第10話 現実


「いやさ、確かに何かあったら電話してくれとは言ったけれど普通呼び出すか?」


夏休みも後半に差し掛かった8月の中頃。

俺は担任と職員室前で待ち合わせていた。


「だって電話番号教えてもらいましたし」

「まぁそうだけど、まさか本当に連絡してくるとは思わなかったよ」


そう言って先生は苦笑いを浮かべた。

あの老人と別れた後、俺は先生に電話をかけて夏休みの間に学校に来てくれないかとお願いをした。

すると、今日会って話をしてくれるとのことだったのでこうして集合したというわけだ。


「で、話ってなんだ?」

「…海のクラスに行きたいです」


そういうと先生は驚いたように目を見開いた。

俺は先生のその様子を見て、唇を噛んだ。


「今まで、気を使わせてすみませんでした」

「…そうか。気づいたのか」


頷く俺を見て、先生は優しく頭を撫でてくれた。

それからすぐに本校舎への扉を開錠してくれて、俺達は本校舎へと入った。

教室に着くまでの間、俺達は何も喋らなかった。


「…ここだな」


3-Bと書かれたプレートが下がっている扉の前で立ち止まる。

ゆっくりと深呼吸をして、扉に手をかけた。

教室に入ると、この教室だけ別世界のように静かだった。


「水谷の席は分かるか?」

「窓側の1番後ろ…席が変わっていなければここのはずです」


恐る恐る近づき、机の上に手を置く。

指先から伝わる冷たさが嫌な現実味を帯びている。

涙が零れ落ち、机に水溜まりを作る。

1番聞きたくなかったことを今、聞かないといけなかった。


「……海は、いつ亡くなったんですか」

「5月の初め頃に病院で息を引き取った」

「…そう、だったんですね」



先生の言葉は思いの他、簡単に受け入れることができた。

本当は薄々気づいていた。

でもずっと見ない振りをしていただけだ。



__海はもう亡くなっている。



それが今、痛いほど証明された。



「先生、ずっと話を合わせてくださりありがとうございました」


先生に向き直り頭を下げる。

そう、先生は海の幻覚を見ている俺が狂わないようにずっと話を合わせてくれていた。

俺が海の死に気づいて受け入れられるまで待っていてくれたんだ。


「気にすんな。生徒の面倒を見るのは教師として当然のことだ」

「……」

「それに、水谷の話を聞けて楽しかったぞ」


先生はそう言って笑ってくれた。

駐輪場でアイスを食べたのも、一緒に帰ったのも全部俺の幻覚だった。

ずっと不眠気味だったのは、寝たら必ず悪夢を見てしまうから。

急に泣いてしまったのは、心のどこかで海がもういないことを理解していたからだ。


「…ちゃんとお別れできたか?」

「はい。2人で海に行ってきたんです」

「あ、遠くに行くなって言ったのに」

「でも海が行き先決めたんですよ」

「まったく」


先生は呆れたようにため息をつく。

でもどこか嬉しそうだった。


「所々イメージが崩れるせいか夜に変なことを言っていましたが、海は海でしたよ」

「水谷は元々変わった性格だったから多少変でも誤差の範囲内だろ」


そう言って2人で笑う。

海が聞いたら怒るかもしれないが、海の性格は個性的で俺は大好きだった。



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