第5話


「おはよう翼」

「おー、おはよ白木」


教室に入れば、先に登校していた白木がこちらに気づいて声をかけてきた。

隣の席の白木は俺の在籍するクラスのクラス長で、マドンナ的なポジションでもあった。


「今日、進路希望調査の紙の提出日だけど持ってきた?」

「…それまじ?」

「1週間ぐらい前から言われてたよ」

「5月ぐらいから毎月提出させられるから今月出したと思ってた」

「確かに分からなくなるよね」

「あー、だから先生に昨日呼ばれたのか。海も教えてくれればよかったに」


俺がそう言うと、白木は何故か眉を寄せていた。

何か変なことを言っただろうか。

少し不安になる。

すると、担任の先生が入ってきた。

先生はいつも通り出席を取り始める。

俺は慌てて机の中を探る。

確かここにしまったはずだ。


「…これか」


くしゃくしゃになった進路希望調査の紙を必死に伸ばす。

なんとか記入できる程度に伸ばしたところで先生がプリント回収の合図をかける。


「間に合わないじゃん」

「そもそもそれ印鑑が必要な書類だよ」

「印鑑は持ってる」

「堂々とそういうこと言わないの」


結局、進路希望調査は白紙のまま提出した。

その後、先生から呼び出しを食らうことは覚悟の上だった。


「さて、なんで呼ばれたのか分かるな?」

「……分かりません」

「くしゃくしゃな上に白紙の進路希望調査な」


放課後、昨日も来た進路指導室に呼び出された。

先生は呆れ顔でため息を吐きながら、俺の前の椅子に座った。


「お前、卒業後どうしたいんだ?」

「割と本気で1年留年もありかなと思ってます」

「いやなしだよ。できれば卒業してくれ」

「えぇ…」


俺だって真面目に考えているのに。

外から運動部の掛け声が聞こえてくる。

今頃、同級生は最後の大会に向けて汗水垂らして部活をしているというのに何故自分はこんなところにいるのだろう。


「俺は就職でも進学でも本人が進みたい道を全力で応援したい。でも迷うどころか白紙は流石にな」

「すいません」

「とりあえず、方向性だけでも決めないか?戸田の成績なら文系でも理系でも行けると思うぞ」

「じゃあ文系で」

「……じゃあってなんだ」

「じゃあ理系で」

「……はぁ」


先生が深い溜息を吐いた。

海を待たせていることもあり、あまり遅くなりたくはない。

海はなりたい職業はあるらしかったが、それも昨日初耳だった。

お互い、進路の話はあまりしたことがなかったのだ。


「……水谷はどんな感じだった?」

「どんな感じって何がですか」

「進路とか夢とか」

「知らないです。昨日初めて夢があるとは聞きましたが」

「昨日…?」


先生は不思議そうな顔をしている。

しかし、すぐに納得したように小さく笑った。


「じゃあ戸田から水谷に伝えといてくれないか。他の先生が言うには水谷も進路希望調査出してないみたいなんだよ」

「え、俺から言うんですか?」

「なんでも逃げ足が速いらしくてな。いつの間にかいないんだと」

「分かりました」

「そのついでに戸田もそろそろ進路決めておけ。せめて…そうだな。夏休み明けまでには決めておいてほしい。そこまで期限伸ばしてやるから休みも勉強しろよ」

「はーい」


そこで話は終わり、俺は急いで海と待ち合わせをしている駐輪場へと向かった。



「悪い、遅くなった」

「んーん、いいよ」


ぼんやりと遠くを眺めていたらしい海は声をかけるとこちらを見て微笑んでくれた。

昨日と同じようにスタンドを立てた自転車に乗ってカラカラと漕いでいる。


「そういえば、進路希望調査出せって先生が言ってたぞ」

「ちょっとやめてよ。翼まで先生たちの回し者になったの?」

「言い方悪すぎだろ」

「翼は出した?」

「おう。白紙だけどな」

「あはは、やっぱりね」

「笑い事じゃないだろ」


ケラケラ笑う海に思わず突っ込む。

あんな紙切れ1枚に書き込める程度の進路を考えるよりも駐輪場で駄弁っている時間の方が有意義に感じる。

まぁ、俺が進路なんて真剣に考えていないだけかもしれないが。


「今日はもう帰ろ」

「そうだな。部活ももう終わったっぽいし」


今日も話しながら自転車を押して歩いて帰れば、いつもの分かれ道に着いた。

何故かいつもより早く着いた気がする。


「じゃあな」

「うん」


海は手を振って帰って行った。

海の姿が見えなくなった後、俺はまたいつものように自転車を漕ぎだした。

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