第7話 魔女の正体

 襲撃前の昼過ぎ。村で騒ぎを起こしていたカミラを招き入れたフォレスト・アーレンベルクが彼女の話を信用するまで、大した時間はかからなかった。


「それで、不思議な力で未来を視ることができるお前さんは、この村がグレアムの使徒に襲撃される未来を視てしまった……と」


 藁葺き屋根の家は一歩足を踏み入れれば農夫の家らしく、壁には農具や工具が掛けられている。


「さっきのノーマンとかいうヤツはムカついたけど、こうも信用されるとかえって気味悪いわね」

「ひどい言われようだな」


 ソファに腰かけたカミラは、天井を仰いで大きく息を吐く。


「自分でもインチキ臭いって思う力なのよ? そう言いたくもなるでしょ」

「美人の話は信じるって決めてるんだ」

「騙された回数は?」

「星の数ほど」

「なにそれ、アテになんない」


 カミラは呆れたように肩をすくめる。その拍子にソファの背もたれがギシリと軋んだ。


「見ての通り、俺は全力で戦えない。俺だけじゃなく、多くの仲間が負傷した」


 アーレンベルクは暖炉の前に置いた椅子に腰掛けて、火かき棒で薪の位置を調整している。


「それで、アンタらはアルマ信徒の村を侵略して隠れ蓑にした」

「少し違う。命からがら王都から逃げていたところを、この村の人たちに救われたんだ。傷が癒えれば俺たちは黙って村を出ていく」

「なるほどね」


 怪訝そうな顔をするカミラを尻目に、アーレンベルクは暖炉に薪を足していく。


「村の人たちが戦いに巻き込まれることを俺は望まない。もし本当にグレアムがここを襲うというなら、俺はこの村に恩を返す必要がある」

「それで? 真偽はさておき、アタシの話に耳を貸す気になったと」

「そんなとこだ。この村に滞在して一週間、見張りも立てているが襲撃の気配はない。だからといって安心しきるのは危険だろ?」


 カミラの未来を視る力を信じた、というよりも、わずかでも可能性を排除したいというのがアーレンベルクの真意だろう。

 飄々とした態度や口振りと対照的に、アーレンベルクはやはり隊長という役職を背負っているだけある聡明な男らしい。


「しかし、どこからグレアムに話が漏れたのか」

「それなんだけど、多分村に内通者がいる」

「内通者?」

「ハリスっていうジジィが怪しいわね」

「ハリス・ベルディっていや、ファルタが世話になってるところの爺さんだろ? あの優しそうな爺さんがねぇ」


 にわかには信じられないといった反応だった。

 温厚で優しそうな老爺、というのはカミラも彼に抱いた印象であることに違いない。


「アタシは二度、この村の未来を視てる。一度目はファルタの目を通して、そして二度目は村の連中やノーマンの目を通して」

「ふむ」

「一度目は、ファルタの目の前でハリスがグレアムの使徒に殺されて、そのあとファルタ自身も殺されてる。

 だから潜在的に村人に襲撃を意識させるために村で騒ぎを起こしたけど、結局二度目に視た未来も変わらなかった。ハリスが生きていたことを除いてね」

「っていうと、なんだ? 嬢ちゃんの行動は村の人たちの未来に影響を与えられなかったが、ハリスの未来にだけは影響を与えていたってことか?」

「これはあくまで憶測だけど、村の連中はアタシのことを【ただの狂人】で済ませていたから襲撃に気づくことなく殺されたんだと思う。さっきは無我夢中だったけど、冷静に考えればアタシもそうする。

 アタシのあんなバカげた言動で未来が変わるとすれば、それはバカげた言動を鵜呑みにした人物だけ。つまり……襲撃があることを事前に知っていた人間だけが、あの騒ぎで未来を変えられる」


 「なるほどなぁ」とアーレンベルクは腕を組んで頷いた。


「ハリスが黒なら、嬢ちゃんの力はホンモノってワケか」

「最初っからホンモノよ、多分」


 いくつもの分岐の先に無数の未来があるとして、本来たどり着くべき未来と異なる未来へ向かいはじめたのは、間違いなくこの瞬間だろう。

 未来を変えようと動いたカミラ。彼女を信じたアーレンベルク。ふたりの行動が本来向かうべきだった道への分岐を切り替え、グレアムの使徒たちの撃退に繋がった。



 結局、ファルタが心配そうに見つめる先でカミラとアーレンベルクによって尋問されたハリスはすべてを吐いた。


 最初は他意なく手負いのファルタたちを助けたということ。

 話しているところを偶然聞いてしまい、彼らがアルマ信徒だと知ってしまったこと。

 日に日に恐怖が肥大化し、いてもたってもいられず密告してしまったこと。


 彼の供述が、アーレンベルクたち兵士を動かしたのだ。


「なぁ嬢ちゃん」


 グレアムの使徒たちを撃退した夜。村に戻ってきた兵士たちが各々ハイタッチをして喜びを噛みしめるなか、アーレンベルクはどこかへ向かおうとするカミラを呼び止めた。


「なに」

「助かったよ、ありがとう」

「礼なんて別にいいわよ。アタシもやりたいことがあっただけだし」

「魔女に会うってやつか?」


 アーレンベルクの問いに対し、カミラは口を閉ざした。

 彼らは新教グレアムと戦うアルマの兵士である。「魔女に会いたい」なんて望みを簡単に受け入れられるはずがないと踏んだのだろう。


「なにが望みかは分からない。だがひとつだけ……魔女なんてものは存在しない」

「え?」


 思わずカミラは声を漏らし、恐る恐る振り返った。

 冗談を言っているようには見えない。アーレンベルクの表情は真剣そのものだ。


「魔女アイシスを実際に見た人間はいない。アルマの人間だけでなく、グレアムだって、おそらくさっき戦った騎士ですら実物は見たことないはずだ」

「どういうこと? でもたしかにアイツらも魔女様って言ってたじゃない」

「国中の誰も姿を見たことない人間が……実在すると思うか?」

「魔女アイシスは、グレアムがつくった偶像ってこと?」

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魔女と聖女の異世界戦争 板上魔物 @on-the-monster

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