むっちゃんとシロ
「二人の再開に水を差すようで悪いのですが…」
一人の天使が話しかけてきた。多数いる天使の中でも飛びぬけて美しく、一回り大きな羽と眩しいくらいに輝く頭上の輪、そして豪華な刺繍の施されたペプロスが明らかに他の天使とは違う事が一目で分かった。従者と
「さて、むっちゃんさん、正式なお名前で呼んだ方がよいかしら。ここは初めてだと思いますので少しお話をさせて下さいね。」
少女と白猫は頭を上下に軽く振って
「むむむ…むっちゃんでいいです。お、お話を、き、聞かせて下さい。」
少女はまだ少し混乱していたが、大天使の声に理由のない安堵感を抱きつつも緊張のあまり振り絞るような声で答えた。それを聞いた大天使は少し笑って答えた。
「それではむっちゃんさん、まずはようこそ。ここはねこのくにというところです。猫の魂がたどり着く安住の場所なのです。」
優しく話し始めた大天使は不思議そうに見ている少女にこの場所の説明をしてくれた。大天使の話は要約すると次のような内容であった。
地上で亡くなった場合、人はひとのくに、猫はねこのくにに魂が誘われる事。そして基本的にねこのくにには猫の魂でないと来る事が出来ない事、その中にひとつだけ例外がある事。例外とは、猫の国の住人が絆のあった人間を呼び寄せる事を神様にお願いして許可された場合に、ねこのくにに誘われる事があるという事だった。
しかしいくら住人の猫がそれを望んでも呼び寄せた人物が望まなければその人物はねこのくにの住人にはなれない。
「だいたいこんな感じなのですがご理解いただけたかしら」
少女は白猫と目を合わせて頷いた。
「それであなたがここの住人になる事を望むかどうかをお聞きする前に、最後にどうしても確認しておかなければならない、というかお約束して欲しい事があるの。」
大天使は少し困ったような顔で少女を見つめ話を続けた。
「むっちゃんさん、当然ながら人間のあなたには猫の魂がありません。ねこのくにの住人になるためには猫の魂が必要なのです。それでこれは決まりのようなものなのですが、呼び寄せた猫つまりシロちゃんがあなたの魂になり二人で一つの魂に融合する事で猫の魂を得る事が出来るのです。」
「え…それはシロちゃんが居なくなるってこと…なのかな…」
大天使の言葉に困惑した少女は急に泣き出しそうな顔になって白猫を抱きしめた。その姿を見た大天使は静かにゆっくりと少女に語り掛ける。
「周りを見てみると気が付くと思うのですが、ねこのくにの住人の姿には猫本来の姿をした者と。多くはありませんが人の姿をしている猫がいますよね。人の姿をしている猫はあなたと同じように呼び寄せられた者です。いずれも猫と人間の魂が融合してこの姿を宿していますが、外見は一人でも心の中の魂には二人が常に存在しています。心の中でいつも二人でお話したり遊んだりできるのです。」
大天使の言葉は祝福の効果があるのか泣き出しそうだった少女の顔から不安めいたものは払しょくされつつあった。
「それはシロちゃんが居なくなるという訳ではなくていつも一緒ということなんでしょうか。」
太陽のような笑顔で大天使は答えた。
「ええ!その通りです。」
そして少し間を開けてまたゆっくりと確認をするように少女に話しかけた。
「ただし、もしあなたがひとのくにへ行きたいと強く願う、あるいは魂の調和が乱され修復できない場合は二人はまた分離する事になります。そしてその時シロちゃんはねこのくに、むっちゃんさんはひとのくにへ行かねばなりません。それを理解した上でシロちゃんと一緒になってねこのくにの住人になるか決めて下さいね。あ、それとねこのくにの住人なったら生前の記憶はすべて消えてしまいます。絆が無ければそこで魂が弾けてしまいますが、まあ神様から許可されたのですから大丈夫です。」
ここで今までずっと無口だった白猫がポツリと言葉を発した。
「むっちゃんと一緒になりたいにゃー」
少女はすぐに返事はしなかった。確かに生前は両親からの無償の愛情を受けて育った訳でもなく病弱だったため病院ばかりで良い記憶が余りない。というよりむしろ不遇な人生だったと言えるかもしれない。なのであえてひとのくにへ行きたいとも思えなかった。しかしシロちゃんと過ごした日だけは忘れたくないと考えていた少女はすぐに返事ができなかった。
「記憶が…なくなる…」
少女は抱きしめていた白猫をさらにギュッと腕に包むと寂しそうな悲しい目をして白猫を見つめた。
「そうですね、記憶が無くなるのは少し怖いかもしれませんね。けれど記憶が無くなるとシロちゃんを忘れてしまう訳ではないのですよ。ひとつの心に二人の魂が融合するといつも二人でいるのと同じなのです。体、つまり実体がそこに無いだけで二人の意識は別々に存在し、互いを認識する事は出来るのです。」
「えと…難しくてよくわからないのですが…シロちゃんを忘れる訳じゃなくて、いつも一緒に居る事が出来るって事ですか。」
「そういう事ですね、むっちゃんさんはどうしたいですか?」
むっちゃんはシロとの回想を懐かしむように白猫を見つめた。その顔はとても複雑な顔で少女も白猫も黙り込んだまま二人は固まってしまった。
白猫は少女がまだ幼い頃に雨の道端で拾った。箱に捨てられていた訳でもなく、たった一匹で雨の道路を歩いていたのだ。ひょっとすると親猫が事故にでもあったのかもしれないが、理由はどうあれその白猫を無視する事が出来ず、すぐさま抱え込んで自宅に連れて帰った。
最初は両親から反対されたが、病弱で友達のいなかった娘のためを思ってか最終的には世話をちゃんとする事を条件に許しを出した。とても喜んだ少女は白猫にシロと名前を付け、それはもう毎日話しかけ一緒に遊んだ。ごはんも一緒、寝るときも一緒でまさに四六時中一緒だったといってもいいだろう。
しかしある夜少女の病状が急変する。そのまま入院となり以後自宅に帰る事はなくずっとベッドの上だった。シロは病院には行けないし両親も連れて行く事はしなかった。少女はシロに会いたいと両親には随分とお願いしたが、それは無理な話であった。
そんな日が続いたある日、ついにむっちゃんは意識を無くし永遠の眠りについたのだが、実はその日の前日に家を抜け出したシロは車に轢かれて亡くなっていた。まさにシロの後を追うような形だったのだ。
「シロちゃんどうしよう」
「大天使様は記憶が消えても忘れないっていってるにゃん。シロはむっちゃんと一緒になりたいにゃん」
そしてしばらくの沈黙の後、少女は覚悟を決めたようだった。それは諦めではなく確信と希望、そして強い信念であった。これまでにない力強い声で少女は答えた。
「大天使様、私はシロと一緒になってこのねこのくにの住人になります!どうか二人を導いてください!」
大天使は少女の表情を確認すると何も言わずにニッコリと微笑んで頭上の光る輪を二人にかざした。すると二人の姿はその光の輪の中に消えていき、その瞬間色とりどりの色を発して点滅を始めた。点滅の間隔が次第に早くなり一瞬で消えたかと思うとそこに一人の猫耳少女が立っていた。全体的にむっちゃんにそっくりだが真っ白な猫耳と尻尾は明らかにシロのものだった。
「はじめまして、ようこそねこのくにへ」
大天使は光の輪から現れた少女の頭を撫でながらそういった。
「よろしくお願いしますにゃ」
少女はそう答えた。もちろん少女に生前の記憶などはなく、ねこのくにになぜ居るのかという疑問もなかった。と同時に心の中で二人はお話を始めるのだった。
「むっちゃんここはいいところだにゃ」
「そうにゃねーどうやって来たんだっけにゃ?」
「忘れたにゃーでも二人なら気にならないにゃん」
「うふふ、そうにゃねー」
大天使は心の声も聞こえるようで、祝福に包まれた微笑みで目の前の少女に言葉を告げるとスゥっと
「あなたにはエイレーネという名を授けましょう。皆と良き日々を過ごされますように。」
生まれ変わったむっちゃんとシロ、はエイレーネという名を授かり正式にねこのくにの住人となった。エイレーネは
ねこのくに物語 睦月 @ChemonerMutsuki
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