救い

 ふと、あの夢での声が、また頭に響く。


《破滅へのいざない》


 エコーがかかるように響くそれの意味を、ようやく理解できた。


「はめつ…なんて…」


 このままいけば、人間としてなど、生きられるわけがない。


 これから有るのは、痛みを和らげるだけの生活。それも、尋常じゃないやり方で。


「は…めつ…は…死ぬ…こと…たす…かる…みち……」


 そう呟くと、また激痛が走った。


 それを待っていたかのように頭を抱え、激しく両手で、ガリガリと掻きむしり出す。


「い゛だい゛い゛だいい゛だい゛い゛だい゛だいだいだいだいだいだいいいいいい!!!」


 異常に叫びながら、それでも掻きむしる手を止めない。バラバラと黒い粉が大量に出来上がっても、掻きむしり続けた。


「もっともっともっともっともっとおおおおおおお!!!」


 掻きむしり続ける両手、積もり続ける黒い粉。

 全身に走る激痛に耐え続け、それでも止めることがない両手。


 サッカーボールほどの量の黒い粉が出来上がるころ、掻きむしる手は、ぐにゃりとした感触にたどり着いた。


「やっと…のう…みそ…きた…」


 更にそれに手を突っ込むと、視界がぐるぐると曲がっていった。不思議と、激痛を感じることは無くなっている。


「あ…う…」


 感触を頼りに、更に、生あたたかい、白子のようなプルプルとした場所に手をいれ続ける。それもドンドンと、ザラザラとした感触に変わっていく。


「あは…あは…いだぐ…なぐなっでぎだ…」


「頭痛」の発生箇所である「頭」を、黒い粉へと変化させた。


「なおっ…だ…ずつう…なくなっ…だ…」


 全身から力が抜けるのを感じ、ドサリと横になった。


 黒い粉が舞い散り、歪んだ視界いっぱいに、煙が立ち上る。


(わたし、これで、しねる。たすかった…)


 痛みから完全に解放され、次第に動かなくなる体。

 意識が薄れていき、目の前は暗くなる。そのまま目を閉じたかった。


 だが、一つだけ、気掛かりを思い出す。


(サキ…)


 そうだ。


 サキに「大丈夫」と、声をかけて、帰ってきたのだ。あんなに心配させておいて、病院にも行かなかった。


「おててつないで、一緒に病院に行く」の約束も、果たすことができない。


(つたえて、おかなきゃ)


 暗くなり、グラグラと見えない視界で、やっとの事で左手をうごかし、スマホを探る。


 固く冷たい感触が左手に当たると、顔を横にして引き寄せ、半分も見えなくなった視界に映るLINEのアイコンを、弱々しくタップした。


 1番上にある、サキの欄。

 またタップすると、何度も送られているメッセージが見えた。


〈病院、ちゃんといった?〉


〈食べ物ある? もっていこうか?〉


〈寝てるの?〉


〈起きたら、連絡ちょうだいね~〉


 それらに、一斉に既読が付いただろう。


 安堵しながら、ゆっくりと、メッセージをうつ。


〈さき、こめん、手はのこす。つないで。にげて、ごめん、さきは、しあわせに、わたしみたいに、ならないで〉


 震えて力が入らず、うまく動かない指で、送信ボタンを押す。


 送信されたかすかな音を聞き届けると、スマホを左手に掴んだ形のまま、全ての力が入らなくなった。



「もう、てだけ、のこればいい、ぜんぶ、くろく、なれ」


 よだれらしながら、唇がそう動いた瞬間


 私の体は、左手だけを残し、


 パンっと音を立てて、


 全てが、黒い粉へと変化した。

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