第9話


部屋に入ると、海はまだ寝ていた。

海が起きない内にシャワーで海水流して着替えておいた。


「海、そろそろ起きろ」

「ん~…おはよう翼」

「おはよう、寝起き良いんだな」


朝から機嫌が悪くなることなく起きた海に感心する。

それから2人で朝食を食べ、チェックアウトの時間になったので荷物をまとめてから外へ出る。

夏の日差しは強く、思わず目を細めてしまう。


「どこか行きたいところあるか?」

「海」

「また?」

「だって好きなんだもん」


2人並んで海に向かって歩いていく。

昨日の夜の会話が夢だったかのように、いつも通りの海だ。

その様子が少し怖かった反面、安心していた。


少し歩き、海に着いた。

夜の海とは違い、昨日の昼間に見た時のように穏やかに海面が揺れていた。

今日は海に入ることなく、砂浜から眺めることにした。

どうしても昨日から気になったことを海に聞きたい。

これを聞く代償の覚悟はできていた。


「なぁ、海は後悔しているか?」

「ううん、全然。僕は幸せだよ」

「…そうか」


海が後悔していないなら良かった。

それがずっと気がかりだった。

何を思ったのか、海がこちらを見ないまま口を開いた。


「翼はどう思った?」

「俺は…」


答えに詰まっていると、突然目の前の海が歪む。

目頭が熱くなり、視界がぼやける。

いつの間にか泣いていた。

泣く理由なんてどこにもないはずなのに。


「俺は、信じたくなかった。俺も一緒にいきたかった」


涙が止まらない。

泣き止もうとしても次から次に溢れ出てくる。


「僕は幸せだよ。こんなにも僕のことを想ってくれる人がいてくれて。ありがとう」

「…」

「ねぇ、翼。約束して欲しいことがある」


海の表情は見えない。

ただ声色は、さいごに聞いたものと同じ優しい声だった。


「僕の翼になって、どこまでも連れて行って」

「…当たり前だろ。任せろ」


海が笑ったその時、風が吹いた。

強い風に思わず目を瞑る。

風が止み目を開けると、もうそこには誰もいなかった。

足元を見るとここまで2人で砂浜を歩いたにも関わらず、俺1人の分の足跡しかなかった。


「兄ちゃん」


どれだけ時間が経ったのか分からない。

ボーっと海を眺めていたら、例の老人が話しかけてきた。


「あ、どうも」

「うん、冷静になったな」

「その節はすみません」

「別にいいさ」


老人は笑って夜のことを許してくれた。


「昨日、お前さんは『海は生きている』と言ったな」

「あ、いや、あれは…」

「…わしも海は生きていると思うぞ。海はいつでも、何でも、誰でも受け入れる。だからお前さんも何かあったらまた来るといい。次は誰かと一緒にな」

「…はい」


老人はそう言うと去って行った。

それを見送ってからスマホを取り出し、電話番号を打ち込んだ。


「もしもし先生。ちょっと頼みごとがあります」


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