第2話

 そんなことがあったのだ。話し終えると、橋本はしもとはなんとも言えない表情をしていた。

 何か。肩をすくめる。

「それが、これから婚姻関係を結ぼうとしている少女に対してとる態度か」

「ふん」私は、笑った。「少なくとも、香里かおり嬢と私との結婚については認めてくれるわけだね」

「それは、まあ。あの様子では、他に恋人はおろか友人のひとりもなさそうだ。あえて親の言いつけを破るような娘にも見えない。第一印象でお前を夫とすることを潔しとしたのならば、実際、そうなる可能性は高いだろう。皆に好かれるような妹御を毛嫌いしているとのことだ。他の婿候補では、第一印象で蹴られるだろう。だから、まあ、順当にいけばお前が香里嬢の夫になることだろう。非常に不本意ではあるがな」

「橋本は、物解りのいい男だ」

 にっと笑う。

「一方、お前は意地が悪いな」

 深い溜息を吐く。

「意地が悪いだって。これでも、私は香里嬢の妹御よりは好かれているのだよ」

 片手で自分の胸を指す。

「それは、第一印象の話だろうに」

 橋本は、やれやれとでも言いたげに冷めた茶を飲む。

「どうしたら今でもその印象が続いていると思えるのだ」

 ふん。やはり、私は微笑む。

「それはそれとして、やはり、香里嬢の結婚相手は私になりそうだよ。何故なら、私の茶請けのほうが橋本のものより豪華だったからだ」

「は」

 不意打ちに、呆ける。

 優秀な学生に学費の援助をしたい。それは資産家の建前であった。学校の教師から適当に見つくろわれた我々は、要するに娘二人の婿候補だったのだ。

 橋本と岡姉妹の父親には、共通の趣味があった。仏像鑑賞である。そうと解ると、二人はさっさと近くの寺院へと出かけてしまった。残された私は岡姉妹とお目通し。女中もさすがに妹の結婚相手にしては歳が離れすぎていると判断したのだろう。すぐに姉の居所を教えてくれた。無論、女中はその様子を見守っていたのだろう。香里嬢が泣いたところは見なかったのかもしれない。そうして、これは良さそうだと判断したのだろう。客間で今まで見たこともないような上品な茶菓子を供された。遅れて戻ってきた橋本の茶請けはまんじゅうひとつであった。

「それは」

 二の句が継げないのだろう。

「良かったじゃないか。橋本は橋本で、年上の良き友人ができたようだし」

 嫌味ではなく、本心から微笑む。

「これからも長いつきあいになりそうだな」

「全くだ」

 我々は、握手した。

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天女と鞠 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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