同じ年に入社して、ずっと隣で仕事をしてきた。一緒に仕事の仕方を覚えた。


 今の夫である、当時の彼氏とのデートなどの話も、喧嘩したときの愚痴も、向き合って話を聞いてくれた。


 キョウコは、あまり人と関わるのが得意では無い。テンポよくお喋りはするものの、あまり自分の本音を話す方では無い。


 いつも、笑顔で、穏やかに過ごそうとする。

 頭痛で酷そうなときも「大丈夫」と言って、なんでもないような振りをしていた。


「あたしだってさ、ちょっとは頼りにされたいんだからさ…」


 ブツブツと呟くと、夫が近づいてきた。


「どうしたん?」


「キョウコがさ、めっちゃ具合悪そうで。無理やり仕事代わって帰らせたんだ。心配でLINE送ってんだけど、既読つかないの」


「あー、寝てんじゃね?」


「そう思うからさー、あんまりしつこくはしないようにしてるけど。あの様子じゃ、ごはんとか用意するの、大変だと思うんだよね」


「あ、俺さっきさ、おかずの作り置き、たくさん作ったんだわ。持ってくか?」


「あ、そうしたい! ごはん炊いてあるのも、もっていっていい?」


「いいよ。タッパーにつめとくから、おまえ、とりあえず着替えてこいよ」


「オッケー、ありがちゅっ」


 口は悪いが、協力的な夫に感謝しつつ、LINEをチェックしながら着替える。


 ラフな格好になって楽になると、ワチャワチャと話しかけてくる子供の相手をしながら、ダイニングへと戻った。


 その瞬間、LINEの通知音が鳴った。


「あ、キョウコ?」


 早速、通知をタップしてLINEを開くと、いつもキチンとした文章のキョウコには似合わないメッセージが表示されていた。


〈さき、こめん、手はのこす。つないで。にげて、ごめん、さきは、しあわせに、わたしみたいに、ならないで〉


「んん? なにこれ?」


 いぶかしげに画面を見ていると、洗った手をタオルで拭きながら、夫が話しかけてきた。


「なんかあった?」


「えー、なんかキョウコが、怪文書を送ってきたんだけど」


「はぁ?」


「ほら、これ」


 ライン画面を見せると、夫が眉間にシワを寄せ、呟いた。


「キョウコさん…なにか、あったか?」


「だよね、なんかおかしいよね? 今すぐ行ってもいいかな?」


「ああ、なんかあったらヤバい。これさ、緊急な事あるかもだよな? …俺も行くわ。念の為にさ、子供、お袋んとこに預けてくる」


「うん、ありがとう」


 近くに住む夫の実家へと子供を預け、いそいそと、夫と共に車に乗り込む。


 夫がこんなにも協力的なのは、私たちが付き合ってから結婚するまで、キョウコが、愚痴を聞いてとりなしてくれたり、盛り上げてくれたからだ。


 運転してくれる夫の横で、私は不安を口にする。


「なにも、無ければいいけど…」


「そうだな」


「今日ね、あの子、すごく顔色が悪かった。頭が痛いって、デスクでうずくまっちゃって。無理やり休ませてさ、送るって言ったんだけど、遠慮されちゃって」


「…何もできないって、辛いよな」


「そう…少しでも、何とかしたいけど…」


 そう話してるうちに、キョウコの住むアパートが見えてきた。何度も遊びに来ている部屋を目指して、階段を登る。


 部屋の照明は、いていない。


「居ないのかなぁ? 車はあったよねぇ?」


 疑問に思い、インターホンを鳴らして少し待つ。キョウコが出る気配はなかった。


「居ないんじゃないか?」


「そうかなぁ? 病院いって、入院になったとか?」


 そう言いながら、なんとなくドアノブに手をかける。下に押すと、ガチャリとドアが開いた。


「あれ?開いてるよ?」


「ずいぶん、不用心じゃね? キョウコさんには有り得ないと思う…」


「まって…え…泥棒とか…じゃないよね?」


 ドアを少し開け、隙間すきまからいてみる。奥の方に、なにか黒いものが見えた。


「なにか、ある…?」


「行ってみるか…?」


「あの、警察呼ぶ準備、しとこか」


「そ、そうだな」


 すぐに通報できるようにスマホを片手にもつと、なんとなくライトを点ける。中に不審者がいると仮定すれば、照明はつけられない。


 なんとなく小さい声で、名前を呼ぶ。


「キョウコー…いるの…? 寝てる…?」


 奥に進みライトで照らすと、少しだけ明るく、スマホの画面が緑色に光っているのが目に入る。そして、それを軽く握るキョウコの左手が見えた。


「なんだ、いるんじゃない~! ごはん食べたの? 起きて! 食べ物持ってきたよ!」


 部屋の照明スイッチをパチリ点けた。


「…え、は、え?」


 夫が、理解できないように、素っ頓狂な声を出した。


 そこにあるのは、スマホをもつキョウコの左手「だけ」と、繋がるように人型に積もっている、黒い粉の山であった。


「な…に…? なに? キョ…コ…? 手? え? ひ…! い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」


 薄暗い部屋に、悲鳴が、鋭く響き渡った。

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黒い頭痛 哉子 @YAKO0919

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